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まさかのアナスタシア様の友情イベント、私に発生!?

 たった一言で群衆を黙らせたアナスタシアは、冬の湖のように冷たく美しいアイスブルーの瞳でリサたちを射抜いた。やや青みがかった銀の髪は彼女自身を表すように真っ直ぐで、白い肌は陶器のように美しい。


──アナスタシア、完璧な美しさね。


 お手本のような所作と、少し低めだけれど凛とした声で話すアナスタシアは、本当に理想的で、完璧なご令嬢だ。

 私は自らの置かれた状況すらも忘れて、そんなアナスタシアに見惚れてしまう。


──ほんと、ヒロインとは真逆の存在。


 栗色の髪をふわふわと揺らすリサが纏う雰囲気は、レンゲ畑のようだ。どこか素朴で、全ての人が親しみやすいと思う身近な可愛らしさがそこにある。対するアナスタシアは、一輪の青い薔薇。完璧で、理想的で、誰も寄せ付けない。そんな鋭い美しさ。


「それで、なんの話かしら?」


 アナスタシアは、再度問う。空気が鋭く張り詰めて、誰も口を開けなくなる。だがアナスタシアがリサの取り巻きにニコリと笑えば、最初に疑念を口にした男の口が、操られたように徐々に開く。


「あ、その……子爵家の、それも入学から1ヶ月も休学されていた方が第3位なのは、何かの間違いではないかと思いまして……」


「なぜ?」


「いや……私たちは幼い頃から特別な教育を受けてきたわけではないですし、1ヶ月の遅れをこの短期間でカバーするのは難しいかと……」


──まさに人の上に立つ人って感じね


 アナスタシアは笑顔一つ、言葉一つで群衆を掌握してしまった。皆、アナスタシアの威厳に圧倒されている。だがそれは、権力や武力で無理矢理に従わせているのではない。気品漂う圧倒的オーラに気圧されているのだ。まさに、この男が言った幼い頃からの特別な教育の成果の賜物だ。


──まあ、アナスタシアは特に、幼い頃から王太子妃として厳しい教育を受けてるし……


 ゲーム内では、アナスタシアの過去についても語られる。

 アナスタシアは公爵家の娘として、王太子妃として、とにかく厳しい教育を受けてきた。甘えや妥協を許されず、一切の遊びを禁じられ、誰もが憧れ、ひれ伏すような女性へと育て上げられた。


「……なるほど」


 そんなアナスタシアが男から目線を外して私を見れば、背中を冷たい何が走る。アナスタシアは、品定めをするよう私を見つめた。私は思わず息を呑む。


「……っ」


 時が止まったようだった。その時、


「シア、何事だ。何か問題でもあったのか?」


 よく通る、涼やかや声が響いた。アナスタシアの視線が私から逸れて、ようやく私は呼吸を取り戻す。声の方へ視線を向けると、透き通った白金の揺らす男が、怪訝そうに眉根を寄せてこちらを見ていた。隣には護衛騎士のカイルが並んでいる。


──レオンハルト殿下と、カイル様……


 私の麗しい推しと、将来的私を燃やすかもしれない男。その二人が群衆に近づく。


「ええ、そのようです」


 アナスタシアは静かに答えた。レオンハルトはぐるりと群衆を見渡して、最後にチラリとテスト結果を確認する。淡い氷色の瞳は優しさもあるのに、どこか人を見透かすようで息を呑んだ。


──すごいオーラ……海外雑誌の表紙みたい。


 主要キャラでもある3人の上位貴族が並ぶと、そこだけ明らかに空気が変わった。圧倒的オーラにまたしても、私は自らの置かれた状況を一瞬忘れてしまう。


 そして改めて実感した。このテストイベントで、モブキャラである私がTOP3に入るというシナリオの改変が産んだ状況の異常さを。


 第一位のルーデウスもまた攻略対象である。宰相の息子で侯爵家嫡男の彼も、間違いなく彼らと並ぶ雰囲気の持ち主だろう。その圧倒的オーラを放つ彼らの間に、ただのモブキャラ下位貴族である私の名前が連なれば、おかしいと思われても不思議ではない。


「で、何が問題なのだ?」


 レオンハルトがアナスタシアに訊く。私は少し後悔していた。


──ヤバい……一気にストーリーに介入しすぎた? もしかして今ここで断罪される……?!


