アイゾメさんと銀の筆
これは、ぬりえが好きなある1人の男の子と、その友達の話。
アイゾメさんと銀の筆
もう、嫌だ。
これ以上、自分に違う色を塗り重ねるのはもう、嫌だ。
こんな人間、死んでしまえばいい。
せめて最後は全部、赤く塗り潰してよ。
アイツの・・・あの鮮やかな塗り絵みたいに。
「・・・じゃあ、またね。縦棒君。」
「うっ・・・!」
僕はその声を合図に背中を強く押され、スポットライトを浴びに行くように車道へ飛び出す。
急ブレーキ音が、夜空に響き渡った。
これは、ぬりえが好きなある1人の男の子と、その友達の話。
《満視点》
「ケンジ・・・!」
教室の左後ろの席、久々にソイツはそこにいた。
外をぼんやりと眺めているソイツに声を掛けると、クルッとこちらを向いてくれる。
「おはよう、その・・・大丈夫か?」
「あ、うん、大丈夫だから!ありがとう。」
ケンジは俺に笑顔を作ってみせる。
「そうか、よかった。」話し方も変わってなくて少し安心する。「もし何かあったら俺に・・・」
ケンジのお兄さんは・・・亡くなってしまった。
冬休みもあと少しで終わりそうだったあの日の夜、車に轢かれて亡くなったそうだ。
街中に広がった急ブレーキ音、パトカー、救急車のサイレンで、近所は大騒ぎになっていた。
それがまさか、ケンジのお兄さんだったなんて・・・。
「おいおい、そんなへばり付くなって~。」
聞き慣れたヤツの声が、後ろから降り掛かる。
「何だよ・・・またジャマしに来たのかよ。」
「こんなちっこくて弱っちいヤツの世話役なんて、はぁ~・・・オメーも大変だよなあ。」
「うるせーよ、お前には関係無いだろ。」
「残念だったね、ケンジくん。」ヤツはケンジの肩をポンポンと叩く。「代わりにオレのアニキでもあげようか?」
「おい、お前・・・!」
俺はソイツの手をケンジから引き剥がした。
「ははは、ジョーダンだって~。考えたらわかるだろ?」
「この野郎・・・!」
チャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。
「こらそこ2人、チャイムが鳴る前に席に着いて用意しておきなさい。」
「はーい、すいませーん。」
ヤツはテキトーに返事して席に戻る。
ケンジに ごめんな、という表情を向け、俺も荷物を下ろして着席した。
ヤツはこのクラスになってから、ケンジの悪口ばかり言う困ったヤツだ。
それも先生のいないときばかりこうやって手を出すものだから、嫌なヤツ。
ヤツは身長が高くて口調がキツく、ケンジと同じでお兄さんがいるらしい。
身長が低くて優しい性格のケンジを、”ダメな弟”として見下しているんだ。
ケンジのお兄さんが亡くなった今も、この調子は変わらない。
・・・本当に困ったヤツ。
「そういえばさ、この前話したアイゾメさんって人覚えてる?」
「あ~、えっと・・・この前見せてくれた、犬の絵の人か?」
「犬じゃないよ、シバケン!」
「犬じゃねえか!」
「シバケンなのが大事なの!かわいいじゃん!でね、そのアイゾメさんがね・・・、」ケンジは立て続けに俺に話す。「ボクが休んでる間に動画で見たんだけどさ、そこの石ノ溝駅に来てたんだって!」
「へえ~、すげーじゃん!全然知らなった。」
「で、お客さんに言ってもらった絵を描いて渡して・・・」
いつも通り、俺とケンジは話しながら一緒に帰っている。
いつも通りといっても、ケンジが最後に学校に来たとき以来だが。
「あ~、ボクもあんなキレーな絵が描けたらなあ・・・。」
「そうか?でもケンジだって上手いじゃないか。」
「え~、ミツルにはボクとプロの違いがわかるわけ?」
「なっ・・・それは・・・はっきりは言えねーけど・・・。」
「ははは!でも、ありがと!」
ケンジは幼稚園の頃からぬりえが好きだ。
色が塗られていないイラスト(センガ?っていうらしい)を集めては、熱中して鮮やかに色鉛筆や絵の具で色付けしてるのがケンジのイメージだった。
その腕前は俺じゃなくても上手いとわかるほど。
時々、同じクラスの人からのイラストや、運動会、文化発表会のポスターの色塗りを頼まれることもあった。
最近は、ぬりえだけじゃなく絵もよく描いている。
「うわ、今日はいっぱい入ってる!いつもの新聞と・・・何このハガキ。あとチラシ。お母さんに渡すやつ。これは・・・え、工事?」
「ああ、俺のところも入ってた。えっと・・・来月か、工事で停電するらしい。」
「そうなんだ・・・あ、でもこれ学校行ってる間じゃん。」
俺とケンジは同じマンションに住んでいる。
階も部屋番号も違うけど、1番近所の友達であることに変わりはない。
「じゃあ、バイバイ、ミツル!」
「おう、またな。」
俺が上の階だから、エレベータを降りるのはいつもケンジが先だ。
エレベータは、1人になった俺を閉じ込めて再び上に動く。
「帰ったら宿題か・・・ケンジはどうなんだろう。」
《建次視点》
「じゃあお母さん、いってきまーす!」
「はーい、気を付けて。」
夜の8時くらい、ボクはスケッチブックと鉛筆を持って下に降りる。
下にはこのマンション専用の砂場と遊具があるんだ。
ボクは灯りの下のベンチに座って、スケッチブックを開いた。
・・・いつからだろう。
最初はただ、ぬりえが好きなだけだった。
真っ白な紙に黒い線で描かれたそれは、ずっとそこで止まっているみたいだ。
でも、ボクが色を付けることで、それは今にも動き出しそうな本物に変えられる。
そして、ボクにはその才能があったんだ。
だけどいつからか、それをやるごとに、ボクの”悪い気持ち”が入って来たんだ。
“どんな線画でも、ボクが色を付ければボクのものになる”っていう”悪い気持ち”。
それに気付いてから、ボクは色を塗ることができなくなった。
それがきっかけで、ボクは色塗りだけじゃなくて、絵を練習するようになった。
まずは、このマンションにあるカラフルなジャングルジム、ブランコ、・・・よくわからないすべり台。
これを自分の手で描きたいと思ったんだ。
この時間なら、遊んでる人もいない。
それに、灯りがあって夜でもよく見えるし、影がついてかっこいい!(角度によってはまぶしいこともあるけど・・・。)
最初の方はお母さんもついて来てくれてたけど、最近は1人でここに来ているんだ。
でも、9時までに帰らないと、お母さんに怒られちゃう。
よし、今日もがんばるぞ!
