第三話 家族として、兵士として、師として/上
ミュンヘン陸軍基地/とある部屋
side:へレーネ・フォン・フリューゲル
「うん、大丈夫かな」
指定の部屋の椅子に座ってとある人を待つ間。
軍服の襟を整えていた。
服が乱れてたら失礼だからね。
複数の足音が聞こえてきた。
そして、その足音はこの部屋で止まった。
少しだけ声がしたあと、扉は開かれた。
姿が見えるより先に私は立ち上がる。
そして、入り口の方に向かって敬礼をする。
そこには、眼鏡をかけて、優しそうな顔をした男性がいた。
彼は、親衛隊の制服を着ていた。
「ハインリヒ・ヒムラー親衛隊全国指導者閣下。此度の演習の開催、誠にありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくても構わない。楽にしてくれ」
「ハッ!」
もちろん、目の前の男性"ハインリヒ・ヒムラー"が椅子に座ってから、私も座る。
ドイツ国内の"治安維持"を行なっている組織、親衛隊。
そのトップであるのがこの男だ。
ちなみに、会うのはこれが初めてではない。
「まずは、そちらの勝利を祝うとしようか。おめでとう、へレーネ少佐」
「恐縮です。実戦形式での演習は久しぶりなので、腕が鈍っていないか心配でしたがなんとかなりました。武装親衛隊の方々も中々強かったです」
まさか、トップの目の前で「武装親衛隊、チョロかったです」なんて言う訳にはいかないのでとりあえず褒めておく。
それにまぁ、私たちも最初はあんなもんだったしね。
あんまり酷評するのも気が引ける。
「世辞は要らないのだがな。私から見ても分かる。武装親衛隊の装甲部隊はまだまだだ。やはり、スペイン内戦で実戦経験のある君たちには及ばないか」
あ、やっべ普通にバレた。
ま、まぁ、バレたなら素直な感想を言うか。
「すみません。正直なところ、彼らの練度は低く、実戦だったら容易く敵兵に撃破されてしまうでしょう」
「やはりか」
「しかし、彼らは今日、敗北を経験しました。実戦に限りなく近い演習という貴重な機会を得ました。今回の経験を活かせれば、いい兵士になりますよ」
私がそう言うと、ヒムラー長官は何かを考えだしたのか、しばらく口を開かなかった。
あ、これ私死ぬ奴?
とか私が思い始めた頃、ようやくヒムラー長官は口を開く。
「そうだな。経験は大事だ、誰しも失敗から学び成長する。君の言うとおり、今は未熟な彼らも、いつかは国防軍の兵士に負けぬ精鋭になるだろう。気長に待つとしよう」
そう言う彼は、嬉しそうな。
でも、どこか悲しそうな。
そんな微笑を浮かべていた。
「結構、長い間何かを考えていたようですが。何を考えていたんですか?」
そんな彼の表情が気になって。
思わず私は、そう尋ねていた。
「いや何。別に何かを考えていた訳ではない。ただ、思い出していたのだ。私がまだ名もない一党員に過ぎなかった頃を。大ドイツ銀翼突撃党に所属して、アイリスさんの元で働いていた頃を」