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詰んだ悪役令嬢は、うざ魔王様の弟子にされました。

作者: 瓜破てんま

「うん……これは詰んでるわ……」


 暗い森の中で肩を落とし、誰に聞かせるでもなく、そう呟いたのは私、公爵令嬢――いや、元・公爵令嬢のセシリア・ローゼンハイム

 ええ、しっかり“元”がつきましたとも。


 もう少し早く前世の記憶を取り戻していれば。あのぶりっ子庶民のアイリスに、あそこまで執拗な嫌がらせを仕掛けることもなかったかもしれない。


 例えば……

 王族や高位貴族の婚約者持ちばかり侍らせていたアイリス。

 私の婚約者であるバカ王太子が中庭でいちゃついていたのを目撃した瞬間――私は、反射的に水魔法をぶちかました。


 それを結界で防いだ王太子に「なにをする!」と責められた私は、こう言い返した。


「中庭が庶民臭かったので、水で洗って差し上げただけですわ!」


 他にも、数人で取り囲んだり、悪い噂を流したり。香水をこれでもかとカバンにかけて、三日三晩洗っても匂いが落ちないようにしたり……。

 我ながら徹底していた。まさに悪役令嬢の鑑。

 ってか、あれで一度も折れなかったアイリスのメンタル、やばくね?


 そんなことをしているうちに、私のまわりには家柄や派閥を越えて"アイリスが気に入らない"令嬢たちが自然と集っていた。

 貴族社会では男の地位が優先される。でも、令嬢たちだってただの飾りじゃない。

 私たちの快進撃に、王太子とその取り巻きは水辺の白鳥のように

 表向きは優雅にアイリスへ愛を囁きながら、裏では必死に足をばたつかせて、着実に立場を失っていった。


 ――だが

 ある日、形勢はあっさり逆転した。

 アイリスが聖女として覚醒したのである。

 その瞬間、周囲の令嬢たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

「全部セシリア様が主導してました」なんて言い残して。


 残された私は、聖女誕生を祝う夜会を欠席するわけにもいかず、惨めに一人出席し

 王太子とアイリス、そしてその取り巻きたちによって、身に覚えのない罪まで山ほど押し付けられて――

 断罪された。


「セシリア・ローゼンハイム。貴様を聖女様を害した罪により、学園……いや、王都から追放する!」


 せめてそのとき、前世の記憶が戻っていれば、小説でよくあるように涼しい顔で毅然と立ち振る舞って――国外の王子に見初められる……なんてルートもあったかもしれない。

 でも現実の私はといえば、情けなく、みっともなく、必死に足掻いた。

 泣き叫んで、王太子のローブの裾を掴んで


「なにかの間違いですわ! 断罪されるべきは、あの下女よ!」


 見初められるルートとか無くていいから、あれだけは無かったことにしたい。

 記憶を消す魔法とかないの? なんだよ、水魔法って。


 そして私は、衛兵たちに馬車へと詰め込まれ、“魔王が棲む”と言われる辺境の森へと追放された。

 今朝方、馬車が小石を踏んでガタンと揺れた拍子に頭をぶつけ、そこでようやく前世の記憶が一気に蘇った。

 なにそれ、遅い。


 そんな記憶と後悔で頭を抱えているうちに、私は森の奥にぽつんと放り出されて、今に至る。


「……これは詰んでる。マジでどうすんの、これ……」


 再びそう呟いた、そのとき。


「何が詰んでんの?」


 不意にかけられた声に、私は思わず肩を跳ねさせた。

 視線を上げると、木々の間から、麦わら帽子をかぶってラフな服装の青年がのんびりと歩いてくるのが見えた。

 ――ここ、“魔王の森”よね?

 なんでそんな夏休みスタイルで出てくるのよ。この深い森の中で。

 ……いや、今はツッコミより先に、助けを求めないと。


「……あんた誰よ」


 まずは助けてって言わなきゃいけなかったのに、出てきたのは棘のある言葉だった。

 長年“傲慢な令嬢”として振る舞ってきた記憶と、前世の人見知り気質。その悪いとこ取り。


「僕? 僕はこの森で魔王やってる、カイルだよー」


 え、軽っ……ていうか顔、綺麗すぎない?

 って、魔王?

 思考が一瞬で脱線した。

 青年――カイルは屈託のない笑みを浮かべ、赤毛の長い髪をひと撫でするように耳へとかけた。

 その顔は、王太子よりもずっと整っていた。嫌味なくらいに。


 あまりに現実離れした出来事の連続に、頭がまるでついてこない。

 でも、混乱は後。今は助けてほしい。切実に!


