表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/48

犯人が謎解きをする第三話

 言うまでもないが、貴族の子女が通う学院に牢屋などはない。

 ただ、「懲罰室」というのはある。

 とはいえ、内装は豪華だしスペースは広いし、おまけに扉には内鍵がかかるだけ。ワンルームだけなので、その点はお貴族様的には窮屈かもしれないな、と思うけど、これのどこに懲罰要素があるのか、って感じだ。いやでもこれで窮屈とか、どんだけパーソナルスペースでかいんだよお貴族様。

 イザベルお姉様は当面、その懲罰室に監禁される事になった。

 前述の通り、鍵は内鍵がかかるだけだから、物理的には出入り自由なのだが、懲罰室に入るような事をしていながら、勝手に退出するのは、「私は反省しておりません」というのを態度で示すようなもの。なので、懲罰室に入れられて勝手に出ていくようなお行儀の悪い手合は、貴族の子女には基本的にいないのだ。

 それに、もしもそんな事をしたら、家の恥となってしまう。貴族の子女にとってそれはとても恐ろしい事だ。

 さて、私のイザベルお姉様だが、言うまでもなく、露ほども反省などしていない。冤罪なんだからむしろお前ら衛兵どもが反省しろ、と言いたいくらいだろう。

 なので、一人にしていたら間違いなく勝手に、しかも堂々と懲罰室を出ていっていただろう事は想像に難くないのだが、今は取り調べのために大人しくしている。

 取り調べは衛兵二人が行っていた。

 ところで衛兵の装備だが、騎士と違ってその装いは基本的に革鎧で、胸の急所などの局所局所に補強の金属が当てられている限り。いわゆる軽鎧。兜も革製のもので面頬もない。そして今はその兜も脱いでいる。

 相手が公爵令嬢という、家格が遥か上の人間を相手にするという事で、二人とも若干顔色が悪くて冷や汗もびっしょりだった。

 なので私も立ち会いたいなんて言ったら、すごく迷惑だろうな、と思った。でもまあ、思っただけだ。お話がイザベルお姉様の事なので、遠慮とかしてる場合じゃない。ここは公爵家の名前でゴリ押しさせていただく。

「あー、えっと。ルーヴォア侯爵家ご令嬢イザベル・ルーヴォア様。あなた様には、その、スカルポン男爵家ご令嬢クリスチアーヌ・スカルポン嬢と他三人の平民に対しての殺害容疑がかけられています。取り調べのため、王宮刑吏までご同行願います。……その、お願い、したいのですが」

「……平民が三人、増えてる」

 そう言って、美しく釣り上がったまなこを私に向けてくださるイザベルお姉様。それは、衛兵の言葉など最初から当てにしてない、という事の現れだ。であると同時に、必要な情報は全てこの私、イザベルお姉様の直系の妹(?)であるこのシルヴィーから得る事が出来ると信頼していただけているあかしでもある。

 私は、心が弾むのを抑える気もなく、鼻息粗く返答する。

「今回の件が『ゴブオタ』ではどうなってるか、って事ですよね、お姉様!」

『ゴブオタ』というのは、あの乙女ゲー『目指せ逆ハー!業の深い乙女たち』の略称だ。

「業」「深」「乙女」「たち」で『ゴブオタ』。

「まずですね。あのゲームでは、悪役令嬢がフランソワーズ・ボードリクール嬢に指示して、暗殺者を雇い入れさせ、ジャンヌ嬢の暗殺を企てるんです」

「フランソワなにがし……。ジャンヌの?」

「ええ、ジャンヌ・ブルイエのお友達の。『ゴブオタ』では、悪役令嬢の取り巻きなんです。今は、お姉様の周りに、取り巻きなんていませんけど」

 扉がキイ、小さく音をたてて開き、一人のゴブリンが入ってくる。私たちはそれを一瞥すると、すぐに視線を戻した。

「ちょっと待ってください、お嬢様」

 私の話を横で聞いていた衛兵が、顔を見合わせてから口を挟んできた。

「なんですの」

 お姉様との会話を邪魔された私の声が、思わず刺々しいものになってしまう。

「その、一体その話を、どこからお聞きになったので?」

「その話? ……ああ、フランソワーズ・ボードリクールが罪悪感に耐えかねて、ロベール殿下に自供したってお話の事ですか?」

 私の言葉を聞いて、衛兵たちは更に驚きに目を見開く。だが私には別に、彼らに全てを説明する義務はない。

 だがその反応で明らかになった事があった。真相はどうあれ、表向きの事件のあらましは、あの乙女ゲーの通りになっているようだ。

 私が気がついたくらいだから、イザベルお姉様にとっては、とっくの昔に気がついていた事なのでしょうけど。

 私はすぐに視線をイザベルお姉様に戻して、話を続けた。

「その暗殺者というのが三人で、その後、証拠隠滅の為、フランソワーズ・ボードリクールに殺害されるんです。平民というのはその人たちの事かと」

「なるほど。つまりそのフランソワなにがしが、俺の殺害容疑の証人というわけか。だが、実際にその三人に指示を出していたのはそのフランソワなにがしではなかった」

「ええ、ゴブリンさん達の調べですね。実際に暗殺者を雇ったのは、殺されたクリスチアーヌ・スカルポンの方でした。確か、乙女ゲーでは、攻略対象の男子の誰かが、ジャンヌの殺害計画に気付いて、ジャンヌを匿うんですけど、クリスチーヌ・スカルポンは、そのせいで、その暗殺者三人組に、ジャンヌと人違いされて殺されるんです。それで、ジャンヌは命拾いする、という筋書きですね」

