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Ⅶ 薔薇の祭り

ーーーローゼンタール一族の蜂起を記念する薔薇の祭りは今年で6回目になった。


「ロージー!おはよう。」


「あら、おはようリタ。」


 ここ、サントと呼ばれる海に浮かぶ街の花屋で働くロージーは薔薇の祭りの準備で大忙しだった。


 7年前にローゼンタール侯爵家がクーデターを起こし、王弟殿下と一緒に国王に退位を迫った。

 先に蜂起し、国王軍に鎮圧されたローゼンタール侯爵家は一時逆臣として貶められた。しかし直後にローゼンタールを隠れ蓑にして、攻め上った王弟殿下が政権を奪取してからその印象は変わった。

 隣国に攻め込み、戦争を始める計画だった国王から国と国民を守った正義のヒーロー、それがローゼンタール一族に対する現在の国民の評価だ。

 そして新たに国王になった元王弟殿下は賢王であった。元の国王をド辺境の小さな島に蟄居させるとあっという間に様々な改革を初めて少しずつ国民生活を安定させた。

 まず隣国と和平を結び、それまで軍事費として使っていた国家予算をほんの少しだけ減らし、貧困対策など他に割けるようした。そして徐々に兵役や税の負担を減らした。それから医療、衛生、教育、そして穀物の品種改良等に力を入れ国民生活が豊かになるよう努めている。

 賢王はこの政策は元々ローゼンタール一門の亡きジークハルト・オースティン次期子爵の素案を元に施行されたと発表した。少しずつ良くなる兆しを見せる生活に国民たちは喜び、ローゼンタール侯爵家に恩を感じた。

