真相
■真相
玄雨神社境内に、六、灯、光、アカネ、アオイの五人が手を繋いだ状態で現れた。
いつもだったらやたらと煩く出迎えるアリスは、どういう訳か、静かにお茶を飲んで、巫女達が座につくのを待っていた。
全員が舞舞台下手袖のいつもの座に着くと、アリスは口を開いた。
「さあ、雫、知ってる事を言うのよ。話が面倒になるから、雫の推理タイムの時は、じっと黙ってたんだから。それに何?もう一度行くって、準備ってどういう事?」
雫は眉根を寄せて、少し迷惑そうな色を浮かべた。
「アリス、お前は竜の星の状況を詳しく知りたいと思っているだろう。だからもう一度行く。準備は、その時は私も行くからだ。私が行くのは、後始末のためだ」
アリスは何いきなり即答しちゃって、いや、言ってる事で話が飛躍しすぎて、なんだか面倒な事に、などという思いがアリスの頭の中で交錯した。
「まとめて聞くから、まとめて応えたまでだ」
小さく鼻から息を吐き出した雫は、閉じた扇でアリスの方を指し示した。
「物事には順番がある」
アリスは、口を大袈裟にへの字に曲げると、はいはい、と言った。
ユイはその様子を面白そうに見ている、かと思えば、至って真面目な顔で雫の方を見ていた。いや、目は閉じているのだが。
「さて、竜の星では話していない事を話す。ケルクとホノには言うと混乱が増すばかりだし、言うべき時では無いと判じた」
雫の推理をおおよそ知っている灯は、そうだと思った。あの場で言うと混乱するし、予備知識が足りなすぎる。それに衝撃が大きすぎるかも知れない。
「話す前に、アカネ、『本』をユイに」
アカネは、あ!と言う顔をした後、帯に挿したスーツの上部から、霊脈を仕舞った圧縮くんを取り出した。そして圧縮くんの上部を押して霊脈を取り出すと、扇を広げ、それで仰ぐ仕草をした。霊脈は漂い、ユイの所へ流れて行く。
ユイは目を開けた。イトに代わった。
「『本』の回収、ありがとうございました。後は此方で」
そうイトが言うと、霊脈は消えた。イトは目を閉じ、ユイに戻った。
雫は小さく頷くと、口を開いた。
「まず、妖精の正体だが」
アリスは、いきなり何?という顔をした。アカネはちょっとワクワクして来た。アオイはそんなアカネの様子に、ちょっとハラハラして来た。
光、灯、六は、それぞれ微妙に違うが、特に大きな反応はなかった。
「妖精の正体は、付喪神だ」
アリスは両眼を見開き、口があんぐりと開きそうになるのを感じた。
「ちょっと待って、付喪神って」
「アリスさん、妖精は付喪神です」
灯が念を押した。アリスはぐ、という顔をして黙った。
「マナの箱が出来ておおよそ百年の時を経ると、妖精が生まれる。マナの箱は竜人にとって大切なもののはず」
「はい、雫さん、それは間違いなく」
六が言添えた。雫は六に頷く。
「となれば、竜人はおよそ百年の間、マナの箱に触れる事になる。即ち、器物百年気脈を得れば、付喪神生ずの理の通り」
「でも、付喪神って」
雫の言葉にアリスは納得がいっていない。
アオイは自分の懐の中で何かが動くのを感じた。
『やれやれアオイ殿。付喪神の話が出ているので来てみれば、面倒な様子。しばらく此処で話を聞くと致そう』
『はい、蛙仙人。それが良いと私も思います』
アオイと蛙仙人は読心の術でのひそひそ話を終えた。
「あたしも見たわよ。その『本』に触った竜人の側で光ってる何か、あれが妖精でしょう?全然付喪神っぽく無いわよ」
「あれが妖精だろう。竜人に光って見える、とケルクも言っていた」
アリスの問いの半分に雫は答えた。
「アリスさん、あの妖精の構成、ほとんどはマナですが、気脈が混じっています」
アリスは六の言葉が聞こえると、素早く六の方を向いた。
その顔には、なんですって、と書いてあった。
「妖精が光って見えるのは、マナの作用。本体は気脈です」
「即ち、付喪神だ」
アリス、今度は雫の方を向く。
『変わった付喪神もあるものですな』
『ええ。蛙仙人』
これはアオイと蛙仙人のひそひそ話。
