第1話 おもちゃと公園(5)
* * *
タチアナは実証実験を始める前に、近場の商店ですぐに食べれる総菜やパン、飲み物などを買ってきて、実験室に閉じこもった。
魔法を使う際は、気力と体力がいるため、事前にお腹を満たす必要があった。
腹ごしらえをしたところで、予め頭の中で描いていた、魔法の組み合わせを紙に書き出した。
どの程度の時間がかかるかは不明だが、とりあえず手を付けてみよう。
例の事故が起きた魔法道具ではなく、同じ会社から販売されている、同じ型のおもちゃの魔法道具を目の前に置いた。
かかっている魔法は同じはずだ。事故が起きた物を使用するのがもっとも良いが、万が一、失敗して壊れた場合、ハーマンや課長たちから、こっぴどく叱られる。
そして真相は本当に闇の中に葬られてしまう。
呼吸を整えてから、早速おもちゃに向かって、風の魔法を当てた。
まずは直線的に当たる風。次に少し曲がった方向から当たる風。
その他、風に強弱をつけたり、温度を上げたり下げたりと、思いつく限りのありとあらゆる風の種類を当ててみた。
集中して、延々と何度も繰り返し行っていたため、すぐ近くで声をかけられるまで、人がいることに気づかなかった。
「……タチアナさん」
魔法をかけ終えて一息ついたところで、誰かに話しかけられた。タチアナはびくっと肩を震わせた。そして慌てて振り返る。
「誰!?」
そこにいたのはキムだった。不審者でないとわかり、ほっとしつつも、すぐに怪訝な表情を向けた。
「扉についている文字が読めなかった? 実験中のため、立ち入りを禁ずると書いたと思うんだけど」
「読みました。ですが、もう遅い時間なので、気になって入らせていただきました」
キムに言われて、時計を見ると、終業時刻をとうの昔に過ぎていた。だが、タチアナは顔色変えずに、次なる作業の準備をした。
「本当だ。でも、私はまだ帰らない。貴方こそ早く帰ったら? 今日は初めて現場に行って、疲れたでしょう。ゆっくり休んで、明日に備えなさい」
「タチアナさん、徹夜でもする気ですか?」
「状況によっては、そうなるかもしれない」
さらっと言ってしまったが、言った直後に後悔した。徹夜は学生時代からよくしていたので、慣れている。
しかし、キムや他の人にとっては当たり前ではないだろう。異動してきたばかりの人間に対し、道具検査課では徹夜が日常茶飯事に行われていると思われては困る。
タチアナは慌てて振り返って、首を横に振った。
「別にいつもしているわけじゃないし、それが当たり前という環境ではないから! 今回は早めに結果が欲しいと言われているから、しているだけであって……」
必死に弁明をすると、キムはふっと表情を緩めた。予想外の表情をされ、目を丸くする。
「凄いなと思っただけです。いつもこなしているようですが、くれぐれも無理はなさらないでください。では、自分はここで失礼します。お疲れさまでした」
キムは頭を下げてから、飲み物を一本机の上に置いて、部屋の外に出て行った。
タチアナは首のあたりを軽く指でかいた。
「うーん、なんだか調子が狂うなあ」
集中力が完全に途切れてしまったため、一度食事を挟むことにした。
* * *
一通り事象を試し終わったのは、明け方近くだった。それを報告書にまとめて、仮眠室で仮眠を取る。
始業よりも少し前にシャワー室でシャワーを浴び、さっぱりした表情で支度をし、執務室へと向かった。
着席する前に斜め前にいる、キムと目があった。彼は軽く頭を下げた。挨拶の代わりに、タチアナも軽く頭を下げる。
始業の鐘が鳴り、課内での朝礼が終わった後、報告書を持ってハーマンの前に立った。彼は軽く目を見開いた。
「もう終わったのか?」
「早い方がいいと思いまして、頑張りました。あとで追加の残業を申請しますので、確認をお願いします」
報告書を手渡してから、説明をしていく。
タチアナが試した中では、つむじ風を起こさせる魔法が一種類だけあったこと。
ただたんに魔法を発動させるだけでなく、場所や気候など、様々な条件が揃わなければ、できないということ。
その理由を補強するために、報告書の脇には温度を変化させた場合、起きた、起きなかったかの結果を表にまとめた。
だから、その風の魔法を発動させた相手側を探し出すのは、難しいという話でまとめた。
ハーマンは首を縦に振りながら、相づちを打っていく。そして結論まで話したところで、立ち上がった。
「いい流れだ。すぐに課長たちに追加の話をしよう。タチアナも来てくれるか?」
首を縦に振り、彼の後についていった。
課長に説明した後は、ほぼ完全にタチアナからその案件は離れた。
聞こえてくるのは、報告したという結果のみ。
事故の被害者側からは、少し不満気味のようであったが、納得したとの話だった。それは同時期におもちゃを作った企業側から、謝罪と慰謝料を支払ったことも関係しているかもしれない。
自分たちが製作したおもちゃが、他の魔法からの耐性がとれていなかったのは、否定できないためだった。
欠陥商品として、そのおもちゃを回収するかどうかは、企業側の手に委ねられたそうだ。
その後は、どうなったかはわからない。
タチアナは今日もまた別の魔法道具の検査を依頼されており、調べる余裕などなかったから。