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思いつき犯罪の極み  作者: つっちーfrom千葉
3/7

思いつき犯罪の極み 第三話


 先述のとおり、私は週に二度か三度は、体力維持のために長時間の散歩に出る。そのためだけにここを通りがかったのであり、このような不穏当な事態に遭遇したのは、本当に偶然である。そのため、警察への通報のために使用する携帯電話や、凶漢から身を守るための武器や防具などはいっさい所持していない。この頑丈そうな門の中から、今まさに数人の覆面強盗(あるいは、国籍不明、日本語を喋らない他国の窃盗団かもしれない)が現れて、事件の証人ともなり得る、この自分にも襲いかかる恐れがあった。今この場にいない人間からすれば、夢物語にも思えるだろうが、実際にこの場にいる人間にすれば、立派なハリウッド映画なのである。目に見えぬ敵はすぐ近くにいる。しかも、その対象は警察でも相手にしかねるような凶悪犯かもしれない。不安が増幅するごとに、私は身動きすらできなくなった。いや、身の安全を図るために、あえて、その場から動かなかったと表現しておこう。仮に、この家の内部において、遺憾ながらも、住民の方々がすでに殺害されてしまっていたとしても、それをいち早く発見して届け出ることには大きな意義がある。事件の真相を知るための第一歩となる早期発見は、被害者たちの御霊を弔うためにも何より必要な行為であり、筆舌に尽くしがたい恐怖に負けて、この場から一目散に逃げ出してしまうよりも、ずっと地元住民への貢献になるはずである。これは憶測になるが、薄情なる周囲の住民たちは、この家を警察とマスコミの車両が何重にも取り囲み、この家の住民の哀れな遺体が次々と運び出されるに至っても、それを自分とはまるで無関係の非現実としてしか受け入れることはできないだろう。


「老夫婦だけで引きこもって生活していましたからね……」

「きっと、何の抵抗もできずに殺されてしまったのでしょうね……」

「人柄のよさそうな夫婦だったのに、人生の最期にまさかこんな残酷な出来事が待っているなんてね……」


 などと記者のマイクの前では完全に他人事、「自分が被害者でなければ、どうでもいい」と、拙い感想を淡々と語ってみせるくらいである。しかし、この私自身は、そんな薄情な傍観者になってはいけない。もし、今からでも間に合うのであれば、すぐにでもこの邸宅に乗り込み、今まさに襲われんとする優し気な老夫婦を真っ先に救ってやるべきではないだろうか? 


 私はそこで後方を振り返った。二車線の県道の向こう側には数年前に建築された、かなり豪勢な分譲マンションが建っている。その入り口の門はここからほど近いが、そのすぐ内側には、かなり広大な駐車場があり、そこを通過せねばロビーにはたどり着けない。つまり、この位置からマンションの居住区までは、かなりの距離がある。高級マンションはちょうどこちら側を向いているが、ここからでは、ドアの一つひとつが果して何色で、どのような形態をしているかも判別がつかない。おそらくだが、向こうの住民の目からも、こちらの詳しい状況は視認できないのではなかろうか? 私はすでに五分以上もこの外壁の前でうろうろとしている。幸い、今の時間帯は車の通りも少なく、歩道の人通りもほとんどない。しかし、あのマンションのドア付近からは、こちらの姿が遠目にも見られている可能性がある。今自分が立っているこの地点は、自宅の前でもないのに、長い時間にわたり、ここでうろついている私の姿を、そのあざとい目に見つけて怪しんでいるマンション住民がすでにいるかもしれないわけだ。ということで、こちらは善意のかたまりではあるが、いつまでもここで考え込んでいる時間的猶予はない。数秒以内に何事もなくここを立ち去るか、あるいは、強盗団の凄惨なやり口を発見するために、あえて、この邸宅に乗り込んでいくか、すぐにでも判断を下さねばならない。万が一、この付近の住民が私の姿をすでに通報していた場合、屋敷の中で何事もなければ、最悪の想定として、この一件で不審者として警察から事情聴取を受けるのは、自分だけだった、という間抜けな事態にもなりかねない。


 私は身の危険よりも、まだ見ぬ老夫婦の命を最優先に考え、この邸宅に単身で乗り込む決意をした。それはこの地区の秩序を守るために致し方ない選択であった。しかし、この石壁を乗り越えたなら、そのすぐ向こうで、片手に短銃を構えたサングラスの巨大な体躯の男と向き合うことになるかもしれない。私もハリウッド映画にはある程度精通している。スパイ映画や中国拳法映画のほとんどにも目を通しているつもりだ。二年間ほどだが、かつて劇団に所属していたこともある。見よう見まねにはなるが、マフィアの凄腕相手でも戦って勝てないことはないと自負している。だが、男と男が己の命を賭けて向き合う以上、こちらにも敗北の二文字が迫りくる可能性はある。本当に奴らと向き合うのであれば、慎重にも慎重を期さねばならない。まずは、歩道の上を数歩下がって家の周囲を取り囲む石壁の高さを確認した。私の身長よりひと回り高い程度、だいたい、180センチから190センチの間くらいだろうか。私としては、この石壁の高さは一番中途半端で、何の役に立たないものだと結論づけずにはいられない。なぜなら、本当の悪意を持ってここを訪れた者たちならば、この程度の高さなら、大した道具も必要とせずになんなく乗り越えていくだろうし、いったん、内部に入られてしまったなら、この中途半端な壁の存在により、中で行われている犯罪行為を外から発見するすべがなくなってしまうからである。これならば、無い方がマシといえる。ここの住民と建築設計士の愚かさを再確認すると、私はすぐさま壁に取り付き、右脚を高く上げて壁に上部に引っ掛けて、そのまま、敷地内の地面に着地。この付近を通りがかるたびに、何度か行ってあったイメージトレーニング通りに上手くいった。前提として述べておくと、決して、空き巣や窃盗のために内部に侵入したかったわけではない。付近の住民の平和のために何とか尽くしたいと、常日頃から強く思っていたということだ。


