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カエサルに熨斗をつけて叩き返す第七話

 買った値段で売る事はできないよ、という藪睨みの奴隷商の話をきいて、私は

 そりゃそうだ

 と思った。

 金貨16枚でゴブリンたちを売ったのが昨日。

 そしてその晩の内に値付けがされ、今朝聞いたその値段が金貨47枚と銀貨16枚だ。

 公正取引委員会などないこの世界では、暴利は別に違法というわけでもない。

 いや、運搬一つとっても護衛を複数人雇って何日も拘束するこの世界で、この値段が暴利と言えるかどうかも微妙だろう。

「お姉様」

「わ、わかって、いますわ」

 怒りで身体が震えるのを抑えられないようだが、私の言わんとしている事は、既にご承知の様子。さすがイザベルお姉様。

 しかしそれでも、だ。それならそれで、せめて事前に言ってくれるのが良識というものだと思うが。

「こ、今回は、元より良識のある相手では、と、通らない、無理筋のお話でしたからね。ええ。とりあえずはその10人、買い入れて、引くと致しましょう」

 言いながら、イザベルお姉様は構うことなく立ち上がる。

「ですが、残り金貨32枚と銀貨8枚。すぐに用意して戻ってきます」

 そして歩き出す。ガン! とローテーブルに足をぶつけるが、気にした様子もない。足先は奥に見える通路に向かっていた。

「ちょっ、ちょちょちょ。勝手に入らないでください。今連れてきますから」

 藪睨みは慌てて立ち上がり、イザベルお姉様を止めに入る。それを振り返って見上げ、イザベルお姉様は一際強く睨みつけて言う。

「ですから、絶対にあの子たちを他に売ってはなりませんわよ。いいですわね」

「それはお約束できまぐあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」

 藪睨みに最後まで言う間も与えず、イザベルお姉様のモンク的な蹴り技が、藪睨みの膝小僧を蹴り込んでいた。

 ぐきっ、という感じで、藪睨みの膝関節が反対方向に曲がっている。

 私はそれを見て、ビクっとしてしまう。イザベルお姉様と一緒にいると、こういう事はまあまあ、あるわけだが、なかなか馴れない。

 そもそも子供から見ると、大人がその場に倒れてのたうち回るというのは、それだけで恐ろしげに見えてしまうものだ。

 玄関先に立っていた用心棒が何事かと入口から入ってくるが、相手が公爵令嬢と見ると、雇い主を庇うのも躊躇する、といった塩梅だ。

 イザベルお姉様の方は、それを見てようやく溜飲が下がったのか

「……identification division. this method's name is heal. environment division. connect to the foundation of creation. this is myconnector. destroy and reconstruct phenomena. this is mybuilder. data division. myconnector summons water from the river. mybuilder expands into the third dimension. procedure division. i tied my sleeves and wondered if the water was spilling out because of the spring wind. closed division. get started.ヒール」

 嫌そうに回復魔法をかけていた。

 見る間に、逆方向に向いていた膝が元に戻っていく。

 マジか。さすがに凄過ぎないか、イザベルお姉様のヒール。

「どお゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙っっ!」

 逆方向に向いていた膝を強制的に元の位置に曲げ戻されるのだから、そりゃ相当痛いだろう。藪睨みは頭を抱えたり膝に手をやったりして、忙しなく悶え苦しんでいた。

「お約束するのよ。無理筋を通そうとする客相手に、まっとうな取引が出来るとお思い? それとも、ルーヴォア公爵家を舐めていらっしゃるのかしら」

 足が元に戻った後も、藪睨みはハアハアと荒い息をついてその場に転がっていた。

「返事は結構。それよりも、早くその10人の子を連れてきなさい」

 藪睨みはびっしり汗をかいたのを拭いながら、のっそりと立ち上がると、言葉もなく店の奥に入っていった。

 まあでも、あれだよね。ほぼほぼヤクザ。


 表情の分かりにくい藪睨みが、より一層表情をなくして無言で連れて出てきた子供は、奴隷の首輪をつけた7人の小さな子と、3人の大きめの子だった。幼稚園の年少さんと年長さん、って感じ。

