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ラストイニング  作者: 白音 虎
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ラストイニング


第1章

~ラストイニング~


「3番、セカンド、高村くん」


スタジアム全体に響くウグイス場のアナウンス。

スタジアムの外まで響く歓声。

うるさい程に照りつける日差し。

ユニフォームは泥だらけで口の中まで泥の味がする。

だが、そんなことは気にならないほどにこの試合に集中していた。


全国中学校野球大会神奈川予選決勝。

1点ビンハインドで迎えた9回表。

ツーアウトランナー、満塁。

長打が出れば逆転の場面、俺は打席に立つ。

ここまでの打撃成績は.496で得点圏打率は7割を超えていた。


「さぁ、9回表一打逆転の場面で神奈川大会トップの打率を誇る高村くんに打席が回って来ました!」

スタジアムでは聞こえないが実況席ではこんな感じだろう。

誰もがこの劇的場面を見守っている。

ここで打たなければ試合終了。

当然相手はここで試合を決めるべく、最後の力を振り絞る。

両チーム満身創痍だ。


俺は左バッターボックスに立ち、相手バッテリーのサインが決まるのを待つ。

相手ピッチャーが大きく頷いてから投球モーションに入る。

「ボール!」

初球やや高めにストレートが外れる。

ここまで被安打2、四死球1、無失点と好投を続けてきたピッチャー。

あわや完全試合かと言うところまで来てファーボールを足がかりに2連打で満塁。

全力で繋いでくれた場面。何としても点を取りたい。


ピッチャーが投球モーションに入り2球目を投じる。

「ストライク!!」

今度は外角低めにピシャリと収まった。

「ナイスボール!!」

「あと2球だ!!」

相手の守備陣からエールが送られる。


「高村頼むぞー!!」

「何としても繋いでくれぇー!」

負けじと味方ベンチから声が聞こえる。

1度首を振ってから頷いた。

投じた3球目は膝元をえぐるスライダー。

だが、

「カキーン!!」

気持ちのいい金属音が響く。

逆方向に放った打球はサードの頭を越え、レフト線に乗せ長打コース。

「周れぇぇぇ!」

3塁コーチャーボックスのチームメイトが大きな声を張り上げ飛んでしまうのではないかと言うくらいに腕を回す。

3塁、2塁ランナーはゆうゆう生還。

1塁ランナーの生還を許すまじとレフトから矢のようなボールが返ってくる。

ランナーはホームに頭から勢いよく突っ込むが、、


「アウトーー!」

2塁を周った所でホームタッチアウト。

そのままベンチへ向かう。

だが、逆転成功。

一点を守りきるべく最後の守備に入る。

「ナイバッティーン!」

「高村よく打った!」

「さすが打撃職人!」

ベンチではチームメイトからめちゃくちゃ頭を撫でられる。

「よせよ、さぁ最後の守備だ。守りきって絶対勝つぞ!」

『 オォーー!!』

気持ち良いほどの声でベンチ全体から返事が返る。


相手ベンチは何としても1点もぎ取ろうとベンチ前で円陣を組んでいる。


俺はセカンドに入り、最後の守備に備える。

ここまで被安打3、被本塁打1と踏ん張った俺たちのエース。

チーム一丸となりそれぞれいつ打球が飛んできてもいいように備える。


ピッチャーの投球練習が終わり試合再開。

最終回1点勝ち越しの場面だが、打順は1番からの好打順。

気が抜けない。

俺達のチームは決して強豪では無いが、俺とエースと4番の3人で引っ張ってきたチームだ。

ここまでチーム全員で戦ってきた。


「さぁ、最終回締まっていくぞぉぉ!」

『 オォーー!』

キャッチャーの活きのいい声に全員で応える。


「1番、センター、八神くん」


1番の八神。

ここまで高い打率と瞬足でチームを引っ張ってきた強豪高校注目の選手だ。