ボクは鉛筆で、昨日のジャングルジムの続きを描き始めた。
「・・・何してるの。」
「はっ!」
こんな場所で誰かに声を掛けられるのは久しぶりだった。
びっくりして、鉛筆はジャングルジムのそばに正体不明の黒い点を生み出す。
「あはは、ごめんごめん、驚かせちゃったね。」
「ちょっと、おじさん!」
ボクは思わず、スケッチブックにできた点をおじさんに見えるように掲げた。
すると、おじさんはポケットから赤いメガネを取り出して掛けてみせる。
「え・・・」
その顔は、ボクの憧れの絵師・・・アイゾメさんだった。
「ど、どうして、こんなところに・・・。」
「ん?今日は帰りが遅くてね・・・。」
「帰りが遅くて・・・ここに?」
「僕の家・・・あそこなんだ。」
おじさんは、遠くのマンションの上の方を指さした。
「そ・・・そうなんですか?!」
それは、ボクとは違う・・・でも、かなり近くのマンションだったんだ。
「君、僕のこと知ってるのかい?」
「は、・・・はい!もちろんです!」
そう言って、ボクはかけていたメガネに指をかける。
「・・・ああ、それで同じ色の眼鏡。」
「あ、気付きました?」
「ははは、それは嬉しいね。」
そう、実はボクのメガネも赤色なんだ。アイゾメさんと同じ、赤色。
アイゾメさんを知る前から、このメガネだけどね。
「・・・で、あのジャングルジムを描いていたんだね。」
「あ、あぁ、その・・・。」
ボクは思わずスケッチブックの次のページでジャングルジムを隠した。
線画はまだ始めたばかりなんだ、見せられるもんじゃない。
「なんだか・・・線の濃淡が不安定だね。」
うっ・・・。
「わ、・・・かるんですか?」
アイゾメさんには、ちょっと見ただけでわかるんだ・・・。
そして、アイゾメさんはこう付け足した。
「何か、悩みでもあるのかな?」
・・・何だよ。
何なんだよ。
今ちょうどそのことは忘れてたのにさ・・・。
ボクはスケッチブックをジャングルジムのページに戻す。
でも、どこかでそう思ってたから、アイゾメさんの目にそう見える絵になっていたのかもしれない。
隠そうとしてもムダだと思ったボクは、話してしまった。
「・・・お兄ちゃんが、死んじゃったんだ。」
そう言い放つと、なんだか風が急に冷たく感じた。
「お兄ちゃんはボクと違って頭も良くて、何でもできて・・・習い事もいっぱいしてた。だからあまり話すこともなくて・・・そのまま死んじゃった。」
「そっか・・・。」アイゾメさんはボクの話を聞いてくれている。
「お兄ちゃんはきっと、ボクのことキライだったんだ。ボクと正反対で、ボクが遊んでるときもお兄ちゃんは勉強ばかりしていて・・・ボクはたぶんジャマだった。ボクは生まれて来なかった方が良かったんだ。」
ボクは、ジャングルジムにできた黒い点を見下ろしながら、話した。
「・・・本当にそうかな?」少し間を置いて、アイゾメさんが話し出す。「僕も兄弟がいてね・・・ああ、お兄ちゃんじゃないけど。妹。それから・・・弟。」
アイゾメさんは、ボクのとなりに座った。
「2人とも、僕の絵には・・・というより、絵には興味が無くてね・・・小さい頃は、僕が一緒に遊ばないと、僕の絵をペンでぐちゃぐちゃにしたり、僕が描いた絵にジュースをこぼしてきたりしたんだ。」
アイゾメさんは遊具を見上げながら話す。
「そのとき僕も思ったよ・・・唯一好きな絵を否定されて。確かに、僕の絵なんて無価値なものだって。こんな家族に生まれて来るんじゃなかったって。」
ボクはアイゾメさんの方を見た。
「でもね・・・好きなことはやめられなかったんだよ。」アイゾメさんは、ボクのジャングルジムを見ている。「大人になってからまた絵を描き始めたんだけどね・・・君と同じように、外で描いてた。そしたら、僕を見付けてくれた人がいてね・・・展覧会に誘ってくれたんだ。勿論、僕の絵だけじゃなくていろんな人の絵が飾られたんだけど・・・それでも、僕の絵を見てくれた人はいっぱいいた。しかもね、僕の妹も見に来てくれたんだ。あんなに僕の絵を邪魔してきた妹がね、びっくりだったよ。・・・ああ、だから、」
アイゾメさんは立ち上がって、メガネを外した。
「君も、君の絵も、描き続けていれば、見てくれる人は、必ずいる。」
アイゾメさんは、マンションの方へ歩き始めた。
「・・・話し過ぎちゃったね。ジャングルジム、頑張ってね。」
「あの!」ボクは少し大きな声でアイゾメさんを止めた。「あの・・・もしボクがいたら、また声を掛けてくれませんか?」
アイゾメさんはボクに振り返って笑ってくれた。
「ああ、もちろん。」
《良常視点》
チーン!