「はぁ……そういう冗談はいいんで。この森に置き去りにされて。助けてくれません?」


「いいよー、僕に任せて」


 そう言って、彼は親指を立ててにこやかに笑った。

 さっきから軽い。軽すぎる。信用していいのか、この男。

 そう思った矢先――私の身体が、ふわりと宙へ浮いた。


「うわっ! な、なにこれ!?」


 学園で魔法はいろいろ学んできたけど、こんなの見たことない。

 前世のアニメくらいでしか。


「僕の魔法だよ。言ったじゃん? 僕、魔王だって」


 そう言って、カイルは楽しげに笑い――次の瞬間、私は飛ばされた。

 瘴気が立ちこめる、森のさらに奥へと。




 声にならない悲鳴をあげたまま飛ばされた私は、ストンと着地……とはならず、紐なし逆バンジーのような浮遊感に全身の力が抜けて、へなへなと膝をついた。

 目の前には、古びた石造りの巨大な建物が聳えていた。尖塔、黒鉄の門、不気味な彫刻。まさに、魔王城。


「ここ、僕ん家ね。あがってって」


 いや、僕ん家って……間違ってないんだろうけどさ、うち寄ってく?みたいなノリで言うなよ。


 心の中でツッコミつつも、未だに立ち上がれない私は、腰を抜かしたまま必死に声を絞り出した。


「……あのー、起こしてもらえません?」


「ん? 君、世話が焼けるなぁ。あ、そういえば名前は?」


 少しイラっとしたが、彼が手を差し出してきたので、仕方なく掴むと、ひょいっと引き起こされた。

 そのまま、ぎこちなく自己紹介をする。


「セシリア……セシリア・ローゼンハイムです」


「セシーちゃんね。よろしくー!」

 誰が愛称を許した。誰が。


 ひとまず自己紹介は終わったけれど、私の要望はそうじゃない。


「はぁ。よろしくするより、森の外に帰してもらいたいんですが……」

 嫌味は込めていない。いや、込めたかも。少しだけ。


「えっ、そうだったの? てっきり追放でもされて帰れないのかと思ってたよ。だから案内しちゃった!」


 その言葉に、心臓がひとつ跳ねた。図星だった。

 けれど、そんなそぶりは見せまいと、私は必死に平静を装う。

 そんな私をよそに、彼はさらっと、とんでもないことを続けた。


「でも、もう僕ん家見ちゃったしねー。ごめんね。帰せないや」


 もうダメだ。完全に終わった。森で一人のときより私、一丁あがってない?


「えっ、それって私、どうなるの?」


「ん? ああ、大丈夫。とって食ったりしないし、そんなつもりなら最初にやってたよ?」


 満面の笑みで言うな。ていうか“最初にやってた”って何よ?それが一番怖いんですけど。

 戻れる場所はない。かといって、今さら森に一人放り出されても死ぬ未来しか見えない。

 ――つまり、私に選択肢などないのだ。


「よ、よろしくお願いします……」


 しぶしぶそう告げると、カイルは子供のような笑みを浮かべて――


「うん、気兼ねなくどうぞ〜」


 気兼ねするわ!この、お子さ魔王め。


 門に手をかざせば、黒鉄の扉が無音で開く。その先に広がるのは、本格的な魔王城だった。

 石造りの広間。冷たい空気。魔族の使用人たちが主の帰還に無言で一礼する――。

 まるで劇でも見ているような現実感のなさに、私はただ、カイルの背について歩くしかなかった。


「とりあえず、一応しきたりでね、そこに立って」


 玉座の間。言われるがまま中央に立つと、カイルは玉座に腰を下ろし、まるで役者のように足を組んだ。

 その所作は不思議と威厳がある。なるほど、たしかに“魔王”だと思わせるものがあった。

 麦わら帽子だけど。


「君の事情だけどね、さっき君の手を取ったときに記憶を少し覗かせてもらったよ」


 ――は?