 奴隷の首輪は身分証みたいなものだ。金属製のも革製のもあるが、彼ら彼女らに使われた首輪は革製で、首に巻いて、圧着式の金具で接合するので、自由に着脱する事は出来ない。

 ゴブリンたちは、イザベルお姉様の姿を見つけると、一斉に寄ってきて、シロヒゲおじさん、シロヒゲおじさん、と口々に言い立て始めた。

「シロヒゲおじさん?」

「シロヒゲおじさん」

「シロヒゲおじさん、の、と、ころ」

「いけって」

「サンが」

「シロヒゲおじさん」

「サン」

「つれて、いけって」

 餌を強請る雛みたいに一斉に口を開いて喋るから、個々が何を言ってるのかよく分からないが、全体として何が言いたいのかは大体わかった。

「あーわかりました。わかりましたから、少しお黙りなさい」

 イザベルお姉様がイラついた顔でそう言うと、ゴブリンたちはようやく口を閉じて、コクコクと頷いた。

 10枚の奴隷契約書の、所有者の書き換えをもって、取引は完了する。

 支払いは金貨15枚と銀貨8枚だが、すぐに残りを算段してくるという事で、お釣りは受け取らなかった。従って、残りは金貨31枚に銀貨16枚。


「それで、シロヒゲおじさんとおっしゃる方はどちらにいらっしゃるのかしら」

「まっすぐいくの」

「まがって、まがって」

「かわをわたって」

「あと、おおきいきのところをとおる」

「……連れていってくれるかしら」

「うん!」

 奴隷商の店を出ると、ゴブリンたちは私たちを連れて、南門の方に向かった。イザベルお姉様が昨日、ゴブリンたちを連れて街に入った門だ。

 初めて入った街なのに、歩みに迷いがないのは、昨日辿った道を逆方向に進んでいるからだろう。だとしたら、子供ながらにかなりの記憶力と方向感覚だ。さすが、親の顔も見ない内に外に放り出されていながら、生き抜いてきただけはある、と言った所だろうか。

 そのまま南門を出た。

 街に入った事がない子供が顔見知りのおじさん、というのだから、街の外に住んでいるのだろう事は想像に難くない。

 とはいえ、当初は街の外に出るとは考えていなかったので、私たちドレス姿なのだけど、大丈夫なのだろうか。

 しかし、よく考えたら不自然な話だ。

 そんなおじさんがいるのに、この子たちはどうしてこんな、ガリガリになるほど食うや食わずの生活を続けていたのか。それに、子供ながら荷馬車を襲うなど、山賊めいた事もしていた事を考え合わせると、およそまともなおじさんとは思えない。

 そんなおじさんに会って、一体何が解決するというのだろう。

 森に入って4時間ばかり。

 途中、角うさぎ───アルミラージとエンカウントしたが、イザベルお姉様が殴り飛ばして、誰一人怪我もなく済んだ。

 際しては、それを見たゴブリンたちがヤンヤと喝采したが、照れたイザベルお姉様が怒鳴って黙らせる一幕もあったり。

 そして、目的地のそこにたどり着くと、謎はすぐに氷解した。

 彼らが「シロヒゲおじさん」と呼ぶのは、一本の大きな木の事だった。

 シュロに似た木で、樹皮が白い毛のようなもので覆われている。

 周囲にも似たような木は何本もあるが、これは一際大きい幹だったので、子供の感性で「おじさん」と思ったのだろう。

「なるほど。シロヒゲおじさん、ですわね。でも、ここでどうしろと……?」

 すると、ゴブリンたちが競ってその木の後ろに回る。木に囲まれた森の中で前も後ろもないのだが、こちら側は獣道みたいになっていて、心持ち開けた風なので、その背後の、影になった辺りが後ろと言えば後ろっぽい。

