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物書きAのノート

救世主さまに捧ぐ復讐劇の幕開け

作者: マサ

 僕たちが住まう世界には、こんな言い伝えがあった。


『絶望する事しか出来ない夜は迫ってくる』

『しかし、同時に闇を払い、光をもたらす存在が必ず生まれる』

『救済の証と共に生まれた子供は十にて救世主となり、世界を崩壊から救うだろう』


 一体誰がこの言葉を残したのかは分からない。けど、そんな過酷な運命を押し付けるような人なら、きっととんでもないロクデナシだと、僕は思う。


 だって、この世界は、彼女を助けてくれなかった。


 聖女だから人を無償で助けろ。

 救世主だから世界を救え。

 求められたら人助けに尽力しろ。


 彼女を聖女だ救世主だなんて呼びながら、その力に頼っていながら、村の人間も、町の人間も、城の人間も、彼女の事を見下していた。

 田舎娘が知ったかのような口をと、ただ力を持ってしまった無知な子供だと、浄化以外何も出来ない役立たずだと。

 陰口、悪口、それを聞く度に怒りを覚えるが、彼女はただ笑いながら頷いて、そして、やはり曇りのない力で祈りを捧げた。


「今日も、無事でありますように」



「ルーチェ!」

「だめ! 来ちゃだめ!」

 手紙を持っていた彼女の足元から、とても強烈な圧迫感を放つ力が巻き起こっていた。

 そして、禍々しさが増すその力が彼女を囲い、助けようと僕は近づこうとした。けど、そのいっそ毒々しくもある力が塊になって、僕を突き飛ばした。

「やめて! お願い、彼を傷つけないで……」

 彼女の声で、眼の前まで迫った塊が止まった。そして、『ずるずる』と気持ちの悪い音を発しながら、それは彼女の元へ戻った。

 すぐに側まで行かないと思った。でも、先に地を這いずる黒くてドロドロした物は彼女の体を絡みつき、あっという間に彼女の姿は変わってしまった。


 灰色の髪の毛が黒く染まり、浄化の力を宿した碧の瞳も赤くなって、血色のない肌になった彼女の顔を見て、僕は眼を見張ることしか出来なかった。


 何が起こったのか、どうしてこうなったのか、次々と疑問が浮かぶ。けど、まだ動揺が収まらないうちに、突然後ろの扉が『バーン』と大きな音で開いた。

 数人の教会騎士が僕たちを囲うように武器を構えて、その後ろに、楽しそうに拍手しながら歩いてくる人がいた。

「ハッハッハッ、やはり予想通りだったな」

「何のつもりだ、大司教ケルベス!」

「おっと、君は賢そうだから敢えて殺さなかったけど、やはりその小娘と一緒に罪人になりたいのか?」


 罪人という言葉を聞いて、僕は気づいた。

 そもそも『今日のお祈りはどうしても聖女様にお願いしたい』と言ったこの男は、町の人間にエセ信仰を広めている噂があった。

 証拠は出なかった物の、規模を広めていたら、それを隠蔽する限界もいつ来てもおかしくない。

 だが、もしここで聖女が光の力を失ったら?

 なんで彼女がこんな事になったのかは分からない、けど、手紙を貰ってから、様子がおかしかった。

 ふっとそこで手紙の事を思い出して、僕は気づかれないように千里眼を使い、申し訳ないけど、彼女が持っていた手紙の内容を読んだ。

 そして、目で『治療も虚しく、救世主の父は神の元へ旅立った』との一文を捉え、怒りで目の前が赤く染まったその時、黒い力を纏う彼女の体が浮かび上がり、同時に僕の体も宙へと飛んだ。