「よーし!」
音とほぼ同時に、電子レンジを開ける。
・・・よし、ちゃんとあったまってるな。
オレはあたためたものをこぼさないように机に並べる。
「これはオレの分、これはアニキの分、並べ終わったら・・・。」
ガチャッ。
家の鍵が回り、扉が開いた。
「・・・ただいま。」
「おかえり、アニキ!」
オレは靴を脱いで家にあがったばかりのアニキに駆け寄る。
「もうすぐ帰ってくるかと思ってね、ごはんあっためといたよ!食べるよね?」
「あ~、俺、先に風呂入りたいんだけど・・・」
「え~、いーじゃんいーじゃん、ごはん~!」
オレはアニキの袖を引っ張った。
「あ~わかったわかった、先に食うから、離せって!」
アニキは腕をブンブン上下に振ってオレをはらった。
「へへっ、よかった~。」
「ヨシツネ、」飯を食いながらアニキが話す。「提出が遅れてた金、ちゃんと出したか?」
「うん、今日出したよちゃんと!給食費でしょ?」
「ああ。あと、ケンジ君のこと。ちゃんと謝ったんだろうな?」
「うん!これからはもう、イヤなことは言わないって、約束した!」
「おう、そうか。よかった。」
「あ、そういえばね・・・」
オレは席を離れ、ランドセルからプリントファイルを取り出す。
「今日返って来た漢字テスト!100点だった!」
オレは漢字テストのプリントを、アニキに見えるように机にピシャリと置いた。
「おっ、よかったじゃないか。流石だな。」
アニキはプリントを見て笑顔を作った。
でもなんか・・・疲れてるように見える。
「アニキ、最近元気無いね。」
「え?・・・ああ、大丈夫だ。」
そう言って黙々とごはんを食い続けるアニキ。
うーん、アニキを元気にするためには・・・。
「アニキ、あとで一緒に風呂入ろうぜ!」
「・・・昨日入っただろ。」
「そうだけどさー、2日連続でもいーじゃん、ね?」
「ヨシツネ、」アニキは箸を置いて、オレを睨んだ。「お前ももうお兄さんだろ・・・いつまでも俺に甘えてちゃ駄目だぞ。」
「アニキ・・・」
オレにあまり見せないその険しい表情に、少しビビった。
でも、ずっとアニキと一緒にいるオレの思考回路は・・・。
「わかったよ、オレ、アニキみたいに立派なお兄さんになってやる!」
「ぶっ、」アニキは茶碗にごはんを吹き出した。「はははっ!別に俺じゃなくてもいいんだけどな。」
そう言うと、アニキはいつもの顔に戻った。
《満視点》
「ミツル、あんた、ケンジくんの家に行くんじゃないの?」
「あっ・・・。」
俺は大好きなレスキューアクターズのDVDに夢中になっていた。
毎週土曜の朝にやってるやつで、これはその特別編だ。
「あんた、約束はちゃんと守りなさいよ!」
「あぁ、もう、わかったから、うん。」
親はうるさい。
今日の学校の帰り、ケンジの家に遊びに行く約束をしたんだ。
なのにこんなDVDを見てるのは、もちろんレスキューアクターズが好きというのもあるけど・・・
これからすることから、少し気を紛らわしたかったから。
「じゃあ、いってきます。」
「はあい、ちゃんと謝っときなさいよ。」
「わかってるって。」
俺はお母さんから持たされたお菓子を持って、ケンジの家へと向かった。
「おじゃまします。」
「あーよかったよかった、ちょうど今連絡しようとしてたところ!」
「あー、ごめんな。ちょっと、先に宿題やってて。親がうるさいから。」
「ははは、そうなんだ。入って入って。」
俺もケンジも、お互いの家には何度も遊びに行ったことがある。
明るい照明も綺麗な廊下も、ケンジの部屋の場所も昔から変わらないままだ。
唯一変わったところといえば・・・玄関にある、ケンジのお兄ちゃんと思われる写真だろうか。
それには触れないでおくことにした。
「ミツル、見てこれ!」
「え、それは・・・!」
部屋に入ってすぐ、ミツルが見せてくれたものは、新しいゲームソフトだった。
1つは今流行ってるスパブラ、もう1つはレスキューアクターズのゲーム・・・しかも結構前に出たソフトだ。
「親に買ってもらったのか?」
「親じゃないよ、アイゾメさんにもらったんだ!」
「え・・・アイゾメさんって・・・。」
「うん、絵の人だよ!いつも話してる!」
ケンジは嬉しそうに俺に話す。
「ちょっと前かな、外で絵を描いてるときにね、アイゾメさんに会ったんだ。アイゾメさんはね、あっちにあるマンションに住んでるんだって!アイゾメさんって日本のあちこちに行ってるからさー、こんなに近くに住んでるなんて知らなくて!」
「あー・・・そうなんだ。」
「せっかくだからさ、ミツルも一緒にやろ!」
