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54 防御計画

 早瀬の告白を聞いて、井川はため息をついた。

「お前は相変わらず女に甘いな」

 早瀬は女性や子供や老人など、所謂社会的弱者にキツく当たれないのが欠点だ。

 早瀬が一般人なら弱い者に優しいという長所だが、警察官となればどんなに可哀想だと思っても同情してはいけない事案も多々ある。

「で、山口が何かしでかしそうなのか?」

「もしかしたら、山口先生は羽崎さんに文句を言いに行くつもりなんじゃないかと」

「文句? 何の文句だよ」

「羽崎さんが晴彦が帰ると言うのを引き止めていたら、惨劇は起きなかった、引き止めなかったあんたが悪い、とか」

「は? 今更か? それを言ったら『そもそもの原因は、晴彦からイジメの相談があったのにお前が無能で何の対処もしなかったからだ』って言い返されるのがオチだ。俺ならそう怒鳴り返すぞ」

「羽崎先生は言い返すような性格じゃないでしょう」

 確かに、少なくとも面と向かって女性にキツいことを言う人間とは思えない。

「まあ、どちらにせよ、羽崎先生のEメールアドレスが無能のトラブルメーカーに渡った事は伝えておかないと」

 一応羽崎の許可は取っていて、無断でなかったのは幸いだった。後に万が一トラブルが発生したときには言い訳のしようがある。

 が、揉め事がないのが一番いいに決まっている。

 井川は羽崎へメールを送った。

『こんばんは。

 久住晴彦の事件でそちらに話を伺いに行きました高田西警察署の井川です。

 お忙しいところ当署より度々メールを送って申し訳ありません。

 先程当署員が晴彦の元担任教師に羽崎先生のメールアドレスを渡して良いかと許可を求めた件ですが、アドレスを渡した後になって担任教師の態度に少々引っかかるものを感じ、もしかしたら先生にご迷惑をかけるのではないかと案じております。

 先生に善意の承認を頂いて、後にトラブルが起こればお詫びのしようがありません。

 ですから、もし山口という名前の人物から面会を希望するメールがきたら、何らかの理由をつけてお断りしてください。

 当署員が軽はずみな事をしてしまい誠に申し訳ありませんでした。

 どうぞよろしくお願いいたします。』

 羽崎からすぐに返信が来た。

『お気遣いありがとうございます。

 警察の方は職務柄不穏な雰囲気に敏感でいらっしゃるのでご心配いただいたようですが、山口先生も事件から日も浅いためまだ色々とお疲れで、ネットで酷く攻撃された分世間に対して不信感を抱いて、神経がささくれ立っているのではないかと思われます。

 実はもう先程ご連絡をいただいて、今度の土曜日の夕方に家でお会いする約束をいたしました。

 夕食を一緒に取りながら話をすれば、お互い緊張も少ないのではと思い提案したところ、快諾していただきました。

 仮にも教師をされていた方が、わざわざ家に来て面倒事を起こす事はないと信じています。

 ですが、もしよければ、井川さんもご一緒に夕食をいかがですか?

 誤解のないよう申し上げますが、決して井川さんをボディーガード扱いするつもりではありません。

 山口先生と晴彦君の話をするうちに、伝え忘れていた話が出てくるかも知れないと思ったからです。

 前回は警察の事情聴取ということで、結構緊張していましたので。

 今度は純粋に晴彦君との思い出話が語れればと思っています。

 ご返信をお待ちしております。』

 横からパソコン画面を覗いていた早瀬はため息をついた。

「羽崎先生って、いい人ですね。報告書も読みましたが人格者ですよね」

 そうだな、と井川は適当に相鎚を打ちながらどうすべきか考えていた。


 山口が羽崎に何かすると確定はしていないが、確かに同席すれば山口が妙な言動をすればすぐに抑えられる。

 自分の代わりに今回の責任を取らせて早瀬を行かせて山口を見張らせることも考えたが、女性に強く意見できない彼を今ひとつ信用しきれない。


 それならこの期を利用することにした。

「この件は俺が始末しといてやる。課長には黙ってろ。万が一バレたら、俺に口止めされたと言え」

「え、そんな、良いんですか?」

「その代わりコーヒー奢れ」

 井川は早瀬に本署から少し離れた所にあるコーヒー専門店のテイクアウトメニューにある、パンケーキ付きのコーヒーセットを買いに行かせた。

 買い物で早瀬を遠ざけた間に井川は羽崎に返信を送った。


 アドレスを信用できない人間に渡したのはこちらの落ち度なので、元担任の言動を見守るためにも招待を受けたい。

 その上での相談だが、ひとり連れて行きたい人物がいる。

 晴彦のクラスメートの女子生徒で、晴彦に親切にされて友人になりたかったが機会がなかったため悔やんでいて、気鬱になっているようなので、一緒に話を聞かせてやってもらえないだろうか、と。


 返事はすぐ来た。

 『自分の話でその子の心を慰められるなら喜んで。ぜひご一緒においでください。』


 次いで、井川は原田に連絡を取った。

「急で悪いが、実は――」

 簡単に山口の一件を伝え、今度の土曜日に例の人間の家に一緒に行って欲しいと伝えた。

「勿論嬢ちゃん一人でという訳にいかないから、保護者であるお父さんかお母さんにも一緒に来てもらうために、どうにかスケジュールを空けてもらいたい」

 今から原田の家に行って、両親に頭を下げて協力を頼みたいと言うと、原田は「少し待ってください」と言って一度電話を切った。

 そして五分ほどして井川に電話してきた。

「父はその日仕事でいないので、母が一緒に行ってくれるそうです」

「は? いや、まだ親御さんに会って頼んでもないし、ろくな説明もしてもいないのに」

「だって機密捜査なんでしょう。民間人には詳しい話はできませんよね。だから、私の体の具合さえ注意してくれれば協力するとのことです」

 両親にどう説明したのか知らないが、親子揃って剛胆なことだ、と井川は感心する。

 警察官からの捜査協力依頼とはいえ電話での頼みを承諾するなど、原田が病院で言ったように、本当に娘のやりたいことは健康を害さない限り尊重する親なのだろうが、娘の寿命が短いかもしれない現実と向き合ってのことなら、その親心を思うと切なかった。

 土曜日に家へ迎えに行く時間を告げて電話を切ったところに、早瀬が戻ってきた。

 早瀬はパンケーキセットとは別に、ショートケーキを何個か買って来ていた。

「何だ、お前はパンケーキじゃなくてショートケーキを食うのか」

「違いますよ。それは井川さんの奥さんへのお土産ですよ。井川さんこれ食べたら、もう家に帰るでしょう?」

 持って帰ってください、と笑う早瀬に、

「お前は、絶対出世するよ。偉くなったら俺を部下にして、定年退職するまで仕事が楽で高給なポストをよろしく頼む」

 井川は笑い返すしかなかった。

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