 突然の爆弾発言に、眉間がひくつく。


「人の記憶を勝手に覗くのって、普通にアウトですよね?」


「んー、まぁね。ただ、この城にはいろんな魔族が暮らしてる。招く前に敵意がないかどうか、最低限の確認はしないとね」


 あくまで淡々と。それでいて、どこか本気の色を宿したその目が、さっきまでの軽薄さとは違って見えた。


「……だから、覗いちゃった。ごめんね」


 謝るけど、悪びれてはない。そういう“種族”なのかもしれない。


「それで、どうするつもりなんです? 私をどうしたいわけ?」


「弟子にしようと思ってるよー」


「は?」


「弟子だよ。見たよ、君の記憶。セシーちゃんと、もうひとりの君。ユウカちゃん、だったかな」


 ズバリと突かれて、息が詰まる。

 軽く言ってるくせに、その言葉は当てずっぽうでは決してない。


「人間なのにこれだけ魔力があって、公爵令嬢として教養も、それなり。なにより――」

 一拍置き、彼は言った。


「前世の記憶、超面白そうじゃん!」


 頭の中は「魔王の弟子!?」「面白そう!?」「なんで私!?」と疑問符で埋め尽くされる。

 でもカイルは、相変わらず飄々とした口調で続けた。


「逃げたければ逃げてもいいけど、たぶん森から出られないし、もし外に出れても、もう君の居場所はないと思うよ?」


 その言葉だけが、やけに胸に刺さった。


 色々とあって混乱した頭のまま、私は魔族の女性使用人に部屋へと案内された。


「私はマリィです。あなたの身の回りをお世話します」


 灰色の髪を二つ括りにした無表情な少女――マリィさんは、静かにそう名乗った。

 部屋は綺麗に整っていて、何の不都合もなかった。

 数日も馬車に揺られ、ドレスも体も汚れていた私は、そのまま湯浴みを受け、考えることは山積みのまま、眠りに落ちた。




「魔王様、どういうおつもりですか?」


 低く落ち着いた声が、広間に響く。

 ダークブラウンの髪に鋭い目、口調に反して野性味のある執事が仏頂面のまま尋ねた。


「どうって何よ?」


 玉座にだらしなく腰かけるカイルが、面倒くさそうに返す。


「あの人間の娘のことだ! 召使いにするならともかく、弟子とはどういう了見だ? おい!」


 いや、見た目通り野生味溢れる青年のようだ。


「うるさいなあ、ウィルは。仕方ないでしょ、魔族の皆は瘴気なしじゃ生きていけない。でも瘴気を操れる魔族が、今や僕しかいないんだよ?」


「だからって、なんで人間を……」


「“操ってた”んだよ。あの子」


「は?」


「瘴気を、だよ。森の中で一人でいたときに操って自身を守っていた」


「……本当なのか、それ」


「うん、ちゃんとこの目で見た。間違いない」


 ウィルは腕を組み、深く眉をひそめた。


「……前世の記憶がどうと言ってたな。何か関係が?」


「んー、そこは僕にもわかんない。けど、可能性はあるよねー」


 ウィルは一度目を瞑り、咳払いをした。


「……承知しました。それはそれとして、魔王様。そろそろ“元のお姿”に戻ってください」


「えー、耳はいいけど角も服も重いし、あれ、疲れるんだってばー」


「うるせぇ! つべこべ言わず戻れ、バカ魔王!」


 ウィルに怒鳴られ、渋々とカイルは指を鳴らす。

 次の瞬間、ラフな姿が黒衣に包まれ、尖った耳と両脇に生えた角が現れた。


「はぁ。まったく、めんどくさいなあ」




「おーい、お夕飯の時間だよー! 起きなー!」


 騒々しい声に目を覚まし、寝ぼけ眼のまま上体を起こす。

 扉の前に立っていたのは、当然のようにカイルだった。

 魔王スタイルになっていたことに驚いたものの、それよりも――


「……一応、私も“淑女”なんですが」


「やだなー、わかってるってば。使用人には止められたけど、“師匠”として自ら起こすって言って聞かなくてさ。僕が」


 なんで得意げなんだ、こいつは。

 私は深いため息を吐いて、寝癖も気にせず彼を部屋の外へ押しやった。


「起きたので、出ていってください。支度が終わったら食堂に行きます」




 食堂に案内されると、そこには王都顔負けの豪華な料理がずらりと並んでいた。

 違うのは、フルコースではなく、湯気の立つ料理が食卓いっぱいに所狭しと並んでいること。


「さ、いただこっか」


「……ありがとうございます。頂きます」


 礼儀として言っておくが、今の私はそれどころではない。


