暁色の空Ⅴ
最近、急に食物の他国からの輸入が減り、庶民たちは食べる事も困難になってきた。
クレメンティーネ達継承権のない令嬢は政治について詳しい事は分からなかった。自国では今年特段不作との情報はなかったが、周辺各国とやや緊張状態にあるため輸入が減っているように感じた。
とにかく貴族達は普段の食事に困ることはなかったが、さまざまな食物の物価が上がり、特に砂糖やお菓子の類はなかなか手の届かない高級品となりつつあった。
それはクレメンティーネが支援する孤児院も例外ではない。
貴族の中には贅沢を享受し続ける者もいたが、ブロア伯爵家は元々贅沢を良しとする家系ではないため、甘味や食材の倹約に勤めていた。そのためクレメンティーネは甘藷を手に慰問をする事が増えたのだった。
「クレメンティーネ様!!」
「みんな、元気にしていた?」
「はい!あ、甘藷だ!!」
「以前のようにお菓子を持って来られなくて申し訳ないけれど。」
「ありがとう!甘いお芋大好きだよ。落ち葉を集めて焼こう」
リーダー格の子どもが他の子ども達に指示を出して焼き芋を作り始めた。焚火を管理しながら年下の子どもの面倒をみている。
「あちち、ほらよ。年下のやつにもちゃんと平等に渡せよ。おい、そこ独り占めするな。」
「ふふふ。ピーター、偉いわ」
クレメンティーネが年長でリーダー格のピーターに笑いかける。
ピーターは少しはにかみながら頭を掻いた。
「クレメンティーネ様に叱られてジークハルト様に剣でボコされて反省したんだ」
子ども達から急にジークハルトの名前が出たことに僅かに動揺した。それでも貴族の令嬢の端くれとして平静を保ちながら答えた。
「そうなの?」
「俺、年長なのに好き勝手やってた。下の奴らが揉めても、困ってても知らん顔で、そのくせ威張ってた」
恥ずかしそうに目を逸らしながら、ピーターは太い木の枝で焚き火をツンツンとつついている。
「クレメンティーネ様言ってたよね?権力を持っているのならその力を振りかざすのは今だって。」
「…そうだったかしら?」
「こういう時に孤児院の中で権力持ってる俺が力使って仕切んないとダメだよな。」
思い起こすと確かにピーターが理不尽に歳下の子に無理を強いていた時叱った事がある。
「そんな事もあったわね」
ピーターが権力などと言うと大袈裟のようにも感じるが、孤児院の中にあって食料の分配は死活問題なのだ。
孤児院という枠組みの中で子ども達はある程度守られているが、そこに絶対の庇護者はいない。ある種の弱肉強食の世界がそこにはあるのだった。
だからこそ、子どもたちの王国の中にも権力者が必要だ。しかし、その権力者が正しく権力を行使しなければ乱れる。どこの世界でも同じ事だったのだ。
「私、クレメンティーネ様の事尊敬しているよ」
「俺も!」
「ジークハルト様も言ってた!クレメンティーネ様の正義感があるところが素敵って。」
「あと、優しいところも!」
クレメンティーネはどきりとしながらも、心の中が温かくなった。婚約が成立しなかったけれど、妻として好まれなかったけれど。ジークハルトに人として嫌われた訳ではなかったのだと思ったからだ。
それならもう良い。そう思った。
「だけど最近、ジークハルト様来ないね」
「…そうなの?」
「うん。ジークハルト様、忙しいって神官様が言ってた」
「そう…」
とは言えやはり避けられているのかしら?と悪い考えが頭の中を過ぎる。
婚約の打診を断られてから孤児院で顔を合わせたらどうしようかと、孤児院に来る度にソワソワと落ち着かなかった。しかしそれは杞憂であった。気持ちとは裏腹にジークハルトと出会う機会には恵まれなかったのである。
クレメンティーネはジークハルトがどのような考えや事情でブロア家からの婚約の打診を断ったのか知りたかった。一度きちんと話せれば納得出来るのに、お見合いの日から顔を合わせる事はなく気持ちの整理がなかなかつかなかった。
けれど、ふと考えを変えると確かに最近やたらと父が多忙そうなのだ。父のように武に秀でた人間が多忙と言う事は…何か悪い予感がするような気がしてクレメンティーネはブンブンと大きく頭を振った。きっと何か思い過ごしだ。
気持ちを切り替えて子ども達と遊びに興じるのだった。
ーーー慰問の日から数日、年若い貴族達の間で激震が走った。なんとフラヴィア・ローゼンタール侯爵令嬢が長く婚約関係にあった伯爵家の令息に夜会で婚約破棄を叩きつけジークハルト・オースティン子爵令息に乗換えたと言うのだ。
曰く、『運命の恋』を見つけてしまったと。幼少よりのジークハルトに恋焦がれていたと。
これは貴族達の世界ではかなり衝撃的な事件であり、絶好のゴシップのネタとなった。
「フラヴィア様が婚約破棄なさってってお聞きになりまして?」
「ええ。なんでもオースティン様と恋仲だったとか?」
「再従姉妹同士の秘めたる恋でしたのね」
「それでも一方的に振られた方はたまったものではありませんものね」
「しっ…クレメンティーネ様よ。クレメンティーネ様もお可哀想に。フラヴィア様には敵わないわよね」
クレメンティーネはコソコソと聞こえる令嬢達の声に1人傷ついていた。陰で物を言われては得意の正義感を振りかざす事も出来ない。
しかしジークハルトとの婚約の話が立ち消えになってから2度ほどフラヴィア様とジークハルトが寄り添う姿をパーティーで見かけた。
フラヴィア・ローゼンタール侯爵令嬢は家格も高く、麗しい。そして幼い頃からジークハルトを知る再従姉妹でもありクレメンティーネに敵う相手ではないのだ。
それは分かっていた事だ。だから失恋の悲しみよりも納得感の方が強かった。
しかし同時にクレメンティーネは以前ジークハルトから聞いた話を思い出して混乱もしていた。彼女には相思相愛の婚約者がいる、確かにそう言っていた。その寄り添う様子は微笑ましく、政略結婚に希望を見出す事が出来た…と。それにジークハルトだってフラヴィア様と恋仲になる事はあり得ないと言っていたのに。
そんなにも好いた人をすぐに忘れて、他の男に心変りする事が出来るものなのだろうか。男女の色恋に疎いクレメンティーネには分かり得ない所だった。事実、クレメンティーネはジークハルトに心を残したままなのだから。
クレメンティーネの胸にはなんとも言えない違和感が渦巻いていたのだった。




