討伐対象を攻略する第二話
それは、私が12歳の時の事。ゴブリン討伐に行くのだと言って出かけたイザベルお姉様が、その夜、ひどく腹を立てて帰ってきた。普段から不機嫌な表情だが、その白目部分が充血して赤らんでいるのを見たのは、後にも先にもその一度きりだった。泣くほど腹を立てていた、というわけだ。
何があったのかと慌てて聞いた私に、イザベルお姉様は怒りを吐き散らすように激しながら語ってくれた。
以降はその内容……を私が適宜想像で補ったものだ。
普段の冷静な時ですら言葉が足りないイザベルお姉様が、珍しく感情的になって語った事なので、そのままでは私以外、誰も理解不能の断片的な、言葉の羅列になってしまうのだ。なので、たとえその内容が9割方想像で埋め尽くされようと、これは仕方がないのだと承知いただきたい。
この世界には「冒険者」という職業がなく、だから当然、「冒険者ギルド」というのもない。これは転生前にプレイした乙女ゲームでも同様の仕様だった。
あ、そうだ。ついでだからこのタイミングで、その乙女ゲームの事についても、少し触れておこう。
その乙女ゲームのタイトルは「目指せ逆ハー!業の深い乙女たち」。
「この開発スタッフのスタンス、バカ」が非公式のキャッチコピーだった。
逆ハー攻略できるゲームはいくつかあったが、逆ハーをメインにすえる乙女ゲームを、私はこのゲーム以外では見た事がない。
攻略対象は14人のイケメン。その攻略数を、敵役である悪役令嬢と競う、というのがこのゲームの骨子である。全員攻略出来れば良し、一人でも攻略出来なければ、その攻略失敗したイケメンは悪役令嬢に自動的に攻略される。つまり一人も攻略出来なかったら、悪役令嬢が14人全員を攻略して逆ハーコンプリートしてしまうのだ。
ネットでは「なんだそれは!バカか!」という大絶賛の声が一部界隈で熱烈に吹き荒れた。
そして、細部に見られる、「それに何の意味があるの?」と思えるような妙なこだわり。
「冒険者」という職業や「冒険者ギルド」がないのもその一環で、それがない代わりに「ハロワ」がある。
掲示板に様々なクエストが貼られていて、仕事を求める人達がその中からこれと思った仕事を請け負う。それが「ハロワ」。
まさにRPGの冒険者ギルドそのままの姿だ。じゃあ別に冒険者ギルドでいいじゃん、ってなる。なるよね。
まあ、確かに?
前世の世界でハローワークといえば職業安定所だけど、ワークというのは「仕事」の事であって、「職業」という言葉を直接示すものではない。そういう意味では、こちらの世界の「ハローワーク」の方が、より語義に沿ったものと言えるかも。とは思うけど。
あと、ついでに言うと、そうやってクエストを受ける彼ら彼女らは、この世界では「冒険者」ではなく、「フリーター」もしくは「家事手伝い」だ。
はて、もしかしてこのゲームの開発スタッフは「冒険者」というのを職業とは認めたくないのかな?「何が“冒険者”だ、夢みてんじゃねえ!」という気持ちかも知れないが、ゲーム開発してる人達がそれを言ったら自分の首を締める事になるんじゃないだろうか。
まあそんな、半人前以下の扱いで平然と人を派遣する人材派遣会社「ハローワーク」略称ハロワだが、それでも、クエストを受けられるのは8歳以上、という最低限の取り決めがある。
イザベルお姉様が身分を隠してクエストを受け始めたのは7歳くらい、だったらしいので、身分だけでなく年齢も詐称していたという事だ。
イザベルお姉様は、不正に対しては、いつもはとても厳しい人なのに、どうしてだろうと聞いてみたところ、「こんなのは不正の内に入らない」という事だった。倫理基準が案外ガバガバのイザベルお姉様可愛い。
「ゴブリン討伐」レベルのクエストも、15歳以上という規約があったが、前述の年齢詐称に従い、1歳分繰り下がる。
ゴブリン討伐は二十代後半くらいの、ローティーンの少女からみたら「おっさん」にしか見えないが本人的には「おっさん」と呼ばれると微妙に傷つくお年頃の3人組のパーティと一緒だった。
まずは自己紹介から始まる。
「アドリアンだ。このパーティのリーダーをやってる。よろしく」
「俺はアラン。見ての通り、剣士だ。よろしくな」
「ヒーラーのアルベールです。どうぞよろしく」
ちなみに、実際にはイザベルお姉様はパーティの名前もそのメンバーの名前も、一切覚えていなかった。前述の自己紹介の会話は一から十まで完全に私の創作だ。名前は適当につけた。パーティ名も「アアア」でいいだろう。
この即席パーティにおけるイザベルお姉様の役割は射手だ。手に弓を携え、背中に矢筒。ムンクの修行をしているので、本来は徒手空拳が得物なのだが、初めての戦闘で幼い少女に近接戦闘させちゃダメだろう、という配慮から、この役割になった。
弓も剣も、ムンクの修行の一環で一通りはこなしているので、イザベルお姉様的にはそこらへんはどうでも特に問題はないのだ。
で、クエストの内容だが、最近、ある村に至る街道でゴブリンの集団が出没し、その村を出入りする商人の荷車が襲われる、という問題が発生しているらしい。
まあ、道はその一本だけではないので回り道すればすむ話だが、だからといって放置してよい話でもない。
最近、という事だから、どこかから流れてきたゴブリンの集団が、その人里近くの街道付近に住み着いた、という事なのだろう。
ちなみに「ハロワ」が定義するゴブリンの特徴だが……
