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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛の短編集!

国を追放されましたが、実はお掃除が領地を救う浄化の儀式でした 〜私を捨てた帝国は滅び、隣国の国王陛下に「僕の隣が君の居場所だ」と求愛されました〜

作者: 葉月いつ日

以前、一話完結だった設定を短編として再投稿した作品です。






 舞踏会の夜は、あまりにも完璧だった。


 絢爛なシャンデリアの光が大理石の床に反射し、楽団の旋律は天上へと溶けていく。


 最後の演目が終わった瞬間、バロッキア帝国国王・ドラグマは玉座から立ち上がり、満足げに拍手を送った。


「見事だ。実に見事だったぞ、我が帝国の聖女たちよ」


 その言葉に、列を成す十三人の聖女たちは一斉に頭を垂れた。


 ──ただ一人、筆頭に立つ聖女シビリアンだけが、背筋を伸ばしたまま国王を見据えていた。


「だがな、シビリアン」


 国王の声が低くなる。


「本日をもって、第一王子との婚約は破棄とする。そして──貴様を、城から追放する」


 ざわめきが広がった。

 シビリアンは一歩前に出る。その表情は揺るがず、声は凛としていた。


「理由をお聞かせくださいませ、陛下」

「決まっておろう。周囲に”大聖女“と呼ばせ、他の聖女に仕事を押し付け、城内で傍若無人に振る舞った罪だ」

「そのような事実は、一切ございませんわ」


 毅然と否定するシビリアン。

 しかし、国王の視線は彼女の背後──第一王子の隣に立つ聖女へと向いた。


 スニラーナ。


 十三人の中で、シビリアンに次ぐ魔力を持つ聖女。彼女は口元を歪め、確信に満ちた笑みを浮かべていた。


(……なるほど)


 シビリアンは悟った。この婚約破棄は、周到に張り巡らされた陰謀だと。


「異議は認めぬ。即刻、城を去れ」


 ──その瞬間、シビリアンの中で、何かが切れた。


「……よろしいでしょう」


 彼女はゆっくりと頭を下げた。だが、その瞳に屈辱はない。


「婚約破棄、ならびに追放。お受けいたしますわ」

「ほう、物分かりがいいな」

「ただし、条件がございます」


 国王が眉をひそめる。


「使用人の一人──ニーニャを、わたくしのお付きとして連れて行きます」


 場内に失笑が漏れた。


「そんなことでいいのか? 随分と安い条件だな」


 ニーニャは使用人の中でも目立たない存在であり、その価値に気づいている者は、城内には誰一人いなかった。


「ええ。それで結構ですわ」


 人垣の後方で、名を呼ばれた少女がびくりと肩を震わせた。


「え、えっ……わ、私、ですか……?」


 ニーニャは痩せた身体を縮こまらせ、怯えた小動物のように目を泳がせる。


「来なさい、ニーニャ」

「は、はい……!」


 彼女は即座に、シビリアンの元に駆け寄った。


 ──シビリアンだけが知っていた。

 この少女が、聖女としての素質を秘めていることを。



 ◇



 まだシビリアンが「筆頭聖女」と呼ばれるよりずっと前。彼女は城の裏庭で一人、膝をついていた。


 白い手袋は土に汚れ、豪奢なドレスの裾もすっかり泥だらけだ。

 だが彼女は気にも留めず、割れた石畳の隙間に溜まった枯れ葉を丁寧に掻き出していた。


「……ここ、空気が澱んでおりますわね。まったく、見苦しい」

「し、シビリアン様……あの、その……」


 背後から、遠慮がちに声がかかる。年若い使用人の少女──ニーニャだった。


「こんな場所まで、聖女様が掃除なさる必要は……」

「“聖女様”ではありませんわ。シビリアン、とお呼びなさい」


 ぴしりと指摘しつつ、彼女は微笑を浮かべる。


「それに、必要ですのよ。綺麗な場所には、清らかな魔力が宿りますもの」

「え……?」


 ニーニャは目を瞬かせた。


「そ、そんな話……聞いたこと、ありません……」

「でしょうね。でも、これは女神様のお言葉ですわ」



 ◆



 それは──数年前のこと。

 まだ聖女候補だった頃、シビリアンは祈りの最中、深い光の中へ落ちていった。


 気づけば、白い湖の上に立っていた。

 空と水の境界が溶け合う、静謐な世界。


『──汝、清らかなる意思を持つ娘よ』


 振り向くと、そこには女神がいた。


『穢れは魔を呼ぶ。清浄は力を招く。城を、国を、世界を──“場”ごと清める者こそ、真の聖女』


 その瞬間、シビリアンの胸に熱が宿った。


 目を覚ましたとき、彼女の魔力は飛躍的に増大していた。



 ◆



「……ですから、掃除は大事なのですわ」


 話を聞き終えたニーニャは、しばらく呆然としていたが──やがて、小さく頷いた。


「わ、わたし……信じます……!」

「え?」

「女神様のお言葉なら……間違いありません……! わ、わたしも……お手伝いします……!」


 震えながらも必死に言うその姿に、シビリアンは少し驚いた。


(……この子)


