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賢者を再定義する第九話

 グレゴワール・ド・クソ野郎を潰すのはいいとしても、まずは件の、つまりはもう一つのゴブリン・コロニーに食料を届けてあげるミッションを遂行しなくてはいけない。

 件の、というのは、例の、カシラやサンたちが載せられていた、奴隷商団の馬車を襲ってたゴブリンたちの事だ。

 今回は、彼らと邂逅した街道の方には回っていかない。

 誰も何もしていなければ、馬車が放置されてて護衛の人達の死体が転がったままのはずだが、あの時、御者の人がみんな逃げていたし、そうすると当然、既に街に連絡が入っているだろう事は想像に難くない。とすれば、今頃は調査かなんかの為に、武装した家事手伝いの人たちとかが来ているはず。

 ゴブリンたちがそんな所を、いつまでもうろついているはずがない。

 太陽はもう、西の山の後ろに隠れ、残余の明かりで周囲が見えているだけ、という頃合いになってきた。森の中をうろつくには少々躊躇する時間帯だが、「後で食べ物を差し入れましょう」と言って別れた時の、ゴブリンと呼ばれる子供たちのあの表情を思い出すと、「今日は少し遅くなったから明日にしましょう」などという気持ちにはちょっとなれない。

 彼らが住処としている洞穴の場所は、別れる前に聞いている。聞いていただけで、場所は把握出来なかったが、カシラたちが把握出来ているらしいので、カシラたちの案内についていく。

 しかし、近付いていくと、私にも雰囲気で分かった。木立に遮られた進行方向で、少し前から騒がしいような、騒いでいるような、たくさんの人の気配がしてきたからだ。

 てか、なんか喚いてる?

「ふざけんなコラ」「てめえら閉じこもってんじゃねえぞ」「卑怯もんが」「さっさと出てきて勝負しろやコラ」「もう食べられないよ」的な発言を複数人で同時に行って、結果的に一人ひとりがそれぞれ何を言っているのか、よく聞き取れない感じ。なお、最後の寝言みたいなセリフは、どうせ聞き取れないと思って私が個人的に付け加えてみたものだ。

 獣道を辿って開けた所に出る。そのちょっと前から、その気配がゴブリンたちの小集団らしいという事が明らかになっていた。

 彼らは、崖下に出来た小さな洞穴の入口を遠巻きに囲んでいた。私たちからはその背中が見える。

 と言っても、「誰そ彼(たそかれ)」と言われるような相手の目鼻立ちもはっきりしない昏がりでは、攻撃的に拳や棍棒を振り回すシルエットくらいしか認識できない。それでも。彼らが何日も水浴びすらしていない不衛生な状態なのは、彼らが放つ強烈な異臭で分かった。

 私たちは、あのゴブリンたちと別れる時、とりあえず水浴びをして身綺麗にしておけと言ったはずだ。そしたら、後で食べ物をもってくる、と。

「あれは、イチバンの奴だな……」

 私の近くにいたゴブリンの一人が呟いた。名前は把握してないが、年長さんの一人だ。というか、そういえばまだ、一人ひとりの自己紹介とか聞いてないな。

「昼間に会ったゴブリンの子?」

「いや、イチバンの奴らの根城はここらへんじゃない。ここらへんは、ていうか、あの洞穴が、昼間の奴らの根城だ。オヤブンって奴がアタマをはってる」

「ということは、あの子たちは他所の」

 私がようやく状況を理解できそうになった時には、イザベルお姉様は既に動いていた。

 茂みから走り出て、相手のゴブリンたちの中で一番頭目っぽいのに一直線。そのゴブリンがこちらに振り向く前に、イザベルお姉様の勢いを乗せたヤクザ・キックがその後頭部を叩き伏した。

 やたっ! ヤクザ・キックをする悪役令嬢! レアスチル、ゲットですわ!