 その為国民はローゼンタール侯爵家への感謝と1年の豊潤を祈り盛大に薔薇祭りを行う。ローゼンタール家縁の場所や物に薔薇の花を捧げ、より良い明日を願うのだった。


「忙しそうね。」


「1年で一番忙しいわ。リタは?今年はどうする?」


「今年はピンクの薔薇にしようかな?ジークハルト様の姿絵に飾りに行くわ。」


 容姿に優れていたとされているジークハルトは若い女性に人気で毎年姿絵には赤やピンク色の薔薇が多数咲いた。


「新しい演劇観た?ジークハルト様役の俳優の演技が素晴らしいって。特にフラヴィア様を逃がそうとなさる所なんて本当に素敵で。」


「へー。観てみたいわ。薔薇祭りが落ち着いたら一緒に行きましょ。」


 ローゼンタール侯爵家の一人娘、フラヴィアはジークハルトに逃がされたと言われている。しかし激しい戦闘の中多数の被害があり、庶民階級にとって真実は闇の中である。


「ところでさーあ、新しくいらした癒官様の事知ってる?」


 テキパキと薔薇の花束を店頭に並べながらロージーが言った。


「え?あのおじ様?」


「違う違う。多分、24、5歳くらいかな?ローレンス・エジャートン様よ。あ、赤い薔薇1輪ですね?どうぞ。」


 接客をしながら会話は続く。


「知らないわ。いついらしたの?」


「ここ最近よ。独身でモーガンが狙ってるみたい。黄色の花束ね?どうぞー。」


 モーガンは海の街サントの大棚の娘でそれなりに可愛い。


「それで、その癒官様がどうしたの?」


「さっきいらしたのよ。花を買いに。」


「薔薇の花ね?」


「それがねえ、違ったのよ。」


「えええ??」


 薔薇祭りと言えば薔薇の花なのだ。それはローゼンタール侯爵家の領地は名前の通り薔薇が有名だったからだ。そして家紋も薔薇である。


「菫の花をご所望だったの。」


「菫?なんだか不思議ね。」


「ええ、本当に。…あら、モーガン。今年はどうする?赤ね?どうぞ。」


「相変わらず着飾ってるわねー。」


 癒官を狙うモーガンが赤い薔薇を10束買っていった。狙った相手を落とす為かかなり気合いの入った服装をしていた。


「でも癒官様でしょ?小金持ちの庶民を相手にするかしら?」


 しかし癒官はエリート職である。元々貴族の出が多く、更に上位癒官ともなれば爵位を叙爵される事も少なくない。なかなか町娘を妻にするような人達ではないのだ。


「そうねえ…相手にするとしたらこの街でぶっちぎり一番の美人じゃないとね。例えば…」


「「ヴィオラ!!!」」


 2人の声が重なった。この街て他の追随を許さない、唯一無二の美人の名だ。


「やっぱりそうよね。ヴィオラは貴族様だって言われても納得しちゃうくらい美人だもん。なんて言うか、マナーも所作も都会の王都の人みたいに綺麗だし。」


「うんうん。そうね。」


 ヴィオラは5年程前にサントの街にやってきた。金色の髪を肩くらいの長さで切りそろえた、紫色の瞳の儚げな女性だった。読み書き、計算も完璧に出来るそうで今は街の銀行で出納係をしている。人当たりもよく数多の男性達を虜にしているが、どこか訳あり風で産まれや過去の多くを語らないらしい。噂ではその美しさ故に変な男にしつこくしつこーく言い寄られ逃げて来たとか。


「ロージー!!こっちも頼む。」


「あっ、はーい。ごめんね、リタ。忙しくなりそうだからまた夜に。お祭りのダンス行きましょ。」


「そうね。素敵な男の子を探しに行かなくちゃ。」


 2人は手を振り、店先で別れた。今日から3日間薔薇祭りが開催される。王国が1年で1番華やぐ期間の始まりだった。



 ーーーガヤガヤと祭りの喧騒を感じながら、癒官達は診察の準備をしていた。祭りともなれば毎回何かとトラブルが付き物だ。事故だの喧嘩だので担ぎ込まれる者が1人や2人ではない。

 普段は順番で休暇を取っている癒官達も祭りの期間は休みなしで詰めている。


「ローレンス様ー!!あれー?ローレンス様知らない?」


「ローレンス様?今日はまだ見てないなあ。」


「今日の勤務表の事で聞きたい事があったんだけど。」


「いつも朝は一番にいらして勤務されているのにどうしたんだろう?」


 下位癒官たちがパタパタと動き回り業務を初めている。下位癒官たちはいわば使いっ走りのような役割で今日の様な祭りでは庶民の軽傷者を数多く捌く事が仕事となっている。


「誰かローレンスを探していたか?」


「あ、はいっ。」


「あいつは昼前に出勤するよ。」


 白衣を身に纏った上位癒官が現れた。ちなみに下位癒官は青い衣を着ている。


「そうなのですね。珍しい…。」


「今日はさ、あいつにとって特別な日なのよ。だから私が用件を聞こう。勤務表がどうだって?」


「ありがとうございます。ここの時間帯なのですが、一枠分人が足りない様でしたので、確認をと思いまして。」


「あー、はいはい。この時間ならローレンスが来るだろ。あいつに出てもらおう。」


 上位癒官はさっさと決めて勤務表にローレンス・エジャートンと書き込んだ。


「ところでローレンス様は今日はどうなさったのですか?いつもお早くいらっしゃるのに…。」


「うーん?まあ、なんていうか今日はあいつの婚約者の命日だからなあ。」


 上位癒官が首をポリポリと掻きながら部屋を出ていった。


 その頃、ローレンスは自室にいた。朝、開店と同時に花屋に菫の花を買いに行き、小さな花瓶に挿した。

 そして婚約者であったフラヴィアの小さな姿絵と簡素な紐で縛られた一束の金色の髪の前に供えたのだった。


「フラヴィア、あの日からもう7年か。貴女はどうしているのだろうね。どこかで1人生きているのだろうか、それとも…。」


 ローレンスは小さく首を振ると、フラヴィアの無事と幸せを祈った。

 そして懐中時計で出勤時間にはまだ早い事を確認した。しかし今日から3日間は忙しい事は間違えないし、早めに出かける事にした。


「そういえば手持ちの現金が少ないのだった。」


 ローレンスは財布の中を確認して気がついた。フラヴィアとの婚約が白紙になってから実家である伯爵家を出て生活をしている。他の令嬢との再婚約の話もあった事はあったが、なかなかそう言う気持ちにもならなかった。