「背丈は150センチ以下で二足歩行。ほとんどの場合、人から剥ぎ取ったものと思われるボロをまとい、棍棒や板などの簡素な武器や防具で武装をしている。単体では弱いが、群れを作って組織的に人を襲うので、規模が大きくなると村が全滅する場合もある」
ダミーの荷車をひいて問題の街道を歩いていたら、その特徴通りのモンスターが複数体現れた。
イザベルお姉様がその日、生まれて初めて見た、本物のゴブリンだった。その目が、驚愕で見開かれる。
「identification division.this method name is fireball.environment division.connect to the foundation of creation.this is myconnector.destroy and reconstruct phenomena.this is mybuilder.data division.myconnector summons fire from the heavens.mybuilder expands into the third dimension.procedure division.the long road you walk will be revolved around and burned to annihilation by the fires of the heavens.closed division.get started.ファイアボール!」
もう一つ説明し忘れていたが、この世界の魔術言語は英語だ。そもそもファイアーボールもアイスジャベリンも英語なんだから、詠唱は英語に決まってんじゃん、という事なんだろう。ホントこの開発スタッフのスタンス、ホントバカ。
リーダーのファイアーボールが牽制でゴブリンの集団を大雑把に吹き飛ばし、前衛が飛び出していく。
驚愕で思考停止していたイザベルお姉様は、真っ青な顔でそれを見て、反射的に弓を放っていた。その剣士の背中に。
「うっ!……え?」
前を走る剣士の、前傾姿勢のバランスが、肩に矢が突き立った衝撃で崩れる。剣士は何が起きたか把握も出来ていない表情だ。
「おい、貴様! ぐっ?」
イザベルお姉様の隣に立っているリーダーが、怒りの勢いのままイザベルお姉様の弓を取り上げた。その反動に抵抗する事なく、イザベルお姉様の拳がリーダーの顎を掠めるようにアッパーカット。
脳震盪を起こしたリーダーが、糸の切れた操り人形のようにその場にへたり込む。
ヒーラーのア…なんとかさんは、まごついていた。相手が幼い少女なので暴力で抑え込むのに躊躇したのだろう。そこを、暴力に訴える事について一切躊躇しないイザベルお姉様の飛び蹴りが蹴り飛ばす。
「何をっ」
と言いかけるのにかぶせるように、イザベルお姉様の怒声が飛ぶ。
「何がゴブリンだ! あれは人間の子供だ! 貴様ら、身寄りのない子供を、モンスター扱いにするとか! 討伐だと? 馬鹿野郎、これは殺人だ!」
それが、パーティ「アアア」のリーダーが最期に聞いた言葉となった。
イザベルお姉様の気を練った拳が振り落とされ、その頭蓋骨を爆砕する。
その後の細かい描写は省略するが、ていうか、そこらへんの説明はイザベルお姉様も「パーティのヤツらはとりあえず皆殺しにしといた」と一言で片付けたので、私もこれに従う。要するに、剣士の人もヒーラーの人もぶっ殺されたわけだ。
ゴブリン……と呼ばれた子どもたちは、戸惑っていた。
いつものようにバトルになった、と思ったら、突然、敵パーティが仲間割れを始め、たった一人の少女にまたたく間に制圧されてしまったのだ。
その少女────子どもたちからは、少し上のお姉さん、くらいの年頃に見える────は、返り血を浴びた姿で腰に手をあてて子どもたちを睥睨した。
凄く怒った顔がおっかないが、殺意は感じられない。
「あなたたち、よろしくて。今すぐここから逃げますわよ」
「は?」
子どもたちの中で一番体格のいい少年が、それに反発気味に反応する。
「街では、あなたたちを皆殺しするよう、手配が回ってます。この方たちが殺されたとなれば、あなたたちの脅威度があがって、更に強くてたくさんの人殺したちが派遣される事でしょう。ここに長居はできません」
「……! こ、殺したのは、お前だろう!」
「そんな事は些末な事です。大切なのは、みんなが助かる事。そうではなくて?」
そう言ってイザベルお姉様がギロリと睨みつけると、その少年もゴクリと喉を鳴らして続く言葉を失う。その目は、真っ赤に充血して、それでいて涙まじりで、めちゃくちゃ怒っているように見えた。
大人に殺意を向けられた事は何度もある。でも、こんな、怖いような、いや、怖いだけじゃない、なんというか、得体のしれない力の塊を突きつけてくるような目は、初めて見た。
こんなの、少々の反発心など、尻尾を巻いた犬のように萎縮してしまう。
「ワタクシに任せなさい」
イザベルお姉様は、その少年の肩に手をおきながら、他の子どもたちに目線を移して、そう宣言した。そして、一片の笑顔を見せる事なく、つまり怒った顔のまま、そっと囁く。
「よく今まで、がんばってきましたわね。あとは、ワタクシが面倒を見ます」
少年は目線をさげたまま、黙ってその言葉を聞いていた。
あらすじで書いた、ゴブリンの出落ちネタ。出落ちネタをそんなに引っ張っちゃダメだよね、と思って、早々に片付けました。