第6話:黒灰の記憶
喉の奥から絞り出されたのは、悲鳴というにはあまりにも乾いた、耳障りな掠れた音だった。
目の前の、現実とは思えない光景が、ウィリアムの思考を凍りつかせる。
ジンクの開かれた瞳は、焦点を結ばず、まるで魂が抜け落ちた抜け殻のように、虚空をさまよっていた。
「うわああああああああ!!」
凍り付いた静寂を、引き裂くようなスファレの悲鳴が木霊する。
それは、弟の死を目の当たりにしたパニックと絶望が混ざり合った、魂の叫びだった。その身を捩るような慟哭を、仮面の男はまるで背景の騒音でも聞いているかのように、無頓着な様子で見下ろしながら、言葉を紡ぎ始めた。
「見ろ、この輝きを……!」
男がそう言うと同時に、彼の掌にある白銀の輝石が、内側から溢れ出すような強烈な光を放ち始めた。それは、まるで小さな太陽が宿っているかのようだったが、その輝きは、次第に意志を持つかのように輝石の中心へと収縮し吸い込まれていく。
光が完全に消え去った後、ジンクの輝石は、先ほどよりも明らかに濃密で、力強い光を湛えているように見えた。
それは、まるで新たな力を得たかのような、不気味な輝きだった。
「この魔石は、貴様らの魔力と直接リンクしている結晶だ。」
仮面の男は、輝く石を弄びながら、冷酷な声音で続けた。
「本来、魔力というものは、体内に過剰に存在すると様々な不調を引き起こす。しかし、貴様ら家畜は、異常なほどに過剰生成される体内の魔力を、このジェムに絶えず放出することで、辛うじてその均衡を保っているのだ。」
(こいつは、何を言ってるんだ……?)
仮面の男は、理解不能な講釈を、まるで滑稽な劇でも見ているかのように楽しげな笑みを浮かべながら続ける。その傍らでは、スファレが悲痛な嗚咽を漏らし、絶望の色を濃くしていく。
そして、ウィリアムの耳には、ジンクの喉に鈍く食い込んだ鉛の塊が立てたズブリという冷たい音が、まるで悪夢の残響のようにまとわりついて離れない。
目の前の非現実的な光景が、彼の意識をゆっくりと現実から遊離させていく。
「ああ……ジン……うう……ああああ!」
スファレの、心臓を直接握り潰すような悲痛な叫びが、ウィリアムの胸に深く突き刺さる。幼い頃から、そのまばゆい輝きを誇示し、どこか見下すような態度で自分を見てきた双子。村を守ると力強く宣言した、あの日の2人の自信に満ちた表情。
正直、ウィリアムは彼らのことを好いてはいなかった。それでも、こんな酷いことがあっていいはずがない。彼の心は、まだそこまで腐ってはいなかった。
闇の底からゆっくりと這い上がってくる黒く重い感情が、ウィリアムの心を静かに、確実に侵食していく。何が起きているのか、理性的な理解はまだ追いつかない。
だが、彼の奥底に眠る本能が、明確な1つの結論を突きつけていた。
「こいつは、敵だ――。」
ウィリアムが仮面の男を睨みつけるその視線が気に入らなかったのか、あるいはスファレの悲痛な叫びが耳障りだったのか、男は露骨に舌打ちを鳴らすと、付き従うローブの男にちらりと視線を送った。
スファレの隣に立つ男が、その視線を捉えて小さく頷き、無造作に腰の剣へと手を伸ばす。その動きは非常に緩慢なものに見えた。
(まさか、やめろ――!)
ウィリアムの脳裏に、つい先ほど起きたばかりの悪夢のような光景が鮮明に蘇り、全身の血が凍り付く。必死に体を捩じり、止めようともがくが、彼を地面に押さえつける見えない圧力は、まるで嘲笑うかのようにその抵抗を許さない。
ズグン――!
