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聖女ことヒロインの中身が幼馴染だった件

 リサも私と同じく転生者かもしれない、という可能性を感じてから数日。私はその可能性を確信に変えるべく、次の接触の機会を伺っていた。


 確信に変えるための作戦は簡単だ。リサに接触して、たった一つ質問をする。「あなた『救国乙女の恋物語』を知ってる?」と。

 私の勘が正しければ、リサは何かしらの反応を示すはずだ。モブだと思っている私から突然『キューコイ』の名前が出るのだから。


──単純だけど、これが一番手っ取り早いよね。ま、彼女が相当な演技派で、表情隠されたら詰みだけど……


 6月に控えたテストイベントの成功と間違った方向に上がっている好感度を正すためには時間がなかった。多少強引な手でも使わざるを得ない。


 そしてリサが本当に転生者だったなら、私も元ガチ勢の転生者であると明かして、知っている限りの攻略法を伝えればいい。そうすれば彼女も私も望むハッピーエンドが手に入る。


 しかし


──問題は全く接触の機会がないことよ……


 リサは毎朝ギリギリに教室に来るし、休み時間は取り巻きの男たちに囲まれている。昼は攻略対象とランチしてるし、特別クラスに行かれ

ると姿すら確認できない。

 作戦はあっても実行できない現状に、焦りが日々頭の中に積み重なっていく。


「あら、本日のお相手はカイル様ですのね」


 復学以来、お茶会に招待した令嬢たちとの昼食が日常になっていた。前世で行ったどんなレストランよりも豪華な食堂で美味しいスープを口に運んでいると、噂好きのアンナがそう口にする。その視線はカフェテリアの入り口を見つめていて、そこにはキラキラと輝く笑顔を見せるリサと男の姿があった。


──嘘っ!? ヤバいヤバい、ついに会っちゃったよ! もうカッコよすぎて死んじゃいそう!!


 このまま行けば近いうちに炙られて死ぬのが確定しているが、興奮した私は思わず心の中でそう叫んだ。


 輝く赤い髪、活発そうな目、鍛えられた体に人懐こい笑顔。調子のいいことばかり口にするくせに、紳士っぽいことも忘れない罪な男。王太子の幼馴染かつ現護衛騎士。社交界では多くの女性陣を虜にしている私の最推し。


──生カイル様……最っっっっ高……!


 推しが神々しすぎるせいで、隣にいるリサのことを忘れそうになる。


──あぁ、私がエレナじゃなくてリサだったら、カイル様ルート完璧にこなして間違いなくハッピーエンドなのに……


 こんなにもカイル様を、『救国乙女の恋物語』を愛する私がなぜモブ令嬢なのか。この時ばかりはリサに嫉妬し運命を呪う。


「本当、聖女様は常に男性と一緒にいらっしゃいますね」


 アンナが声を潜めてコソコソと話す。他の令嬢は「ですわね」と同意した。私も激しく同意する。そのせいで作戦が実行できない。


「普通クラスの教室でもそうなんでしょう? エレナさん」


 アンナが私に問いかけた。それにスープを飲み込んだ私は答える。


「ええ、まあ……そうですわね」


 影口を言っているようで少し気が引けた。


「さらにあの方、女性には冷たいそうですよ」


 別の令嬢はさらに声を潜めてそう言った。


──はい、そうです。まさにその通り。冷たくて怖いです、彼女。


 私は既に身をもって体感しているが、それ以上は何も言わなかった。私のスマホの中にいた可愛らしいヒロインが、この世界の中で徐々に壊されていく感じがした。


──にしても、私も一度でいいからカイル様とサンドウィッチを食べたかった……神様、なぜ私はエレナなのですか……


 楽しそうなリサを見ながら、私はパンを口に運ぶ。リサはフワフワのたまごサンドを頬張っていた。


 それから間もなくのことだった。私がちょうど食事を終えた頃、カイルと楽しげに食事をしていたリサが席を立った。胸元で可愛らしく手を振っているのを見るに、一人先に食事を終えるようだ。


──今しかない!