・・・なんでそんなに嬉しそうなんだよ。
ケンジといつも一緒にいるのは俺だぞ。
俺が1番ケンジと一緒にいるんだぞ。
何なんだよアイゾメさんアイゾメさんって・・・。
俺とケンジの間に入ってくんじゃねえよ。
「いやー、負けちゃったか~!ボク、ミツルが来る前にも練習してたのに!」
「ははっ、俺が得意なキャラを見付けちゃったんだよな。」
「あー・・・もう1回やろうよ!あ、でもその前に、ちょっとトイレ行ってくる!」
「あぁ、わかった。」
「・・・あ、」ケンジが部屋を出ようとしたときに、こちらに振り返る。「それ、持ってきてくれたの?」
「え?あぁ、これか。」お菓子を持ってきたのを忘れていた。「出すの忘れてた。えっと・・・開けておこうか?」
「いいよー。じゃあ、ちょっと待ってて。」
ケンジは部屋を出て行った。
・・・1人で開けるわけないだろ、この俺が。
「・・・ん?」
ケンジの勉強机に目をやると、そこにはノートが広げられていた。
文字の色は鉛筆の色だけで、学校の授業のノートではなさそうだ。
俺は、その開かれたページの文章を目で追っていた。
ジャングルジム→書き直し→とりあえずOK
すべり台→いったん終わり。むずい
ブランコ→書き直し→OK→見てもらってどうするか決める
ミツル→相談。
アイゾメさん→相談をやめる。
あいつ→
「お待た・・・」
「あ・・・。」
ケンジが帰って来た。
「ノート・・・見ちゃった?」
ケンジはこちらに来て、すぐにノートを閉じて棚にしまった。
「いや、上の方だけ、ジャングルジムとすべり台っていう・・・」
「上の方だけとかじゃないよ、ほかの人のものは見ちゃダメだって。」
「あ・・・ご、ごめんよ。」
「まあ、ボクが開きっぱなしにしてたのもよくないか。あー・・・それより、レスキューアクターズの方も、やる?」
ケンジはレスキューアクターズのソフトの箱を開けた。
「あぁ、いいよ、やろう。」
「オッケ―!」
ケンジはスパブラの電源を切って、ソフトを入れ替える。
「・・・気にしないで。今度描くものを書いてただけだし!」
「あ、あぁ。・・・ちゃんと、メモしてるんだな、いつも。」
「うん!先に決めておいた方が、やる気が出るんだよね。」
それから俺が帰る時間まで、俺達はレスキューアクターズのゲームで遊んだ。
俺の名前がノートに書かれていたことに、ワクワクしながら。
《建次視点》
「こんばんは。」
「あ、アイゾメさん!」
ボクはいつものように、スケッチブックを持って夜の砂場にいた。
「今日はボク、アイゾメさんに見せたいものがあります!」
「ほう・・・一体何だい?」
ボクはスケッチブックをめくり、ブランコのページをアイゾメさんに見せる。
「んんー・・・線の描き方も、影の付け方も、前より丁寧になったんじゃないかな。」
「わぁ・・・ありがとうございます!」
「あとは、どんな色を付けるかだね。」
「はい・・・あぁ、よかったです!」
アイゾメさんがそう言うのなら、間違ってないだろう。
途中でやめないで、よかったなあ。
「それで、今日は何を描くつもり?」
アイゾメさんが聞いてくる。
「あ、えっと・・・実は今日、スケッチブックしか持ってないんです。」
「え・・・じゃあ、これを僕に見せるために、わざわざ?」
「は・・・はい、あの・・・アイゾメさん。」
ここで、ボクは本題に入ることにした。
「ボク・・・最近、誰かに見られている気がするんです。ここで絵を描いてるときもそうなんですけど、部屋にいるときも、・・・寝てるときも。」
そう、ボクは最近、いつも以上に”誰か”の気配を感じるようになっていた。
それは知っている人かもしれないし、知らない人かもしれない・・・何か気持ち悪い感じなんだ。
「ふふふっ、それはきっとね・・・」
アイゾメさんは少し笑って、こう続けた。
「君の、お兄さんじゃないかな?」
・・・・・・。
やっぱり、アイゾメさんの答えは予想通りだった。
「僕の予想は2つだ。1つは、話してくれた君のお兄さん・・・きっと、僕の妹みたいに、君の絵を見に来てくれているんじゃないかな。そしてもう1つは・・・こんなところで1人、絵を描いている君を見付けた、僕以外の誰か。」
「アイゾメさん、以外の・・・。」
確かに、こんな時間にこんな場所で絵を描いているボクは、この近くを通る人なら気になるかもしれない。でも・・・何だか、気持ち悪い感じがするんだ。
「あ・・・アイゾメさん。」
「ん?」
「あの、ボク・・・アイゾメさんに、アイゾメさんに頼みたいことがあるんです。」
《良常視点》
アニキ・・・。
アニキ・・・いつ帰ってくるの・・・?