 しかし不意打ち多いな、この公爵令嬢様。

「お゛。な、なんだ!?」

 地面に額を打ち付けたそのゴブリンは後頭部と額を同時に押さえて、尻を地面につけたまま狼狽えて振り返った。あまり痛そうではないので、イザベルお姉様、めずらしく手加減されたみたい。雰囲気は頭目っぽいけど、背の低い子だったから、無意識の内に力がセーブされたのかも。

 まあ、それでなくとも、ガリガリにやせ細った子供だし、本気ではなかなかいけないよね。前世の世界では、それでも本気でいっちゃう若いお母さんやそのお母さんの若い彼氏さんとかが、時々ニュースになってたけど。

「うわ、なんかキレイな姐ちゃんに蹴られた! あ?……後ろにも誰かいるのか? なんだコレ! 挟み撃ちって奴か!くっそ、相変わらず卑怯な手ばっかり使いやがって。もう、いい! 解散だ解散!」

 その頭目っぽいゴブリンがそう叫んだ途端、そこに群れ集まっていたゴブリンたちが一斉にてんでバラバラの方向に逃げ出した。逃げ出した方向は四方八方だが、逃げ出すタイミングは全く統率のとれたものだった。バラバラに逃げるのは、追っ手がかかった場合に巻くためだろう。

 あれがイチバンとかいう子だろうか。背が低いのに、雰囲気だけで頭目と知れた。粗暴だが、頭の回転は早そうだ。逃げる時の手筈てはずまであらかじめ全員に周知しておくなど、子供なのにそこまで気が回るものなのかと感心する。

 洞穴を取り囲んでいたゴブリンたちが全員いなくなって、さらにその気配も瞬く間に遠のいていく。数秒とかからなかった。

「結局アレ、なんだったの?」

「たぶん、ご祝儀を剥ぎに来たんじゃないかな」

 私たちも茂みを出て、洞穴に近付いていく。

「ご祝儀を、剥ぎに」

「いやほら、ここのゴブリンたちって、三台もの馬車の商団を襲って成功してるから、相当に儲けてるだろうって、思われて」

「あー。……でもそれって、今日の事ですわよね。そんなに早く伝わるもの?」

「うん、まあ。イチバンのところは特に情報収集に熱心だからなあ。物のやり取りはゴブリンのグループ同士でもあるから、その時とかに噂話をきく事はあるけど、イチバンのところは更に、常に街の入口を見張ってて、ゴブリン討伐のクエストを受けて出てくる奴らを警戒してるって噂もあるから」

「なるほ……あつっ!」

 相槌を打とうとして、急に襲ってきた熱波に思わず後ずさる。

 洞穴付近が熱波に覆われてる感じで、イザベルお姉様も腕組みをして、同じ所で立ち止まっていた。

「な、なんですのコレ」

 中からゴブリンが出てくる気配もないが、さっきのイチバンたちが洞穴を前に手をこまねいていた様子だったのは、つまりコレだったのかと理解できた。

「……まあとりあえず」

 黙考していたイザベルお姉様はそう呟くと、腕組みを解いて詠唱を始めた。

「identification division. this method's name is freeze. environment division. connect to the foundation of creation. this is myconnector. destroy and reconstruct phenomena. this is mybuilder. data division. myconnector summons ice from the glaciers. mybuilder expands into the third dimension. procedure division.a wedge of ice was driven into the rocks, and the water that had been pouring out has now stopped flowing in.closed division. get started.フリーズ」