 何が起きたのかまだ把握できないうちに、彼女の体から現れた黒い靄が地面に居る人達を包み囲み、瞬く間に大司教以外の騎士たちは全員倒れた。

 予想外の出来事に大司教は恐怖に震え、腰を抜かしていた。けど、死にたくない一心でそいつは助けを呼ぼうと声を荒げた。

「だっ、誰か! 誰か助けてくれ!」

『タスケテ……アゲル』

 聞き慣れた彼女の声と共に、触手が大司教の手を足をと掴み、そして、大司教は逆さまに持ち上げられた。


 一瞬だけの間、僕は大司教と空中ですれ違った。

 縋るような目を向けられたけど、僕は聖女ではないし、救世主でもないので、いっそのこと殺してやろうと思って、僕は剣の柄を握ろうとした。けど。

『罰ヲウケタラ、救ワレル……いヤ、殺しちゃ……だめ!」

 その言葉と共に、黒い靄と触手が弱まった。いや、彼女の意志で止まったのが正しいだろう。

 しかし、地に伏している教会騎士は既に息絶えていて、宙から落ちてきた大司教の四肢はいっそ面白いほどに折り曲げていた。

 それを理解すると、彼女は泣いた。

 泣いて、哭いて、零れた彼女の涙が地に落ちるけど、壊れた物は壊れたままだ。


 その時、僕も彼女も理解した。壊れた物を何でも直せる救済の力は失われて、ルーチェはもう救世主ではなくなった。


 パタパタと迫ってきたおそらく大司教の部下の足音を聞き、僕はとりあえずここから逃げないと思って、彼女を見ていた。

 けど、彼女はとても辛そうにして、何度も僕を見て、声を絞り出すように、彼女はそう僕に言った。

「お願い、私を殺して」

「却下、なんて僕はやっとただのルーチェに戻れたお前を殺さなきゃならないんだ」

「違うの! ヴェヒター、私はもう人じゃない、絶望の悪魔になったの!」

「それがどうした! 人が悪魔と一緒に居られないというんだったら僕も悪魔になっ」

「嫌だ! 私のせいであなたまで悪魔になるのは嫌!」

 風の音に混じって、少しずつ人の声が聞こえてきた。ここで逃げても遅いと悟った僕は剣を抜き、戦闘を備えようとした。

 けど、彼女はただ胸部分を開き、ドクドクと脈打つ何かを僕に見せながら、彼女は僕にそう教えた。。

「どうしてもね、人を傷つけたくないの……だからお願い、この心臓を切って、私を殺して」

「……最後になるから言うけどさ、どんなルーチェでも好きだって前に言ったけど、アレ、今でも有効だ」

「そうか、へへ、ありがとう」


 そうやって笑う彼女の心臓目掛けて、僕は地を踏み、飛び上がると同時に剣撃を放ち、一突きで僕は彼女の心臓を貫いた。

 思ったよりも沢山の液体が吹き出して、高くまで飛び上がった黒いドロドロとした液体はやがて雨のように落ちた。


 黒い液体に降られながら、僕は大司教の方へ歩いた。


 こいつを今すぐ殺したい、けど、ただ殺すだけでは足りない。こいつの罪を暴かないと、僕の気が進まない。

 きっと向こうも僕の怒りを感じていた筈だが、奇妙に曲げた手足が邪魔になって、大司教は逃げる事すらも叶わなかった。

「や、やめろ! こっちに来るな! わ、私を殺したらどうなるの分かってんのか!」

「黙れ!」

「ひえ!」

 剣をチラつかせたら、面白い程に大司教は顔色を変え、媚び諂うようにそいつはそう話した。

「おおおお願いします、何でも話しますから、殺さないでください!」

「いつ僕が殺すと言った? まあ、質問を正直に答えなかったら、死ぬんだろうけど」

「なっ、何が聞きたいんでしょう」

「彼女の父を殺したの、お前だろう」

「違いますよ、私も流石にそこまでは」

「言い方を変えよう、救世主様の父の治療に干渉したのは……大司教様ですよね」

