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鈍色の英雄譚 ―覆われた鉄の大地―  作者: U'ki
第1章:輝かぬ掌
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第5話:喪われた情景

 星空は、雲の切れ間からぽつぽつと地上を照らしていた。

 燃え盛る炎がすべてを照らし出し、双子の駆ける後ろ姿さえも、鮮明な光の残像となって消えた。


 その頼りない星明かりの下、ウィリアムは、まだ熱を帯びた地面の草むらに寝転び、くすんだ石をじっと見つめていた。


 ほんの数分前まで確かに目の前にあった、迷いのない双子の足取りが、今ではまるで幻のように遠く感じられる。


 (……僕は、ただ見ていることしかできなかったのか?)


 掠れた息とともに、後悔の念が胸に押し寄せる。


 腰のポーチに沈む鈍色の重さは、まるで喉に詰まった小骨のように、あの時かけるべき言葉を見つけられなかった無力感を絶えずウィリアムの胸に突き刺す。


 周囲の静寂。取り残されたような孤独感が、次第に彼を蝕んでいく。


 でも――。


 ウィリアムはゆっくりとポーチから鈍色の石を取り出し、改めて見つめ直した。

確かに、彼には輝きがない。双子のような力強い光を持たない。


 それでも、この重さは確かに存在している。


 何もできない凡石だと、自分は本当に決めつけてしまっていいのか?

 双子が向かった村には、今もなお苦しんでいる者たちがいるかもしれない。


 自分には、本当に何もできないのか?


 瞼を閉じると、いつも孤独だった日々の光景が浮かび上がる。

 冷たい周囲の視線。嘲笑。どうしようもない欠落感。決して良い思い出とは言えない過去。


 しかし、その過去の中でも、両親のいない寂しさを紛らわせてくれたのは、変わり者のドワーフがいた。そして自分を馬鹿にしてきていた彼らにだって、同じように大切な人は居るはずなんだ。


 あの頃は、全てが無くなればいいとさえ思っていた――だが、胸に湧き上がる焦燥感と微かな痛みは、その過去の願いを強く否定している。


 「行こう……。」


 静かに吐き出されたその言葉には、彼の内なる変革が感じられた。


 立ち上がったウィリアムの瞳には、夜空の星とは対照的な、揺るぎない決意の光が宿っていた。


 頼りない希望の光を、彼は見つめる。それは、深い闇夜に瞬く指先ほどの小さな灯火。しかし、険しい道のりを照らすには、それしかないと、ウィリアムは信じた。


 変革を迎えた彼の身体に新たな力がみなぎる。


 ウィリアムは迷いなく地面を蹴り上げ、夜の闇へと駆け出した。風を切る音、自身の鼓動、それだけが彼の耳に響いていた。


 頼りない星明かりは、彼の進むべき方向をぼんやりと示している。その光を頼りに、ウィリアムはひたすら前へ進んだ。


 村への道を進むにつれ、ウィリアムは思わず顔をしかめた。


 焼けた布のような耐え難い臭いが空気に漂い、その臭いの元こそ、彼が最も恐れていたものだった。木々の影に横たわるのは、もはや人の形を留めない炭の塊――

 昨日まで確かに息をしていた人々の、あまりにも凄惨な終焉を物語っていた。


 喉の奥から低い呻き声が漏れた。目を背けたくなるほどの光景が広がっている。


 しかし、この先にまだ助けを求めている者がいるかもしれない――ウィリアムは拳を強く握り締めた。もう立ち止まっている暇はない。


 彼は頭を振り、焼け付いた臭いが立ち込める村へと足を踏み入れた。


 焦げた木々の間を進む彼の耳に、かすれた低い声と、時折混じる苦悶の息が届き始める。何も出来ない自分に無力感に苛まれつつも、その微かな音を頼りに、ウィリアムは地面を踏みしめていく。


 そして、村の中心部、成人の儀式の説明を受けたあの場所に近づくと、数人の人影が目に入った。


 中央には、白銀の面に赤い文様が入った仮面をつけた人物が立っており、その冷徹な嘲笑が辺りに漂っている。


 足元からは、かすかな双子の呻き声が漏れ聞こえてきた。その周囲には、同じくローブを身にまとった数人の人影が控えているのが見える。


 ウィリアムはその音の元へと、迷いもなく駆け出した。


 仮面の男とその間に割って入るように。


 仮面の奥、見えないはずの瞳が、ねっとりと肌に張り付くような視線でウィリアムを捉えた。


 「なんだ、まだ居たのか。」


 その声は、底から這い上がるように低く、陰湿な響きを帯びていた。

 得体の知れない嫌悪感が、冷たい粘液のようにウィリアムの全身を這い回り、逃げ出したい衝動が沸き上がる。


 それでも、ウィリアムはその視線を力強く睨み返した。



 「お前、一体誰なんだ――」


 仮面の男の、闇の底を這い回るようなべたついた視線が、わずかに動いた。その瞬間、男が右腕を、まるで何かを払い除けるかのように、何気なく動かした。


 その動きは緩慢に見えたが、直後、ドゴォン!という腹の底に響くような重い衝撃が、横合いからウィリアムの体を激しく打ち据えた。

 同時に、ビュオオオッ!という耳をつんざくような風の咆哮が彼の鼓膜を震わせ、鋭い刃物で切り裂かれたかのような痛みが全身を走った。


 鈍器で強打されたわけではない。まるで見えない鉄槌が、唐突に彼の胸を打ち据えたような、抗いようのない衝撃。


 ウィリアムは咄嗟に何が起こったのか理解できなかった。


 ただ、目に見えぬ強烈な力が確かにそこにあり、彼の体幹を強く圧迫し、強制的に膝をつかせようとしているのだと感じた。


 ウィリアムの頭の中は、腹の底に響いた轟音と、肌を切り裂くような風の痛みに支配されていた。しかし、彼の常識では考えられない強大な力が、目の前の仮面の男から放たれたことだけは本能的に理解していた。