「でも、単に触っただけが百年続いて付喪神が生まれるなら、地球上そこら中付喪神だらけになってるわよ」
「アリス、黒い龍が、電磁波領域ではあっても巫術と似た技を使った事を覚えているだろう。竜から進化した竜人にも同じような素養がある、と考えられる。竜人はマナの箱にマナを仕舞い、取り出して使う。大層大切な道具」
雫の気脈で蛙仙人が生まれたのは、雫が強大な巫術師だから。
巫術とは違うけれど、それに似た技を使う竜。その子孫の竜人が、マナの出し入れに使うマナの箱。
アリスは雫の方を向けた顔に、わかったわよ、という色を表した。
「まず、ケルクは付喪神。そして、その付喪神、つまり、自我を持つ気脈が、仄の気脈の名残を持つ六の予備の外殻に入った。仄の気脈の名残は、数万年の時を経ている。しかも、仄の気脈の名残だ。きっかけがあればそれも付喪神になりうる状態」
「だから、飽和溶液に結晶の核が入った、と言ったのね」
「左様。おそらくケルクが外殻に入っただけでは、ケルクは外殻を動かせない。ケルクが外殻を己が体のように動かせたのは、仄の気脈と融合したため。そして、外殻の付喪神たるホノが生まれた」
「付喪神になる寸前の外殻にケルクが入って、ホノが生まれた訳ね」
雫はアリスの言葉に頷いた。
「そして、仄の気脈の名残と融合したケルクも、同じく仄の気脈の名残を元として付喪神となったホノも、ある願いを持った」
「ローザに逢いたい」
雫はアリスに頷いた。アリスの言葉が、その内に本来の意味を備えていると、判ったように。
「ローザとは」
雫は、灯の方を向く。
「仄の事だ」
灯は雫の言葉にゆっくりと首肯した。胸の内に小さな切なさを抱えて。
「己を今の存在にした者、己を生み出した者。つまり、大切なもの、ケルクはそれをローザだと認識した。そしてホノはケルクの記憶から、女神だと考えた」
「だから、女神に逢いたい、と思った」
「そう。己が生まれた理と、ある意味、生みの親を知りたいと」
アリスはゆっくりと頷いた。
雫は閉じた右手を上げ、人差し指を立てた。
「ミアの願い」
中指を立てた。
「ケルクの願い」
薬指を立てた。
「ホノの願い」
雫は右手を下ろした。
「実は願いは三つあり、それを『本』が収集した。ケルクとホノの願いは同じで、かつ、同時あった為、アカネの夢では一つのものとして捉えられた」
アリスが少し怪訝そうな顔をした。
「願いが三つって、どうして分かったの?」
「願いは、三つあったと、ユイから聞いた」
んな!
アリスは、なんでそんな重要な情報を、と少しばかり心の底で憤る。しかし、ある事に気がつくと、その心は小さな切なさに満たされた。
「そうか。ホノはケルクの願いを奪ったのでも、上書きしたので無くて」
「そうだアリス。二人は同じ願いをかけたのだ。同時に。だからケルクにホノを誤解させたままにしておくのは」
「気の毒だと、お考えになったのですね」
灯は思った言葉を、六が言うのを聞いた。
雫は六に頷いた。そして、一呼吸置くと、言った。
「さて、後始末の話だ」
雫は、ユイの方を向いた。
「此度の『本』、時の結び目を生じさせなかったが、別の結び目を生じていた。違うかな、ユイ」
ユイはゆっくりと微笑むと、「はい」と答えた。
「初めは一つの『本』が二つの回答を収集したと思った、しかし、考えてみれば妙だ。おそらく、『本』は一問一答」
「それが『本』の機能です。雫さん」
ユイは雫の問いに答えた。
「願いは三つ。即ち『本』は三冊」
「三冊?」
アリスは、頭の内側にざわり、とした感触を味わった。
「雫、回収した『本』は一冊。それって」
「そうだアリス。あの『本』自体が結び目だったのだ。三冊の『本』が一まとめになっていた」
雫は少々苦々しい、という顔をした。
「あの洞窟は、少々厄介な場所のようだ。ちょうど、海の潮が重なるような。投げた小瓶が集まる洞窟、なのだろう」
アリスは雫の言葉の意味が判った。
「あの洞窟、これから先も『本』が集まってくるって事?」
