47 久住晴彦 その4
ファインダー越しに見る防風林は、肉眼で見るよりも暗い。
時々、この小さなのぞき窓から見るほの暗い景色の方が現実なのではないかと思ってしまう。
僕は自分の目で確認できる範囲でしか世界を認識できない。
だからカメラを構えると世界はより小さく限定される。
四角に切り取られた瞬間が、僕にとっての世界の真実だ。
僕の世界――撮った写真は羽崎さんがパソコン内に保管してくれて、高校入学が決まったら僕が報告を兼ねて取りに来る約束になっている。
羽崎さんにせがまれて、撮った写真を何点か見せると、
――素晴らしいな。構図もいいし、本当に綺麗だ。すごい才能だよ
羽崎さんは僕が恥ずかしくなるくらい大げさに褒めてくれた。お世辞だと分かっていてもやはり嬉しかった。
それで調子付いて将来はカメラマンになりたいと思えるような盲目的な無謀さが、僕にあればよかったのに。
こんな時必ずどこかから声がするのだ。お前には無理だ、できるわけがない、と。
僕はいつも希望の先回りをして絶望を引き寄せる。
僕はきっと何者にもなれないまま人生を終える人間だ。
防風林の中にある獣道を歩きながら、晴彦は気が向くままにシャッターを切った。とは言ってもちゃんと狙いをつけて撮っている。
その気で被写体を探せば、撮りたいものはいくらでもあった。
裏庭から見える海。
防風林の中に落ちる木漏れ日。
軒下から滴る雨の滴。
朝焼けの空に浮かぶ白い月。
木に止まった鳥がシルエットになる夕暮れ。
羽崎のポートレートも撮ってみたかったが、絶対に顔を世間に出さないという出版社との契約があるからと断られた。
他人に姿を撮らせるのは勿論、自撮りすら駄目なのだそうだ。とにかく契約期間中は、自分の姿を写真や動画に撮るのは厳禁。何かの弾みや手違いで羽崎の情報が世間に出るアクシデントをなくすためだ。
そう言えば両親が来た時に、文現社から送られてきたという羽崎についてのいかなる情報も他人に漏らさないという誓約書に署名押印をさせられた。
この約束が守られなければ、文現社から損害賠償として莫大な金額を請求される。下手をすれば他の出版社も追従して損害訴訟を起こすだろうから、絶対に羽崎の事は他言するなと父に厳しく言われた。
晴彦が考えていたより、羽崎の個人情報非公開は厳重なものだった。
千代子の写真は最初から撮る気がなかった。食事時にしか姿を見せない上に喋らない、コミュニケーションが全く取れない子供を写真に撮ろうとは思わない。
そういえば羽崎から「千代子さんと仲良くして欲しい」と言われたことはなかった。
同性ではないし年齢も離れているから、無理に仲良くさせるつもりはないのかもしれない。
もっとも同性で同い年なら仲良くなれるというわけでもないけれど。
そう、誰とでも仲良くするなんて無理なのだ。
人の好き嫌いは理屈ではなく本能的な時もある。宗田達とは性格的に合わないと感じたから自分の方から気をつけて避けていた。
なのに、あいつらはわざわざ寄ってきて嫌がらせしてきた。好きになれない人物なら構わなければ良いのに。
しかもそんなバカと正面から対決しろという頭のおかしい人間を、よりにも寄って父親に持ってしまった。
憂鬱な気分で次の被写体を探しながら歩いていると、遙か前方にちらりと赤色の何かが過ぎった。
何か、じゃない。この色の少ない林の中で赤色は千代子の服の色に決まっている。
やっぱりあの子はこんな所で遊んでいるのか。一人で、遊び道具もないだろうに。
何より危険だ。事故や事件が起こってからでは遅い。ちゃんと羽崎に話して――と、そこまで考えて、今更ながらおかしな点に気づいた。
何故あの子はあんな軽装なんだ?
この寒空にコートも着ずに、手袋もマフラーもなしで、ワンピース一枚きり。
そう、いつも赤いワンピース姿だ。
思い返してみれば千代子が他の服を着ている姿を見た記憶がない。
そんな訳ないだろう、見たのに忘れているだけだと記憶を辿ったが、頭に残っているのは赤いワンピース姿しかなかった。
女の子の服には詳しくないし、ろくに見もしないから、もしかしたら同じようなデザインの赤色の服を何枚も持っていて毎日ちゃんと着替えているのに気づいていないだけなのかもしれない。
苦手な子だが、上着も着ずに林の中で遊んでいるのはさすがに見過ごせない。
寒さに強いのだとしても限度があるし、この先もっと寒くなる季節だからコートくらいは着せてやらないと風邪を引く。
とりあえず千代子を一度家に連れて帰って羽崎に上着を着せてもらおうと、千代子の姿が見えた方へ歩いて行った。




