おにぎり選手権
3階建ての大学の学生寮。
2階の3つ並んだ真ん中が私の部屋。
ワンルームの狭い部屋だけど、大学2年生になった今は一番落ち着く場所だったりする。
夕方。ベッドの上。
寝転びながらまったりと携帯電話をいじっているとグループラインに夏凪からメッセージが届いた。
『凛音と美歩に告ぐ。明日12時。おにぎりを持って寮の桜の下に集合。おにぎり選手権を開催する!』
私は思わず左隣の部屋を見た。
メッセージを打つ。
『いや、直接言いに来なよ。そして、なんだ、その謎の選手権は』
『ふふふ、バカめ。今、左隣の部屋を見ただろう。私はそこにはいない。なぜなら、スーパーに来ているからな!』
『行動はやいな。私の都合は無視か。まだ参加するって言ってないんだけど』
『おにぎりってどんなものでもいいの~』
会話の途中で美歩がのんびりと入ってくる。私は右隣の部屋を見た。
『もちろん。自分の自信のおにぎりを持って来てくれ』
『わかった~。持って行く~』
『いや、だから、私は参加するとは……』
『おにぎり選手権、始まります!』
『おにぎり選手権、始まります~』
『……始まります』
愉快な隣人たちのせいで強制的におにぎり選手権に参加することになってしまった。
ため息を吐いて窓から寮の裏手を見る。
そこには1本の桜の木が控えめに咲いていた。
ああ、もう咲いてたのか。
あそこの桜が咲いていることに初めて気付いた。
ま、たまにはお花見もいいか。
気を取り直して私もスーパーに行くことにした。
翌日。12時。
おにぎりが詰まった大きめのタッパーを持って桜の下に行く。
空色のレジャーシートの上。夏凪があぐらをかきながら桜を見上げていた。
ピンク色のショートカット。淡い緑のパーカーに細身のGパン姿。
その前には夏凪のものと思われるタッパーが置いてあった。
「お、来たか」
私に気付いてニッカリ笑う夏凪。
私は靴を脱いでシートに上がる。
「お待たせ。美歩は?」
「もうすぐ来るだろ」
そう言っていると、
「お待たせ~」
近づいてくる音がした。
振り返ると本人は全速力と思われる速さで美歩が走ってきていた。
胸元まであるミルクティ色のふわふわの髪。白いブラウスと淡いピンク色のロングスカートが揺れる。私たちと同じように大きめのタッパーを両手で持っている。
「ああ、走らんでいい走らんでいい。こんな謎の選手権に走らんでいい」
「そうだぞ、美歩。安全第一。おにぎり選手権は逃げないからな」
「えへへ、ありがとう~」
ふにゃ~っと笑う美歩。息を切らせながら靴を脱いでシートにあがる。
「さて、では、全員そろったところで。各々、準備はよろしいか?」
夏凪が確かめるように私たちの顔を見る。
向かい合った互いのタッパー。
夏凪はニヤリと笑うと蓋に手をかける。
「じゃあ、3、2、1でオープンな。3、2、1……オープン!」
開けられるタッパーの蓋。
目の前に広がる互いのおにぎり。
『おお〜』
3人の声がそろった。
そこには3人とも見事に違うおにぎりがあった。
「ここまで分かれるとは思わなかった。まず、凛音のは俵形か」
「おにぎりと言えば俵形でしょ?」
「おいしそう〜。具材はなに〜」
「おかかとのりとたまごのふりかけ」
並んだ2種類。おかかの方には海苔が巻いてあり、ふりかけは全体にまぶしてある。
それぞれが手にとって口に入れる。
「お、これ、ただのおかかじゃないな」
「ああ、うちのはお醤油につけた鰹節を入れるんだ」
「おいしい〜。お醤油につけるだけでこんなにおいしくなるんだね〜」
「このふりかけもいいな。色がカラフルになるし、何だか懐かしい味がする」
「ふりかけご飯のおにぎりってお茶碗で食べる時とはまた違った味がするんだよね〜」
自分のおにぎりを褒めてもらえて悪い気はしない。正直言って嬉しい。
「夏凪のおにぎりは三角なんだ」
「おにぎりと言えば三角だろ」
「この白いのは何の具材が入ってるの〜」