 壁を乗り越えてみると、案の定、その内部の光景は意外なほどに殺風景であり、ひと気はまったく感じられなかった。私がこうして庭を動き回っても、建物の内部からは何の反応も起こらない。窓には内側から鍵がかかっていたが、窓枠の隅には風に舞ってきた砂埃が相当に溜まっていた。軒下に整然と並べられている植木鉢は、どれも完全に枯れてしまっていた。庭の雑草も手入れがなく、ここを通り抜けるのに障害となるほどに伸び放題である。少なくとも、ここ数ヶ月間ほどは誰かが出入りした気配は感じられない。私はこれらの物証から、さらに強い危機感を感じた。付近の住民との交流を持つことができなかった、気は優しく大人しいが抵抗する術をまるで持たぬ、まだ見たことのない老夫婦は、事前の想像のとおり、すでに殺害されており、その遺体は長いこと放置され、見分けがつかぬほどに激しく腐食している可能性がきわめて高かった。ふたりはすでに白骨化しているかもしれない。その残酷な事実を前に私の気持ちはさらに暗くなった。しかし、これが無駄足と分かっていても、彼らの無念を晴らすために、ここで何もせずに引き下がるわけにもいくまい。やはり、正義を貫くことが重要である。今からでも、邸内に乗り込み、ある程度の捜索を行ったおけば、犯人に繋がる何らかの物証が見つかるかもしれない。それがどんなに些細なものであっても、なるべく早くに発見しておく必要はあった。なぜなら、この残忍きわまる犯罪の首謀者が、すでに外国へ逃亡してしまったとは限らないからだ。この付近には外国籍の不法労働者でも借りられる程度の家賃設定の賃貸アパートが比較的多く並んでいる。コンビニやスーパーや宅配便の運搬には外国籍のスタッフも多い。それらを加味すれば、犯人たちは案外、まだこの近くに潜んでいるかもしれないのだ。これ以上の被害者を出さないためにも、できる限り早い段階で犯人側の残した物証を発見して、警察の前に示しておく必要があるだろう。それにより、今後乗り込んでくると思われる警察隊の捜査の進展も早くなるだろう。


 私は庭を隅々まで歩き回りながら、大邸宅の外観を視察してみた。一階も二階も窓ガラスはきちんと閉じられていて、傷ひとつついていない。何者かが侵入したような形跡はない。なるほど、犯人側からすれば、ガラスを破壊して侵入することには、ある程度の危険が付きまとう。破壊工作に時間がとられると、第三者に目撃されてしまう恐れもある。特に、外壁をよじ登って、二階のベランダから侵入するのは愚の骨頂といえる。凶悪犯罪に慣れているはずの犯人グループが、そのような単純な方策をとるとは考えにくかった。最近の巧妙な空き巣の中には、自分でぶち割ったガラス窓を簡易的に補修してから立ち去ることで、犯罪の発覚を遅らす手口を用いる者もいるという。だが、一周して確認してみた限りでは、この家の窓にはそのような細工の跡はない。私よりも以前に侵入したと思われる犯人グループにしても、何らかの手法を用いて、正面玄関から侵入したと考えるのが適切であろう。万が一、侵入の最中に、石壁の外側から覗いていた第三者により姿を見られたとしても、友人知人を装うことができるかもしれない。なるほど、凶悪犯たちにしても計画をよく練ってきたわけだ。この家の正面扉は木製の薄く簡易的な造りであり、製造時期にしても、この邸宅の建築時期とほぼ重なるようである。すなわち、五十年から六十年前くらいのものと推測される。この辺りに立ち並ぶ他の住宅と比較しても、飛び抜けて古いのである。ドアには上下に二重カギが付いているわけでもなければ、監視カメラや警報装置も設置されていなかった。これでは悪意ある者たちに標的にされるのも当然だ。空き巣犯レベルのピッキングでも容易に侵入できそうだった。何度も申し上げている通り、この家の前の通りは人通りが少なく、犯罪のプロたちにとっては、願ったり叶ったりの立地といえる。ドアの外観にこじ開けようとしたような傷跡は見られなかった。つまり、犯人たちの中には鍵の開閉を専門に行う者がいて、誰に見つかることもなく、比較的短時間のうちに、内部に容易に侵入したものと思われる。


正義感と偽善を混ぜこぜにしてしまった男の犯罪です。奇妙な作風に仕上げてみました。よろしくお願いします。

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