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聖女のキャラが崩壊している件について

「お嬢様、本当によろしいのですか?」


「ええ、もう随分調子がいいわ。ルーナやみんなのお陰ね」


「ですが…」


「大丈夫よ。さ、早く準備を進めてちょうだい。皆さんを待たせてはいけないわ」


 目覚めてから一週間。私の身体はほとんど回復していた。元々、意識がない以外の外傷はなかったため、寝ていた間に失った体力や筋力さえ戻れば支障はなかった。まだまだ本調子とは言えないが、随分と回復したこともまた事実である。

 そして今、鏡の前に腰掛けた私はルーナに身支度を進めてもらっていた。長い赤毛を結い、派手すぎないメイクで顔を彩る。ブラウンの大きな瞳が印象的な可愛らしい顔も、どこか控えめで何度見てもモブキャラに相応しいと我ながら思う。


 目覚めてからの時間は、新聞や周囲の話を元に情報収集を進めた。しかし学園内部のことはなかなか詳細に把握できない。そこで私は家の庭で近しい人間を招いての小規模なお茶会を開くことにした。やはり学園のことは生徒に聞くのが一番手っ取り早い。


「皆さん、お越しいただきありがとうございます。本日は東国のお菓子とお茶を準備しました。ぜひお楽しみください」


 私はエレナらしい笑顔で客人をもてなした。


「やはり、貿易と言えばアーレン家ですね。素敵なおもてなしに感謝いたします。それにお怪我も回復されたようでなによりです」


「ええ、本当に。お顔を見て安心しました」


 客人も笑顔で感謝と心配の弁を述べる。

 私は貴族として振る舞いながらも、貴族の冷たさに緊張していた。

 今日招待したのは8人の同等家格の令嬢たちだ。皆、近しい人ではあるが親しい人ではない。心のつながりは希薄で、ほとんどが家同士のつながりだけである。そんな令嬢たちの上辺だけの会話がしばらく続いた後で、興味深い話題が上がった。


「そういえば、聖女様のあのお話は耳にされました?」


「あの帝国歴史学の授業のことでしょうか?」


「そうそう。聖女様ってなんというか…すごい方ですよね」


「本当、そうですね」


 こういう集まりでの会話は社交辞令か噂がほとんどだ。特に今日は、近しい人の中でも噂が大好きな人を多く呼んだのだが、大当たりだった。この話、私としては掘り下げないわけにはいかない。


「聖女って、ハートフィリア家のご令嬢ですよね? その方がどうされたの?」


 私の質問に、大半の令嬢たちは顔を見合わせた。話していいのか迷っている、というよりはどこから説明すればいいのか悩んでいる、という風だ。そんな中、話題を始めた令嬢は嬉々として口を開いた。


「そう! なんというか大胆なお方なんです!」


「…えっと、大胆?」


「ええ、先日は堂々と授業中に恋愛小説を読まれていたそうですよ」


──嘘!? ヒロインの聖女は、真面目で勤勉な愛らしい少女が基本設定のはずなのに…


 エレナの中の遥香が驚く。それでも場の空気を壊さぬように、エレナとしての私は努めて何気ない風を装い応えた。


「まあ! しかし聖女様となると、先生方も注意に困りますよね…」


「そうなんです! それに男性に対してもすごく大胆なご様子で…」


 噂好きの令嬢が口を開いたことを皮切りに、他の令嬢たちも次々にヒロインのことを話し始めた。


「そうそう! 先日は王太子殿下の護衛騎士の方とご一緒でしたし」


「ええ、その前は侯爵家の御令息ともランチされているのをお見かけしました」


「それは私も見ましたわ! あと彼女、女性には少し冷たい感じで…」


──ねえ! 可憐な聖女はどこいったの!? 女子にこの言われ方って、もはやビッチとかぶりっ子じゃん。


「でもエレナさん、それよりも驚きなのが、特別クラスの授業初日の出来事なんですのよ」


 噂好きの令嬢が、もったいつけるようにニヤリと笑って言った。それに私は嫌な予感がする。


「な、なにが起きたんですの…?」


「なんと、特別クラスの案内を王太子殿下に依頼されたんです!」


──最悪だ…


 ハートフィリア家は男爵家のため、基本はエレナたちと同じ、下位貴族の通う普通クラスでの授業となる。ただ、一部授業は高位貴族と共に特別クラスの授業を受けることになるため、ヒロインはその初日に、特別クラスの案内役を王太子に依頼したらしい。


「…それは、本当…ですの…? 王太子殿下にはご婚約者である、アナスタシア様ないらっしゃいますよね? そんなことあの方がお許しになるわけ…」


 嫌な予感の的中に、私は声が震えそうになる。


「それが、ちょうどその日は体調を崩されて、お休みだったようです」


 背中を嫌な汗が伝った。


──最悪…! 最悪も、最悪!! この物語はもう既に王太子ルートに突入してる。しかもヒロインは、早速最初の選択肢を間違ってるじゃん! 早く正さないと、迎えるのは王太子ルートのバッドエンド…


 王太子ルートのバッドエンドは、ヒロインにとっても最悪の結果であるのはもちろん、私にとっては唯一の最悪の結果だ。


──なんなのよこのヒロイン…! 


 暴走しているらしいこのヒロインを止めなければ、私はこのビッチでぶりっ子なヒロインと共倒れだ。


──やってやるわ…!!


 私こと、モブ令嬢 エレナ・アーレンは決意した。ビッチでぶりっ子なヒロインを救済し、自らの運命を変えてやると。

【お知らせ/2025.6.10追記】

いつもご覧くださっている皆さま、ありがとうございます。

本作は現在、再調整を行っており、1〜3話を順次21時に再公開しております。

(※内容に大きな変更はありませんが、一部描写を微調整しています)


初めての方も、以前読んでくださった方も、ぜひもう一度お楽しみいただけたら嬉しいです。

6/13(金)には新エピソード・第4話を投稿予定です!


第三話「バッドエンド確定ルート、攻略メモで打開の糸口を探す」


元ゲームガチ勢、ハッピーエンド攻略達成のために現状把握と攻略法を検証します。

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