表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鈍色の英雄譚 ―覆われた鉄の大地―  作者: U'ki
第1章:輝かぬ掌
1/48

第1話:鈍色の誓い

 全て、うしなった――。


 ……いや、全て、奪われた。

 

 そこまで大切だったわけじゃない。

 むしろ、無くなってしまえばいいとすら思っていた。


 手のひらにずっしりと沈む、冷たい感触。


 それとは対照的に、頬を撫でるような赤い炎のきらめきが、薄闇の中で青年を照らしていた。


 パチパチと鳴る木炭の囁き。


 燃えさかる炎は軽やかに唄い、不純のおりは怨嗟の叫びとなって、黒煙を夜空に解き放つ。


 「……でも、こんな形じゃない。」


 ごうごうと燃え上がる炉の中へ、青年は握りしめていた鈍色の塊を投げ入れた。


 炎を、じっと見つめる。彼の黒曜石のような髪が、夜風にさらりと揺れた。

 その奥の黒い瞳は、燃えさかる赤い光を吸い込みながら、一層深く、物憂げな色を宿していく。


「こんな形で……終わらされてたまるか。」


 手のひらから滑り落ちた鈍色の塊が、炉の中で赤く脈動し始める。

 それは、彼が失ったもの。いや、奪われたものの象徴だった。


 大切ではなかったはずなのに。


 けれど、胸の奥にはぽっかりと、冷たい空虚だけが残っている。


 やがて、赤熱の鼓動が生命の鼓動と共鳴し、高鳴りをあげる。

 沈黙は破られ、鈍色の輝きは――変容の時を迎える。


 カン、カン、カン――。


 青年が振り下ろす金槌が、規則的なリズムで唄い出す。


 それは単調で、だが力強い、金属の合唱。


 赤く焼けただれた塊は、もはや原型をとどめていない。

 それでも彼は、その焼けつくような赤から目を離せずにいた。


 大切ではなかったはずなのに。


 だが、喪失の痛みはじわじわと彼の心を蝕み続ける。


 カン、カン、カン――。


 音は、夜の静寂を引き裂くように、重く響く。

 まるで金属が、彼の心に杭を打ちつけるように。


 炎の熱が、頬をじりじりと焦がしていく。


 黒い瞳は、闇の奥に揺らめく光を、そっと追いかけるように細められた。


 カン、カン、カン――。


 夜が時を刻むかのように、音だけが空気を支配する。


 そしてその音の中で、青年は呻くように誓った。


 奪われたのなら――

 

 「返してもらう。皆の……輝石いしを。」


 やがて炎は静まり、残滓ざんしの中から姿を現したのは――鈍色の輝きを放つ、一振りの剣鉈。

 それは、幾多の困難を乗り越え、生まれ変わった魂の証となるだろう。


 その刀身を、いつか手にすることになる青年は、まだ安寧の中。

 光のない掌を、ただ、じっと見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