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Ⅳ 運命の恋を始めましょう

 


「それで私になんの御用向きで?」


 ジークハルトは紅茶のカップを持ったまま華やかに微笑んだ。


「驚いたよ、まさかフラヴィア嬢から手紙を頂くなんて」


「お忙しいところ、御呼びたてして申し訳ありません。」


 フラヴィアは小さく頭を下げて謝意を伝える。

 ジークハルトは王都で優秀な政務官の1人であり、多忙な身である事はフラヴィアも承知していた。しかし礼を失している事は理解した上で来訪を打診する手紙を送っていた。

 幾日と日を空けず、ジークハルトから返信が来てローゼンタール家を訪れてくれた。


「構いませんよ。ローレンスに刺されないかは心配だけど。」


「ふふふ。ご冗談を。」


 和やかに冗談を言い合ってから、フラヴィアは姿勢を正し、ジークハルトに向き合った。


「時に、ジークハルト様は先日の父の話をどう思われているのでしょうか?」


「…正直、無謀な事をする、と。失敗すれば極刑は免れないだろうし。けれど、私は貴女のお父上の事も父の事も心から尊敬していますから。」


 侍女たちの手前、詳しいことは言えないが、それでもすぐに要件は伝わった様だ。ジークハルトは少し考えながらも丁寧に答えてくれた。


「私は父から叩き込まれました。爵位を賜わり、特権階級の力を有するのは国と国民に尽くす為だと。国が荒れれば、まず困るのは国民だ。その原因を取り除く為に動くのは間違っていない。」


「ええ。その通りですわ。」


「そして権力を持っているのならばその力を振りかざすのは今だ。」


 フラヴィアはジークハルトの力強い言葉に一瞬息を飲んだ。ほんの少し歳上のジークハルトが随分と立派な貴族に見えた。


「とは言え、私はまだ若輩で発言に重みはありません。陛下が父たちの話を聞いて下されば良いが。」


 しかし、そう簡単に諫言を聞き入れて下さる国王陛下ではないから困っているのだった。ジークハルトは勿論重臣である父の話も聞く耳を持ってもらえないそうだ。


「自分の正しいと思う事をしたい。貴女もそうでしょう?」


 ジークハルトの美しいエメラルド色の瞳がフラヴィアに問いかける。


「ええ。その通りですわ。けれど…。」


 フラヴィアは真っ直ぐに射抜かれるのその目線から逃れる様に目を逸らした。


「…ジークハルト様の婚約者が決まりそうだと、風の噂で耳にしましたわ。」


「とある伯爵家から打診頂いていましてね。私も彼女も憎からず思っていたからこのままいけば婚約をするつもりだったが、白紙に戻すことにしました。」


「それは彼女をお守りする為に、と言うことですわね?」


 ジークハルトは、ははと声を出して笑った。


「そんな大それた物ではありません。けれど、今婚約すれば巻き込む事になる。命の補償もできない家に嫁ぎたいご令嬢なんていないでしょう。もしも、今回の件が上手く行った暁には誰か他のご縁のあるご令嬢と婚約をする。それだけのことです。」


 それでも端正な顔立ちに少しの影が落ちている。


「…私には既に婚約者がいます。」


「…あぁ、そうですね。」


「ご存知の通り、優秀で前途有望な方ですわ。このままだと、ローレンス様を巻き込み、最悪の場合には…。」


 そこまで言って顔を上げると、ジークハルトがなんとも申し訳なさそうな顔をしていた。

 この国ではまだ政を行うのは男性という意識が強くある。女性であり、継承権の持たない令嬢が自分たちの決断によって思い悩む様子に自責の念があったのだろう。それともローレンスの立場への同情だろうか?


「お願いです。ジークハルト様、私の運命の恋人になってローレンス様との婚約を破棄するのに協力して頂けませんか?」


「本気ですか?」


 フラヴィアからの突飛な要望にジークハルトは驚いたように言った。


「本気です。申し訳ないのですが、ジークハルト様は我がローゼンタール家の一族であり、命運を共にするでしょう。情けないですが、侯爵家の力を持ってしてもジークハルト様をお守りする事は出来ません。しかし、ローレンス様は…私との婚約を破棄すればお守りする事が出来ます。」


