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22 原田詩織  その2

「優しい子だと思いました」

 まず晴彦について問うと、凛と顔を上げた彼女はそう言い切った。

「どうしてそう思ったの?」

「前の席から後ろにプリント一枚ずつ取って回す時、紙が折れたのとか汚れてるのがあったら、久住君は必ずそれを自分が取ってきれいなのを後ろの人に回してました」

 他にも、本人が知らない内に机から落ちた物を何も言わずに拾って戻してあげたり、クラスの子が指先をカッターで切った時に宗田たちに気付かれないように通りすがるふりをして、黙って絆創膏をその子の前に置いて行った事もあったという。

「自分が声をかけたらその子も宗田君たちにいじめられるかもしれないって、思ったからだと思います」

 結構細かい所を見ている。彼女なら少し違った人物評を語ってくれるに違いない。

「じゃあ宗田君たちは?」

「宗田君は万事要領がいい。大石君は肝心なところで融通が利かない。品川君は見た目よりプライドが高い子です」

 宗田は試験勉強方法と掃除の仕方を見て、大石は美術教師の技術指導への反論を聞いて、品川は自分のギャグに笑わなかった者へ反応で、そう感じたという。

「良く見てるね」

 井川が感心すると、

「人間観察が趣味なんです」

 原田はにこりともせず答えた。

「性格を観察して、次の言動を予想するのが好きなんです。でも」

 久住の事件だけは全く予想外だった、と原田は顔を曇らせた。

「君は、久住君を嫌いじゃなかったんだね」

「そうですね。でも、特別好きでもありませんでした」

 言ってから原田は少し首を傾げた。

「んん、言葉が違うかな。イジメから助けてあげたいと思うほど好きではなかった、です。久住君を庇ってクラス全員を敵に回す覚悟ができるほど強い好意を持ってなかった、が正しいと思います」

 自分自身も観察の対象なのか、冷静に自己心理を分析して語ろうとするところがおもしろい。

「久住君を庇ったとしても全員が敵になるってことはなかったかもしれないよ」

 しかし井川は小宮と違って、原田の言葉をそのまま拾い上げてため息をついた。

「もしもの話だけど、君が友達にイジメを止めさせようと呼びかけていたら、協力してくれる子がいたんじゃないのかな」

 井川の今更過ぎる仮定話は、クラス内のイジメに対して何もしなかったと原田を責めるつもりで口にしたのではなく、本音を言うと宣言した原田にこちらも本音を言って見せたのだろう。事件の外側にいた者全ての代弁でもある。

 もし誰かが――級友でも教師でもいい、晴彦へのイジメを止めさせる行動を取ってくれていたらこんな事件は起こらなかったのではないかと、詮無い希望を乗せた愚痴にも似ていた。

 晴彦を無視していたクラスメートの一人である彼女には罪悪感を煽られる辛い問いではないかと小宮は心配したが、原田は顔色一つ変えず、

「呼びかけても無駄です。賛同者なんて集まりません。孤立して終わりです」

 井川の仮定を身も蓋もなく否定して、断言した。

「いや、だけど、いじめられてて可哀そうだったって何人もの子が同情していたんだから」

 反論されて意地になったのか、更に言い重ねる井川を原田はじっと見据えて、

「刑事さんともあろう人種が、言葉を額面通りに取るなんて」

 呆れたように眉根を寄せた。

「同情した、なんて聞こえはいいけど、それは可哀そうな子を可哀そうって思う自分って優しい人間なんだ、薄情じゃないって自分を庇いたい心理から来る自己欺瞞じゃないですか」

 生意気な中学生にありがちと言えばありがちな、ひねくれた見方だ。シビアな言葉を吐いてクールさを気どったり、斜に構えて人の意表を突く事を言い、注目を集めようとしたりするのはこの年頃の子どもなら珍しくない。