 

 私も慌てて、だけどできるだけ自然に席を立つ。


「あっ、私、教員室に呼ばれていたのでした! 皆さんはどうぞごゆっくり」


 生徒で賑わうカフェテリアでリサを見失わないよう、驚くみんなに「お先に失礼します」という挨拶を残して移動を開始する。


──リサはどこに向かってるんだろう。


 あまりにも人が多いところでは、さすがに話しかけづらい。適度な距離を保ちつつ、私はリサを追う。

 幸いなことに、この日のリサは終始一人だ。途中何人もの男性がリサに声をかけるが、リサはそれを笑顔で躱して先に進む。その様子を見ながら私はひたすらに機を伺った。

 それからしばらく歩いた後、リサはようやく足を止めた。


──また中庭だ…


 リサと以前話した時のことを思い出し、妙な汗がじわりと滲んだ。

 

 だが、チャンスは今しかない。


 5月のよく晴れた今日は、日差しが燦々と新緑の上に降り注いでいる。中庭は美しく整備されているが、屋根がないせいか人は少ない。


──あなたは、『救国少女の恋物語』を知っていますか。


 私は用意した質問を心の中で何度も唱える。そして、いざ、と意気込んだその時だった。


「……なんで見当たらないわけ? 場所はここのはずでしょ?」


 リサの苛立ちが混ざった呟きが聞こえた。


──なにかを探してる?


 良く手入れされた低木と木の陰になった場所。人目につきづらい中庭の片隅で、リサは何かを探している。


「大体、サファイアのカフスとか小さすぎ。落とすならもう少し目立つもの落としてよ」


 リサの苛立ちが一層濃くなった。少し強くなった語気に、呟かれた言葉は一言一句漏れることなく私の耳に届いた。


──間違いない。


 その呟きに私は確信する。


 『サファイアのカフス』は王太子の落とし物で、条件を満たせば確かにこの場所で拾えるアイテムだ。これを拾うことが直接エンディングに関わるわけではないが、拾って王太子に渡せば好感度がグッと上がる。要は、クリアできたらラッキー程度の好感度上昇用イベント。

 そしてそのカフスの存在や発生場所を知っているということは


──間違いない。リサも転生者だ。


 こうなれば生き残るためにやることは一つ。自らも転生者だと明かして、正しい攻略法を伝えるのみ。

 そう思い、リサに声をかけようとした、その時だった。


「ありえない! なんで無いのよ……もしかしてあの2人、私に嘘教えた?」


──あの2人? なんのことだろう…


 酷く苛ついた様子で紡がれる謎の言葉。そしてその苛立ちを表すように、忙しなく動くリサの左手。人差し指に髪をクルリと巻き付けては解き、巻き付けては解き、これを何度も繰り返す。


 私はその動きには見覚えがあった。


──あれって……いや、でもそんなはず……


 浮上する新たな可能性。でもそれを即座に否定する。だってそんなはず、あって欲しくない。しかし頭がどれだけ必死に否定しても、私の記憶が訴えてくる。


 苛ついた時に左手で髪をいじるのは、有紗がよくやる動きだった。

 それに“あの2人”が“教えた”という言葉。茜と私は、いつもわからない、難しいと言ってばかり有紗に、2人で見つけた攻略ルートを余すことなく教えてあげた。時には面倒だと言う有紗の代わりにプレイまでした。


──それに有紗の推しは、王太子 レオンハルト。


 同じ事故に巻き込まれたのだ。認めたくはないが、可能性は充分だ。


 そしてもしそうなら、このプレイングにも納得がいく。とにかく早くスチルを集めたいだけの有紗は、私たちが言ったボタンをいつもタップするだけだった。何一つ自分では考えない。だからおそらく、ある程度は知っていても、正確には知らないのだ。


──作戦は変更。もう「あなたは有紗ですか?」って、直接聞こう。


 私はさらにリサに近づく。リサは未だ私に気づいていない。そのせいか


「ほんと遥香も茜もつかえない……なんのためにオタクやってたのよ」


 そう言うリサの言葉がハッキリと私の、間宮遥香の耳に届いた。


──……はぁ…?


 心が怒りで冷たくなっていく。もう何も聞く必要はない。このヒロインがぶっ壊れてる理由はよくわかった。

 間宮遥香の記憶の中で、笹本有紗がこう言った。


「えー、面倒くさ。あとは2人がやっといてよ」

 

 面倒くさい、適当でいい、あとはやっといて。有紗はいつもそうだ。


 それからもう一つ思い出した。


 あの日、あのファミレスの帰り道。迫るトラックと響く悲鳴。隣の有紗は私のカバンをグッと掴んで、そのまま私の背中を押すと影に隠れたことを。


 私と有紗は幼馴染だ。確かに昔は仲が良かった。だけど最近はどうだろうか。本当に友だちと呼べただろうか。


──ヒロインの暴走でこの世界はすでに狂ってる。だったらこんな世界、私がもっともっと狂わせてやる。


 タダでハッピーエンドは渡さない。だけど私も、タダで死んでなんかやるものか。


──7つ目のエンド、狂った聖女の断罪ルートをこの手で切り拓いてやるわ。

6月23日21時更新


第8話「ただ今、新ルート開拓中につき」

モブキャラがまさかの第3位!? 一ヶ月の努力の成果が、物語に思わぬ波紋を広げていく。

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