アニキ・・・。
パパ・・・。
アニキ・・・。
アニキ・・・あれって、何・・・?
りんごあめ・・・そんな・・・。
ヨシツネ・・・。
アニキ・・・。
アニキ・・・?
「ヨシツネ。」
「・・・ん?」
オレは机で寝ていたらしい。
体を起こすと、仕事から帰って来たアニキが立っていた。
「ごめんな、遅くなって。」
「もう・・・遅いよアニキ。」
「すまないな、あー・・・」アニキはオレの反対側に座る。「ごはん、冷めちまったな。もう1回あたためよっか。食べ終わったら、一緒にお風呂入ろうな。」
「んー・・・一緒に・・・お風呂?!」
アニキの言葉に、オレは目を覚ました。
「わかった!じゃあ早く、ごはん食べよ!」
オレは机に置いてあるごはんを電子レンジに手早く入れた。
《満視点》
「はぁー・・・。」
俺は宿題を終え、携帯を片手にベッドに倒れ込んだ。
「ケンジ・・・。」
俺は携帯のロックを解除し、慣れた手付きでそのアプリのマークをタップした。
ロード画面が100%を示した後、映像が映し出される。
「ケンジ・・・今何してるのかな?」
俺は画面に映ったケンジの部屋の床を見ていた。
あの日、ケンジがトイレに行っている間・・・俺はやってしまった。
ケンジのベッドの下に、俺が持ってたレスキューアクターズのマイクロレンズを置いてしまったのだ。
マイクロレンズ———もちろん、おもちゃの———は、映像を通信できるが、テレビでやってるように空を飛んだりはしないし、山とか海とか広い場所まで使えるわけでもない。
ある程度距離が離れると通信ができなくなるはず・・・はずだった。
説明書にも、おともだちが隠した物をマイクロレンズで見付け出す”おうちでかくれんぼ”なんて遊び方が書いてあるくらいだし、完全に家庭用のおもちゃだ(まあ、レスキューアクターズって普通幼稚園児が見るものだしな・・・)。
どうせダメだろう・・・そう思ってケンジのベッドの下に仕掛けたマイクロレンズは、ケンジの部屋の床を俺の携帯に映してしまったんだ。
こうなってしまったら、やることは1つ。
ケンジの行動を見張ること。
「来た・・・!」
夜8時過ぎ、映像は、左から右へと歩くケンジの足を捉えた。
ケンジが部屋を出た。
数日その動きを見ていた俺の思考回路は、正常に働いていた。
ケンジが・・・下に降りたのかもしれない!
俺はケンジにバレないように、10分後に下に降りることにした。
俺の記憶だと、最低でも今から40分は帰ってこない。
携帯の画面が表示する時刻から目を離さずに、その時をただひたすら待った。
ケンジ・・・待っててくれよ、ケンジ!
少しくらい早く出ても良いんじゃないかとも思ったが、それはどこからか生まれた嫌な予感が止めた。
念には念をってことで・・・。
その10分間は、今までのどんな時間よりも長く感じた。
20:13
10分経過。
俺はベッドから起き上がり、鍵を開けて家を飛び出した。
エレベーターで下に降りる。
下に向いた矢印とカウントダウンが、俺の胸を踊らせた。
エレベータのドアが開き、俺の両足は砂場の方へと動き始めた。
勿論、砂場にまで行くつもりはない。
俺は駐輪場の壁から、遠くの砂場を監視することにした。
(あれは・・・ケンジだ。)
ベンチに座る後ろ姿と、スケッチブックが反射させた灯りで、それがケンジだとわかった。
今日は何を描いているんだろう・・・。
いつか俺のことも描いてくれるんだろうな・・・ケンジのノートにあったみたいに。
そんなことを思いながら、俺はケンジの後ろ姿をずっと見つめていた。
「キミ。」
「はっ!」
低い声と共に、俺の右肩に大きな手が重く圧し掛かる。
めちゃくちゃにビビった。
「何を見ているんだ。」
「・・・脅かさないでくださいよ。」
それは、マンションの警備の人だった。
「えっと・・・」俺は何とか言葉を探す。「あの、砂場にいる子が気になって・・・これから自転車で買い物に行くところだったんですけど、あー・・・コンビニに。」
「こんな時間に?」
「お、お母さんに頼まれたんですよ、しっ、仕方無いじゃないですか・・・え?」
警備の人から目を逸らして砂場の方を向いていると、
そこには、2人いた。
あ、アイツが・・・・・・。
ケンジを見下ろしながら話す影。
あれがアイゾメってヤツか・・・?!