 そのとき、彼女は気づいたのだ。ニーニャの中に、微かな──だが確かな聖なる波動があることに。


(聖女の素質……しかも、かなり純度が高い)



 ◇



 城に入った日から、彼女はニーニャを守り、導いてきた。

 この腐りきった帝国にいれば、この子の才能は必ず歪められる。


(そんなこと、させませんわ)


 こうして二人は城を去った。



 〜〜〜〜〜〜



 半年後。


 バロッキア帝国は、魔王軍により滅ぼされた。

 かつて輝いていた城は廃墟となり、ゾンビが徘徊する死の都と化した。


 原因は明白だった。


 聖女の仕事──城の中心で祈り、帝国全土に張り巡らされた魔法陣へ魔力を注ぐ儀式。

 だが、それを支えていたのは、清らかに保たれた城そのものだった。


 シビリアンは信じていた。女神の言葉を。


『綺麗な場所には、清らかな魔力が宿る──』


 だから彼女は祈りの合間に、城の隅々まで掃除していた。

 それを真剣に聞いたのは、ニーニャただ一人。


 シビリアンとニーニャがいなくなり、城は汚れ、魔法陣は弱まり──帝国は滅んだ。


 そして今。


「……シビリアン様、また、煙が……」


 田舎の小さな家。

 ニーニャが震える声で窓の外を指差す。負の魔力が、黒い霧となって迫っていた。


 村人たちは悲鳴を上げ、倒れていく。

 ゾンビ兵の群れの中心に立つ、全身が腐り果てた女──スニラーナ。


「……ヒヒヒ、まだ生きていたのね……大聖女様?」


 その嘲笑を前に、シビリアンは静かに杖を握った。


「……ええ。しぶといのが取り柄ですの」

 

 清らかな光が迸る。次の瞬間、ゾンビ軍はバタバタと崩れ落ちた。

 シビリアンは地面を蹴り、スニラーナに向かって杖を振り抜いた。


 アンデットは、時として魔力に耐性を持つものが現れる。

 特に、魔導士や聖女だった者がアンデット化した場合、その傾向は顕著だという。


 スニラーナは、聖女だったころ、シビリアンに次ぐ魔力があったからこそ、宝珠の光に耐えられたのだ。


 シビリアンは武力の心得もあった。

 魔力と武力、その両方に秀でていたからこそ、彼女は筆頭聖女となったのだ。


 しかも、シビリアンは他の聖女とは違い、腕力もあった。清掃は、時として力仕事になるのだ。


 杖の先に嵌められた眩い宝珠が、叩きつけられるようにスニラーナの側頭部をとらえる。

 鈍い音を鳴らし、スニラーナの頭が真横に傾いた。首元が不自然に歪み、黒い血が滲み出てきた。


 致命傷に見えるが、スニラーナは倒れなかった。首を傾けたまま、ニヤァと歪な笑顔を浮かべた。


「ヒヒヒ……さすがは、大聖女様。相変わらず……お強いのですね……ヒヒヒ……ガァッ!」


 不気味に微笑んだあと、スニラーナは大口を開け、ボロボロの歯を剥き出しにして、シビリアンに襲いかかっていった。


 シビリアンは地面を転がってスニラーナの突進を交わした。そして、素早く立ち上がり、スニラーナの右腕の骨を砕く。

 

 さらに、左肩。右太腿。腰。残った腕、と次々に攻撃を繰り出しスニラーナの身体を粉砕していく。

 しかし、スニラーナは倒れなかった。身体はボロボロになり、四肢はありえない方向に折れ曲がっていた。

 なのに、彼女は不気味な笑顔を浮かべたままだった。


「ヒヒヒ……大聖女様ぁ……またご一緒に、お城にお使いしませんか……イーヒヒヒヒ!」


 聖女と、元聖女の戦いは、夜明けまで続いた。


 激闘の末、スニラーナは霧と共に姿を消した。


「シ、シビリアン様……すごい……」

「当然ですわ。わたくしを誰だと思って?」


 だが、勝利の後、彼女の表情は曇った。

 