 洞穴の入口付近にあった熱波が突然消失し、水蒸気の結晶化した粉がパッと舞って、その場に音もなくひらひら落ちた。

「もし。どなたか。中にいらっしゃるのでしょう?」

 中に呼びかけてみる。

「熱波は消しましたけど。どなたか出てきて、状況を説明してくださらないかしら」

 すると

「おお!」

 という声が奥から聞こえてきて、人の動く気配がした。

「ホントだ! ファイアボールが消えてる。それにイチバンの奴らもいない。姐さんたちが追っ払ってくれたんですかい?」

「ファイアボール?」

 イザベルお姉様が顔をしかめて小首をかしげる。

 だがそれよりも、私には気になる事があった。

「……どなたかしら」

 この洞穴は昼間のゴブリンたちの根城だったと聞いているが、昼間のゴブリンたちの中に、こんなゴブリンはいなかった。

「俺はオヤブンと呼ばれてて、一応、ここの元締めを務めさせてもらってるもんですがね」

「ああ、オヤブンさん。あなたが」

 さっき話に出てきた子だ。例によってガリガリにやせ細ってて、見てて怖くなるが。

「おや、俺の事をご存知なんで?」

「ええ、まあ。知ってるというか、お名前を知ったのはついさきほどですけど。昼間の馬車を襲った現場には、あなた、いらっしゃらなかった、ですわよね?」

「ああ。子分どもが言ってた、助けてくれた人間ってのは、姐さんたちですか。これはどうも、子分どもが世話になりまして。もしかして、食いもんを持ってきてくれたんですかい? ありがてぇ。こっちもちゃんと水浴びして待ってた所で。話はそいつをいただきながらって事にしましょうや。でないと、子分どもの涎でそこら辺が大変な事になっちまう」

 会談の場所は、洞穴の前の広場。洞穴の中は狭いから、会食するのには向かない、というのが相手の言だが、それがなくても、奥から漂ってくる獣臭で、私からも遠慮したい所だった。

 手元が暗いので、薪を集めてファイアボールで火をつけたが、料理はしない。料理をする時間もないし、そもそも私もイザベルお姉様も、料理などした事がない。

 食料の内、野菜や肉などは後に自分たちで料理してもらうとして、この場はパンと果物での晩餐となった。もちろん、私たちはいただかない。帰ってから晩ご飯あるしね。しかしゴブリンたちって、料理出来るのかな。

 先方のゴブリンは22匹。こちらのゴブリンと合わせて、38匹。これに私たちが加わって40人。焚き火を囲んで、それぞれ思い思いの場所に座り、いびつな円を描く事になった。

 周囲の木に魔物よけをいくつか吊るしたので、まあ、絶対の安全対策というわけではないが、ほぼ安全は確保されたものとする。

「それで、さっそく本題に入らせていただきますけど」

 とイザベルお姉様。なんだか珍しく、待ちわびていた感じの忙しい質問だ。

「さきほどの熱波をファイアボールとおっしゃってましたわね。アレはどういうことかしら」

「それは本題ではないでしょう、お姉様」

 思わず身体ごとイザベルお姉様の方に向けて、マジ顔でツッコミをいれてしまった。

「……本題は後回しという事で」

「アレはねえ。ちょっと実際に見てもらった方が早いかもしれねえ。おい、ザコ。お前アレ、ちょっとやってみて。ファイアボール。……ああ、お前は撃てないんだっけ。じゃあ、誰でもいいんだけど、撃てるヤツ」

 オヤブンにザコと呼ばれた年少さんのゴブリンが、一つうなずいて、他のゴブリンを連れてきた。少し離れた所で仲良しグループを作ってパンなどをモシャモシャしていた、同じくらいの年少さんだ。

「ファイアボール」と催促するようにザコが言うと

「うん。オッケー」と気安く答えて、その子は両手を前に出し、たどたどしく詠唱を始めた。

「あ、あいでんてぃふぃけーしょん、でぃびじょん、じす、めそっずねいむ、いず、ファイアボール、えんびろめんと、でぃびじょん、こねくてっど、とぅざ、ふぁうんでいしょん、おぶくりあえいしょん、じすいずまいこねくたあ、ですとろい、あんど、りこんすとらくと、ふぇのめな、じすいず、まいびるだあ、でいた、でぃびじょん、まいこねくたあ、さもんずふぁいあ、ふろむざ、へぶんず、まいびるだあ、えきすぱんど、いんとぅざ、さーどでぃめんじょん、ぷろしじゃあ、でぃびじょん、ざろんぐろーど、ゆーうぉーく、うぃるびー、りぼーぶど、あらうんど、あんど、ばーんど、とぅ、あないおれーしょん、ばいざ、ふぁいあず、おぶざ、へぶんず、くろーずど、でぃびじょん、げっとすたーてっど、ファイアボール」