アイツが・・・アイツが・・・!
俺は警備の人を無視して、マンションに全速力で戻った。
・・・帰って来たケンジを問いただすために。
あ・・・くそっ!
マンションの入口の自動ドアが閉まっている。
鍵を持ってくるのを忘れてしまった!
俺は辺りを見回した。
なんでこんなときに限って誰もいないんだよ・・・!
しばらく待つと、こちらに向かって来る人がようやく来た。
早く開けてくれ・・・!
ガシャン。
俺はその人が鍵を回して開けた自動ドアからマンションに入り、階段で3階まで駆け上がった。
俺のいる階段、エレベーター、301, 302, … 305がケンジの家。
俺は階段の壁に隠れて、エレベーターでケンジが上がってくるのを待った。
ケンジ、待ってるからね、ケンジ・・・!
《建次視点》
「じゃあ、ボクそろそろ帰らないと。」
「そうだね・・・じゃあ、気を付けて。」
「はい、ありがとうございました!」
ボクはすっかりアイゾメさんといろんなことを話し合うようになっていた。
絵のことは勿論、近所にあるもの、学校での話、アイゾメさんの好きなこと・・・。
ずっとここにいるボクは、いろんなところに旅をしているアイゾメさんの話がおもしろくてたまらなかった。
次は来週にここに来てくれるみたい!
ボクはスケッチブックの絵と、その右上にもらったアイゾメさんのサインを見ながらマンションへと歩いた。
さて、帰ったらお風呂に入って、次の目標を決めて寝ようかな・・・。
ボクは次に描くものを考えながら、家の扉に手を掛けた。
「ケンジ。」
「わっ・・・」
家の扉を開けようとしたとき、ボクは両肩をガシッと掴まれた。
「なあ・・・アイツ誰だよ・・・。」
そのまま、後ろの方へと引っ張られる。
「アイツ・・・ケンジの何なんだよ・・・。」
一方的に肩を組まれ、そのまま階段の方へと歩かされた。
「ケンジ・・・!」
端の壁に背中を叩き付けられ、ボクはソイツと向かい合う形になる。
ソイツの正体は・・・ミツルだった。
「何かあったら俺に言ってって言ったよね・・・?
ねえ、アイツ、ケンジの何なんだよ・・・?
ケンジの相談相手は俺だろ・・・?
なんでアイツとばっかり話してんだよ・・・?
なんでアイツの話ばっかすんだよ・・・?
なんで俺といるときより楽しそうなんだよ・・・?
なあ、なんでだよ、ケンジ・・・」
両肩をグッとつかまれたまま、ボクは至近距離で言葉を浴びせられる。
「いたっ・・・?!」
首の横を、何かが切り裂いた。
思わず屈んで、首を両手で押さえる。
「痛い、痛い、痛い・・・!」
冷たい風が当たって痛い。
右手を見ると、真っ赤な絵の具がベットリと付いている。
傷口を押さえながら、顔を見上げた。
《良常視点》
パパ、は・・・?
アニキ・・・。
アニキ・・・ダメだよ・・・そんなことしちゃ・・・。
やめてよ、アニキ・・・。
ヨシツネ・・・。
アニキ・・・。
アニキ・・・?
「おい、ヨシツネ。」
オレはアニキを待ってる間、また寝てしまった。
「うーん・・・アニキ・・・え?」
視界に入った時計はもう、1時になっていた。
「アニキ・・・遅すぎるよ、アニキ!」
「今日返って来たテストは?」
「え?・・・テスト?あるけど?」
オレは眠気でフラフラになりながら、ランドセルからプリントを出す。
「今日返って来たのは・・・こくご、えいご、さんすう、あと・・・」
「・・・その喋り方、治せないのか?」
「え?」
「それと算数・・・算数じゃないだろ。」
「・・・アニキ?」
「数学だろ、数学。ったく・・・ヨシツネ、来月でいくつになるんだ?」
「えっと・・・」
・・・じゅうろくさい。
《満視点》
首の横を、何かが切り裂いた。
思わず屈んで、首を両手で押さえる。
痛い、痛い、痛い・・・!