 ──このままでは、世界が滅びる。


 ◇



 村を襲うゾンビ軍を退けた夜。シビリアンは再び、白い湖に立っていた。


『よくぞ、目覚めたな。聖女シビリアン』

「女神様……」

『汝はもはや、一国に縛られる存在ではない。世界を清める者として、戦場へ赴け』

「わたくしが、ですか?」

『汝には、新たな名を与えましょう。“聖女”を超える存在──“大清女(だいせいじょ)シビリアン”。世界が、汝を必要としている』


 目覚めた時、杖はかつてない光を放っていた。



 ◇



 スニラーナを撃退した数日後、隣国のサフィアナ王国からの使者が訪れた。


「聖女シビリアン様。国王陛下が、貴女さまにお会いしたいと申しております」

「陛下が、私に……?」

「はい。聖女様と話がしたい、と」


 サフィアナ王国は、山間にある自然豊かな国家。

 王家と国民の距離が近く、とても穏やかなところだ。


 シビリアンも、聖女候補と呼ばれる前は、城に使えていたことがあった。

 それも、僅か二年足らずのことだ。しかも国王とは、面識すらなかった。


 サフィアナ王国は最近、国王が代替わりしたと聞く。

 新たな国王が、城を追放された自分に、何の話があるというのか。


「サフィアナ王国の国王陛下が、わたくしにどういった話をなさるのでしょうか」

「世界の滅亡が近づいていると。是非とも、聖女様のお力をお借りできないか、と」


 ”世界の滅亡“と聞いて、シビリアンは息を呑んだ。

 ゾンビ軍がこの村に来たのは、スニラーナが自分のことを恨んでいたと思っていたからだ。


 ──それでは、スニラーナがこの村に来たのは偶然ってこと?


 しばらく悩んでいたシビリアンは、姿勢を正し使者に向き直った。


「分かりました、お城にまいりましょう」



 〜〜〜〜〜〜



 サフィアナ王国の王城は、バロッキア帝国とはまるで違っていた。

 豪奢さよりも清廉さを重んじ、白い石と自然光を活かした造り。その回廊を、シビリアンはゆっくりと歩いていた。


「……落ち着きますわね」


 思わず零れた独り言に、少し後ろを歩いていた青年が微笑む。


「そう言ってもらえると、嬉しい」


 若き国王エイドルだった。

 公務の合間を縫って、彼自らが城内を案内している。周囲に護衛はいるが、距離を取って歩いており、二人の会話を妨げる者はいない。


「この城は、聖女様のお話を聞いてから設計を改修したんだ」

「……わたくしの?」


 シビリアンが足を止め、驚いたように振り返る。


「幼い頃、君が語ってくれただろう。“祈りは場所に宿る。綺麗な場所ほど、女神は耳を傾けてくださる”と」


 その言葉に、シビリアンの胸が小さく波打った。


 ──覚えていたのだ。


 あの時、彼はまだ王子ですらなく、王城の隅で本を読んでいた少年だった。彼女が掃除をしている横で、無邪気に質問を投げかけてきた、あの子。


「……ずいぶん昔のことですわ」

「君にとっては、そうかもしれない」


 エイドルは立ち止まり、真正面から彼女を見つめた。


「でも、僕にとっては違う。あの時からずっと、君は“正しい人”だった」


 シビリアンは息を呑む。

 称賛でも、懇願でもない。ただ、揺るがぬ確信の声音に──。


「……陛下」

「エイドルでいい。今は、君に協力を乞う立場なんだから」


 彼は少し困ったように笑う。


「それに……個人的な願いもある」


 空気が、微かに張り詰めた。


「個人的、とは?」

「君に、ここにいてほしい」


 率直すぎる言葉だった。

 だが、そこに下心はない。王として、そして一人の男としての誠実な願い。



 ◇



 王になった日、エイドルは誓った。この国を、二度と「穢れたまま放置する場所」にはしない、と。


 それは政治的な誓いであると同時に、ずっと胸の奥に残り続けていた、ひとりの女性の背中への答えでもあった。


(……やはり、君は変わらない)


 白い石の回廊を歩く彼女の背を、エイドルは静かに見つめていた。


 聖女シビリアン。

 かつて城の隅で、誰に命じられたわけでもなく、床を磨き、庭を清め、祈りを捧げていた人。


 幼い日の彼には、それが不思議で仕方がなかった。


 王でもない。

 命令でもない。

 評価されるわけでもない。


 それでも彼女は、当たり前のように手を汚していた。


(あのとき、僕は──何も分かっていなかった)


 「綺麗な場所には、女神様が来てくださるのですわ」


 そう言って笑った彼女の横顔を、なぜかエイドルは忘れられなかった。


 国は力で守るものだと、剣で、軍で、威圧で成り立つものだと、ずっと教えられてきた。

 だが彼女は違った。


 “場”を守れ。

 “人”を清めよ。

 そうすれば、祈りは届く。


(……だからこそ、追い出されたのか)


