第1話:鈍色の誓い
全て、喪った――。
……いや、全て、奪われた。
そこまで大切だったわけじゃない。
むしろ、無くなってしまえばいいとすら思っていた。
手のひらにずっしりと沈む、冷たい感触。
それとは対照的に、頬を撫でるような赤い炎のきらめきが、薄闇の中で青年を照らしていた。
パチパチと鳴る木炭の囁き。
燃えさかる炎は軽やかに唄い、不純の滓は怨嗟の叫びとなって、黒煙を夜空に解き放つ。
「……でも、こんな形じゃない。」
ごうごうと燃え上がる炉の中へ、青年は握りしめていた鈍色の塊を投げ入れた。
炎を、じっと見つめる。彼の黒曜石のような髪が、夜風にさらりと揺れた。
その奥の黒い瞳は、燃えさかる赤い光を吸い込みながら、一層深く、物憂げな色を宿していく。
「こんな形で……終わらされてたまるか。」
手のひらから滑り落ちた鈍色の塊が、炉の中で赤く脈動し始める。
それは、彼が失ったもの。いや、奪われたものの象徴だった。
大切ではなかったはずなのに。
けれど、胸の奥にはぽっかりと、冷たい空虚だけが残っている。
やがて、赤熱の鼓動が生命の鼓動と共鳴し、高鳴りをあげる。
沈黙は破られ、鈍色の輝きは――変容の時を迎える。
カン、カン、カン――。
青年が振り下ろす金槌が、規則的なリズムで唄い出す。
それは単調で、だが力強い、金属の合唱。
赤く焼けただれた塊は、もはや原型をとどめていない。
それでも彼は、その焼けつくような赤から目を離せずにいた。
大切ではなかったはずなのに。
だが、喪失の痛みはじわじわと彼の心を蝕み続ける。
カン、カン、カン――。
音は、夜の静寂を引き裂くように、重く響く。
まるで金属が、彼の心に杭を打ちつけるように。
炎の熱が、頬をじりじりと焦がしていく。
黒い瞳は、闇の奥に揺らめく光を、そっと追いかけるように細められた。
カン、カン、カン――。
夜が時を刻むかのように、音だけが空気を支配する。
そしてその音の中で、青年は呻くように誓った。
奪われたのなら――
「返してもらう。皆の……輝石を。」
やがて炎は静まり、残滓の中から姿を現したのは――鈍色の輝きを放つ、一振りの剣鉈。
それは、幾多の困難を乗り越え、生まれ変わった魂の証となるだろう。
その刀身を、いつか手にすることになる青年は、まだ安寧の中。
光のない掌を、ただ、じっと見つめていた。