 ゴブリンたちに比べてこちらは少しばかり身体が大きいので、一緒についていく事は叶わないが、ひょいと身体を傾けて何をしているかと見ると、その後ろに、結構大きめのうろがあった。

 近くに木の枝とかが折り重なってあるので、おそらくその木の枝を重ねて、そのうろを隠していたのだろう。そのうろから、木箱を取り出そうとしているようだ。

「なるほど。そういえばあなたたち、荷馬車とか襲っていたのでしたわね」

 イザベルお姉様の言葉で、私もようやく理解が及んだ。

 そうやって荷馬車を襲って、そこから得たものを、ここに隠しているわけだ。いや、食べ物などはその場ですぐに食べてしまっただろうから、強奪した内で食べられないものを、という事になるか。

 金貨など、キラキラしてキレイだけど、買い物が出来ないのでは、持っていても意味がない。けど捨てるのはなんだかもったいない。とりあえずここに入れとこう。そんな感じだろうか。

 木箱以外では、錆びたナイフや短刀・蛮刀・短杖なども入っていた。剣がないのは、さすがに入り切らなかったからだろう。それがなくても、この子たちの体格では振り回せまい。

 木箱は結局、重すぎて取り出せなかったので、うろに入った状態で蓋をあけて中身だけ取り出した。おそらく、入れる時も同じようにしたのではないかと思われる。

 木箱の中には、金貨が11枚。銀貨が154枚。銅貨が4284枚。それと、魔物よけの袋がいくつかと、指輪やネックレスとかもあるが、宝石などが入っているわけでもないし、取り立てて細工が良いものでもないので、売り物になるかどうか。いやこれはゴミだな、ゴミ。

 木箱の中は、魔物よけのおかげでかなり臭かった。それでもまだ封がされているからマシだが。使用する際はこの封を切る。すると、強烈な匂いを放ち始める。この匂いが、魔物を寄せつけないのだ。だが実際の所、寄りつかなくなるのは魔物だけではないだろう。だってかなり臭いんだもの。匂いの傾向としては、薬臭いというか、ちょっと正露丸っぽい。それのキツいヤツと考えたら、だいぶ近くなるのではないだろうか。

 この中でゴブリンたちにとって実際に有用なのは、魔物よけくらいのものだったろう。これは、武術など修めていない私にも有用なものだ。イザベルお姉様が一緒とはいえ、危険な森の中のこと、遠慮なく頂いておこう。

 貨幣の方は、金貨29枚、銀貨8枚、銅貨4枚に換算出来る。

 金貨31枚と銀貨16枚には、金貨2枚と銀貨7枚と銅貨16枚ほど足りない。

「足りない分は補充するしかありませんわね」

「補充と言われましても……ウチに帰ったら売れるものが何かあるかしら」

「ここにあるお金は、ゴブリンたちが荷馬車などを襲って集めたものでしてよ。これに補充するのですから、同じように荷馬車などを襲って補充すればいいのではなくて?」

「ええ?……お姉様、それはさすがに」

「このお金に手をつけるのであれば、同じ事でしょう。これを躊躇ためらうなど、自己欺瞞以外の何ものでもありません。ああでも、あなたがこれに付き合う必要はありませんから、ここからは帰った方が良いでしょう」

「帰る? 私一人でですか?」

 そこで周囲を確認する。右を見ても森。左を見ても森。木と草と、それが作る影しかない世界だ。

「……ムリです」

「……確かに。仕方がありませんから、戦闘になったら木の後ろにでも隠れていなさい」

 同じように周囲を見てから、イザベルお姉様も同意して私がついていく事を許可してくれた。というか、イザベルお姉様はここから一人で帰れるのだろうか。まあ、イザベルお姉様の事だから、なんとかしそうではあるけれど。

