第一章
馬 乗 記
第一章
花が半分以上散った枝には、萼の赤紫色、芽吹くばかりのくるまった葉の濃緑色が混ざり合っていた。
ほんのり桃色に染まった白い花が、まだ残る春とこれから来る夏を教えてくれていた。
そんな四月上旬。
Sは丘の斜面にあるA牧場にいた。
入口奥と右手にお店、左手に砂地といくつかの建物が立っていて、家族連れも楽しめる。
左手斜面の中腹に厩舎があり、窓から四頭の馬の顔が見えている。
初めての場所に迷いながら、Sは目的の小ぢんまりとした作りの事務所に入った。
そこはワンルーム程の広さで、半分が受付事務所と一通りの馬具用品売場、半分が乗馬クラブのメンバー休憩所となっていた。
板張り床に懐かしさを覚えながら、Sは受付を済ませヘルメットを受け取ると、下の厩舎前のベンチに向かうように言われた。
再び外に出て左手すぐ下にある厩舎の前に行くと、雨ざらしの木製のベンチが一つ、確かにあった。
ヘルメットをかぶり、ポツンと待つ。
厩舎の外に二頭の馬が繋がれていて、馬に鞍をつけていた若い女性が、Sの方にやって来た。
「Hと言います。よろしくお願いします」
Sは立ち上がり、同じように挨拶をした。
HはSを馬の近くに連れて行った。
間近で見る馬の目は濡れていて、深く静かな悲しさをたたえてるいるように見えた。
Hは馬と共にSを、厩舎下の直径十メートル程度の柵に囲われた場所に連れていき、レッスンを始めた。
踏み台を使いSは、初めて馬に乗った。
人の肩の上に立ったような視界だった。
革紐で吊るされた鐙への足の置き方、手綱の持ち方を教わり、まずは馬を引いて歩いてもらう。
馬の種類、寿命、馬は乗る人の感情に寄り添うこと、今乗っている馬の話など。
Hは馬を引きながら、話した。
Sが小学生の頃見た馬は神社に奉納された白馬で、見上げるような高さだったが、今乗っている馬はそれほど高くはなかった。
それはこの馬が低めの馬だから、とHは教えてくれた。
そして、馬に伝える合図の仕方、ほめ方を教えてもらい、Sは何度か試した。
馬は素直にSの言うことを聞き、歩き、止まり、また歩いた。
それは馬自身のおかげであり、Hの引きの上手さであった。
続いて速歩、軽速歩を行った。
馬に乗るときは基本、体を真っ直ぐにする。
速歩は問題なかった。
軽速歩は、馬の速歩のリズムに合わせて、立ったり座ったりを繰り返す。
不安定な鐙に足を入れて立つのは難しく、馬のリズムにも合わない。
椅子に「座って、立つ」とは違うのだ。
Hは「立つ、座る、立つ、座る」とタイミングを繰り返し言ってくれ、また「馬が押し上げてくれるのを感じて」とも言ってくれるが、Sは自身が立ち、座るだけで精一杯だった。
そうして一回目のレッスンが終わった。
二度三度タイミングが合った時もあったが、Sは何もつかめていなかった。
次のレッスンは、一週間後だ。