「君の前世の記憶、楽しそうな世界だねー。ゲーム? っていうの? 五百年も生きてるとさ、退屈でああいう娯楽って羨ましいよ」

 ペラペラと喋る魔王に、私は曖昧な相槌で応じた。 


「で、食事が済んだら、魔法の修行始めるよー」


「……もうですか?」

 その言葉だけは、聞き捨てならなかった。


「そーそー。だって僕、あんまり時間ないからね」 


 つい数分前まで退屈だの言っていたやつのセリフとは思えない。

 食後すぐに動きたくない私だったが、この人からは有無を言わさない面倒臭さが漂っていたので、渋々ながら頷いた。


「……わかりました。よろしくお願いします。魔王……様」


「おっ、素直~。えらいえらい」


 満面の笑み。無邪気すぎて、腹が立つ。




「まずは魔力を引き出す修行からだね。魔力測定でセシーちゃんって、高位貴族としてはまぁまぁの数値だったよね」


「ええ、まあ……」


 嘘をついても意味はない。記憶を読まれていて、嫌でも正直にならざるを得ない。


「でもね、君の中にある魔力、本当はそんなもんじゃない」


 そう言うと、魔王様は庭に置かれた桶の水に指先をかざした。

 水面が揺れ、スッと球状に浮かび上がる。重力を無視するかのように、美しい水の球が宙に浮いていた。


「この状態を、一時間保ってね」


 魔王様が浮かせてみせた水球を、私も真似してみた――が、予想以上に難しい。

 形すら保てず、すぐ崩れてしまう。


「明日からは、魔力が尽きるまでやってもらうからね〜」


 やっぱりこいつは魔王だった。


「これができたら、いつか“記憶を消す魔法”、教えてあげるよ?」

 その一言で、私は俄然やる気になった。




 魔王様に言われて水を球状に浮かせる修行を始めたが、正直なところ、何度やっても形すら保てず苦戦した。

 それでも「できたら記憶を消す魔法教えてあげるよ」と言われてからは、歯を食いしばって続けた。

 魔王様は気まぐれに現れては、ほんの少しのアドバイスと、どうでもいい雑談ばかりをしてくる。

 私は我慢の限界に達し、つい


「気が散るから出ていけ!」


 と怒鳴ったら

「うちの娘、やっとツッコんでくれたわぁ」


 と涙ながらにそんなことを言う。

 ……もう、このバカ魔王には遠慮するだけ無駄だと悟った。




 数週間後、ようやく球を保てるようになった私に魔王様はにこやかに笑いかけた。


「お、セシーちゃん、だいぶ上手くなったじゃん!最初は全然形にならなかったのに、よくやったねー」


 そう言われて、私は少しだけ自信が湧いた。


「じゃ、いよいよ次は瘴気操作だねー。君、森で使えてたでしょ? 覚えてる?」


 ――覚えてるも何も、知らん知らんそんなこと。

 この人ほんといつも唐突だな。あれから毎朝、寝起きに扉をノックせず突入してくるし、マリィさんの忠告も聞きやしない。

 もちろん、私はそのたび深くため息を吐いている。


「ここの瘴気、森の外に漏れないよう維持してるんだけど、けっこう大変なの。だから、君に覚えてもらいたいなーって」


「人間の私に?」

 そんなもんより、早く記憶消す魔法くれません?


「そそ。世界でたった一人の“人間の魔王候補”だからね」


「……聞いてないんですけど?」


「あれ、言ってなかったっけ? 僕の寿命あと二年くらいだから、後継者としてセシーちゃんを育ててるんだよー」


「……そういう冗談、笑えませんよ」


 いつもの調子で、軽妙に重い話をするこの人に、私は一瞬言葉を失った。

 でも、思い返してみれば――魔王様は、確かに鬱陶しいけど、これまで一度も“嘘”をついたことがなかった。


「冗談じゃないよ。本当の話さ。僕、予知もできるんだけどねー。僕の運命、あと二年ほどでぷっつり途切れてるんだよねー」


 あっけらかんと言い放つ魔王様に、私は尋ねた。

「その予知って、絶対なんですか? 外れることもあるんじゃ……」


「んー、無いね! 魔王の予知だよ? 君が森に来て見つけられたのも、予知があったからだし」


 そんなふうに胸を張るこの人に、どうしようもなく、モヤモヤした感情がこみ上げてきた。


「……どうして、そんなふうに笑っていられるんですか」


「五百年以上も生きてるからねぇ」


 そのたった一言が、妙に重かった。

 横顔はどこか、悟ったようで……寂しげだった。


「それに、唯一気掛かりだった瘴気の問題がセシーちゃんが来てくれて解決できそうだからね!