「とりあえず、あなたたち。ここから一番近い大きめの道に出てくださるかしら」

「うん。こっち」

 ゴブリンたちの案内で森の中を進む。

 私は私で、念の為、魔物よけの一つをとって、封を切った。おかげで、ゴブリンすら寄り付かない。そのゴブリンたちは、手に手に錆びた短刀やら蛮刀やらを持っていた。先ほどのうろに入っていたのを持ってきたものと思われる。

 道に出た。

「ああ、これなら分かりますわ。それならもう少し北に上がりましょう。そうすれば、わざわざ遠回りしてブルイエ侯爵領に入ろうとするような、後ろ暗い人たちがいかにも通りそうな道に出ますわ」

 公爵令嬢の裏社会に対するアンテナが敏感すぎる件。

 しかし、ほんとクッサいな、魔物よけ。

 イザベルお姉様は、道を横断して反対側の森に入っていった。

 せっかく道に出たのに、また直線距離で……。

 仕方なく、イザベルお姉様の後、に従うゴブリンたちの背中を追って、草を押し分け、樹間に分け入っていく。スカートなどはとっくの昔にドロドロで、裾とか、知らない間に引っ掛けていてあっちこっち破けている。

 それでも魔物よけのおかげか、それともたまたまか、魔物に出会う事なく順調に歩き続け、30分くらいで別の道が見えてきた。

 そこで、騒がしい音が聞こえてきて立ち止まった。

 遠くて分かりにくいが、悲鳴のようなのが混じっているような気がする。

 どう考えても揉め事の予感。

 もっとも、こっちも揉め事を起こそうとやってきたわけだから、人の事は言えないわけだが。

「……そう言えば、たしかこの辺りで、ゴブリン討伐のクエストが出ていましたわね。これはちょうどいいところに当たったかもしれません。シルはここから動かないように。ゴブリンたちは声を出さないように気をつけて、ワタクシと一緒にきてくださいまし」

 唇に人差し指をあてて、ゴブリンたちを見回す。

 それを見てゴブリンたちも、マネをするように唇に人差し指をたて、周囲を見回すフリをした。

 みんなが一斉に同じ仕草をするので、誰に対するなんの伝達なのかよく分からない感じになっているが、それでも、声を出さないようにはしているので、必要な所は伝わっているのだろう。

 イザベルお姉様は、道に出る事なく、草と木を盾として、道沿いに草の中を登っていく。ゴブリンたちがそれに続いていくのを、後ろで見ていた私だったが、これだとイザベルお姉様の活躍を見る事ができない、最初はそれもやむなしと思っていたが、その後姿がだんだん遠ざかるにつれ、我慢できなくなってきた。

 これを我慢して、なんでイザベルお姉様の妹と言えようか。いいや、言えない。これはもう、アイデンティティの問題なのだ。

 樹間から道の方に顔だけだして、音のする方の様子を見る。

 馬車が止まっているのが見えた。三台くらいの小規模商隊だろうか。

 剣を振り回す大人が数人。その周囲を、ゴブリンらしき小柄な影がうろちょろしている。

 イザベルお姉様が拾ったゴブリンとはまた別の小集団だ。

 分かるのはそれくらい。逆に言えば、あちら側からもこちら側の事はよく見えないはず。

 深淵がよく見えない時、深淵もまたこちら側の事がよく見えないのだ。

 もうちょっと、近付いてみよう。

 道に出てそろりそろりと近付いていく。誰かがこっちを向いたら、すぐに木の陰に身を隠せるように、用心しながら。やはり森の中と違って、道の上は歩きやすい。

 あ、大人の人がこっちをちょっと見ただろうか。いや、見てない見てない。

 でもそろそろ、ここらへんにしとこうか。

 私は再び木の陰に隠れて様子を伺う事にした。

 森の中からファイアーボールが放たれたのが見えた。それが、屋根の上に立っている弓士を襲い、追い落とした。服に燃え移った炎に包まれているのが、すごくヤバい感じだ。

 続いて、木の高い所から短刀みたいなのがパラパラと投げ落とされる。あまり正確な狙いではないし、ほとんどは切り払われているようだが、その内の一つが、大人の人の背中に突き刺さって見えた。