「……ああ。なるほど」

あねさん、迎えにきたぜ」

 さっき入室してきたゴブリンが急に話しかけてきて、私たちはビクリとしてそちらに目を向けた。

「!……認識阻害の魔法か。いきなりはびっくりするから止めろと言ってるはずだが」

 イザベルお姉様が、ヒュっと吸い込んだ息を吐き出しながら文句を言うと、そのゴブリン───名前をドロボという。名前の通り、コソドロめいた事が得意な子だ───は、ヒヒヒと笑って答えた。

「びっくりする姐さんの表情が可愛いから仕方ないだろ」

「!……それは確かに、仕方ありませんわね。でも、私も一緒にびっくりするから、お姉様のびっくりする顔を見逃してしまいますわ。これは対策が必要ですわ」

「な、なんだこのガキ! いつの間に……い、 いや、そういえば確か、さっき入ってきたのを見たような、あれ? なんだこれ、どうなってるんだ?」

 衛兵が色めきたちながら混乱する。ドロボは小綺麗な格好をしているせいで、ゴブリンだと認識されなかった様子だ。

「言ってる場合か! 平民のガキが勝手に侵入したなんてバレたらエラい事になるぞ。ぐはっ!」

「え、ちょ……えぐっ!」

 慌ててドロボを捕まえようとする衛兵を、イザベルお姉様が顔面パンチで昏倒させる。二人の内、一人は少し、首が回りすぎているような気がするが、イザベルお姉様は衛兵の生死を気にしていないようだった。

「迎えにきたとか言ってたな。飛行の魔法でも用意してるのか」

「さすが姐さん、察しがいいね。今、用意している最中だ。しかし姐さんがとっ捕まったってのがついさっきの話だからな。あと、三時間くらいはかかりそうだが」

「迎えにくるのが早すぎる」

「いやそれは仕方ねえだろ。姐さんがとっ捕まったなんて聞いて、俺達がじっとしてられるわけがねえし」

 ちょっと待って、と私が口を挟む。

「それじゃあ、その、どうするんですの。もしかして、その用意が出来るまで、ここで待機……?」

 視線は自ずと、床に転がっている衛兵二人に向かう。

「いや、その必要はない。どうせ、認識阻害の魔法の用意もしてきてるのだろう?」

「あー、それなんだけど。その、もちろん用意はしてるんだけど、俺と姐さんのだけで、シル姉さんまでいるとは、考えてなくて」

 シルとは私、シルヴィーの愛称だ。

「ならばシルは、先に出ていくがいい」

「そんな! こんな状況でお姉様と離れ離れなんて。そのまま何年も生き別れなんて事になったら、どうしますの。そんなの、そんなの、私、生きていく自信ありませんわ。死んでいく自信がありますわ」

 そうやって私がエキサイティングしていると、イザベルお姉様がポンと私の頭の上に手をおいてくださった。

「落ち着け。そうじゃない。ここを出たら、そのまま、告解室に入れ」

 諭されて、沸騰していた心が一気にクールダウン。

 ああ、なるほど。そうしたらいいのか。さすがイザベルお姉様。

 告解室というのは、懲罰室の並んだ廊下の一番外側にある、狭い一室の事だ。懲罰期間を終えた生徒が、教師と一緒に入り、どのように反省したかを述べる為の設備となっている。

 ちなみに「そんなの、別に部屋を移らなくても、懲罰室でやればいいのに」という言葉は、教師はもとより生徒からも、今の所一切出ていない。儀式の多い貴族的発想の設備なのだろう。

 言われた通り、私は懲罰室を出て告解室で待つ。ほどなく、扉が開き、イザベルお姉様が迎えに来てくれた。言うまでもなく、ドロボも一緒だ。

 狭い告解室で、ドロボは二つの魔法陣を出した。認識阻害の魔法の魔法陣で、一つはイザベルお姉様のもの。もう一つはドロボ自身のもの。

 魔術は主に詠唱によって発動するが、魔法はそうと決まったものではない。詠唱で発動させる場合もあるし、今、ドロボが出したような魔法陣によるものもある。あるいは、先のホールでの騒動でイザベルお姉様が見せたように、詠唱も魔法陣も何も使わない時すらある。その違いは、魔法の種類によるものではなく、魔法の組み立て方によるものらしいが、今はその詳細を語っている限りではないだろう。