 それで本当に発動するのかと不安になるような発音だったが、最後の閉式の部分まで言い切った所で、穏やかな温風が、ふあん、と放たれた。

「……これは?」

 イザベルお姉様が、ぎろりと、オヤブンを睨みつける。オヤブンはその迫力に気圧されるように、少し腰の引けた様子で答えた。

「ファ、ファイアボール、ですが?」

「……の、なりそこない、ですわね。いわゆる、術式失敗というヤツですわ」

 私は認識を共有するため、あえて明確な表現で説明した。

「なるほど。これはファイアボールの失敗したヤツ、なんですかい」

 失敗と言われて、得意げに実演した年少さんゴブリンが、決まり悪げな表情になった。

 ちょっと罪悪感が刺激される。

「いやまあ、失敗と言っても、あの詠唱で多少なりとも現象を引き起こしたのは、研究の余地があると思いますが」

「その通り。これは重要なデータになりますわ。ですが、これではあの熱波の塊は作り出せないでしょう」

 イザベルお姉様に問いかけられて、オヤブンがにわかに得意げな顔になった。

「もちろん、一匹ではムリでさ。アレは、コレを何匹ものゴブリンで、何度も何度も延々と撃ち出して、ようやく出来たヤツなんで。いわゆる、『熱波の壁』とでも言いますかね」

「ほー、なるほど。使いよう、ですわね」

 私が感心して言うと、イザベルお姉様も同様に感じていた様子で、うなずいた。

「アレは誰が考えたのかしら」

「え、いやそれはもちろん俺が……考えた、ような、もんですが」

 イザベルお姉様に睨みつけられて、オヤブンの答えがたちまち途中から怪しげなものに変化する。

「あなた、訂正するなら今の内ですわよ。お姉様に適当な事を言ったら、お顔とかが適当な感じになるお仕置きをされるかも、しれませんわ」

 自分で言っといてなんだけど、お顔が適当な感じになるお仕置きってなんだよそれ。凄いな。ちょっと興味惹かれるじゃん。

「ような、という事は、実際に考えたのは、()()()()、あなたなのではない、という認識で、いいのですわよね? もしそうなら、もう少し具体的におっしゃってくれるかしら」

 更に、答えやすいように、「正確には」の所を強調しつつ、問いかけをし直してあげる。

 イザベルお姉様はそこらへん、配慮とか絶対しないからな。

「えっと、それは、まあ。正確には、ザコのヤツが……」

 イザベルお姉様の視線がオヤブンから、傍らに立ってたザコの方に向かう。

 ザコは「ひっ」と、サンと同じような反応をして背筋をのけぞらせた。

「あなた、お名前、ザコとおっしゃるの」

「あ、その……はい」

「あなた自身はさきほどのファイアボールを撃てないと聞きましたけれど、あんな利用方法をよく思いついたものね。もしかしたら、あの詠唱も、あなたが?」

 ザコの眼が、驚いたように見開かれる。私の眼も、見開かれる。え、マジ? みたいな。そこから、よくそんな推測にたどり着く事が出来るな。さすがイザベルお姉様。

「は、はい。あの……お姉さんの、ファイアボール、すごく、カッコよくて、真似しようと思って、一生懸命、思い出して」

 今度は、イザベルお姉様の方が目を剥く事になった。

「真似するって、あなた。ワタクシがあなた方の前で魔術を使ったのは、たったの一回だけ、ですわよ」

「はい。だ、だから、その……一生懸命、何度も何度も、思い返して、思い出した部分から、みんなに教えて、それで、バラバラに思い出したのを、くっつけて」

「え、そんな事可能?!」

 私も思わず声を上げてしまった。ザコが嬉しそうに「はい!」と答えて、笑顔を浮かべる。

 なにこの子、すごっ。自分は魔術、使えないのに、魔術を再現して、さらにその利用方法を開発するとか。ほとんど博士じゃん。

 あ、もしかしてこれがいわゆる、賢者ってヤツ?


そういえばこいつらいつメシ食ってんだ?


しまったな。考えてなかった。まあいいや。


記述にはないけど、奴隷商に買い戻しにいく前に

家で朝飯食ってた事にしよう。


あと、新しいゴブリンの小集団と邂逅して馬車を襲った後、

解散する前に馬車の中にあった食料で、みんなで昼飯食ってから

解散した事にしとこう。

本文では記述してないけど。


本文で書いてないけど、ちゃんと食べてるから!


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