 が、彼女の真摯な目を見て、この子は違うと小宮は判断した。

 ひねくれた言葉の裏には何か意味が隠されている気がする。

 井川も小宮と同じだったのか、腕を組んで原田を見返し、しばらくしてから口を開いた。

「つまり、あの子たちの言う同情は自分の心を守るためであって、久住君を助けようという気持ちはなかったと言いたいんだね?」

 原田は答えず、逆に井川に問いかけた。

「刑事さんたちは、宗田くんたちのイジメと無視していたクラスメートの様子がどんなだったか、聞きましたか?」

 自分もそのクラスメートの一人であるというのに、第三者的な立場から問うような態度だ。

 井川は小宮が手にしているメモ帳を取り上げ、確認するように目を走らせた。

「宗田君たちは先生たちが普段から問題視するような子じゃなく、ごく普通の生徒だった。が、久住君の行動の鈍さが気に入らなかったのが原因でいじめるようになった。クラスメートたちは久住君を可哀そうに思ってはいたが、庇えば今度は自分がイジメの標的になるのではと恐れていじめられている彼を無視し、担任にも相談しなかった」

「それで納得できましたか」

「一応は。久住君をいじめていた理由は後日、本人たちに直接訊ねて確かめようと思っているよ」

 今は三人とも怪我も精神的動揺も酷く、面会謝絶だ。両目を斬られた宗田は失明、後の二人も怪我の完治には半年以上かかり、しかも障害が残る可能性があるとの診断が報告されている。

 それでも、彼らは生きている。生きていて、泣きも怒りもできる。そして、いつか笑う事も出来るのだ――晴彦と違って。

「みんなが先生に相談しなかった理由は聞きましたか」

「宗田君たちは山口先生のお気に入りだから言っても信じてもらえないとか、言っても頼りにならない、とか」


「じゃあ、山口先生以外の先生や親に相談しなかった理由は?」


「――え」

 小宮も井川も、二人して返事に詰まる。

 そうだ。何故誰も山口以外の教師に相談しなかったのか。

 思い返してみれば、事情聴取に同席した保護者の誰もが、事件が起こるまで自分の子供がいるクラスでイジメがあった事は全く知らないようだった。ということは、クラスメートたちは親にも話していなかったのだ。

 親に相談してもどうにもならないと見切っていたのだとしても、当の学校内なら副担任の水島でも自分の部活の顧問でも、頼れる教師は他にいたはずだ。

 クラスの最高責任者である山口が頼りにならないなら、クラス内の事情が分からない他の教師はもっと頼りにならないと諦めたからなのか。

 いや、それ以前に、自分たちこそがそう思い込んでいたから、生徒達に聞かなかったのだ。

 答えられない大人に、少女はさらに質問を重ねた。

「みんな『久住君と話したり庇ったりしたらいじめられると思った』と言ったかもしれませんけど、根拠となる宗田君たちの具体的な言動を何か聞きましたか?」

「……聞いていない」

 確かに、晴彦の味方をすれば攻撃すると脅されたなどの話は誰からも出なかった。聞く必要も考えなかったのはイジメを黙認していた理由としてよくある話だったからだ。誰もが当然抱く危機感だったので、疑問も持たなかった。

 が、もしかすると自分たちは生徒達の話を聞く前から答えを決めつけていたのではないか。それに沿った話しか拾っていないのではないか。

 山口のように自分の考えに沿わない話を聞き逃しているのではないのか。

「みんなの話に多分嘘はないです。でも、負い目があることは自分からは話しません。隠すつもりはないけど、聞かれないから言わなかったって感じかな」

「だったら、君に聞く」

 頭の切り替えは井川の方が早かった。

「君も先生に相談しなかったんだろう。それは何故だ」

「山口先生は物事を自分の都合の良いようにしか解釈しない人です。おまけに好き嫌いが激しい。生徒を自分の好みで分類するような教師を私は信用しません。他の先生にも相談しなかったのは」

 原田はそこで大きく一つ息を吐いた。


「面倒くさかったんです」

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