【読切】「片思い」1
ガイア帝国 ニューフロンティア州 州司令部知事室――
壁一面に張られた鏡の前で、黄金を愛する男、ダーリン・ネルソンは新調したばかりのスーツにご満悦だ。両手首には黄金時計が煌めく。
「今日のオレは一段とハンサムだと思わないか、ブラザー」
「素敵なスーツだと思いますよ、ネルソンさん」
知事室に訪れた客人、ベリアール・キャバリアは軽く手を叩いて褒めた。
ネルソンはニューフロンティア州の知事であり、その州内の大都市の一つ、ロスシティ市長を務めるのがキャバリアだ。二人は師弟関係にあたる。
握手を交わした二人は渋茶のソファーに腰かけた。有名競走馬の馬革らしい。
「ブラザー、わざわざ来てもらって悪いな」
「いえいえ、知事に呼んでいただいて光栄です。いい天気でしたので、太陽に照らされる美しいゴールデンブリッジが拝見できましたし」
「ブリッジにキレイな女はいたか?」
「あいにく、そうした趣味はございません」
「なんだよ、相変わらずつれねー野郎だ、その薄目笑いは冗談か?」
「この目は生き残るために身に着けた、生存戦略の賜物です」
と、女秘書が茶菓子を出す。七色のマカロンと湯気をふかす紅茶だ。
その一つを手に取るネルソンがいう、
「話というのは、ニセ札の件だ」
紙幣制度を採用するガイア帝国内はニセ札が社会問題となっていた。かつてゴールド・ラッシュで金銀財宝が採掘されたニューフロンティア州はとくに深刻な被害だ。
「やはり、ネロ・ファミリーでしたか?」
「いーや、違うらしい」
「違う?」
「そうだ。仲間がドラッグの元締めを捕まえたんだが、そいつからの情報だ」
「怪しいですね、信用できますか?」
「信用するも何も、マザーの前で否定したんだぜ?」
ネルソンは金歯を光らす。彼は黄金をこよなく愛する。元軍人である知事の座右の銘は『世の中、カネが全て』だ。
この言葉を信条に退役軍人からビジネスを成功させ、ガイア・ドリームを叶えて大金持ちとなり、現在はガイア帝国ニューフロンティア州の知事を務める。その言葉を彼に授けたのが、ローズ・ラッキー・マリアーヌ、通称『マザー』だ。
キャバリアの目が見開く。とはいえ、風でドアが開く程度だ。
「そう思うのは正しい。俺だって話を聞いたときは信じられなかった。だが、マザー本人がそう話すんだ。俺たちは信じるしかない。それがファミリーの掟だ」
「マザーにお会いしたのですか?」
誓いの何かか、両手首で輝く黄金の時計を示す。キャバリアも同じ時計を見せる。
「一か月後だ。マザーがネロと会う」
「コミッションですか、軍が黙っていないですよ」
「軍で済めばいいな。騎士団が嗅ぎつければ、事が事で済まない。とくにあのネイビーロットのチビガキだ。あいつは社会の仕組みを知らん。どうにか黙らせたい」
男は紅茶を一気に飲み干す。その相棒は一口含んでカップを置く。猫舌なのだ。
「その話ですが、例のサムライが経営するメイドレストランを覚えていますか?」
「あー、お前の手下がへました話だろう?」
「ええ。その節はご迷惑をおかけしました。そのメイドレストランからサムライを仲間に引き込めないかと考えております」
「サムライを? マフィアを狙う賞金ハンターじゃなかったか?」
「そうなんですが、敵を利用したほうが早いですから」
「そうか、お前のことだ。何か策があるんだろう。知事選まで半年もある。だから、俺は一か月後のコミッションを心配しよう。なにせ、四大のボスが揃うんだ」
「四大のボス?!」
目が完全に見開いた。想定外の単語であり、瞬時に事態の深刻さを理解する。
ベリアール・キャバリアは賢い。ネルソンが最も信用し、信頼する部下、右腕だ。
ネルソンは頭をかいた。マザーからの指示でこの件は口留めされていたからだ。
「あー、やっちまった。ま、お前相手だからいいだろう」
「四大のコミッションが開催されるなら、騎士団長が動きますよ?」
コミッションとは、マフィアのボス同士が話し合う会合のことだ。もちろん、犯罪に手を染めてカネを稼ぐ彼らが穏便に終えることはない。必ず死人が出て、軍が動く。
話に出たマザー・ファミリーとネロ・ファミリーはガイア帝国で四大ファミリーにあたり、その四大ファミリーのボスたちがコミッションを開く、そうネルソンから伝えられたキャバリアは熱さを我慢して紅茶を飲み干した。むろん、火傷したが。
「しかし、ネロ・ファミリーでないとすれば、ニセ札はロバートソン・ファミリーかルシアルノ・ファミリーってことですか? その両家がニセ札をバラまくとは」
「いーや、それも違うぜ」
「違う?」
「もう一つだ。もう一つのファミリーだよ」
「まさか、四大に匹敵するほど巨大化したファミリー……コーザ・ノストラ」
ネルソンは人差し指を口に当て、ニヤつき、マカロンを豪快に口へ放り込む。
「キャバリア市長。俺たちにできることはマザーのためにカネを稼ぎ、軍を弱体化させ、貴族どもにゴマをすることだ。そして、邪魔で生意気な騎士団どもの首を、ギロチンで落とそうじゃないか!」
茶菓子はボロボロと足元へ落ち、愛猫がそれを舌先で舐めた。