聖女のバグ原因推察したら、転生者説が浮上しました
リサの態度に困惑した私は、もうそれ以上何も言えなかった。トボトボと席に戻り、椅子に座る。
私が去ったリサの隣には今、同じ組の男子生徒が立っている。乙女ゲームのキャラクターだけあって、攻略対象ほどじゃないが中々のイケメンだ。
「ダイヤモンドってなんで知ってたの? やっぱりリサちゃんはすごいね」
「そんなことないよ! たまたまだよ」
笑顔は笑顔でも、私に見せた笑顔とは全く質の違う笑顔でリサは答えた。その様子に別の男子生徒も寄って来て、すぐにリサの周りは男で溢れる。リサを観察する私は思った。
──男と女で態度が違う…
これはお茶会での噂のされ方も納得だ。女に冷たく、男に甘い。さらには人の婚約者に手を出して、人前でのボディタッチも厭わない。
──うん、間違いない。この人、女子に敵認定されてるわ。
だけど乙女ゲームとは、改めて考えるとおかしな世界だ。大半の女子が憧れる多種多様なイケメンが、こぞって一人の少女 ヒロインの虜になる。
──そんなの、本っっっ当に下心がなくて、誰にだって分け隔てなく優しさ振り撒く、それこそ聖人君子みたいな人がヒロインでギリ成り立つ世界よ。
下心が見え透いたり、優しさが誰かに偏ったりすれば、不快に思う人が現れて当然だ。まさに、今のリサのように。
──モブ女子キャラの友だちすらいないのに、王太子の婚約者と友だちになるなんて、絶対にありえない。
このままじゃ火炙りルート確定だ。そもそもヒロインはなぜこんな風なのだろうか。
そんなことを考えていると、2限目開始の鐘が鳴る。経済学だが、正直全く身が入らない。
私はノートの片隅に日本語で小さくこう記した。
《ヒロインがおかしい原因(推察)》
・誰かがプレイしているゲームの世界だから
→ここまで詳細なキャラ設定不可→可能性薄
・私が転生したせいで発生したバグ
→本命
──今、思いつくのはこのくらいか。あとは…
側から見たら、真剣にノートを取る真面目な学生に見えるだろう。実際は全く関係のないことばかり考えているのに、だ。
私はさらに付け加える。
・実はヒロインはもともとこんなキャラ
→要観察
──『キューコイ』ガチ勢としては、これが原因であってほしくはないけどね……
こうして色々書き出してみたが、答えは出ない。そこでこう付け足す。
《結論》
ヒロインの暴走理由不明
対策案1. それとなく殿方との距離感を忠告
対策案2. テストイベントに向け一緒に勉強
正直、うまくいくとは全く思っていない。だが、やらないよりはマシであろう。私はまず対策案1を実行すべく、機会を伺うことにした。
授業終了を知らせる鐘が鳴る。私にとっては行動開始の合図である。がしかし、リサの周囲には常に男が群がっていて、なかなか近づけない。
今日中の接触は難しいかと諦めていたその時、チャンスは突然訪れた。
休学中のことについて話があるからと教員室に呼ばれて教室へ戻る途中、昼休みも終わりにさしかかった頃だった。中庭をリサが一人で歩いている。これはまたとないチャンスだ。
「あの!」
声をかける。
「…はい、どうされました?」
振り向くリサは、目以外で笑っている。
──怖い怖い怖いってその顔……でも火炙り回避のため、火炙り回避のため、火炙り回避のため……
なんとか自分を奮い立たせる。
「えと……少し申し上げにくいのですが……」
言葉は慎重に紡がなければならない。
「その……ハートフィリアさんの男性との関わり方について、他の方が色々と言われているのを聞いてしまって……このままでは嫌な思いをされるんじゃないかと心配で……」
なんとか遠回しに「男に近づくな」と伝える。これには多少無理があることくらい、自分でもわかっている。
──うぅ……マジでもう怖くて顔見てられない。
こんなことを言って何を言われるのかと恐怖していたが、予想に反してリサは明るく答えた。
「まあ! 心配ありがとうございます。でも大丈夫です、そんなこと気にしませんから」
──いや。私が気にするんです。
喉まで出かけた言葉を慌てて飲み込む。そのせいで、これ以上何も言えなくなる。
「じゃあ、私行きますね。午後からは特別クラスなので」
『特別』を少し強調してそう言ったリサは、私を置いて歩き出す。靡く栗色の髪が甘く香った。
「なんでこうモブキャラがヒロインの私に干渉してくるのよ……」
髪の甘さとは反対に、重く暗いつぶやきが聞こえる。聞き逃しそうなほど小さな声で聞き間違いかと思った。だがリサは今、間違いなくそう言った。
──今、私のことモブって呼んだ? それからヒロインって……
私は急ぎ脳内でメモを追記する。
《ヒロインがおかしい原因(推察)》
・ヒロインも転生者である→可能性大大大
6月20日 21時更新
第7話「聖女ことヒロインの中身が幼馴染だった件」
ヒロインの正体はまさかの“あの子”だった!? 歪んだ転生者の暴走に、元ガチ勢の逆襲が始まる——!