 「頭が高い……。貴様らのような家畜が、私と同じ目線で話そうだと?」


 次に響いたのは、先ほどの陰湿な声とは打って変わった、底知れぬ傲慢さと冷酷さを孕んだ響きだった。


 その間も、ウィリアムを地面に押さえつける、まるで見えざる手のような圧力は容赦なく増していき、彼の全身を軋ませる。

 耐えきれずに膝が砕け、地面に崩れ落ちる様子を認めると、仮面の男は獲物をいたぶるような満足げな鼻音を漏らした。


 「おい……。そいつらの魔石ジェムを確認しろ」


 仮面の男が冷淡な声で命じると、付き従っていたローブの男たちが一斉にウィリアムと双子の方へと近づき始めた。

 彼らは、まるで価値のある品を探すように、あるいは家畜の品定めをするかのように、手慣れた様子でウィリアムたちの身をまさぐり始めた。

 

粗雑な手が服の下を探り、腰回りや首筋などを執拗に探っている。その目的は明らかだった。何かはわからないが、彼らの持つ"ジェム"を探し出そうとしているのだ。


 「ありました――!」


 ローブの男の一人が、下卑た笑みを浮かべながら声を上げた。その声は、スファレとジンクのいる方角から響いてくる。


 ウィリアムが痛む体を無理やり起こし、そちらに視線をやると、男が手に掴んで掲げているのは、確かに金色と白銀に美しく輝く2つの輝石だった。


 それは、間違いなくスファレとジンクが持っていたものだ。


 「……こちらは、屑石ハズレですね。」


 すぐ隣で、ローブの男が明らかに落胆した声を出した。ウィリアムの腰のポーチから奪い取られた、くすんだ鈍色の石が、男の掌の上で所在なさげに転がっている。


 男は興味なさそうにそれを一瞥し、まるで価値のないものを見るような目で、小さく舌打ちをした。


 「一体、何を……!」


 ウィリアムの声が、掠れて響く。


「返せ……!」「返せよ……!」


 ほぼ同時に、スファレとジンクからも、痛みに歪んだ、必死の叫びが上がった。


 しかし、無情にも奪い取られた3つの石は、仮面の男の掌へと集められた。


 金色と白銀に輝く2つの輝石を、男は興味深そうに、そして明らかに満足した笑みを浮かべながら見下ろした。


「せっかくだ、面白いことを教えてやろう。」


 男はゆっくりと顔を上げ、まるで獲物を前にした捕食者のように、ウィリアムたちを見据えた。


 「この石は貴様らの魔力の結晶でな、魔法の触媒とすることで、実に強い力を発揮することができるのだ。」


 「こんな風にな。」


 男がそう続けながら、緩慢に腕を振るった、その瞬間。耳の奥を直接掻きむしるような、けたたましい風の唸りが空間を切り裂いた。同時に、すぐ近くにあった焼け残った建物の壁が、悲鳴のような音を立て始めた。

 

メリメリ、バキバキという乾いた木材の断末魔、ギシギシと石が身を捩るような不気味な音。次の瞬間には、その壁が内側から巨大な力で押し出されるようにねじ曲がり、まるで巨大な手が爪を立てて引き剥がすかのように、表面から無残に剥がれ落ちていく。


 先ほど、唐突に襲われた、理解不能な衝撃の正体は、まるで霧の中だった。


 だが、今まさに肌を粟立たせるほどの強烈な風の奔流が辺りを支配し、剥がされた建物の破片がまるで意思を持った獣の群れのように、けたたましい音を立てながら竜巻の中心へと吸い込まれていく。


 その光景を目の当たりにして、ウィリアムはようやく理解した。


 あれは――風だ。


 「そして、この魔石には特徴がある……。」


 仮面の男が、嘲弄ちょうろうの色を深くしたような怪しげな笑みを浮かべ、付き従うローブの男の一人に目配せを送った。


 促された男は、腰に下げた、まるで鋭い牙のような細剣を鞘から抜き放つと、ゆっくりとした動作で地面へとその切っ先を向けた。


 ズブリ――。


 冷たい鉄の塊が、まるで熟した果実を潰すように、鈍く音を立てて地面に突き刺さっていく。その嫌な感触が、耳の奥にまとわりつくように響いた。


 ウィリアムの目には、その一連の動作は信じられないほど緩慢に映っていた。


 だが、それが一体何を意味するのか、直後に何が起こるのか、彼の脳は処理しきれていなかった。


 次の瞬間、ウィリアムの目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。


 ジンクが、首から奇妙な、血に濡れた鉄の棒を生やし、虚空を見つめている。

 今後、彼を苛む悪夢の夜は、まだ始まったばかりだった。

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