 いやぁ、ほんと来てくれてありがとねー」


 そう言って頭を撫でてくれ……撫でてきた。

 そのあとも魔王様は修行の説明をしてくれたけど、私はもう寿命とか後継者とかの話で頭がいっぱいで、なにも入ってこなかった。




 それから三日間。私は、食事も修行も、ろくに手がつかなかった。

 魔王様の寿命の話を誰かに打ち明けたくて、私はマリィさんや執事のウィルさんにそれとなく尋ねた。

 けれど二人とも「主に従うだけです」としか言わないくせに、少しだけ寂しそうに見えた。

 その表情が、私のモヤモヤを一層かき立てた。


 一方、当の魔王様はというと

「きのこ、たけのこ、どっち派だったのー?」

 やら、

「僕、魔王やってるより、たぶんゲームで勇者やってる方が性に合ってるわ〜」

 などと、相変わらずくだらない話ばかりしてくる。

 本当にこいつ、私の記憶を少し覗いただけなんだろうか。


「魔王様って、世界征服とか考えないんですか?」

 ふと思って訊いた私に、魔王様は肩をすくめて


「んー、考えないよ。だって面倒臭いじゃん」


「面倒……ですか?」


「そう。この森や城を維持するだけで、大変なのにこれ以上は無理! 絶対嫌だね」


 ああ、この人らしい。思わず、クスッと笑ってしまった。


「セシーちゃんはどうなの? 魔王になったらとか、僕にお願いして復讐とか考えないの?」


「いやぁ、あの夜の醜態の記憶は消して回りたいとは思いますけど、自分でもよくやったなと思うくらい、私もかなりやらかしましたしね。

 こっちの生活はこれで結構楽しめてるんで、別に大丈夫です。面倒だし」


「面倒かぁ」


 魔王様はそう呟いて、少しだけ苦笑した。

 その横顔を、私はそっと盗み見る。


「はい。面倒なんです。でも、まだ後継者になるって言ったつもりはないですよ?

 私、魔王様もいるから、そこそこ楽しいんです」


 そう言って、半ば隠居しようとしている魔王様に釘を刺しておいた。

 魔王様は呆気に取られたような顔をした。

 それを見て、私はようやく、自分のモヤモヤの正体に気づいた気がした。


 この人は、人の話なんて聞かないくせに、私や魔族のことはちゃんと見てくれている。なのに、「予知が」「運命が」と言って、死ぬ未来だけは当然のように受け入れている――そこが、どうしようもなくムカついていたんだ。


 森で途方に暮れていた私を拾ってくれたのは、そんなウザくて優しい人だった。

 なら、今度は――私の番だ。


「あなたの死ぬ未来、私が壊してやりますよ。どうせ帰れないし、恩もあるし――あと、なんかムカつくんで」



「ククク……ハッハッハ!」


 何故か魔王様は涙をこぼすほど、大笑いしだした。

 私は真面目に言ったつもりだったので、不満げに睨んでいると、魔王様は笑い終えて


「いやぁ、ごめんね。あまりにもセシーちゃんがかっこよすぎて、つい笑っちゃった」


 そう言って、目尻の涙を拭いた。


「楽しみにしてるよ、セシーちゃん」

 また頭を撫でてきた。何なんだこの魔王は、ほんと。


「……やめてくれます? それ」


「んー、僕からも言っとくけど、言うこと聞かないと思うよ? なんせ僕だし」


 ――だから、なんでこの男は、いつも得意げなんだろう。


「それはそれとして、セシーちゃん、瘴気の操作はできるようになってもらうからね」


「まだ後継者になるって引き受けてませんよ」


「わかってるさ。でも、何ごとも保険は大事なんだよー」


 いつもふざけてるくせに、こういうとこだけは堅実だな。


「……あの、魔王様が爆弾発言するから、この前の説明ちゃんと覚えてないんです。また教えてくれます?」


「もちろん! 何度でも何度でも、セシーちゃんが『やめて』って言っても教えるよ!」


「バカ言ってないで、早く教えてください」




 何も解決の糸口すら見えてない。


 でも――


 あのとき私を拾ってくれた魔王様が、あと二年でいなくなるなんて

 笑えないにもほどがある。


 私は、この自由奔放で、無神経で、うざったい魔王様の弟子だ。

 なら私も、自由に、自分のために、この人を助けてやる。


 絶対に。


 ――そのくらい、私にだって許されるでしょ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


本作はずっと描きたいと思っていた悪役令嬢ジャンルをコメディ寄りに描いた短編です。


ジャンルも作風も異なりますが、現在連載中の『少年と剣士の女 ―運命に抗う剣―』は、ファンタジー世界を旅する少年と女剣士の師弟バディもの。ややダークで静かな雰囲気で描いています。


ご興味ありましたら、ぜひ覗いてみてください。

▶︎ https://ncode.syosetu.com/n5079ks/


どうぞ、よろしくお願いします。

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