【読切】「片思い」2
ガイア帝国、ニューフロンティア州、ロスシティ――
「お疲れさまでーす! お先でーす!」
猫耳メイド服から花柄ワンピースに着替えた女はレストランを後にする。
夜空には星々が輝いており、接客で疲弊した心が少し安らぐ、とはいかなかった。
なぜなら、レベッカ・ローレンスをとある男が待っていたからだ。
「君の瞳はこの薔薇よりも、あのお星様よりもキレイだよ、レベッカ」
どうやら延長戦のようだ。彼女に声をかけたのはメイドレストラン《ANEGO》の常連客、オルランド・ロックホールだ、イチゴのアイスと可愛い女の子が大好きな、郊外でワイン農園を営む二代目の若手社長だ。幸せが詰まったお腹がチャーミングポイントと自負する彼は、少し照れながら薔薇の花束を彼女に手渡す。
「わー、真っ赤なお花ですね! どうして、またお店に来られたんですか?」
昼間も来たのに夜も来た、とレベッカは本音を堪えてメイドスマイルで彼に尋ねた。
「決まっているじゃないか、レベッカ。君とデートするためだよ」
「えっ、デート?!」
「見たまえ、こんなに夜空がキレイだ。ビーチで散歩しないともったいないだろ」
男はさきほど美容院でトリートメントしたばかりのサラサラヘアーを撫でる。白い歯の中で八重歯の金歯がまばゆい。
「えーでも、私、ちょっと疲れてて。その、ごめんなさいっ!」
なるべく常連客を傷つけないよう、レベッカはハッキリと断った。ウインクのサービスを添えて、もちろん無料だ。花束を返そうしたが、男は微笑むだけで受け取らない。
「そうだよね、僕以外にも相手をしているんだ。そりゃあ、疲れるよね。レベッカ、君は本当にいい子だ。僕を傷つけないように言ってくれるんだもん。疲れているなら、僕が泊まるビーチのホテルに来ないか。もちろん、何もしないよ」
え、信じられないセリフだ。こんなセリフ、ミュージカルでも出てこない。
「星空が照らす海を眺め、僕の会社のワインを飲もう。あま~いアイスと一緒に」
「あーっ! あそこに未確認飛行物体がいるーっ!」
「な、なんだって?! どこだ、どこにいるんだ、未確認飛行物体は?!」
オカルト好きなロックホールはレベッカが指さす夜空の向こうにいるだろう、その謎の物体をキョロキョロと探すが、そんなものはどこにもいなかった。
「レベッカ、どうやら消えたみたいだね。あれ、嘘だ、レベッカが消えた?!、どこにいったんだ、レベッカ! レベッカーーーっっっ!!!」
彼女が消えた。もしかして、未確認飛行物体が連れ去ったのか、そんな疑問を胸に抱いて店前で叫ぶ男を、すれ違う人々が怪しむ。だが、彼はまったく気にしない性格だ。
「そうか、僕を傷つけないために可愛い嘘をついて帰ったんだね。まったく、これだからレベッカを推したくなるんだよ。また来るよ、レベッカ。愛しているよ」
道に置かれた薔薇の花束を肩に担ぎながら、常連客はホテルへと帰っていった。
「は~っ! やっと行ったよ。さすがにホテルはキモイって」
店前のゴミ捨て場のバケツからひょっこり顔を出すレベッカは男の背中を見送る。
「悪い人じゃないんだけど、しつこいんだ、ロックホールさん。明日、オキタオーナーに相談しなきゃな。あー、クッサ! お気に入りのワンピなのに」
他の客からプレゼントされたバッグと買ったばかりのワンピースが臭くなり、心がやさぐれた女は自宅のアパートへ帰路についた。