つい先刻、ジンクの命を奪ったばかりの、鈍く、そして嫌悪感を催す音が、再びウィリアムの耳を捉えた。直後、何かを切り裂いたような、短い風の音が漏れ出し、その音を最後に、周囲は奇妙な静寂に包まれた。
「……興が削がれたな。所要の品は回収した。帰還する。」
仮面の男は、興味を失ったように、ウィリアムの鈍色の石を地面に投げ捨てた。それは、不要な塵芥を払うような、微塵の価値も見出さない仕草だった。
そして、あたかも何事もなかったかのように、冷然と踵を返した。
「殿下、このジェム・ブルートの処遇につきまして、如何になされますか?」
付き従うローブの男の一人が、恭しく仮面の男に伺いを立てた。
「放置しておけ。斯様な屑石では、何の役にも立たぬが……。ささやかながら、繁殖の役には立つかもしれぬ。」
遠ざかっていくローブの男たちの足音だけが、焼け跡の静寂の中に虚しく響く。
ウィリアムは、全身の痛みに耐えながら、何とか体をよじり、スファレがいるであろう方角へと顔を向けた。
しかし、そこで彼を出迎えたのは、いつものように軽蔑の色を浮かべた嘲笑の表情でもなく、ましてや村を守ると誓ったあの時の希望に満ちた輝きを宿した顔でもなかった。
そこにあったのは、ただ無機質に虚空を捉え、光を失った、空っぽのスファレの瞳だけだった。
その光景は、ウィリアムの残された気力をさらに蝕んだ。怒りとも、悲しみとも付かない感情があふれ出し、彼の思考を埋め尽くす。
それでも、彼の心にはまだ、微かな希望の灯が揺らめいていた。
グラントは、まだ生きているかもしれない。
あるいは、グラントだけではない。もしかしたら、ほかの誰かも、この惨劇を生き延びているかもしれない。そんな微かな期待が、ボロボロになった彼の身体を僅かに突き動かす。
ウィリアムは、足元に転がっていたくすんだ鈍色の石を拾い上げ、再び力なくポーチへと押し込んだ。そして、まるで重い枷を付けられたかのようにゆっくりと立ち上がり、焼け野原と化した村の中へと、痛みに顔を歪めながら足を踏み出した。
焼け付いた地面は、まだ微かな熱を帯び、焦げ臭い煙が乾いた喉と肺を締め付ける。一歩、足を踏み出すたびに、全身の傷口が悲鳴のような痛みを訴える。
ウィリアムは、まるで糸の切れた操り人形のように、思うように動かない体を必死に引きずりながら、瓦礫の山と化した村の中をさまよい始めた。
頼りない星明かりだけが、彼の頼りない行く末を、ぼんやりと照らしている。
「グラント……どこにいるんだ……」
乾ききった彼の声は、虚しい夜の静寂に吸い込まれていった。
村の中は、輝石を奪われたのだろう、力なく倒れ伏した若者たちの亡骸が、まるで散らばった人形のように無造作に転がっていた。まだ辛うじて顔の判別がつく者もいれば、もはや焼け焦げ、人間の形すら留めていない者もいる。
一体、どれほどの人間が、あの悪夢から逃げ延びることができたのだろうか。
ズザァッ! 何かに足を取られ、ウィリアムの体は前のめりに大きく傾いだ。
(足蹴にしてしまって、すまない……)
彼は、自分が躓いてしまった亡骸に心の中で詫びながら、その正体を確認しようとした。もはや顔の判別すらできないほどに黒く炭化した「何か」は、小さな塊を抱き込むように折り重なっていた。
しかし、その庇護されていたものもまた、原型を留めておらず、何だったのかを判別することはできなかった。
ウィリアムは、痛む体を支えながら、軽く手を合わせ、短い祈りを捧げた。その時、彼はその「何か」の大きさに、ほんのわずかな違和感を覚えた。
他のどれよりも小さいのだ。
庇われている側も、そして庇っていた側も、どこか全体的に小さすぎる。
子供同士だったのだろうか?
いや、庇っていた側の、この黒く焼け焦げた塊は子供の者とは思えないほどがっしりとした体つきだったことがうかがえる。
――そして、その輪郭、その僅かに残る衣服の断片……。
"コレ"は……彼だ――。