 バロッキア帝国の末路を聞いたとき、エイドルは確信した。

 あの国は、彼女を捨てた時点で、もう終わっていたのだと。


 だから彼は決めた。


 彼女を「利用」しない。

 彼女を「象徴」にもしない。

 ましてや、再び独りで背負わせることなど、決してしない。


 守ると誓うなら、同じ場所に立つ。

 彼女の歩く先に、王として道を整える。


(今度こそ……)


 エイドルは足を止め、彼女と向き合った。


 これは、王としての要請であり、

 同時に、一人の男としての、長い答え合わせだった。



 ◇



「世界は今、崩れかけている。でも君がいれば、少なくとも“清らかさ”を失わずに戦える」


 シビリアンは目を伏せた。


 ──バロッキアでは、誰も信じなかった言葉。


 清らかさの価値。掃除の意味。祈りの本質。


「……あなたは、変わりませんのね」

「変わったよ」


 エイドルは即座に否定した。


「昔は、君に守られているだけの子供だった。でも今は、君を守りたいと思っている」


 その一言が、シビリアンの胸を強く打った。聖女として崇められ、利用され、追放され──。


 “守る側”であり続けた彼女に、初めて向けられた言葉。


「……わたくしは、強い女ですわよ?」

「知っている」

「気まぐれで、傲慢で、敵も多い」

「それも知っている」


 それでも、と彼は続ける。


「それでも、君を選びたい」


 長い沈黙が流れた。

 やがてシビリアンは、ふっと微笑んだ。それは聖女の微笑みではなく、一人の女性としての、柔らかなものだった。


「……困りましたわね」

「断られるかな」

「……いいえ」


 彼女は杖を胸に抱き、静かに告げる。


「協力はいたします。そして──あなたがわたくしを“守りたい”と思うなら、試してみなさい」


 挑むようでいて、どこか期待を含んだ声音。エイドルは、はっと目を見開き、そして深く頷いた。


「必ず」


 回廊の窓から、白百合の庭園が見えた。清らかな風が、二人の間をそっと通り抜ける。

 その光景を、少し離れた場所から見ていたニーニャは、


「……あ、あの……なんだか、いい雰囲気ですね……」


 と、小声で呟き──シビリアンに鋭く睨まれ、慌てて口を閉じたのだった。



 〜〜〜〜〜〜



 数日後。


 サフィアナ王国の正門前には、朝日に輝く白道が伸びていた。


「シビリアン様、本当に行くのですか……」


 旅支度を整えたニーニャが、不安げにシビリアンの袖を引く。

 シビリアンは愛用の杖を軽く突き、凛とした声で返した。


「ええ。世界は今、かつてないほど汚れていますわ。わたくしが『お掃除』をしないで誰がやるというのです?」

「あ、あのっ……わたしも、精一杯お供しますわ!」

「頼りにしていますわよ。わたくしが見抜いた未来の聖女様?」


 シビリアンが微笑んだその時、背後から落ち着いた足音が響いた。

 正装に身を包んだ国王エイドルが、護衛を下がらせ、一人で歩み寄ってくる。


「……陛下。見送りなど、不要ですのに」

「僕がそうしたいんだ。君が選んだ道を、この目で見届けておきたくてね」


 エイドルは彼女の真正面で立ち止まると、慈しむような、けれど揺るぎない確信に満ちた瞳でシビリアンを見つめた。


「君は、世界を清める唯一無二の光だ。この国は僕が守り、整えておく。だから君は、君の信じるままに歩んでほしい」


 エイドルは一歩踏み出し、彼女の手に自分の手を重ねた。


「……いつか世界が清まったその時は、またここへ。僕の隣が、君の帰る場所だ」


 シビリアンは一瞬だけ目を見開き、そして柔らかな弧を口元に描いた。


「試してみなさい、と言ったはずですわ。……帰ってきたくなるような、清らかな国にしておいてくださることね」


 彼女は翻り、堂々と歩き出した。

 吹き抜ける風は、淀んだ瘴気を追い払うかのように清々しい。


「あ、あの……シビリアン様、顔が真っ赤です」

「うるさいですわ、ニーニャ! 足を動かしなさい!」


 若き王の視線を背中に受けながら、大清女シビリアンは未来の聖女と共に、新しい物語の一歩を記した。


 それは女神すら見守る、世界浄化の旅の始まりであった。



             〜〜〜fin〜〜〜



最後まで読んだ頂き有難うございます。作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。

ブクマ頂けたら……最高です!


シリーズ『異世界恋愛の短編集!』の中の作品も、合わせてお楽しみください。

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