「干渉だなんで、私はだたより有効な我が教団の薬を勧めただけです」

「万病を治す妙薬でしたっけ、丁度あなたのポーチに入ってるのと同じ」


 そう言いながら、僕は周りを見渡し、大司教の腰にあるポーチを掴んだ後、その中から万能薬と呼ばれる物を取り出した。

 見た目は普通の薬だ、いや、前に見たのよりもやや明るめな色ではあるけど、鑑識眼でその薬を見た瞬間、僕は確信した、これが調査していた麻薬だ。

 神経毒、幻覚、おおよそ普通の薬に入れてはいけない薬草も入っていたそれは、万能薬と言うよりは万能に見えるだけの薬だった。

 しかし、僕がそれを見ているのを気づいた大司教はチャンスを掴んだかというように、媚びた声でそいつはそう言った。

「そうです、そうです! 我が教団の皆さんも使ってくれて、度々改良もしていますので、効果は保証できます」

「じゃあ、これであなたの手足を直しましょうか」

「いっ、いやいやいや、こんな大事なもの、私よりも他に必要な方に」

「何をおっしゃいますか、大司教様は今手も足も折れているのですよ? しかもこの手触り、内臓も傷ついてますよね? 今こそ万能薬の使い時でしょう」

「ま、待って、医術者がいるからそいつを」

「ハッキリ言ったらどうですか? この万能薬はただの麻薬ですって、それとこの麻薬、救世主様の父にも使わせましたよね?」

 息を呑む音が聞こえた。そりゃそうだ。まさか大司教が隠していた犯行がこんな状況で暴露されるなんて、誰が思ったんだろう。

 けど、僕は意外ではなかった。


 どうして大司教が作ったエセ信仰がこれ程の信者を手に入れる事が出来たのか不思議だった。

 しかし、万能薬の事を考えたら、不可能ではないだろう。

 重病に罹った人間にこの薬を飲ます。それで神経毒で感覚が麻痺になったら、痛みがなくなったように感じて、治ったと錯覚する。そして再発したら、またこの薬を飲ます。

 幻覚が見えるようにもなるけど、物によっては気づかれないし、バレ前に本命の病気で末期になって死ぬ事になれば、残念でしたで済まされる。


 本当に酷い話だ。


「ま、麻薬だなんで、人聞きが悪いですよ。痛みを感じなくなりますし、割りと生きた連中も居ますよ……アハハ」

 まだ自分の終わりに気づかない大司教はヘラっと情けない顔で笑い、悪足掻きでそいつはそう話した。

 だったら、その最後の悪足掻きにもとどめを刺そうと僕は調査依頼書を取り出して、大司教を見下ろしながら、僕はそう教えた。真実を。

「そもそも僕たちがここに来たのも浄化だけでなく、大司教とこの薬の調査も含めていましたよ」

「……へ?」

「実は既に証拠は揃い、もう本山へ送りました。明日には使者が来て、あなたは殺した信者とその家族の罪を問われて、審判するまでもなく処刑される事になります」

「あっ、ああ……」


 いつの間に黒い雨が止み、ドロドロな液体を踏んで、僕は大司教の前から離れた。

 そして、剣を持ったまま、僕は彼女の成れの果てである残骸に布をかけて、そして彼女を抱き上がり、周りを見渡すと、僕は大きく声を上げた。

「さあ、明日の死刑を待つのか、それともこのまま殺されるのか、果たしてその運命はいかに!」

「なっ、貴様騙したな! 正直に答えたら殺さないと言ったのに!」

「だから、いつ僕が殺すと言った? 勘違いするな、てか周りを見てみろよ」

「は?」

 芋虫のように地面で藻掻きながらも、大司教は周りへ目を向けた。そして、そいつは気づいた。


 そこに居たのは、全ての会話を聞いていた信者達だった。


「貴様! よくも騙しやがったな!」

「毎回毎回高い治療費取って偽物の薬を売っていたとは! この嘘つきが!」