 短刀みたいなのがなくなると、今度はそれが石礫に切り替わる。結構なサイズの石礫が、次から次へと投げ落とされて、二人がそれを頭にくらってノックダウンした。当たりどころ次第で、死んだり半身不随になったりするヤツだ。

 この段階で、それぞれの馬車を御していた御者は、もうこれはヤバいと判断して逃げ出している。馬車の一台に乗っていた商人らしき人も、これに続いて馬車から飛び降り、一緒に逃げ出した。

 残った護衛二人が、石礫を警戒して上を見ている隙に、イザベルお姉様が森から飛び出してきて、死角に回り、背後からモンク的な足払い。続いてもう一人も足払い。倒れた所で、確殺の振り下ろし顔面パンチ。

 最初の足払いで尻餅ついた方は、周囲のゴブリンに囲まれてボコボコにされていた。

 あと、最初の弓士とか、その後の短刀や石礫に当たった人とかも、もれなくゴブリンに取り囲まれてボコボコにされている。

 他に大人は見当たらない。これは、早々に制圧完了かと木の陰から出ていくと、ゴブリンの何匹かがこちらに気付き、棍棒を振り上げてこちらに走り寄ってきた。

 殺意の熱視線は敵認定の証。面識のないゴブリンとの新しい出会いはどうしたってハードモードになりがちだ。慌てて後ろを向いて逃げようとするが、足がついてこずに地面に引っくりこけた。

 慌てて仰向けになって、お尻をズリズリと。すると、怖い顔したゴブリン───真っ黒に汚れて日焼けなのか垢なのか分からなくなった不潔な身体、べっとりと張り付いた髪、今日を生きるために死物狂いの形相、生きているのが不思議なくらいガリガリの身体、の、幼い子供たち───が、今まさに棍棒を振り上げて、眼の前まで迫っていた。

 何かないかと身体中をまさぐって、魔物よけを数個取り出す。後先考えずとはまさにこの事で、ほとんど意識する事なく、その数個の封を、一気に開けた。

「つあああああぁぁっっ!!」

 たちまち広がる悪臭に、鼻の奥をガンと殴りつけられた衝撃を感じ、目にはたまねぎや辛子的な痛みが襲ってきて涙が止まらない。

 アカン! アカンって‼ これアカン! 薬事法違反! 薬事法違反! 薬事法の人、早く来て‼

 これが、襲ってきたゴブリンにも襲いかかったみたいで、みんなで仲良くのたうち回る事になった。

 匂いの方は、数分で霧散し、匂いにも馴れたようで、これの苦痛はそれほど持続しなかったが、目の方はなかなか開けられなくて困った。なので、物音や声だけで周囲の様子を推測した限りだが、イザベルお姉様と奴隷になったゴブリンたちと、この辺りを縄張りにしているゴブリンたちの間で、とりあえず穏便な合流はなった様子だった。

 馬車はやはり三台あった。馬車の扉を開け放つと、一つは、商人っぽい人が乗っていた馬車で、さまざまな荷物が乗っていた。食べ物などもここにあったので、ゴブリンたちは大喜びで中身を漁っている。

