第2話 掃除機と歪み(2)
集中して報告書を作成し、取り急ぎハーマンにそれを提出した。受け取った彼に、一瞬眉をしかめられた。
「早いな。推敲はしたか? また赤字を大量にいれて、返す羽目になるのは嫌だぞ」
「なるべく簡潔に書きました。むしろ不足しているところがあれば、あとで教えてください。これからキムの検査の確認に行ってきます」
その場から逃げるようにして、タチアナはキムの背中を押して、部屋を出た。
彼に案内され、ある検査室に通される。検査台の上にあったのは、片手で扱える長細い掃除機。
魔力が込められた石が持ち手の下部分についており、そこで魔法が発動することで、原動機が動き、ゴミを吸い取っていく代物だ。多くの家庭で見られる掃除機でもある。
「どんな問題があって、検査課に持ち込まれたの?」
タチアナが手を背中の後ろに組みながら、じろじろと掃除機を見る。
魔法が発動されていないせいもあるが、魔力の波動に変な様子は見られない。
「道具認可課から持ち運ばれた物なのですが……」
少し歯切れが悪いのは、かつての仕事場だったからだろうか。
キムはタチアナのすぐ隣に立って、掃除機を見上げた。
「認可課のある人間が、書類を見た限り、問題はないと言っていたのですが、また別の人間がこの道具を見て、石の中にある魔力が歪んでいるかもしれないと指摘したらしいです。
初歩的な確認ですが、石が歪んでいるとは、どういうことですか? 魔力が上手く込められていない石、ということでいいのですか?」
タチアナは軽く両腕を組む。適切な言葉を選び、口に出した。
「キムの言うとおり、魔力が上手く込められていない石という解釈で間違っていない。均等に魔力を込めるためには、なるべく物は綺麗な形の状態がいい。
例えば、球体に魔力を込めるのがもっとも効率がいいと言われている。あとは正方体、長方体など、綺麗な形がいい。
逆に形が歪んでいるものは、上手に魔力をかけないと、バラツキが出てしまう」
タチアナは例の掃除機を見る。魔力が込められている石は、長方体のようだ。
白い手袋をしたキムがそれを取り外し、持ってきた。それをタチアナはじっと見る。
「この石ならバラツキは出にくいと思う。ぱっと見た限り、歪んでいるようにも見えない」
「自分もそう思います。ただ、そうは思わない人がいまして。内部の作りが歪んでいるから、細かく検査して欲しいと言っていました」
「ちなみに誰が言っていたの?」
「グレンさんです」
「ああ、なるほど……」
その人物の名前が出されて、思わず声を漏らした。
「知っている人ですか?」
「時々話す仲。年齢も近いし、彼も魔法を使えるから、会えば立ち話をしている。彼、感覚もよくて、結構そういうのに敏感な人。客観的な証拠が欲しいから、こっちに案件を回してきたのでしょう」
機器分析できるのは、この検査課のみ。数値として何かしらの情報が欲しいようだ。
タチアナは目を細めて、石を見る。手袋をして触ってみるが、やはり違和感はしなかった。
「何かわかりましたか?」
「触れた限りではわからない。試しに魔力でも注ぎ込んでみるか」
何の属性がいいだろうか。この石から感じられるのは土属性。物を動かすには、土属性がたいてい付与される。
だから、まずは同じ土の魔力を微量であるが、石に注ぎ込んでみる。
石は軽く光っただけで、変わりはない。
「土属性の魔力を少しだけ注いだけど、特に変化はなし。次に試すのは水、火、そして風。キム、上手に扱える属性はある?」
「風は得意です。他は水ならできます」
「じゃあ、その二属性はお願い」
タチアナの手で全属性を試すことはできる。だが、今回はキムの案件のため、できるだけ彼の手でやって欲しかった。
タチアナが火の魔力を注ぎ込むが、こちらも変化はなし。
次にキムに石を手渡す。彼は水を試すが、それも変わりはない。最後に風の魔力をほんの少し注いだところで、石が激しく輝き始めた。彼は目を大きく見開いた。
タチアナはそこに流れた魔力の波動を目に焼き付ける。すぐにキムに制止の言葉を投げかけた。
「魔力注入をやめて!」
キムは言われたとおり、注入をやめる。石は何事もなかったかのように、元の色に戻った。
「なかなか面白い現象が見られた」
思わず口元をにやりとした。キムはその様子を見て、首を傾げる。
「タチアナさん、何だったんですか?」
「内部に乱れがあるのは、間違いなさそう。機器分析も風の魔力を注入すれば、数値として出てくるでしょう。……おそらく石の中にある魔力の微粒子が、均一でなく乱れて入っているのではないかと思う」
「え?」
「目で見えない範囲だから、気づかない人がほとんど。あえて逆属性を少量注いで反応を見ることで、ようやく気づく程度でしょう」
「少量?」
「そう、少量というのが大切。少量にすることで、微粒子まで反応させることができる。普通の量だと、たぶんここまで明らかな反応は出ない。微粒子だけの反応ではなくなってしまうから」
タチアナは腕を組みながら、眉間にしわを寄せる。
「……正直に言って、この状態で認可を出しても、問題はないでしょう。ただ、万が一のことがある。念には念を入れると、微粒子まで整えた上で、認可を出した方がいいかもしれないと、グレンさんは察したのかもしれない。……まあ、どう判断するかは、認可課に任せましょう」
検査課は、検査した結果の事実を述べるだけだ。その後の業務は依頼してきた側が判断する。
キムは落としていた視線をゆっくり上げた。
「タチアナさん、今回は偶然グレンさんが察したから、こちらに依頼が入り、探知することができました。ですが今後、この要求を常に求められることになれば、認可課の審査する側は大変です」
「ええ、ここまで審査の要件に入れるとなったら大変になる。でも、普通に魔力を込めただけなら、微粒子が乱れることはない。
つまり普通に扱っただけなら、問題ないということだから、審査の要件に入れなくてもいいと、私は思う。それよりも……」
石をまじまじと見てみる。
「魔力の注入、人の手ではなかったのかな? 人間の手によるものだと、集中力がよほど欠けていない限り、均等に入ると思うんだけど。逆に機械注入だと、雑になりやすいのよね」
キムが目を見開いた。急いで認可課から借りた、製造工程を記した書類をめくる。
「この書類には人間が注入したと記載されています。そうではないとすると……」
「虚偽の書類作成ということになる」
実際にそういうことになれば、認可はおろせない。
基本的に、魔力注入は人間が行うこと、と義務づけられている。なぜなら機械で注入すると、微妙な匙加減が難しくなるからだ。
もし機械で注入をしたいのならば、それ相応の特許が出ている機械の使用が求められている。それはかなり高価な機械であり、タチアナ自身もほとんど見たことがない代物だった。
タチアナはふっと笑い、垂れ下がった脇の髪を耳にかける。
「そういう推論はいくらでもできる。そして追求するのは、他の人間の仕事。私たちはただ、依頼された内容から、適切な検査をするだけよ」
それから分析するのに必要な情報を仕入れてから、機器分析をすることになった。
タチアナたちの狙い通り、風の魔力を注入すると、石の内部が激しく反応することがわかった。さらに細かく分析した結果、すべて推論通りとなった。
推論とわかった事実を認可課に伝えると、彼らは検討した末に製作した工場に立ち入りすることになった。
その後聞いた話では、やはり人間の手ではなく、古い型の機械によって魔力が注入されていたことがわかった。
さらに認可が降りている高価な機械ではなく、認可されていない機械での注入だった。それは違法の内容であるため、結果として認可は下りなかった。