冷たい風が当たって痛い。
右手を見ると、血がベットリと付いている。
傷口を押さえながら、俺はケンジの顔を見上げた。
「ケンジ・・・?」
「違うよ、後ろ。」
「な、何・・・?!」
ゆっくりと後ろを振り返ると、
そこに、アイツが立っていた。
「アイゾメさん、ありがとう。」
「うん。よかったね。ここで待ってて。」
ケンジとソイツは、俺を挟んで会話している。
「ケンジ・・・どういうことだよ・・・。」
「ミツル・・・ボクのこと、何もわかってないよね。」
ケンジは俺を見下ろしながら、話し始めた。
「ケンジってさ・・・どう書くか、ミツルなら知ってるよね?」
な・・・何を言って・・・。
「建設の”建”に・・・”次”っていう字だろ?」
「そう。本当は漢数字の”二”でも良いんだけどね。でも、ボクはそうじゃないんだ。なんでかわかる?」
建次は、俺に一歩詰め寄った。
「ボクが・・・弟じゃないからだよ。」
「え・・・?」
「ボクはお兄ちゃん。死んじゃったお兄ちゃんは弟。ボクが”ケンジ”なんて名前なのは・・・ボクが生まれたときに、病気で死にかけだったから。今は何ともないけどね。詳しい事情は僕も知らないけど・・・先に生まれたボクがあまりにも非力過ぎたから”ケンジ”なんて名前を付けて、次に生まれるであろう健康な子を”建一”にした。お兄ちゃんの名前だね。でも、ボクは漢数字にすると怪しまれるから、”次”。あとは・・・”次の子の引き立て役”っていう意味もあるのかも。知ってた?」
そんな・・・そんなこと・・・。
「アイゾメさんはもう知ってるけどね。ボクが話したから。お兄ちゃんは、こんなボクよりも大切に育てられたよ・・・ボクに使わなかったお金を使って習い事もたくさんしてたし、たくさん勉強を頑張って、ボクと同じ学校に入学しないようにした。幼稚園も、小学校も、中学も。もうすぐ高校生だったんだけど・・・またボクと違う学校に入学するように、無理矢理仕向けられたのが耐えられなくて、死んじゃっ」
「ケンジ、」俺は立ち上がってケンジの話を止めた。「もう、わかったから、な?・・・こんな話、やめてくれよ、ケンジ。」
「・・・じ、じゃあ、ボク、」ケンジは俺を無視して横を通って行った。「アイゾメさんのところに行かなくちゃ。」
「待てよ・・・待てよ!」
俺は振り返って、ケンジを追い掛けようとする。
「わっ・・・?!」
しかしすぐに、左から刃物が視界に飛び込んできた。
俺は咄嗟に両足をその場に止める。
刃物が、目玉に刺さる直前だった。
「ケンジ君に手を出したら・・・僕が君を殺す。」
ソイツは刃物の位置を変えないまま、俺に言い放った。
「なんだよ・・・なんでだよ・・・なんでなんだよ・・・。」
視界を遮る刃物が揺らぐ。
遠くにいるケンジが。
マンションの灯りが。
視界に映る全てが、歪み始める。
俺はその場に座り込み、不安定な呼吸の中、ただ身に付けているものを濡らすことしかできなかった。
《建次視点》
ガチャッ。
「アニキ!もうやめてよ、アニキ!アニ・・・キ?」
アイゾメさんの家の扉を開けた瞬間、ボクに飛び付いてきたのは・・・ヨシツネだった。
「わぁっ!」
ボクはヨシツネを右手で乱暴に突き放す。
「アイゾメさん・・・本当だったんですね。」
ボクは振り返ってアイゾメさんに言う。
「そう。僕の弟・・・ヨシツネだ。」
ボクとアイゾメさんは家に入って扉を閉め、鍵をかける。
アイゾメさんは、ボクに刃物をくれた。
「ヨシツネ。今まで・・・ありがとう。」
「な、何すんだよ!」
ヨシツネは、奥の部屋に逃げる。
「アニキ!アニキ!!」
ボクが近付く間、ヨシツネはずっとアニキ———アイゾメさんを呼んでいる。
アイゾメさんから聞いた通りだ・・・本当にアイゾメさんがいないと何もできないんだ。
あんなにボクをバカにしていたヨシツネが、ひどく弱く見えた。
やがてボクは、ヨシツネの前に立つ。
「アニキ!助けてよ、アニキ!いてえっ?!」
ヨシツネに刃物を当てると、赤く色が付く。
今までのどんな色よりも濃い赤色に、ボクの心臓が高鳴った。
ヨシツネがボクを傷付けた理由、分かった気がする・・・こんなに楽しいことだったんだ!
ボクは夢中になって、ヨシツネに刃物で色を付けていった。
もう1箇所。
さらにもう1箇所。
・・・。
「・・・ケンジ君。」
「はっ・・・。」
アイゾメさんの手が、ボクの頭に置かれる。
「もういいよ、ケンジ君。」
「わ・・・うわあ?!」
目の前の凄惨な光景に、右手の刃物を放り投げ、思わず後退りする。
ボクは正気を取り戻した。
身体中の汗が体温を一気に奪ってゆく。
身体中の震えが止まらない。
外から、サイレンの音が近付いていた。
「気付いた?僕が呼んでおいたんだ。」
「ぼ・・・ボ、ク、・・・」
「ケンジ君。」
「ヒッ・・・!」
後ろからボクを呼ぶ優しいはずのアイゾメさんの声さえ、今のボクには恐怖でしかなかった。
「大丈夫だよ、ケンジ君は。大丈夫だから。」
な、・・・何が?
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
「開けなさい!」
家の扉が乱暴に叩かれると、アイゾメさんは玄関へと歩き、鍵を開けようとする。
「アイゾメさん!ダメです!」
ボクの呼び掛けを無視して、アイゾメさんは鍵を開けた。
扉が開かれ、拳銃を持った警官が入って来る。
外にも何人かいるみたいだ。
「あ、あの、あ・・・ぼ、ボク」
「僕です・・・僕がやりました。」
え?
