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【読切】「片思い」5

 噛まれた左足を引きずりながら、心に傷を負ったふくよかな男は欲望渦巻くロスシティの繫華街を歩く。そして、路地に並ぶ、一見民家に見える占いの館へと入った。


「ルカーナ先生、いますぐボクの未来を占ってください!」

「どうされたのですか、ロックホールさん」


 ロウソクの灯りが揺らぐ暗い部屋でも、その占い師は蝶を模した仮面と黒いレースで顔を隠す。女である以外は全て秘密という占い師は親身に依頼者から事情を聞く。


「狂犬に噛まれるとは、さぞかし痛かったでしょう」

 嚙まれた脹ら脛に氷を当てる男はしくしく泣いた。優しさが染みたのだ。

「ボクは絶対にレベッカと結婚して、父さんに認めてもらいたいのです」

「お父さんは余命二年でしたね」

「はい。今すぐ結婚しないと、孫の顔を見せられないんです」

「お父さんが大好きですものね」

「はい、愛しているんです。ボクは父さんのような幸せな家庭を築きたいです」

「それはそれは、素晴らしい夢ですね」

 と、女は紫色の宝石が装飾された魔法杖をテーブルの水晶にかざし、魔力を込めた。


 球体の形が歪んでいく水晶の中、魔力が禍々しい渦を巻く。男は手で口を覆った。

「いったい、いったい何が起きているんですか?」

 占い師は首を何度も振った。よくないことが起きたようだ。

「ロックホールさん、あなたの運命が変わったようです」

「運命が?! それはどういうことですか?」

「はい。申し上げにくいですが、恋愛運を占ったところ、あなたとレベッカさんは悲しい結末を迎えるようです」

「ルカーナ先生、一週間前は上手くいくって」

「私もそう信じていました。しかし、水晶、ガイアの大地曰く、ロックホールさんを邪魔するものが現れて不幸をもたらす、と。その犬と飼い主のことでしょう」


 この占い師はガイア大陸の声が聞こえるらしく、金持ちの間で当たると評判だ。

「オキタオーナーとあのギャング犬は邪悪な存在なんですか?」

「ガイアの大地曰く、その者と犬が消えればロックホールさんの未来は明るい、と」

「ど、どーすればいいですか、ボクは?」


 占い師はテーブルの下から細長い木箱を差し出した。中には注射が入っていた。

「この注射にはガイアの生命力が入っております。これを打つと、あなたは怪物のよう強くなります。これでその者と犬を倒し、運命の人と結ばれましょう」

「でも、ケンカなんかしたことないです」

「大丈夫です。あなたが本気であることを、運命の人に見せるために戦うのです。通常は高いのですが、ロックホールさんを応援するため、半額で売りましょう」

「半額なら買ってもいいか」と、男は固唾を飲み込んだ。


 そして、思い出す。暖炉の前で交わした父親との約束だ。

 父はマシュマロを焼きながら語り出す。

『よく聞け、オルランド。パパはあと二年の命だ』

『二年って、急にどうしたんだよ、父さん』

『お前とこうしてマシュマロパーティーができるのも、あとわずかってことだ。だから、パパは決めたよ。お前に会社を完全に任せると』

『そ、そんな、ボクはまだ社長として未熟だよ。ボクにできるわけない』

『パパだって未熟だ。人間な、未熟なんだよ。でもな、家族がそんな未熟な自分を支えてくれるんだ。辛いときも苦しいときも、家族の愛があれば乗り切れるんだ』


 ありがとう、父は大きな息子を抱きしめた。病院で初めて抱いたときを思い出す。

『オルランド、社長として頑張るには、愛する妻を見つけるんだ。そうすれば、会社経営も悪いことではないとわかる。できれば、パパに可愛い孫を見せてくれ。お前と孫と三人でマシュマロパーティーするのがパパの夢だ』


 肩を抱く父親の力は弱弱しかった。ボクがちゃんとしなきゃ、と覚悟を決めた。

『父さん、わかったよ。ボクは結婚する。父さんの夢を叶えるために、絶対に!』

 息子は目力強く、占い師から小箱を買ったのだ。値段は百万GLだ。


「必ず月の下でお使いください。あなたの幸せを、ガイアは願っております」

 その女は口元を緩めた。男は決意新たに席を立つ。歪んでいた水晶は元の透明な球体へと戻っていった。



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