「その可能性がある。『本』がいくつも重なると、どんな副作用があるか知れたものでは無い。異なる時の線で願いが重なっただけで時の結び目が生じた」
「時の結び目が生じたのは、時の女神である光さんが影響を与えたためですが、『本』が多数重なると、予測できない副作用が生じないとは言い切れません」
ユイが怖い事をさらりと言った。
「洞窟を調べ、『本』がたどり着く理を知り、策を講じる必要がある」
「それが、後始末」
雫はアリスに頷いた。
「あの、それに、あの竜人の人の願いも聞いてあげないと、いけないかなって思うんです」
アカネは右手を挙手して、発言していた。
雫はアカネに頷いた。
「おそらく、後始末には竜人の力も必要。その流れで願いも叶うだろう」
アカネは懐の中で何かが動くのを感じた。
『流石雫殿。既に策は練ってあると見た。さて、儂は焼き物に戻ると致しますかな』
アオイは蛙仙人が消えるのを感じた。
「そうと決まれば、準備するわよ」
アリスが右手を上げて、声を張り上げていた。「おー」とアカネが応じた。
その様子をユイは面白そうに見ていた。
「で、雫、何が必要なの?」
「言霊一号の改良だ」
きょとん、という顔をアリスがする。
「おそらく、洞窟の外側の時の間の様子も視る必要がある。しかし、そこは時の女神の領域。『空の穴』は成せるようになっても、時の女神には及ばない。よって、その様子を洞窟の中に居る私に視せてもらう必要がある」
その言葉に、灯は異議を述べようと思ったが、止めた。雫は時の間に行ける。以前灯が雫を竜の星に連れて行った時に通ったからだ。その時雫は、天の竜を超える方法を見抜いた。それを禁忌とした。だから、時の間の事を雫が、そう言うには何か理由があるのだと、そう考えて言うのを止めたのだった。
「ちょっと待ってよ。時の間なら竜の星に行く時通るでしょ?雫が竜の星に行くなら、そこを視るのもできる筈じゃない」
灯が言うのをやめた雫の言葉の隙間を、アリスが突いて来た。
「流石だな。しかしアリス、洞窟の中に居ながら、同時にその外側の時の間の様子も視なくては、『本』が集まる理に辿り着けぬ」
珍しくアリスが、あ、という顔をした。
「なるほどね」
雫の説明を聞いて灯もなる程と思う。そしてその先を考えると、その考えを読んだようにアリスが言った。
「という事は、言霊一号の機能を拡張して、発信者が読んだ気脈、霊脈の情報を受信者に送る必要がある訳ね」
「左様」
「って、前にも言ったけどそれ機械じゃ難しいって雫が言ったのよ」
光はこの時、竜の星でケルクと話している時、まるで雫が乗り移ったような感覚を思い出していた。
「アリス、言霊一号には『時の覗き窓』が入っていると言ったな。その二つの間を私の気脈で結ぶ。そうすれば」
アリスの顔に、何か閃いたような、驚きが広がるように、両目を見開き、その瞳は力に満ちた。
「そうか。アリアドネの糸の応用ね!」
雫は満足そうに頷いた。
「まあ例えは悪いが、高性能の巫術師用の気脈の糸電話だ」
「送信者が『時の覗き窓』に自分の気脈を通して、雫の気脈、つまり、アリアドネの糸に結ぶ。そうすると、送信者が視た気脈霊脈が、受信者に伝達される」
アリスは閃いたアイディアを具体化する時に、あえて口にするように呟いた。
「あの、雫さん」
光は、雫が乗り移ったような感覚の事を確かめたくなった。
「なんだ、光」
「もしかして、ケルクと話している時、雫さん、言霊一号伝って気脈送ってませんでしたか?」
雫は首肯した。
「以前、灯が教えてくれた礫殿の、気脈式電算術。有線に気脈を通して行う技。アリスの言霊一号の通信は霊脈。それを有線と考えれば気脈を送って覗く事も可能だと試して見た」
「ちょっと雫、そしたら準備とか要らないんじゃない?今のままでも」
「視る事はできるが、精度はやはり低くなる。洞窟の理を知るには不十分と考えた」
「時の間で視るのって、そんなに大変なの」
「それも難儀ではあるが、洞窟の中を視て、同時に時の間を視るとなると、至難極まりない」
「そうか。流石の雫でも処理オーバーか」