「私の娘を返して! この人殺し!」


 ずっと信頼していた大司教に裏切られた怒りに任せて、信者は口々恨み言を叫んだ。そして、誰かが人殺しと言った瞬間、その場の空気が変わった。

「そうだ、そいつは人殺しだ」

「俺たちの家族を殺した人殺しだ」

「人殺し」

「人殺し」

「救世主様にやっつけて貰わないと」

「聖女様は? 聖女様はどこだ!」

「そうだ! あなたは救世主様の護衛でしょう! 救世主様は一体どちらに?」

「そこの大司教が殺した」


 僕がそう言い放った瞬間に信者の間にどよめきが広がり、けどほぼ同時に、力を振り絞ったように大司教はそう叫んだ。

「違う! 私は殺してない! あの女は悪魔だったんだ!」


 その言葉を聞いた時、僕は悟った。目の前の男はどこまでもゲスで、そして、群衆はどこまでも愚かだと。


「なんて事だ! あの女も嘘つきだったの!」

「私ずっと怪しいと思っていたのよ、ただ祈るだけで本当は何もしてないじゃないの!」

「浄化だって、ただの芝居じゃねえか!」


 大司教の言葉で一気に矛先はこっちの方へと向けられ、したり顔をする大司教に気づいた僕は、ただ深くため息を吐いた。

 そして、彼女が巻き込まれないように、誰も近寄れなかった黒いドロドロの中に彼女を置きながら、僕は正直な気持ちを全部話した。

「国の意志で、十になったあの日、神の予言に従った彼女は救世の旅に出た。けど、人が感謝を覚えてるは最初だけだった」


 あの時の事を思い出すと、どうしようもなく吐きたくなる。


 最初は救済の力が発覚して、村の人達は彼女に助けられて、色々お礼やら応援やらを送っていた。

 けど、時間が経つと、彼女の救済は当たり前になり、まるで道具のように扱われた。その上病で伏せている父への治療は許されず、近づこうとしただけでも仕置きと言って動物の檻に閉じ込められた。

 そして、いよいよ旅立ちの前。国から色々貰ったけど、聖女の装飾品の大半は村長の娘に取られ、様々な支援品も偉い人達が横取りしていた。

 流石に当日では国の使者も来るからと限度はあったけど、今でも許してない。それに、旅立ちなのに、最後まで父の顔を見る事が出来なかった。


 せめてあの村を出たら少しは良くなると思った。けど、事態は思ったよりも悪化する一方だった。

「祈りと浄化でずっと休ませてもらえず、お礼どころか文句ばかり言われた。遅かった? 間に合わなかった? 何故それを敵に言わない? 何故味方である筈の人間を責める?」


 そう聞いて、僕は周りを見渡し、少しだけ、ほんの少しだけ期待した。

 もし、ここで反省する人がいれば、また、誰か一人でも謝ってくれれば、僕は剣を鞘に収めるつもりだった。


 けど、やはりここの人間も駄目だった。

 役割を果たさない奴は死んで当然だと罵声を上げる民を見て、僕は理解した。この国全体が既に駄目になっていた。

 こいつらは自ら聖女を殺す道を進んだ、支援もなく、応援もない。極めつけは彼女の大事な心の拠り所の家族を殺した。

 いくら彼女が最後まで守りたいと願っても、彼女を大事にしないのなら、僕が守りたくない、そして、許すつもりもない。


 僕は悪魔にはならない。

 けど、僕の剣は、人間を切る。


 周りの人間を見て、僕はわざとらしく両手を広げた。そして、心臓を貫く瞬間を再演するように、切り出した床の石を宙に投げ、剣を振り下ろしながら、僕はそう声を上げた。

「家族の死を知らされて、彼女は絶望の悪魔になってしまった。……それでも、最後まで、彼女は人を傷つけたくないと泣いた。……お願いされたから殺したけど、あんたらの為ではないし、代わりに世界を救う予定もない」