 もう二台には、奴隷が2グループに分けられて乗せられていた。

 内、一つのグループを見て、イザベルお姉様が顔を歪めて舌打ちを打つ。

 奴隷の首輪をされたカシラ、サン、他の計6人のゴブリンがそこにいたからだ。

「あ、ありがとう、ございます」

「オジョウサマ!」

 口々に感謝やら再会の喜びやらを言葉に乗せて、馬車を降りてくる。

 つまり、あの藪睨みの奴隷商は、イザベルお姉様との「お約束」をハナから守る気がなかったわけだ。というか、十中八九、イザベルお姉様に足を折られた腹いせだと思うけど。

 しかしここで捕捉できたのは、全く運が良かった。

 奴隷たちを馬車から下ろしている間に、荷物用の馬車に乗っていた荷物も全部降ろされて、地面に広げられていた。

 下着や服。シーツ。野宿で使う携帯用の調理器具。予備の剣や弓、革鎧。奴隷契約書の束に、金貨などの貨幣もあった。

 奴隷を売りにいく馬車だとしたら、一体何のための貨幣なのだろう。お釣り用かな? 金貨がお釣りになる事ってないはずだけど。

 だが、貨幣が載っていたのは都合が良い。

 先のシロヒゲおじさんの木箱から取得した貨幣を合わせ、そこから金貨32枚をもらい、残りは他の奴隷たちに分配した。

 ゴブリンにはお金より食べ物だが、逃亡奴隷には、どこに逃げ込むにしても、行った先での逃亡資金が必要だろう。大人も子供もいたが、みんなで固まってブルイエ侯爵領に向かうそうだ。

 長旅をするなら、固まって移動するのは正解だ。

 際しては、大人たちがそこら辺に転がっている護衛から、剣や軽鎧をとって武装する。

 奴隷契約書の束からゴブリンの分を抜き取って、これも渡しておく。必要に応じて、自分たちで勝手に所有者の書き換えでも何でも、好きにしたらいいだろう。

 それにしても、ゴブリン以外の奴隷だが、みな容姿が整っている。どうにも、性的な目的で売られる為に運搬されていたように見えるのだが、まさか、ゴブリンたちもその目的で売られようとしていたのだろうか。需要があるようには思えないのだが。

 あとは、ここら辺りを縄張りにしているゴブリンだが、前回の反省を踏まえて、むやみに連れ帰る事はしなかった。ただ、いつまでもここに留まっていると、ゴブリン退治のクエストを受けた連中がやってくる、というのと、後で食べ物を届けるので、水浴びをして身を清潔にするように、という事だけ伝えておいた。いずれは取り込むつもりの、布石だ。


 こうして私たちは、ドレスを泥だらけのボロボロにしながら、街に帰ってきた。16人の、奴隷となったゴブリンたちと共に。

 だが取引は取引。イザベルお姉様は、そのままのボロボロのドレス姿で、藪睨みの奴隷商の店にまっすぐ向かった。当然その後に続くのは、私と、ゴブリンたちだ。

 玄関先の用心棒は文句一つも言わずに店主を呼びに行くと、出てきた藪睨みの店主の前に、そのまま立たされていた。今回は、もう一人用心棒を雇った様子で、二人の用心棒を前に、その後ろに隠れる形での接客だ。

 だいぶビビってるのがよく分かるビジネススタイルではないだろうか。

「おお、これはイザベルお嬢様。件の奴隷ですが、いやあ、一足遅かったですな。貴族様からぜひにと言われると平民の身の上にて、お断りする事もできず」

 と言いかけるのをさえぎって、イザベルお姉様

「ええ。その事ですが、今しがた、確かに受け取りましたわ」

 と、金貨32枚の袋をポンと放り投げる。

 結構な重さなので、藪睨みまでは届かず、用心棒の足元に、ドンっとかなり大きめの音をたてて落ちた。

「お釣りは結構。しからばごめん遊ばせ」

 せっかくの決め台詞だったが、武士が混ざってしまった。

 身を翻して玄関に向かうイザベルお姉様。それに付き従う子供たちの中に、サンの姿を見つけたらしい藪睨みが「お、お前、なんで……おい、どういう事だ!」と喚くのを背中に聞きつつ、私たちは奴隷商の館を後にしたのだった。


困ったな。他のゴブリン・コミュニティを出したはいいが、もう、一旦奴隷にして仲間に取り込む、って方法が使えなくなってしまったぞ。

どうしよう。

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