 実家を出てからは上位癒官として遠隔地への転勤を希望した。貴族の令息は上位癒官ともなれば王都か比較的大きな街を希望するがローレンスはどこでも良いといつも答えている。

 そして今回のサントの街への配属は懐かしさもあり、二つ返事で了承した。まだフラヴィアと婚約をしていた駆け出しのころ、赴いた事のある場所だったからだ。新婚旅行で行けたら、などと簡単に言った自責の念もあったかもしれない。


 とにかく、しばらく実家や社交界からかなり離れた生活をしているので金銭を全く使わない生活を送っている。衣服は質の良いものを数着持っていれば良い。そもそも勤務中は白衣が多いのでさして必要でもない。食事は癒官の庁舎で給料天引きで食べられる。そして上位癒官は庁舎内に住居を無料で当てがわれる。その為この街に来てから一度も現金を引き出していなかった。


 とはいえ、ポツポツと生活に必要な物品を買ったりはしていたのでそろそろ手持ちが無くなってきた。サントの街の銀行に寄ってから出勤しようと決めた。


 家を出ると今日は街がいつもより一段と華やいで見えた。庁舎内にあるローレンスの家から銀行までは広場と大通りを挟んですぐ近くである。

 一歩でも家を出るとあちこちにローゼンタール侯爵家に連なる人々の像や絵姿が飾られている。特に広場には盛り上がりを見せていた。義父母になる予定だったローゼンタール侯爵と夫人、オースティン子爵やその息子で友人だったジークハルト。それに親戚になる予定だった顔見知りの人々。

 …それから将来を誓った婚約者のフラヴィア。

 薔薇に飾られた絵の中の彼らはいつも微笑んでいる。けれどローレンスはどうしても彼らの最期の時に想いを馳せてしまう。


 なぜ、婚約破棄されるのか、なぜ、ジークハルトに心変わりしたのか。そんなことを考えていた当時の自分を鈍器で殴りたい。

 癒官の使命は何だったか。人々を命を守る事ではなかったのか。偉そうに彼女の母にも語ったではないか。それが自分の正義である、と。

 それなのに1番大切な人達の命はこの手からすり抜けて行ってしまった。自分の無力さを嫌と言うほど突きつけられた。

 だから、街が輝きを増すこの季節。婚約者が消えたこの季節がローレンスは苦手だった。


 急いで広場と大通りを突っ切り、煉瓦造りの銀行の中に入った。銀行内は街中の華やかさはなく、何処となく無機質に感じられた。しかしその無機質が今のローレンスにはちょうど良い。

 案内係に声をかけて番号札を取ってもらった。


「ねえー、俺今日ヴィオラちゃんに受付けてもらいたいんだけどー。」


「順番にお呼び致しますので、係は指名出来ません。」


 ローレンスの後から来た男が何やら案内係にパシャリと言われているのが聞こえた。お気に入りの行員がいるのだろうかと苦笑いしていると甘い声がローレンスにかかった。


「あらぁ、ローレンス様?」


 何度か見かけたことのあるミルクティーの髪色をした少女がこちらを見つめている。ローレンスはつい眉を寄せた。

 貴族として生きてきたローレンスにとっては見慣れているが、この少女は庶民の中にいるとやたらと着飾っているように見える。侯爵家の令嬢だった元婚約者に比べるともちろんドレスや装飾品の質は落ちるし、何かとゴテゴテしていた。


「あ、貴女はたしか商会のお嬢さんの…」


「もう、ローレンス様ってば。モーガンと呼んで下さいっていってるのにぃ。」


 拗ねたようにこちらを睨む少女に辟易しているとローレンスの持っている番号札が呼ばれた。モーガンを振り切りいそいそと窓口へと向かう。


「いらっしゃいませ。お待たせいたしました。」


 金色の髪が、頭を下げてローレンスを待っていた。


「本日はお引き出しです…ね…」


 顔を上げた女性の顔を見て、ローレンスは息を飲んだ。それは相手も同じ様だった。


「…フラヴィア…。」


 菫色の瞳が動揺を隠せていない。けれどその見開かれた瞳はローレンスが7年間ずっと焦がれていた色をしていた。


 今日から街は薔薇祭り。ローゼンタール侯爵家に思いを馳せる三日間だ。




end.


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