 最後の言葉が終わり、石が地面に落ちた時、真っ二つになったのは、一番近くにいた男の首だった。


 復讐劇の幕上げとして、この剣で平和を貪る人間の首を刎ね飛ばした。そして、人間を次々と殺していくと、ふっと気づいた。


 今までも浄化や討伐依頼で色々殺してきたけど、自分の為に殺したのは初めてだった。

 もっと罪悪感とかあるのかと思ったけど、こいつらのせいで彼女も彼女の父も死んだのだと思うと、さっさとくたばれクズともという気持ちしかなかった。

 向かってきたら殺す、襲ってきたら殺す、投降したら見逃すけどそれで騙し討ちしようなら殺す、散々文句やクチを言っておきながら危なくなったら逃げる人間も、全部殺した。



 最後に襲いかかった三人組を一気に殺した後、改めてもう一度人数を確認して、恐らくエセ信仰の信者を含め、この村のほぼ全員を殺しきった事がわかった。

 結局最後まで本心で謝り、反省する人間はいなかった。この国自体腐りきっているから、仕方がないかもしれないけど。


 でも、これでやっと彼女を連れ出せると思って、簡単に荷物をまとめようと僕が振り向いた時、そこには悪魔が居た。


「お見事ですね、剣士殿、こんな短時間で六十人余りを殺し切るとは」

「……どちら様ですか」

「おっと、これは申し訳ありません、私ヘニオと申します、此度生まれたばかりの悪魔の卵を迎えに参りました」

「……彼女なら、僕がさっき殺し」

「いいえ、そちらの少女でしたら、まだ生きております。正確に言いますと、あなた様のおかげで、彼女は無事悪魔として生まれ変わりました」


 ヘニオと自称する悪魔の言葉に、僕はひどく困惑した。

 だって、僕は確かに彼女の心臓を、悪魔の心臓を貫いた。あんまり思い出したくはないけど、感覚は確かにあったんだ。

「戸惑うのも仕方ありません、では、簡単に説明して差し上げましょう!」


 曰く、ルーチェが持っている力は穢れを浄化するものではなく、吸収するものだった。

 曰く、ルーチェは並ならぬ貯蔵量を持っており、それは常人であれば、既に魔物に変化してもおかしくない量だった。


 そして、人間としての死を迎えたその瞬間、貯まっていた穢れが一気に吹き出し、ルーチェの姿を変えて、彼女を悪魔に変化させた。


「実はあなた方の事は前から魔族の間で話題になっておりましたよ。『穢れを無限度に集める少女と不思議な眼術を使う少年の二人組』として」

「そこは救世主様とその護衛ではないのですか」

「救世主? はてさて、此度の救世主殿はまだ生まれておりませんが」

「えっ、待て、救世主というのは『救済の証と共に生まれた子供』なんでしょう?」

「おや、我々魔族の伝承なのに、よくご存知で」

「魔族の……伝承?」


 思わず目を見開き、僕はそう聞き返した。けど、帰ってきた言葉はもっと驚くような内容だった。


「魔族の預言者が百年毎に書き残した言葉なんですが」


 百の輪の終わりに、絶望と共に夢のない闇が迫ってくる。

 けれど、対となるように、希望のない夜に光をもたらす存在も必ず生まれる。

 生まれ直した子供は輪廻の輪を断ち切って、崩れた世界の均衡を戻す。


「本当に知らなかった様子でしたので教えしますけれど、あなた様が抱えている彼女は、光である可能性があります」


 ヘニオの顔を見て、それは本気な言葉だと理解した。

 だけど、人間に利用されて、蔑ろにされて、ルーチェはもう充分辛い生を過ごしてきた。


 彼女を助けるつもりで殺したのに、これ以上の辛い目がまだ待っているのなら。

「彼女を利用するのなら、命を懸けても殺す」

「そう言われましても、そもそも魔族である私達は全員魔王さまの眷属です。そして、契約を結んでいる間、皆自由の身でもあります」

「……どういう事?」


 ヘニオの言葉は矛盾しているように聞こえた。けど、言葉と声から嘘をついてない事が分かり、その真意を知ろうと僕はそう聞いた。

 そして、僕の質問を聞き、初めてヘニオは表情を分かりやすく崩した。

 眉間に皺を寄せて、少し考えてた後、ヘニオは外を指しながら口を開いた。


「説明するのは構いませんが、血塗れとは言え、魔族は教会を好みません。場所を変えませんか?」

「一つだけやり忘れた事がありますので、やってからでも良いですか?」

「ああ、なるほど、分かりました。少し離れますね」


 僕の剣が向けたその先を見て、ヘニオは微笑みを浮かべて、信仰のシンボルから距離を取った。

 そんなヘニオを横目に、僕は虫の息しか残らない大司教の前まで歩いた。そして、剣を鞘に戻した後、真っ二つに切っていた石を掴んで、それを大司教の頭の上まで構えながら僕はそう言った。

「放置したら発狂するでしょうから、明日まで生き残れるようにと思いました。けど、もし彼女が生きてる可能性があるのなら、あなたの言葉は厄介な物になります……奇跡が好きでしょう? では、祈ってください」


 そう言い終わると、僕は両手を離した。もちろん奇跡が起きることなく、石はそのまま落下した。

 それを見届けると、僕はルーチェを汚さないように一応手を拭き、そして彼女を抱えて、僕はヘニオと一緒に教会を出た。



 こうして、少年の身勝手な復讐劇の幕開けは、彼が予想したのと違うたった一名の観客によって見届けられました。

 後に「聖女呼ばわりされた幼馴染に捧ぐある少年の身勝手な復讐劇」の主役になる事を知らず、少年は少女を大事に抱えて、魔族の国へ向かったのでした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白そうとは思ったけど・・・ [気になる点] 10編くらいの物語の途中第三話くらいをりらっと見せただけで正直肩すかし感が強かったです また設定が多いのに短編に詰め込んだため説明だらけにな…
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