 認識阻害の魔法は、姿を見えなくする魔法ではなく、見えていても認識できなくする魔法だ。

 さきほど、ドロボが入室した際、私はゴブリンが入ってきたのを確かに見た。その記憶もある。だが、認識阻害の魔法がかかっている間は、なんと言えばいいのか、ゴブリンを見た、という事がどういう事なのか分からなくなっていた、みたいな感じというか。なんかそんな感じなのだ。

 この認識阻害の魔法が有効なのは、魔法を発動した以降に出会った人間に限られる。発動時に一緒にいて、その発動の様子を見ている、つまり私には、認識阻害の魔法は有効化されないのだ。

 また、この認識阻害の魔法が無効化される、つまり「解ける」のは、認識阻害されている誰かに接触した時。肩をぶつけた時などはもちろん、言葉をかけるなどでも魔法は解けるのは、先程ドロボがイザベルお姉様に声をかけてびっくりさせたのを見た通りだ。

 さてこれで用意は出来たろう。告解室を出て我々が向かう先は、ドロボが先導するに従う限り。

「そういえば、飛行の魔法で逃げるとの事でしたわね。もしかして、鐘塔に向かってますの?」

「さすがシル姉さん。察しがいいね」

 認識阻害の魔法だが、話し相手が認識阻害されている相手でなければ、会話していても解ける事はない。つまり、内々で会話してる限りは大丈夫。会話の内容は、認識阻害されている相手にも聞こえているはずだが、魔法がかかっている間は「聞こえているという事」を認識できないという寸法だ。

 ここは一つ、これを利用して、事件の真相をそれとなく喧伝せねばなるまい。

「ところで、さっきのお話に戻りますけども、フランソワーズ・ボードリクールはどうして、そんな危険な偽証をしたのでしょう。偽証がバレたら、まず死罪は免れないでしょうに」

 歩みを止めず、私が聞えよがしの声で話を向ける。

「その偽証が誰の為の偽証か考えれば明らかだ。ジャンヌに乞われたロベール殿下が、フランソワなにがしに指示したんだろう」

「なるほど確かに、ロベール殿下であれば、『もし万が一があっても身の安全は保証する』など、平気で口にしそうですものね。それに、あの三人の暗殺者にしても、証言ではイザベルお姉様の指示でジャンヌの命を狙った事になってますが、実際にはイザベルお姉様のお命を狙ったものでしたし」

「おっと。それは姐さんの暗殺を企てていたヤツらを、俺達が仕留めた時の話だね」

 ドロボが得意げな顔になって口を挟んでくる。

「ああ、そうだ。あの時は助かった」

 イザベルお姉様がギロリとドロボに目を向けると、他の人から見たら睨みつけてるようにしか見えないその視線を受けて、ドロボはへへへと照れくさそうに笑った。

「そうそう。そこの所もよく分からなかったのです。その後のゴブリンさん達の調査で、その暗殺計画の指示をしたのが、今回殺されてたクリスチアーヌ・スカルポンだって判明したのでしたよね? 暗殺指示した人の方が、なんでまた今回、殺されちゃってるんでしょう」

「言っておくが俺達じゃないぜ。姐さんに止められたしな」

「別におかしな事ではないだろう。黒幕が、真相を隠す為に実行犯を消しただけの話だ」

「クリスチアーヌ・スカルポンの背後にいた人、という事ですか」

 その時不意に、背後がドタバタと慌ただしくなった。チラリと視線を送ると、衛兵の人達が右往左往しているようで、その中の一人がこちらに向かって走ってくる。

「あの、大変失礼いたします。シルヴィー・ルーヴォア様。しばしお待ちを」

 呼びかけられて止まらないのは流石に怪しすぎるので、こうなっては立ち止まらざるを得ない。まあ、イザベルお姉様たちには認識阻害の魔法がかかっているのだから、私がうまくやり過ごせばいいだけの事なんだけど。

「どうしたんですの」

 体を反転させてその衛兵に向き直る。

「失礼します。さきほど、イザベル・ルーヴォア様の入られた部屋で、衛兵二人が、たお、れて……」

 と、言葉半ばで途切れさせ、目を剥く衛兵。その視線は、私の隣にいるイザベルお姉様の方に向いていた。

「い、イザベル・ルーヴォア様発見‼」

 大声で他の衛兵にお知らせだ。

「あ、あの、お話を……」

 続けて話しかけてくるのを、聞こえないふりで、イザベルお姉様は再び歩き出した。私達も当然それに追従する。

 後から、他の衛兵がワラワラと集まってくる気配に、自然と足が早まる。それが駆け足にかわるまで、わずかの間もなかった。

「ど、どういう事ですの!」

「たぶん、シルが相手に反応したのが、認識阻害の魔法の解除条件に触ったのだろう」

「そんなっ! ああ、でも言われたら納得する部分もなきにしもあらずぅぅ! お姉様と会話していた時、私の話も認識阻害の扱いになっているのって、不思議だなとはちょっと思ってましたぁぁ!」


殺人事件の方も、別に引っ張るような内容じゃないのでさっさと決着つけとかないとな、というわけで、こんなタイトルですが、特に謎解きの体にはなりませんでした。悪しからずという事で一つ宜しくお願いいたします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