 ジークハルトは押し黙った。そして考え込み、少しすると大きな溜息をついた。2人の立場を不憫に思ったのかもしれない。


「分かりました。協力しましょう。ローレンスは私にとっても大事な友人だ。我が家門の責任を彼に押し付けたくない。」


「本当ですか?」


 フラヴィアはパァーと目を輝かせ、手を合わせた。


「その代わり、私の婚約者候補にも諦めてもらえる様に彼女の前でも貴女に運命の恋人として振る舞ってもらえますか?」


「勿論ですわ。」


「じゃあ、貴女と私は共犯、例の件が決着するまで一心同体。どうぞよろしく。」


 胸を手を当てて、紳士の礼をとるジークハルトにフラヴィアも答えた。

 …フラヴィアとジークハルトとの間に一つの盟約が産まれたのだった。



 ーーーそれから半年以上の月日が流れた。

 その間、戦争に備えて武器や兵器の需要が高まり、金属の値段が急激に上がった。食物の他国からの輸入が減り、庶民たちは食べる事も困難になりつつあった。確実に戦争の足音は近づいていたのである。


 それでも国王に近い貴族たちは豪華絢爛な夜会や舞踏会を開き、恩恵を享受していた。フラヴィアは意識をしてローレンスとの交流を減らしていた。定例の食事やお茶会は極力減らし、それまで共に出ていたパーティーは断るようにしていた。

 そんな中、フラヴィアは父に書斎に呼ばれる事となった。


「お父様。お呼びと聞きました。」


 書斎に入ると父は葉巻を口にしながら窓から外を眺めていた。広がるのは侯爵家自慢の庭園だ。

 フラヴィアに背中を向けている父の表情はこちらからは分からない。


「フラヴィア、陛下が隣国へ戦争を仕掛ける事をお決めになられたそうだ。」


 ヒュッと息を飲んだ。分かっていたはずなのに、既に覚悟をしていたはずなのに心臓の音が大きく響いた。


「それは…もう覆ることはないのでしょうか?」


「陛下のご決意は硬いそうだ。」


 震える声でフラヴィアは言葉を紡ぎ出す。しかし、父の返答は芳しくなかった。

 もはやローゼンタール侯爵家当主のフラヴィアの父でさえ、今の国王陛下のままでは戦争を回避する事は不可能だと悟っている。


「2ヶ月期間がある。2ヶ月後、我がローゼンタール一門は領地に籠り機会を伺う。2ヶ月で王都でやるべき事を終えるのだ。良いな?」


「はい、お父様。」


 父に礼をするとフラヴィアは足早に書斎を辞した。

 2ヶ月という期間は長いようで大変短い。やるべき事は山積みだ。


「お嬢様、大丈夫ですか?お顔が真っ青ですわ。」


 自室に戻り、早速ペンを取ろうとするとフラヴィアに長く使えてくれている侍女が心配そうに声をかけてくれる。


「そうかしら?でも大丈夫よ。」


「今、暖かい飲み物を準備しますね。」


「ありがとう。」


 フラヴィアは侍女がお茶の支度をするのをじっと見ていた。まず一番にしなければいけなのはローゼンタール家に仕えている者たちを暇を与え、次の仕事を紹介する事だ。

 家の中の事は女主人である母と次代を担うフラヴィアの仕事だ。しかし、フラヴィアの母は体調が芳しくなく、領地で伏せって久しい。その為、現在はフラヴィアはその大半を背負ったいた。

 侯爵家が急に大量の使用人を解雇するのは怪しまれる可能性がある。

 信頼出来る者に秘密裏に託さなければならない。計画が上手くいき、侯爵家が通常通りの運営になった場合には再び雇用出来るように。フラヴィアの手腕の見せ所だった。


 それから退職金の準備だ。これも急に銀行から大量の現金を引き出すのは危険だ。長く勤めてくれていた女性の使用人には手持ちの宝石などを少しずつ譲ったり、家の調度品を信用出来るルートで細々と処分しよう。

 それから、兵糧や軍事面で予算をどれくらい割くべきか確認しなくては。それから…それから…。フラヴィアは1度ペンを置き呟いた。


「…ジークハルト様に作戦決行の連絡をしなくては…。」


 目の奥がジンと熱くなった。瞳からポタポタと止めどなく涙が溢れた。紅茶の準備を終えた侍女が泣きじゃくるフラヴィアを見てギョッとして駆け寄ってきた。


「お嬢様、どうなされました???」


「何でもないのよ。何でもないの。」


 フラヴィアはただ大きく頭を振るしか出来なかったのである。


(2週間後、陛下に近しい公爵家がパーティーを開くと招待状が来ていたわ。婚約破棄を実行するならそこ。それまでにジークハルト様との仲の良さを周囲に印象づけなくては。)


 そしてその舞踏会でフラヴィアはローレンスと、ジークハルトは件の令嬢と道を別つ事となるのだった。



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