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婚約破棄をした側令嬢の話  作者: 藤堂るり
伯爵令嬢クレメンティーネ編
10/14

暁色の空Ⅲ

 

「クレメンティーネ!!!」


「お父様、どうなさったのですか?」


 遠駆から数日経ったある日のこと。朝から血相を変えた父が朝食の席にやってきた。


「お、お前にまた見合いの話が来たぞ」


「そう…ですか」


 クレメンティーネは手にしていたナイフとフォークをテーブルに置いた。今まで大した打診もなかったのに流石に適齢期を過ぎて余物にも声がかかり始めたのかと自虐的な考えが巡る。


「しかも先方はローゼンタール侯爵家に連なるオースティン子爵家のジークハルト殿だ。爵位としては格下に見えるが名門の一族だぞ」


「お、お父様、今何と?」


 クレメンティーネは驚いて口にしようとしたカップをガシャリと置いた。マナーにうるさい侍女頭が顔をしかめた。


「先方はなかなかの名門一族だぞ」


「いえ、そうではなくてジークハルト様と今、仰いましたか?」


「あぁ。ジークハルト・オースティン次期子爵との見合いだ」


「まさか…そんな。」


 それからの事をクレメンティーネはよく覚えていない。あれよ、あれよと言ううちに2人とのお見合いがそれぞれセッティングされた。


 シーモア伯爵家の嫡男、ハロルドとのお見合いはお互いに緊張でガチガチだった。

 武骨なハロルドは無口で女性慣れをしているようには思えなかった。クレメンティーネもどちらかと言えば社交的な性格ではなかったので、話が盛り上がったとは言い難く、二言三言で話が終わってしまった。

 相手に不満はないものの好感触とは言えず、お断りをする事に決めた。


 そして、ジークハルトとのお見合いはブロア伯爵家が所有する郊外の別宅で行われた。武勇が自慢のブロア家らしく鷹狩りを主催する為の別宅で小さな湖に面している。


「本日はよろしくお願い致します」


 別宅に赴いたのはジークハルトとその父である子爵だった。ジークハルトの母は幼い時になくなってしまっていた為、父子2人での来訪だった。



「本日はお招き頂きありがとうございます」


 ジークハルトが口を開いた。


「いえ。こちらこそご足労頂きありがとうございます」


 普段とは異なる環境に2人共少し遠慮がちに会話を始めた。

 普段は比較的簡素な装いで気軽に会っているので、お互い正装した姿に少し照れる。ジークハルトの正装した姿は光輝くようで眩しい限りだ。


「クレメンティーネ嬢はいつもお美しいが、今日は更にお美しいですね。よく似合ってらっしゃる」


 クレメンティーネは社交辞令と分かって居ても嬉しかった。今日は豪奢なドレスで着飾っているのだ。いつもより魅力的に見えているはず…だ。


「オースティン様も、お似合いですわ」


 当たり障りのない言葉でしか返せない自分が情けない。


「急なお見合いのお願いで失礼致しました」


「い、いえ」


「家格の低い子爵家からの申し出で申し訳ないのですが、是非クレメンティーネ嬢と見合いをお願いしたかったのです」


「そんな…。孤児院でお会いしておりますのに」


「それでは婚約の打診を頂けないでしょう?」


 この国で婚姻の打診は家格が上の家柄からと言う暗黙のルールがある。お見合いのお願いであれば格下からの申し出でも認められる。ジークハルトは義理堅いから、その手順をしっかりと踏もうとしているのだろう。

 例え力があるオースティン子爵家だろうと、一応伯爵位を賜るブロア家を立てなければならないのだ。


「貴女は…とても凛とした美しさをお持ちの方です。そして心優しく孤児院の子どもたちに慕われているのも当然だと思います。正義感も強く、さすがは高名なブロア家のご令嬢だといつも感服しておりました」


 クレメンティーネは自分で頬が赤らむのが分かった。美しいなどと言う褒め言葉はジークハルトにこそ相応しく、クレメンティーネにとっては縁遠い言葉なのである。


「先日の遠駆けも勇気を出してお誘いして、とても楽しみに思っていたのです」


「それは…私もです」


「そう、伝えられれば良かったのに。貴女が見合いの話をされてから焦ってしまい、何とも不甲斐ないです」


 真っ直ぐにクレメンティーネを見つめるエメラルドの瞳が何とも美しくて切なくなる。


「私も…孤児院に行く理由はオースティン様だったのです。オースティン様に会いたくて、お話したくて…こんな打算的な考えでお恥ずかしいのですが」


 クレメンティーネはあまりの羞恥に手を強く握り、俯いた。


「遠駆けの時も誘って頂いて、それはそれは嬉しくて。天にも昇る思いで、それなのにこのタイミングで今までなかったお見合いの話が来るなんて…。つい、上の空になってしまって何て勿体ないことしたんだろうって思ってました」


 そして恐る恐る顔を上げて、美しい顔を見ると驚いた。そこには赤くなったジークハルトの顔があったのだ。


「…そんな事を言われると自惚れてしまいますよ」


 ジークハルトは少し時間をかけて言った。


「それは私も同じです」


 こんな美しい人が何の取り柄もない、なぜ自分を好いてくれるのか分からなかった。けれど、ジークハルトの態度が自分への思いを伝えてくれる。


「それでははっきり申し上げますね。私はよく勘違いされますが、不器用で泥臭くて、面倒くさい性格です。これから嫌な部分をたくさんお見せするかもしれません」


 ジークハルトは真剣な表情で一言一言を噛み締めるように紡いでいく。


「けれど、貴女が望んでくれるのであれば貴女とこれからの人生を共に歩んでいきたいと考えています。」


「は、はい。」


「出来れば考えでみて下さい。そして打診頂けたらとても嬉しい。」


クレメンティーネはこれまでにない幸せを噛み締めたのだった。



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