何を言って・・・。
「アイゾメさん・・・アイゾメさん、違う!違います、やったのはボクです!」
「ケンジ君、違うんだ。」
「え・・・ち、違うって、何が・・・」
「ケンジ君、ごめんね・・・ここで、お別れみたいだ。」
警官は拳銃をしまって、アイゾメさんに手錠を掛けた。
「生山銀・・・」
警官がアイゾメさんに話す。
「はい、そうです。・・・あの刃物で。」
アイゾメさんは、床に落ちている刃物を指さす。
「あれで、彼を刺したんです。彼の背中に刺し傷があったのは、そのためです。」
「アイゾメさん!やめ」
「ケンジ君!」アイゾメさんはボクの言葉を遮った。「・・・僕が言ってるのは、ヨシツネのことじゃない。」
「え・・・?」
「ごめんね、ケンジ君・・・まさか君が、あの子の弟だったなんて。」
アイゾメさんは、警官たちに引っ張られるように家から出される。
そして、血塗れになったヨシツネは、担架に乗せられて運ばれていった。
「君は、何だね?」
警官の1人がボクに尋ねる。
「ボクは・・・ボクは・・・。」
ボクは・・・ボクは・・・。
ボクは・・・ボクは・・・ボクは・・・ボクは・・・。
《良常視点》
一命を取り留めていたオレは、しばらくして退院することになった。
オレはガキの頃からイタズラ好きだった。
アニキと違って問題児だったオレのせいで、まだガキだったオレとアニキを置いて、両親は何処かに行ってしまったみたいだ。
それからアニキは、オレと生きていくためにずっと悪事を働いていたんだ。
万引、窃盗、詐欺、変装、殺人、SNSを介しての自殺の手助け、・・・。
ケンジのアニキを殺したのも、絵師に扮してケンジに接近したのも、全部アニキだった。
夢で見た赤いアレは・・・りんごあめなんかじゃない。
オレがまだガキだった頃にアニキが見せた、死体の写真だ。
家の扉の鍵を開けて入る。
久々の家だった。
「・・・アニキ。」
・・・・・・。
いるわけないんだよな。
帰って来るのって、オレがいつも先だし。
「・・・ごはんでも作るか。」
その時だった。
プルルルルルルル・・・・・・
電話?!
「もしもし・・・・・・はい、・・・・・・え・・・・・・アニキ?!・・・・・・はい、・・・・・・はい、・・・・・・は、・・・・・・・・・・・・」
ガチャン。
俺はそっと電話を置いた。
・・・たとえ何処にいたとしても、アニキが生きてるなら、オレは大丈夫だ。
さ、ごはんだ、ごはん。
《満視点》
「今日の・・・プリントです。」
「はい、いつもありがとうね、ミツルくん。」
いつものように、学校でもらったプリントをケンジの家に渡しに行く。
あの日以来、ケンジは学校に来ていない。
ケンジはずっと部屋から出てこないらしい。
「はぁ・・・。」
俺は家に帰ってベッドに寝転んだ。
何もする気が起きない。
俺はケンジのことをわかってるつもりでいた。
いや、わかっていた。
でも、わかっていなかった。
・・・いや、わかっていたんだ。
今だってわかっている。
ケンジは全部、俺に話してくれたじゃないか。
ケンジのことを1番わかっているのは、俺なんだ。
だから・・・電池が切れるまでは、見守らせてくれよ。
俺はポケットから携帯を取り出し、画面を開く。
「ケンジ・・・今何してるのかな?」
《建次視点》
アイゾメさんは、偽物だった。
本物のアイゾメさんはたぶん、あの日、石ノ溝駅に来てから、ここには来ていない。
ボクは、バカだった。
本当のことを話せる人が現れて、ボクは気を許してしまったんだ。
ごめんね、ミツル。
ごめんね、ヨシツネ。
ごめんね、アイゾメさん。
ごめんね、・・・お兄ちゃん。
ボクはスケッチブックの最後のページに、絵を描いた。
3人の絵。
真ん中は、ボク。
左は、ミツル。
そして、右は・・・
アイゾメさんと銀の筆
---おわり---
〇登場人物
・大鎖 建次
16歳、高校1年生。元々は塗り絵が好きだったが、今は絵を描くことに熱中している。
年齢の割に身長が低い。明るい性格。赤い眼鏡がトレードマーク。
・黒岡 満
16歳、高校1年生。建次の幼馴染。建次が他人と絡むことを強く拒む。
外見と口調とは裏腹に、真面目な性格。幼少期から特撮ヒーローが好き。
・生山 良常
15歳、高校1年生。建次を”ダメな弟”として見下している。ブラコン。
弱い者いじめが好き。兄に褒められたいためか、成績は良い方。
・生山 銀
20歳。良常の兄。
良常と生活を続けるために悪事を働き続けていたが、その手段も底を尽きかけていた。
”アイゾメ”という名の絵師を騙っていたところ、建次と遭遇する。
・大鎖 建一
15歳、中学3年生。建次の弟。
高校進学を前に自殺表明をネットに投稿したところ、銀に発見される。
背中を刺され、車道に押し出された。投稿者名は”タテボウ”。