第1話 おもちゃと公園(2)
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この国では、大きく分けて三種類の人間がいる。魔法を使え、魔力を感じられる人間――いわゆる魔法使いと呼ばれる者、魔力を感じられる人間、そして何も感じない一般人に分けられていた。
割合にして魔法使いは人口全体の一割を切っており、魔力を感じられる人間も全体の数割、そして残りが一般人で構成されていた。
かつては不可思議な現象を起こすことができる魔法は、魔法使いのみが使えていた。
簡単なものでは火を起こしたり、風を吹かしたり。さらに応用して色々なことができた。
魔法を扱えると何かと便利なことがわかり、いつしか一般人たちは自分たちも魔法の恩恵を得たいと発言しだした。
生まれの違いだけで、できる、できないが決められるなど、差別だという主張まであった。
そこで魔法使いの手によって魔力が込められた道具――魔法道具を作成し、それを使うことで、一般人も道具を介して魔法の恩恵を受けられるようになったのだ。
それからこの国では一気に栄えるようになる。
その魔法道具に関係することを取り締まるのが、魔法道具管理局――通称”魔道管局”だ。
ここは魔法道具に関する様々な許可や認可、調査、検査などを行っている、公の機関だ。
例えば、道具認可課。魔法道具が市場に出回る前には、認可を得る必要がある。その道具の製造過程、使い方などに問題がないかを確認し、認可を出す課であった。
一方、魔法道具を処分するには、許可を持った業者が運搬し、処分する必要がある。許可制ではなかった時代、魔法道具の無断投棄で大問題が起きたことがあるからだ。
そのため、運搬等の業者に問題がないかを審査し、許可を出す、運搬審査課と呼ばれる課もあった。
そして、タチアナが所属している道具検査課など、その他にも様々な課で構成されていた。
大多数が建物の中で仕事をしているが、ある課では外に出て、巡回などを主に仕事をしている人間もいるらしい。
一言に魔法道具管理局と言っても、課によって仕事内容ががらりと変わるのだ。
道具検査課では、他の課と比べて魔法道具を直に触れる機会が多い課だ。
今回のように原因を究明する場合、第一に魔法の影響なのかどうか確かめるために、魔力の流れなどを感じる必要があった。
その行為は何も感じられない一般人にはできないため、必然的にこの課には魔法使いが集められるようになった。
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タチアナはキムのことを軽く見た。髪をきちんと整えており、しわのないワイシャツを着て、ネクタイをきっちり絞めている。さらに先ほどの挨拶からして、真面目な好青年という印象を受けた。
そんな彼が異動してきた。しかも入局して、まだ二年という。通常、早くて三年経過してから、異動ができるようになる。
その通例を前倒ししなければならない、特別な事情でもあったのだろうか。
個人情報のため、あまり踏み込んだ話は避けるべきだ。だが、どうしても気になってしまった。
「……キム君、異動前にいた道具認可課にも魔法使いは何人かいる。魔法使いの方が道具のおかしな点を見つけやすいから、認可課では重宝されていると聞いている。それにも関わらず、そこから異動してくるなんて……、何かあったの?」
考えられるのは、職場内での人間関係の悪化。もしくは窓口業務でよほどの嫌がらせを受けたか。
キムは逡巡した後に、視線を軽く逸らしながら口を開いた。
「……自分でこちらに異動希望を出しました。検査課の仕事内容にとても興味があったためです」
「よほど主張したのね。この時期での異動、なかなかいないと思うよ」
「そうだとは思います……」
少し歯切れが悪いい方をされる。これは気になる。
タチアナは気になり出すと、とことん追求したくなる性分だった。
さらに聞き出そうとしたところで、ハーマンがやんわりと割り込んできた。
「キム君のことはそこら辺にしておこうか。あとで聞けるときにゆっくり聞いてくれ」
はっとして、タチアナは我に戻った。今は仕事中だ。
キムはあからさまにほっとしたような表情をしていた。
二人の視線が再びハーマンの方に向けられる。
「――さて、タチアナ、先ほど言っていた俺の推測……の前に、道具自体が悪くない場合、それ以外で考えられる理由は何だ?」
「外的要因が関係していると思います。例えば、どこかで使われた魔法が飛び火し、道具に触れたことで、暴走してしまったと考えられます」
予め考えていた意見をすらすらと答える。ハーマンは首をしっかり縦に振った。
「その通り。さて、その魔法はどんなものだったか、想像できるか?」
今回の場合、おもちゃから振り落とされた。その外的要因として考えられるのは、接している地面か、どこからともなく吹いてくる風か。
「土か風の属性の魔法。さらに絞ると、残っていた魔力から考えれば、風系の魔法だと思います」
「ああ、当然の回答だな」
ハーマンはちらりと窓の外を見据えた。
「――できれば事故が起きた当日の天気や気温まで細かく調べてから、それと同じ条件の日に行くのがいいが、それは後日でもいいだろう。とりあえず、今日は起きた日と同じ曜日、同じ時間帯、さらに天気も同じ晴れだ。気温は若干高いが、検証するには悪くないだろう。ちょっと行って、見て来てくれるか?」
タチアナは内心深々と息を吐き出しながら、首を縦に振った。
「そのつもりです。少し外に出てきますね」
必要な手荷物をまとめて、キムと一緒に事故現場へと向かった。