「残念ながら、な」
雫は灯の方を向いた。
「次に行く時、言霊一号を」
雫は視界の端でアリスがにっと笑っているのに気がついた。
「いや、言霊二号を持っていくのは、灯にお願いしたい。時の守神の力を借りたい」
灯は両手をつくと、頭を下げた。
「謹んでそのお役目、お引き受け致します」
「頼んだぞ」
そう言うと雫は立ち上がり、アリスに「行くぞ」と言うと、二人は舞舞台上手袖に行く。そして、固定された「空の穴」で消えた。
■再び竜の星へ
満月が南中する玄雨神社境内。その月明かりであたりは明るい。
前に竜の星に行ったのが十三夜、その二日後の満月の夜が、再び竜の星に行く日となった。日取りはもちろん雫の占いによる。
境内には雫、灯、光、六、アオイ、アカネの六人が並んでいる。アリスは舞舞台の中央に居る。
「今回は、灯ちゃんとこちらの言霊二号が繋がってて、灯ちゃんと雫は別の言霊二号で繋がってる。これだと、中継点はあるけど一本だから、結び目は起きない筈、だよね?雫」
「そうなる」
雫はアリスを安心させるように力強く頷く。アリスも首肯して雫に応えた。
「じゃあ、頑張ってきてね〜。あたしはこっちでみんなの活躍を見てるから〜」
アリスは茶目っけたっぷりにそう言って手を振った。
雫は、再び頷いた。
「では参ろう」
雫達六人の姿は消えた。
アリスは、舞舞台中央からスタスタと下手袖に置いてあるアタッシュケースの様なものの前に座る。その隣にはユイが既に座っていた。
「ケルク。女神様が現れました」
ホノは、以前感じた何かの胸騒ぎ、それが女神の出現である事を知り、女神の出現を観測できるようになっていた。
「ありがとう、ホノ。じゃあ、出かけよう」
ケルクはユニットから竜の星の衛星軌道に出た。
「女神様の位置を特定。あの洞窟の上空です」
「分かったホノ、そこに位置を変えよう」
宇宙空間からケルクは消えた。
竜の星に現れた雫達は、洞窟の上空に居た。
「竜の星でも、地球とほぼ同じ時間が経過しているようです」
ユニットと交信した六が、そう言った。
「それと、どうやらケルクが私達に気がついたようです」
「では、ケルクが来るのを待とう」
六の言葉に雫が応じた。
眼下の洞窟の前には、以前程の多さでは無いが、それでも十数人の竜人がいた。篝火を焚き、祈りを捧げているようだった。
「あの時の竜人も居るみたい」
アカネが地上を見て、そう言った。
「アカネちゃん、竜人の区別つくの?」
「うん。光お姉ちゃん、なんとなく判る」
竜の女神は竜の区別がつく。だから、竜人の区別もつくのだろうと、光は思った。
「来たか」
雫の言葉に巫女達は、雫の視線の先を見る。そこにはケルクが現れていた。
「お待ちしていました。女神様。それと、この前、お伝えできなかったことがあります」
雫はメタアリスに翻訳を指示しすると、ケルクに尋ねた。
「なんだケルク」
ケルクは気が付いた。以前来た女神の他に、もう一人の女神が加わっている事に。
「竜の言葉を話せる赤い髪の女神様へ深竜からの伝言があります」
アカネは、虚を突かれたような、え?というような顔をした。
「はい、はい、あたしです。竜の女神のアカネです!」
挙手して空中なのにぴょんぴょん飛び跳ねている。
「髪の色が一致しないと、ホノが言っています」
ケルクの言葉は当惑しているようだった。アカネは、あ!という顔をした。
「ちょっと待ってね」
アカネは意識を集中させた。
何か巫術を使わないと髪の色は変わらないから。
そう考えると、アカネは無しの扇を形作った。みるみる内にアカネの髪の色が赤く染め上げれられて行く。
「伝言の相手と確認、とホノが言っています。伝言です」
ケルクは記憶した深竜の言葉を再生した。アカネの耳に、正確には電磁波の言葉の聴覚領域に、言葉が響いた。
「あなたの小さい竜は、今もなお、竜達の心の中に生きています」
アカネは胸が詰まった。
そうか。あの子が生きていた時から数万年後なんだ。生きてる筈ないよね。
