バッドエンド確定ルート、攻略メモで打開の糸口を探す
お茶会を終えて客人を見送った私は、早々に自室へと引っ込んで窮屈なドレスのままベットに倒れ込んだ。お行儀が悪いわかっていても、身体が重い。本調子ではない身体で行った慣れない社交活動で、疲れが一気に身体を覆ったようだ。
──だけど、このまま眠ってもいられない…
不安と焦る気持ちが心をざわつかせて落ち着かない。
──まずは落ち着いて状況を整理しないと。
ルーナを呼んだ私は、着心地のいい服へと着替えを済ませ、休みたいからと人払いを頼んでから机に向かった。
私の記憶が正しければ、間違いなく物語は王太子ルートのバッドエンドに向かっている。このままでは私もヒロインと共倒れ。殺されるしかない。それを回避するには暴走しているらしいビッチ聖女を正しい分岐に導かなくてはならない。だがしかし、だ。王太子ルートはこのゲームの最難関。分岐が複雑かつ初見殺しが多い。
──あーとうしよう…流石の私でも全部は覚えてないよ…
心に焦りが生まれる。あの攻略ルートを書き連ねたノートがあれば、もしくは同じくガチ勢の茜がいれば、解決の糸口が掴めるかもしれない。しかし今はもう頼れない。
──よりによって王太子ルート… 私の推しキャラルートなら、どんなビッチでもハッピーエンドに導いてあげるのに!!
思わず叫び出したくなる。それを大袈裟な深呼吸で飲み込んだ。人払いをしておいてよかった。
「でも、生きたまま焼かれるのは絶対にごめんよ」
今度は小さく呟くように、でも力強く口にした。心身はこれでもかという程に疲弊している。だけどバッドエンドで焼かれる未来を想像すれば、こんな疲労は可愛いものである。
最悪な結末から逃れるためには、流れを変える方法を考えなければならなかった。しかしあれこれ頭で考えてもまとまらないので、私は現状わかっていることまとめることにした。
──なんだか懐かしい。茜と『キューコイ』の攻略ノート作ってた時みたい。
前世の懐かしさに、思わず笑みが溢れる。戻れるなら戻りたい。家族や友人の顔が浮かんだ。
──なんとしても生き残らないと…
私は紙にペンを走らせる。万が一誰かに見られてもいいように、あえて日本語で。
ペンを握る指先に、微かに汗がにじんでいるのがわかる。呼吸を整えてから、私は紙の上に日本語で文字を書き出した。
《ゲーム概要》
・正式タイトルは『救国乙女の恋物語』
・下級貴族のヒロインが聖女に覚醒し、王立学園へ入学するところから始まる
・攻略ルートは全部で6つ
→攻略対象5名分+大聖女ルート
→それぞれに分岐条件あり
私のペンは止まらない。メモを取ることで、不安を整理し、頭を冷静に保つのだ。
《攻略対象》
1.王太子(激ムズ)
2.王太子の護衛騎士(王太子の幼馴染←私の最推し!!)
3.宰相の息子(策士・知略家)
4.同盟国の王子(自由人)
5.神官(神秘系で中性的)
6.大聖女ルート(恋愛なし・覚醒エンド)
《王太子・大聖女ルートの注意事項》
・他ルートのエンディングを全て見て、特定スチルを解放しておく必要あり
・学園のテスト、魔物討伐イベが高評価でないとルート分岐不可
・王太子ルートクリアの重要な2つの鍵
└王太子以外の攻略対象も好感度が一定以上ある
アナスタシア(悪役令嬢)との友情イベント達成
→当時のプレイヤーみんな詰んだやつ!
「これだけ複雑な王太子ルートに、知識0で挑むのは無理なのよ…」
実際、私も茜も王太子ルート攻略には何度も失敗した。それがゲームの世界だからよかったものの、今は失敗なんて許されない。
私はさらに記憶を手繰った。
《重要:現状のフラグ確認》
・特別クラスの初授業でアナスタシア欠席
・特別クラスの案内役の選択肢として王太子が追加されるイベ発生
→王太子ルート or 大聖女ルートが解放時のみ出現
ここまで一気に書いた後『注意!!』と大きく記した。その下にこう続ける。
・案内役に王太子を選択する
→バッドエンドへの第一歩(初見殺しすぎ)
そして、
『既にヒロインはこの地雷を踏んでいる』
私は追加した文章にシャッと下線を引いてため息をついた。
──でもまだ5月。軌道修正の余地は生きてる。
今度は紙に書いた『軌道修正』という文字を、私は強調するように丸でグルグルと囲む。
《目標:バッドエンド回避》
①しばらくヒロインの行動エリアを攻略対象がいない場所にする
→全攻略対象との接触を控えて一旦好感度を下げる
②6月のイベント「定期テスト」でTOP3に入る
上げた好感度を下げるのは惜しいが、歪んだ状態で上げ続けるよりマシだ。そして実際に茜もこの方法で王太子ルートをバッドエンドからハッピーエンドへ修正していた。
手元の紙にはびっしりと文字が並んでいる。こうして「見える」形にすることで、少し気持ちが落ち着いた。
──やっぱり、書き出すって大事だよね。茜との攻略ノート作り、楽しかったな…
あの頃の記憶と、今この異世界にいるという現実のギャップに、ふと胸が詰まる。
「でも、後戻りはできないし、するつもりもないよ」
私は静かに紙を畳み、机の引き出しにしまった。
──でも細かい分岐、選択肢は流石に思い出せない。これからは都度ストーリーと攻略対象の性格から考察するしかないわね。
私はただ殺されるなんて御免だ。だから絶対に生き残ってやる。何があっても。
──そのためにはまず、お父様と医師を説得して、少しでも復学の日程を早めないと。
私の運命を変えるためにも、まずは絶賛大暴走中の聖女の顔を拝みに行きましょう。悠長に構えていたら、私は焼かれて死んでしまうから。
【お知らせ/2025.6.11追記】
いつもご覧くださっている皆さま、ありがとうございます。
本作は現在、再調整を行っており、1〜3話を順次21時に再公開しております。
(※内容に大きな変更はありませんが、一部描写を微調整しています)
初めての方も、以前読んでくださった方も、ぜひもう一度お楽しみいただけたら嬉しいです。
6/13(金)には新エピソード・第4話を投稿予定です!
第4話「この聖女、詰んでます」
学園に登校してみると、聖女様、殿方にべったりなご様子でした。それ、間違いなく私の火炙りルートです。