 王太子ルートのバッドエンドを待たずして、断罪される未来がチラついた。


「今回の結果に疑問を抱く者がいるようです」


 アナスタシアの言葉にレオンハルト、それからカイルは改めて貼り出された結果を見つめる。見つめながら「なるほど……」と静かに口にしたレオンハルトは、アナスタシアに質問した。


「シア、君も同じ意見なのかい?」


 私はどうすることもできず、ただただゴクリと唾を飲む。


「いいえ。私はアーレン嬢が遅くまで勉強する姿を図書室で何度も目にしました。それに、私の兄にこの学園で一度も首席を譲ることなく卒業された、ブルドア子爵家の長男を家庭教師に迎えられたことも把握しています。そうでしょう? アーレン嬢」


 しかしアナスタシアは丁寧な口調でそう言って、私に問いかける。


「……え、ええ、その通りです」


──アナスタシアが貴族社会の隅々まで知ってるっていうのはキャラ設定にあったけど、ここまでだったなんて……


 驚く私を他所に、アナスタシアは凛とした声で言葉を続ける。


「よく知りもせず、家柄や表面的な情報だけで判断するのは褒められた行為ではございません」


 そうピシャリと言い放ち、私の疑いを否定する。


──このセリフ……


 私は更なる驚きを隠せずにいた。


 このセリフは、王太子ルートでいくつかの条件を満たした場合に発生する、アナスタシアとの友情イベント開始の合図だ。


──それがここで、私に対して発生するなんて……!


 だが『家柄よりも人柄、権力よりも能力を見よ』と、幼い頃から教育されてきたアナスタシアだから、自然に出た言葉とも捉えられる。

 

「私も、シアの意見に賛成だ。それにこの学園の監視体制で、不正を働く働く方が難しい」


「その通りです」


 アナスタシアはそう言うと、私に向かって微笑んだ。完璧なその笑顔に、私は思わず「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げる。


──とりあえず、助かった……?


 どうやら私はピンチを脱したらしい。


「まあ、私が負けてしまったのは、少し悔しいけれどね」


「十八位の俺からしたら、十分すごい点数ですよ」


 レオンハルトとカイルがそう冗談混じりに口にすることで、ようやく空気が和らいだ。それから二人も、私を認めたと言うかのようにチラリと私を見つめて微笑む。


──え、うそ!? 頑張った私へのご褒美? カイル様からの微笑みなんて、究極のファンサすぎ……


「ところで、ルーデウスやユリウスは結果の確認に来ていないのかい?」


「ルーデウスは『わかりきった結果に興味はない』と。ユリウス殿下も『異文化学習のための留学だから、テスト結果に興味はない』とのことでした」


 アナスタシアは少し呆れた様子で答える。


「はは。あの二人らしい回答ですね」


 カイルは楽しげに笑っていた。


「さあ! これ以上ここにいては授業に遅れるよ」


「その通りです。それにこの学園は努力を正当に評価してくれます。皆さん、本日も精一杯勉学に励みましょう」


 それからレオンハルトがよく通る声で群衆を動かすと、アナスタシアが凛とした声で締めくくった。


──ストーリーは確実に変化してるけど、まだ大きく変わったわけじゃなさそう。


 存在しないエンドにたどり着くには、これからも動き続けなければならない。常に局面を読み、作戦を立て実行する。終始困惑した表情のリサを見ながら、私は次の作戦を思案する。


 火炙りを回避して、聖女を断罪するその日まで。

6月30日21時更新

第10話「火炙り回避したいのに、ヒロインの記憶バグで怒りゲージが限界突破した話」


転生バレしたと思ったら、まさかの「庇って即死」扱い。あなたの記憶はファンタジー並みに盛られてません? 私の人生、いつの間にヒロイン庇って即死エンドになったんですか?

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