第五話 家事情
「ご主人様、メア様?」
声がする。
「ご主人様、メア様起きてください。ご飯が覚めてしまいます」
その声を聞き、私は目を開く。そこには、先ほどのメイドさんがいた。
「メア様、ご主人様を、ミルト様を起こすという話は一体どうなったんですか」
「う、ごめんなさい」
完全に寝落ちしていた。
夢まで見てたし。
「あれからどれくらい経ってたの?」
「さあ、三十分くらいですかね」
「そ、そんなに」
これじゃあ私が起こしに行くって言ってたのに、約束破りじゃない。
私駄目ね。
「その、ごめんなさい」
余計な手間を賭けさせてしまって。
「それはいいんですよ。私たちはミルト様の召使であると同時に、メア様の召使でもあるんですから」
「私はそんなに偉くないわ」
奴隷だし。
私は自身の首枷をちらっと見せる。
「そんなこと言わなくても大丈夫ですよ」
そう、メイドたちは言う。
調子が狂いっぱなしだ。
「んん」
その時ようやく目が覚めたらしいミルト様がお布団を蹴っ飛ばした。
そして彼は、「メアおはよう」と甘い声で言う。
この人、もしかして今の状況が分かっていない?
ちょっと驚きだ。
なぜなら、今はもう二人きりですらないのだから。
そしてミルト様は勢いよく私に抱き着く。
ちょっともう、状況が分からない。
一体急にどうしたの?
「俺はずっと。欲しかったんだ。俺を理解してくれる人を」
「えっと」
私はどうしたらいいんだろう。
「ご主人様、本当に怒りますよ」
メイドたちがご主人様の肩を強くたたく。
その影響か、「は!?」と声を出して、ご主人様が目覚める。
「あれ、もう朝か?」
「寝ぼけるのもやめにしてください」
「ごめんよ。今思い出した」
ミルト様は頭を抱えながら言った。
「俺は寝ぼけていたようだ」
「そうですよ。ご主人様」
「それで、早くご飯を食べに行ってください」
メイドが起こると、「はい」とミルト様が洗面所に向かいに行く。
もしかしてパワーバランスは、ミルト様の方が下なの?
「ミルト様って」
食事中、私はミルト様に話しかける。
「力関係下なのですか? メイドさんたちよりも」
「あの人たちは俺が小さい時からいるんだ。俺をまるで子供だと思っている」
「確かに」
あれは子供に向けられる感じのものだった。
「雇い主であっても立場が必ずしも上とは限らないんだ」
「そうですか。そう言えば聞きたいことがあるんですけど」
「なんでもどうぞ」
ミルト様はニコッと笑う。それを見て、私は軽い緊張を覚えた。
「ミルト様はどんな子供だったのですか?」
昨日から気になっていた疑問だ。
不吉な色を見に纏っていることもある。
「まあ、まず親からは半分見捨てられたな。俺は、兄だが家督は弟が注ぐことになったし、親から愛情を注いでもらえたことはほとんどないと思う」
親から愛されなかった。それは、私とは違う部分だ。
私は親から愛されている実感を幾度も感じてきた。
あいにく親は私が結婚する前にテロに巻き込まれて亡くなってしまったが、それでも最期まで私のことを愛してくれていたのだろう。
「だけど俺は、今はメアと一緒にいられている。それだけで幸せだ」
隙あらばだ。
隙あらば、愛をささやいてくる。
心臓に悪い。ドキッとしてしまう。
「私を選んだのはやっぱり好きだったから?」
「ああ」
そう、ミルト様は頷く。
「それは、純粋にうれしいです」
「そう言えばだけど、俺の花嫁になるっていう話、どう思ってるんだ」
「えっと」
急にその話か。
そう言えば、考えることをやめてしまっていた。
その件についても答えを出さなければいけないことは分かっているが、
「まだ、分かってないです」
自分の心の内がまだわかっていない。
そもそもこの家にも慣れていないのに、そんなことを訊いてくる方がずるいと思う。
まだ、ミルト様との思い出なんて、昨日がほぼすべてだ。
「そうか。ゆっくり考えておいてくれ。だけど、もし俺の花嫁になることを了承してくれるなら」
そう言って、ミルト様は静かに立ち上がった。
そして、
「今の話とは関係ないんだが、もしよければ、一月後に舞踏会があるんだ。その日に共に出れたらいいなと思っている」
舞踏会。踊りたいとでも言っているの?
しかもミルト様が招待されるような場所。おそらくかなりの格式のある場所だろう。
「俺は、正直行くか迷っている。どうせ影口を言われるんだろうからな」
そうだ。ミルト様は一部から嫌われている。
そんな中行きたくなくなるのも当然のことだ。
しかし、それも変わる原因がある。ミルト様が好きな人が共に出てくれるという事でだ。
それを私に求めているのだろう。
「私は奴隷です。あくまでそのような場所、出てもいいのでしょうか」
「いいに決まっている。いざとなれば首の奴隷具も外すつもりだからな」
「やっぱり私は」
愛を与えている。その代わりに金銭を貰ってる。
所謂WINWINの関係だけれど、それでも少し迷う部分がある。
いっそ、奴隷という身分を忘れたほうがいいのだろうか、この首枷を外してもらった方がいいのだろうか。
でも、私は外したくはない。
私を救ってくれたミルト様と私のつながりだし。
「どうしたんだ」
考え込んでいると、私の方をまっすぐと見て来る。
「いえ、何でもありません」
これは伝えるわけには行かない。
すぐに押し黙ることにした。
自分の中でも今もぐるぐるとめぐっている話なのだから。
「とりあえずこれを呼んでくれないか?」
「これ?」
「舞踏会の詳細が書かれている」
「なるほど」
私はとりあえず紙を受け取った。
その紙をじっくりと読み込む。
中々興味深い。
「あれ」
その中に見知った名前を見た。元夫のメルクの名前だ。
「あの人も出るの?」
それを知ったらがぜん興味が出てきてしまう。
私を裏切ったあの人。
もう会いたくないというのが正直な気持ち。
私は、男という物が苦手になったのだ。
そう思ったら、私ってよくこんな短時間でミルト様になじんだんだなと思う。横に寝られても気にしないだなんて。
私はもうあんな男には靡いていない。ただ、許せない気持ちがある。
私が今地獄に落ちていると思っているであろう彼に、私が今幸せであるという事を見せつけてやりたい。
そう思ったら、興味に尽きない物だ。
ミルト様のことは、好きだと思っている。
好きというのは、嫌いではない、結婚してもいいと言った類のものだ。
彼のことに対して私が困るのは、私が奴隷であるという事実ただ一つだけなのだ。
私はその後、ミルト様のもとに行った。
「出てもいいです」
そう私が言うと、ミルト様は「本当か!?」と嬉しそうな表情を見せた。
「でも、一つだけ」
これが一番大事な話だ。
「私はダンスが上手く踊れません」
私はダンスの練習などしたことが無い。というのもあの人と一緒にダンスを踊ったことが無いのだ。
今思えば、上辺の愛だけで、私は騙されてたんだなと思う。
でも、そんなこと今更悔やんでも仕方がない。
私はメルクに見せつけなくちゃ。
私が今元気に過ごしていると。
私の今までの行動とは矛盾する結果になるだろうけど、ミルト様にくっつかなきゃ。
それにこれは恩返しになりえる、所謂WINWINの関係なんだし。