「さぁ、来い!」

気迫のある声とともにバッターが構える。

2球で追い込んだがその後粘りに粘られフルカウントまで来てしまった。

さすがは八神と言ったところだろうか。

10球目、ストライクを取りに甘く入ったボールをセンター前に弾かれる。

相手スタンド、ベンチからは歓声が飛ぶ。


続く2番バッターは送りバントの構え。

ファーストとサードが前に出る。

ピッチャーがセットポジションに入り初球を投じる。が、

「バスターだ!」

ここでまさかのバスターエンドラン。だが、万が一と思いファーストに近づきすぎずに守っていた俺は右上を通過しそうな打球に体ごと精一杯飛びつく。

強い打球だがこれが取れればゲッツー。

なんとかグラブに当たりはしたがボールは勢いを止めぬままセンター前まで転がる。

なんとか打球の方向を変えた。抜けていれば右中間という様な打球。

センターが捕球し中継したところでランナーは3塁でストップ。

なんとか1点は阻止したもののノーアウト1、3塁の大ピンチ。

だがそれでも守備ナインは諦めない。

ピッチャーに声を送り、守備位置の確認をしなんとしても1点はやらないと気迫がこもる。


3番打者に対しての初球でファーストランナーは2盗を決める。

内野陣がマウンドに集まる。

「前進守備で打者に集中しよう!内野にさせ転がれば俺達が1点も入れさせない。」

正直そんな保障もなにもないがピッチャーに不安をかけまいと俺は言った。

「わかったお前ら頼むぞ。俺も全力で投げる。」

「さぁ、アウト3つとって何がなんでも勝とうぜ!」

それぞれの守備位置に戻る。

お互い声を掛け合い、全員でひとつになる。


「プレイ!」

試合再開。

3番に対しては気迫の籠ったピッチングで三振。

ワンアウトとする。

「ナイスボール!」

「ワンアウトー!」

守備陣全員が人差し指を掲げアウトカウントの確認をする。


続く4番は内角の真っ直ぐを詰まらせてピッチャーゴロ。

「あと一人!!」

「最後まで気を抜かずにいくぞ!」

「頼む打ってくれ!」

「ランナー返せ!!」

それぞれのベンチ、スタンド、スタジアム全体から一人一人大きな声をあげる。


「5番、ファースト、浅田くん。」

この場面で1発のある浅田。

だが、ここ数試合はヒットがなく今日もノーヒット。

一塁空いているがここまでと同様歩かせずに真っ向勝負するようだ。

「ストライク!!」

初球最後の力を振り絞り最終回まで投げているピッチャーとは思えないストレート。

いや、むしろ今日一番のボール。

「ストライク!!」

簡単にツーストライクと追い込み、あとストライク1つでゲームセット。

守備陣は最後の1球がどこに飛んできてもいいように準備し、キャッチャーはどっしり構えミットにボールが収まるのを待つ。


ピッチャーが大きく頷いてからセットポジションに入る。

最後の1球を外角低めに投げ込む。

「カキーン!」

乾いた金属音。

白球は高々と上がる。

何十球、何百球、いやそれでは効かないくらいに取ってきた平凡なセカンドフライ。

スタジアム中が1度静まり返る。

さっきまであんなにうるさくて鬱陶しかったのに。


別に打球が見えなかった訳でもないし、別段回転がかかっていた訳でもない、本当にただのセカンドフライ。

だが、その瞬間、静まり返ったスタジアムに意識がいく。

(今、スタジアムに居る全員が、俺を見てる。)

よそ見していた訳でもないし空を見上げ打球から目を離さなかったが、まるで刺さるかの様な視線をいくつも感じた。

そう考えてしまった俺に1度高々と上がった打球は俺を目掛けて一直線に空から襲ってくる。

怖くてたまらなかった。

野球をしている事を、試合中である事を、これを取れば勝利する事を、全国大会に行く事。

そして野球が大好きだった事を、全てを忘れる程に。


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