「ああ、それは塩おにぎりだ」
「塩おにぎり? 具材なしってこと?」
「わ〜、塩おにぎりってはじめて食べるかも〜」
それぞれが手にとって食べる。
言った通り中には何の具材も入っていなかった。でも、塩が適度に効いていてこれはこれでいい。
「お米の味が際立つ感じだね」
「シンプルだからこそ分かるものがあるね〜。塩の量がちょうどよくておいしい〜」
「そうだろ? 母さんの味にはほど遠いけどな。どんなに練習してもあの領域には辿り着けないんだ」
「お、もう一つの茶色のものはまさか」
「まさかまさか〜」
夏凪はニッカリ笑う。
「その通り。焼きおにぎりだ!」
「おお、焼きおにぎり」
「わ〜、大好き〜」
焼き目がついたおにぎりが食欲をそそる。口に入れると香ばしい匂いがふわりと広がった。
「冷凍食品以外で食べるの初めてかもしれない……」
「焼きおにぎりってなんでこんなにおいしいんだろうね〜」
「醤油とみりんの比率がコツでな。醤油の香ばしさの中に甘さがあるだろう?」
「ああ、確かに」
「お醤油だけじゃダメなんだね〜」
夏凪が誇らしげに胸を張ったところで最後に美歩のおにぎりを見る。
「美歩は丸形か」
「おにぎりって丸形だと思ってた〜」
「これは炊き込みご飯?」
「うん、ひじきとツナの炊き込みごはんなの〜」
口の中に入れるとひじきとツナのバランスが絶妙だった。
「すごいな、この炊き込みご飯1から作ったのか?」
「そうだよ〜。炊飯器で作ったの〜」
「あれ? でも、そしたら、もう一つのこれは?」
もう一種類のおにぎりを手に取る。
白ゴマが入っているわかめご飯のおにぎり。
美歩はふにゃ〜と笑う。
「それはね、炊き立てご飯にまぜて作ったんだよ〜」
「え、そんなこと出来るのか。天才だな、美歩」
「あー、なんか給食、思い出す。私、わかめご飯、好きだったんだよね」
「あ、同じだ。私も一番好きだったんだよな。ん、ゴマの香ばしさとわかめの塩辛さがちょうどいい」
「ありがとう〜。お母さんに聞いて一生懸命作ってよかった〜」
三者三様のおにぎりはペロリと食べてしまって、あとにはからっぽのタッパーだけが残った。
おにぎりだけで大丈夫かと思っていたけど、全然大丈夫だった。むしろ、もっと食べたいくらいだ。
「さて、全部のおにぎりがなくなったところで優勝を決めなければいけないのだが……」
夏凪が眉間に皺を寄せて悩み始める。少し経って何かを決断したように手を叩いた。
「よし、全員優勝!」
私は呆れたように言う。
「なんじゃそりゃ」
「優勝決めないの〜?」
「みんな違ってみんないい! 決められない!」
堂々と宣言されて苦笑してしまう。
「まあ、確かにみんなおいしかったけど」
「一番って確かに決められないかも〜。凛音ちゃんのも夏凪ちゃんのもすごくおいしかったし〜」
「美歩のもおいしかったよ。また食べたい」
「いいよ〜。何回でも作るよ〜」
私はふっと笑って桜を見上げる。そこには満開の桜があった。
「綺麗だな……」
ポツリと言うと夏凪が満足げに頷いた。
「そうだろ。ここの桜、目立たないけど私は好きなんだ」
「私、ここの桜が咲いてること、夏凪ちゃんに言われて初めて気づいたの〜」
「ああ、私も。この近くに桜並木があるから、どうしてもそっちに目がいってしまうよね」
「1本の桜の木よりたくさんの桜の木。その気持ちも分かるんだが、可哀想じゃないか。せっかくこんなに綺麗に咲いているのに」
桜を見上げる夏凪の目はひどく優しかった。
何だかおにぎり選手権が開催されたもう一つの理由が分かった気がした。
私は携帯電話を取り出すとカメラを起動した。
桜と友達2人の姿を映す。
そのまま母に写真を送る。
『お花見中』とメッセージを添えて。
少しすると返信が返ってきた。
『綺麗ね。からっぽのタッパーがあるけど、みんなで何を食べたの?』
私は目を細めて返した。
『お母さんのおにぎりだよ』