【読切】「片思い」7
ロスシティ市、ロスシティ警察署――
署長室は慌ただしかった。
とはいえ、だだっ広い署長室で書類の山を抱えて動き回るのは一人の男だが。
「署長、助けて下さいよ! 俺一人じゃ無理っすよ!」
彼の名前はニック・マギー、階級は少佐だ。署長のビビリア・ネイビーロットの補佐官であり、ほぼほぼの仕事を押し付けられた。休日は推している女優のミュージカルを観劇することが生きがいの国家魔術師だ。
「大丈夫よ。ニックならできるって」
「いやいや、今日は無理ですって!」
「本気を出せば大丈夫だって」
そっけなく答えたのは署長のビビリアだ。彼女もまた忙しかった。机の上には写真ファイルが山のよう積まれている。その写真には蒼い眼の一人の男のみ映るが。
「それに、私って身長低いじゃない。重い書類なんて、か弱い乙女は持てないの」
「嘘だ! さっきそのファイルを運んでたじゃないっすか!」
「気のせいよ」
「おいおい、マジかよ。くっそ、なんて職場だ! 訴えてやる!」
憤慨する彼だが、なんだかんだ過労死寸前の仕事でも全てやり遂げてしまう。
署内では《十年に一人のお人好し》として重宝されているのだ。
コンコンコン、ガチャリ。
「お疲れさまでーす、負け犬借金サムライでーす」
署長室に通されたのはポニーテールにアロハシャツを着る男、右腰に帯刀するリュージ・オキタと、その足元を歩くのは首に額当てを巻く柴犬、通称シバちゃんだ。
「来たわね、負け犬。さー、昨夜の成果を聞かせてちょうだい」
「その前に、ご主人様は何をしてたんですか、また土方の写真ですか」
ビビリアの趣味は補佐官のヒジカタの写真を撮り、それをファイリングすることだ。
彼女もまたヒジカタのファンだ。というより、非公認ファンクラブの会長で、ヒジカタ本人はファンクラブを嫌がっているものの、上官命令として有無を言わせない。
つまり、職権乱用や私物化など貴族の前では意味がないのだ。
身長が低く、体型が幼女すぎて自己嫌悪に陥りやすいツインテールのビビリア・ネイビーロットは、ガイア帝国軍の三公騎士団の一角、《否定なき英知の大海》を表す濃紺制服、ネイビーロット騎士団長のご令嬢、つまり、高貴なる上級貴族にあたる。
ビビリアはオキタの借金の債権者で、返済するまでご主人様と呼ばせている。
すべては彼女の野望、女性初の騎士団長になるためだ。
「ええ、そうよ。悪い? で、その悪魔化した男はマフィアの手先だったの?」
サファイアで装飾された貴族椅子に腰かけ、ソファーに座るオキタに尋ねた。
「いーや、二代目のボンボン坊っちゃんだ。悪い奴ではない。ストーカーだが」
と、マギーから出されたツナ缶を食べる柴犬が答えた。
「詳しく聞かせてちょうだい」
オキタはオルランド・ロックホールについて話す。昨夜の戦闘後、入院先の病院で彼から聞いた話だ。なぜメイドのレベッカに結婚を迫ったのか。家業のワイン農園のこと、父親の余命のこと、孫の顔が見たい父との約束、孫とのマシュマロパーティーのこと、そして彼に注射を売った占い師のことだ。
「なるほど、その占い師が男を誘惑し、レストランを襲わせたのね」
「ご主人様もそう考えますか」
「そう考えるしかないわよ。マジカルブラッドなんて、民間人が買える代物じゃないし、まず必要ないでしょ、悪魔化する劇物なんて」
マジカルブラッドとは、裏社会で出回る悪魔化する血だ。原料は何かの血であることしか判明していない。人間が悪魔化すれば凶悪犯罪へとつながる。とくにマフィア同士の大規模戦闘で使用され、民間人に甚大な被害が出たこともある。
ガイア帝国では使用禁止かつ厳罰対象、騎士団が自ら捜査するほど危険な代物だ。
「でも、バカな男ね。ボンボン坊っちゃんなら、腐るほど女がいるガイア帝国なら、結婚相手なんて相談所に行けば、すぐに見つかるじゃない」
「母親から、惚れた女とのみ結婚しなさい、と」
「マザコンなのね。なら、結婚する子が不憫ね」
「それがもう見つけたんですよ、次なる結婚相手候補」
「え、はやくない?!」
「病院のナースだ。看病されて惚れたらしい。あいつ、ちょろすぎだな」
ツナ缶を食べ終え、飼い主の隣、ソファーで寝っ転がる柴犬だ。
「ナースとは良いチョイスって、ソファーを汚すな! ティッシュで口を拭け!」
「うるせーな。こっちは昨日の悪魔退治で疲れてんだよ。あんな弱かったら、リュージだけで勝てたぜ」
「そーか? 起死回生のビームを食らったら、いくらシバちゃんでも病院だ」
「まさか、あの程度の力で、あのビームができるとは思わなかったな」
「ビームって、デッドエンドなんちゃら? 強いじゃない、その悪魔」
「いや、弱かったぞ」
「うそよ、そのビームを食らって殉死した軍人が何人いると思ってんのよ。もう一度、話を聞いてきてちょうだい」
「知りたければお前が行け、ロリっ子」
「ロリっ子言うな! 好きでこの身体に生まれてないわ!」
まーまー、犬猿の仲の一人と一匹を慰めるオキタの元に、あの男が姿を見せた。
「ただいま戻った。占い師は夜逃げしたようだ」
と、蒼い眼のニンジャ、タツヒコ・ヒジカタが何やら箱をテーブルに置いた。
「ビビリア署長へ、私からお土産です」
「私にお土産?! も~、たーくんたら、大好き!」
と、ビビリアがのろけ全開でその箱を開ける。
びよ~~~ん!
中から猫が飛び出した。といってもビックリ箱の人形だ。
署長であっても、声を出して驚いて尻餅をつくようだ。ほくそ笑んだマギー補佐官には新たな仕事、トイレ掃除が押し付けられたが、オキタとヒジカタは気にも留めない。
「意地悪いな、土方さんは」
「俺の趣味じゃない。占い師のトラップだ」
猫のおもちゃには『ビビリアさまへ、バーカ! マフィアより』と書かれてあった。
クッソ~、ビビリアが怒りのままビリビリに破く。
そして、サムライとニンジャに命じた。
「絶っっっ対に、この占い師を逮捕して! ネイビーロットの名を汚した罰を下す。ノブレス・オブリージュの名の下に、ガイア中の警察署のトイレぜ~~~んぶ、掃除させてやるんだから!」