聖女が癖すごすぎて、火炙りエンドが見えてきました
普通クラスの校舎に入ると、アンナが教室まで案内してくれた。優秀な平民から中位貴族が通う普通クラスは生徒数も多いため、5つの組に分かれて授業を受ける。アンナと私は違う組だが、聖女とは同じ組だった。
──動きの監視や情報収集がしやすいし、同じ組で助かった……ってあれ、いや待って……
そもそも、言われなき罪で処刑されるのは、聖女と同じ組の人間だけだったような気がする。
──じゃあ、休学し続ければ処刑は免れたんじゃ……
とも思ったが、ゲームストーリーから登場人物がどこまで逃れられるのかがわからない。不確かなまま行動するのはやはり不安だ。
──やっぱりルート修正が最優先ね。聖女が来たらさりげなく接触しよう。
私はそう決意し、学友との挨拶を交わしながら聖女の到着を待っていた。しかし聖女はなかなか現れない。授業開始1分前というなんともギリギリの時間にやってきたかと思えば、「セーフ」なんて可愛らしく口にする。
──ヒロインって勤勉で真面目で純粋な少女とか、そんな感じじゃなかったっけ?
そんな聖女と受ける初めての授業は社会科。周辺諸国のことについての講義である。ゲーム内の基本情報を知る遥香の知識と、貿易を担う家系で育ったエレナの知識があれば、この科目における1ヵ月の遅れは全く問題ない。私は教師の話を聞くふりで誤魔化しながら、頭は聖女の観察に集中していた。
聖女ことヒロインは、リサ・ハートフィリア。ファーストネームはゲーム開始時に自由に設定できるが、『リサ』は未設定時のデフォルトネームである。
──茜と私はこういう時、絶対自分の名前つけてたなぁ…
教室の中でこんなことを思い出すと、より一層元の世界が恋しくなった。
──逆に有紗ちゃんはそういう初期設定を面倒くさがるから、デフォルトのままだった。
「適当でいいよ」と、いつもそう言う有紗の顔が記憶の中に蘇る。
私はぼんやりと前世の記憶を辿りながら、リサの様子を観察していた。リサも何か別のことを考えているのか、黒板には見向きもせず窓の外を眺めている。白く立派な顎髭を揺らす教師は、そんなリサに視線を送りながらゴホンと咳払いをするが、リサは気づいていない様子だった。
私はそんなリサの姿に不安が募る。
──あーもう…6月のテストイベでの高得点獲得は攻略の必須条件なのに…
このリサは知らないのだろうか。テストイベントでの失敗が王太子ルートの攻略失敗、つまりバッドエンド行き列車の切符だということを。
だけど授業は、そんな不安に焦る私を他所に淡々と進み続けた。
「……それで、ラシュタリア王国には宝石や鉄鉱石の鉱山も多く、質の高い伝統工芸品の製造はもちろん、これらの採掘と加工も国を支える大きな産業の一つとなっています」
ラシュタリア王国は私たちの国 ルーベイル帝国の西に位置する友好国で、今朝リサが腕を絡ませていたユリウスの出身国でもある。ルーベイルとラシュタリアは地続きのため、過去には戦争の歴史もあったが、今では良き貿易相手国だ。
「では、そんなラシュタリアで最も盛んに採掘されている鉱石はなんでしょうか、ハートフィリアさん?」
咳払いではダメだと感じたらしい教師は、名指しすることで意識を授業に意識を向けさせる作戦に切り替えたようだ。そんな教師にようやく視線を向けたリサは答えた。
「ダイヤモンドです」
──……! 正解だ。
これは、この世界においてそこまで認知度の高い情報ではなかったはずである。一般にラシュタリアは、貴金属の精巧な加工技術と美しい陶磁器の生産技術を持つ国として有名だ。そのためこの帝国における王国からの輸入品にダイヤモンドは少ない。
「…正解です。よくご存知ですね」
──全地雷を踏み抜く、ただの暴走ビッチヒロインかと思ったけど、多少の知識はある…?
教師は少しバツが悪そうにしながら、ようやくリサから視線を外して黒板に向かった。
知っている内容だから、リサはつまらなさそうにしているのかもしれない。
──あ、そういえば思い出した。
リサの『ダイヤモンド』という答えを聞いた時、私の中に忘れていた攻略ノートの内容を少しだけ甦った。
この授業はユリウスルートの鍵であると。
「ラシュタリアのダイヤは、不純物が少なく質が良いのも特徴です。そのためラシュタリアでは、曇りのない想いの象徴として、告白やプロポーズでダイヤを渡す風習があります。つまりダイヤを人に渡す=告白です」
──そう、この一言が鍵よ! ちゃんと聞いてた!?
攻略対象の好感度を上げる方法は幾つかあるが、メインは2つ。1つ目は、対象と会話して相手が好む回答を選択すること。2つ目が、ショップで買ったアイテムを贈ること、だ。
ただ贈る物はなんでも良いわけではない。対象や好感度によって選ぶ必要がある。例えばユリウスの場合、好感度があまり高くない状態でダイヤのアイテムを贈ると、引かれて逆に下がってしまう。それから
──もし王太子ルート狙ってるなら、好感度がどうだろうと、ユリウスにダイヤは絶対ダメ!
ユリウスにダイヤ贈った上に王太子や他の攻略対象の好感度を上げにいけば、ユリウスからは二股、三股とも取られかねない。
ダイヤモンドの情報を知っていたなら、この程度の情報も押さえている可能性はあるが、初手の誤った選択に今朝の様子を見れば、望みは薄そうだ。
私の焦りが増す中、授業の終わりを告げる鐘が厳かに響く。
──よし! 行くしかない!!
私は急いでリサの元に向かった。
「……あ、あの! ちょっといいかしら」
緊張で少し声が上ずる。それに勢いで来たが、何をどう言えば良いのか今更になって焦りが出る。
──「私は転生者です。あなたをハッピーエンドに導きます」とか…? いや、ヤバいヤツすぎる。
しかし私の焦りとは反対に、リサはニコリと笑顔で答えた。
「……誰?」
「えと……エレナ・アーレンと申します。本日まで休学していたので、ご挨拶をと思いまして……」
とりあえず、それらしいことを言ってみる。
「そうですか。よろしくお願いします」
ニコニコと笑顔ではあるが、私は少し違和感を感じた。何というか、これ以上話しかけてくれるな、という圧を感じるのだ。その圧に押されて次の言葉うまく紡げない私に、聖女は一言こう言った。
「まだ何か?」
その顔は笑顔であるが、どこか冷ややかだ。目がまるで笑っていない。
──待って待って! こんな状態でどうやってハッピーエンドに導けばいいの!?
私は思った。相手がこの聖女じゃ、私はもう既に詰んでいるのかもしれない。
6月16日21時
第6話「聖女のバグ原因推察したら、転生者説が浮上しました」
ルート修正のつもりが、聖女様めちゃくちゃ怖かったんですが。それに今、私のこと“モブ”って言いましたよね?
14日16時 タイトル未設定となっていたのを修正しました