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【読切】「片思い」4

 昼下がり、男二人と柴犬がテーブルを挟んで向かい合う。切り出したのは店の常連客、オルランド・ロックホールだ。経営者のオキタから呼ばれ、神妙な面持ちで訊く。


「オキタオーナー、お話とはいったいなんですか?」

「あのですね」

「メイドにストーカーするのは止めてくれって話しだ」

「ボ、ボクがストーカーだって?!」


 店の番犬からの指摘に、ロックホールは椅子から転げ落ちそうなぐらい動揺した。

 飼い主は唐突に切り出した柴犬を叱る。


「シバちゃん! 物事には順序ってもんがあんだろ!」

「リュージ、こういう話はガツンと言うべきなんだよ。下手に回りくどく話すと、客が調子に乗って、余計にトラブルが起きる元凶になんだって、リーさんから聞いたんだ」

リーさんとは中華三国からの移民で、野菜餃子が評判の店の女店主だ。

「オキタオーナー、ボクがストーカーだってことですか?」


 オーナーは小さく頷き、手振りを交えて丁寧に話す。

「実はレベッカ本人から昨日の夜に待ち伏せされたと言われまして、それも前にもあったと聞きまして、少々お客さんとして行き過ぎなんじゃないかと」


 レベッカが告げ口をしたと信じられないのか、ガムシロップたっぷりのアイスコーヒーを一気に飲み干す。「ボクは、ストーカーなんかじゃありません!」


 黒目で強く否定した。ピュアでまっすぐな眼差しに少々たじろぐオキタと柴犬だ。

 勘違いされぬよう、オーナーはメイドレストランのコンセプトを説明する。


「もちろん、ロックホールさんがストーカーではないと信じています。ただ、メイドレストランはあくまでもエンターテインメントなんです。ミュージカル女優を夢見る女の子がお客さんと楽しく話して、お客さんを歌って踊るショーで楽しませ、いつかできる専用劇場のステージに立つために日々頑張っているんです。だから、お客さんとの出会いの場所ではないのです。理解してください」

「わかっていますよ、偽りの世界だって。でもね、オキタオーナー」

 そう納得したロックホールだが、キリリと再び目力を強めた。


「エンターテインメントから始まる恋があったって、いいじゃないですかっ!」

 そう啖呵を切ってポケットから品のある小箱を取り出す。

「なんですか、それ?」

 オキタの問いに、「結婚指輪です!」

「けっこんゆびわ?!」

 男と柴犬の呼吸、聞き耳を立てていた店主の食器を洗う手も止まった。


「僕はレベッカと結婚を考えています、本気で!」

「いやいやいやいや、どんな展開ですか、ロックホールさん」

「展開も何も、運命なんですよ! そう、占い師の先生に言われましたから!」


 こいつ本物じゃねーか、オキタと柴犬はそう確信した。

 論理が飛躍しすぎて追いつかない。ロックホールの頭には勝ち筋が見えているが、レベッカ本人はそもそも彼がタイプではなく、ヒジカタのファンだ。蒼い眼が好みだ。


 さすがにオキタもこのままでは他のメイドに危険が及ぶかもしれないと思い、はっきり言おうとした。だが、前のめりの常連客が先に口走る。

「オキタオーナー、僕たちの結婚を認めてください!」

「いやいやいや、ムリだから!」

「どーしてですか?! 僕らの相性は占い師の先生が褒めているんです!」

「その占い師の先生ってなにもの?!」

「ロスシティの成金たちの間で話題の占い師に相談したんです。そしたら、僕とレベッカは運命の赤い糸で結ばれていると言われました。すごい偶然だと思いませんか?」

「いや、結ばれてないでしょ。勘違いです。ロックホールさん、目を覚まして」

「目を覚ますって、僕は本気です! 両親にも紹介したいのです!」


 本気の本気だ。エンターテインメントという夢の世界にハマり込んでしまった。

 メイドレストランでは客とメイドの恋愛は禁止と毎回説明はしているが、ここまではっきりと物申す客は初めてなので、オーナーのオキタは勢いに押されてしまう。


「この指輪、最高級ダイヤモンドで作ってもらったんです。一千万かかりました」

「いっせんまん?!」

「安いもんですよ。愛する妻のためですもん」


 小箱を開けると、煌びやかな宝石が見る者を虜にする。思わず、店主も他の客も顔を覗かせてその指輪に見惚れた。同時に、金持ちのストーカーって面倒くせぇと思う。

 常連客は高鳴る心臓を抑えようと、おかわりのアイスコーヒーをグビッと飲み干し、改めて切り出した。


「オキタオーナー、僕とレベッカの結婚を認めてください」

「お前は出禁っ!」


 出禁宣告したのはオーナーではなく、店の番犬だ。

「な、なんだって?! できん?!」

「おいおい、シバちゃん、やりすぎだって」

「やりすぎじゃねーよ、リュージ。こいつが分別つかねーで、可愛いメイドちゃんを不安にさせるのが悪りぃんだ。結婚したけりゃ、結婚相談所に行け、バカもんがっ!」

「犬に、犬に言われる筋合いはないっ!」

 

 頭に血が上ったロックホールは立ち上がる。顔も耳も真っ赤っかだ。

「犬は犬でも、オレはメイドちゃんを守る番犬だぞ、バカもん! やべー客がメイドちゃんに手を出すなら、てめぇの頭蓋骨を噛み砕く覚悟があんだよ」

 ガルルルッ、鋭利な牙と強力な霊力を見せつける。常連客は泣き顔で訴えた。

「噛み砕かれたって、構わないっ! 僕は本気なんだっ!」

「俺だって、本気だよ」ガブリッ!

「イイイ、タアアアアア、イッッッ!!!」


 柴犬がソーセージのよう美味しそうな左の脹ら脛に噛みついた。

 必死に止める飼い主だ。「やめろ、シバちゃん! 新聞に載っちゃう!」

「二度と店に近付くな、ストーカー野郎ッ!」

「絶対に、絶対に諦めないからな! 絶対にレベッカと結婚するからな!」

 

 飼い主の助けもあって、ロックホールは泣きながら店を出て行った。

「あーあ、店の売上が飛んでいく」

 肩を落とすオキタに、お座りする柴犬が叱る。


「諦めろ、リュージ。ドラッグでぶっ飛んだ奴より、ストーカーはやべーんだよ」

「たしかにヤバいけど、どうにかこうにかして、ライバル店に行かないようさ」

「あんなやつ、ライバル店でも出禁だよ。マスター、ツナ缶一つ!」

「ハイハイ、ツナ缶ね。ついでに、リューちゃん、あの子のコーヒー代よろしくね」

 金持ちの客を逃がし、経営者として頭を悩ませるオキタは一仕事終えた番犬にご褒美と、飲み逃げした常連客のお代を払ったのだった。


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