胸の内側に何か重たい塊ができたような気がした。無しの扇は消え失せ、アカネの髪の色は元の黒髪に戻った。無意識に胸に拳にした右手を当てていた。
でも、あの子の事を、他の竜達が覚えているって。
アカネは自分の肩に手が置かれているのに気がついた。
「よかったな、アカネ」
雫だった。
アカネはうん、と頷いた。
「はい、雫さん。それにあの子には会おうと思えば会いに行けるし」
そう言った後、それでも、あの子が死んでしまうのだと。その思いがアカネの心を少しだけ重くした。
アカネは肩に置かれた雫の手から気脈が送られているのを感じた。
「時を超える事と、永く生きる事の違いはあるが、アカネが感じる思いは、女神の定めだ」
アカネは口を結んだ。そして頷いた。
雫さんも永く生きて、いろんな人との別れを経験したんだ。だから。
「ありがとうございます。雫さん」
雫はアカネから手を離した。
そしてゆっくりと巫女全員に視線を走らせた。ケルクと視線が合う。ケルクは確信した。新たに現れた女神がその人であると。
「あなたが、上位の女神、玄雨雫様」
「左様」
ケルクの問いに雫は首肯した。
「さて、後始末を始めると参ろう」
雫が降下し始めると、それに巫女達が続いた。ケルクも続く。
洞窟の前に降り立った女神、見守るものを認めると、祈りを捧げていた竜人達は、右手を胸に当て跪いた。
「女神様、再びお目にかかれて嬉しゅう御座います」
女神の前に、メキドが進み出た。その後ろにはミアが居た。
「私はメキド。この島の司祭をしております」
そう言うと、二人は他の竜人のように右手を胸に当て跪いた。
雫は僅かに前に出た。
「メキド殿。私は玄雨雫。女神だ」
竜人達は、一瞬体を緊張させた後、頭を下げた。
「私はそのように恭しく扱われるのを好まない。跪くのを止めて貰いたい」
メキドは、顔を上げ雫を見た。そしてミアを見る。ミアはメキドの目を見ると、雫の言葉に同意するように肩を上下させた。
「それでは、そのように」
メキドは立ち上がると、他の竜人達にも立ち上がるようにと、左手を伸ばし、少し上に上げ合図した。それに応じるように竜人達が立ち上がった。
「私達は、遠い所からある使命でここに来た」
「その使命とはなんで御座いましょう?」
雫はメキドの問いに、扇の先で洞窟を示した。
「その洞窟、この世の怪異の元となる恐れあり。我らは、それを鎮める為に来た」
メキドは雫の言葉を聞くと、双眸を開いて体をひねり洞窟を見た。
「あ、あの洞窟が」
「左様」
メキドは体の向きを戻し、雫に視線を移した。
「あの洞窟は神聖な場所として崇めております」
雫は頷いた。メキドは、それが女神の同意の印だと思った。
「洞窟を清める。清めた後は、以前と同様、崇めるのに障りは無い。ただ」
ただ?メキドは言葉を待った。
「洞窟には、あるものが集まる。そこの竜人」
「ミアです」
雫にアカネが竜人の名を告げた。
「ミアが触れたものだ。竜の骨の中にあったもの。それが集まる」
ミアはそれに触れた時の事を思い出した。足元が抜けて、池の底に落ちて行くような、目眩のするような感覚。確かに怪異だ。そう思った。
「それが現れたら、それに触れてもらう。さすれば、私たちがそれを清めに現れる」
「あれに触ると、おかしなことになりませんか」
ミアは頭全体が痺れた感覚があるまま、そう言った。
「多少、奇妙な体験はする。しかし触りはない。それはお主が体験した通りだ」
ああそうだった。ミアは頭の痺れたような感覚が消えて行くのを感じた。気づくと、メキドが見ていた。
「ミア、その役目、お前がやるのが良いと私は思います」
「え」
「お前は一度それを行なっています」
確かに。ミアは思い出していた。女神が去った後の事を。
■神官見習い
「ミア、どういう事だ」
女神と見守るものが飛び去った後、ロイはミアの側に駆け寄ると、ミアにそう言った。大きな声だった。
「ロイ、声が大きい。ミアが驚いています」
メキドはロイを制止した。
「ミア、私も知りたい。何があったのかを」
「メキド様、女神様に竜の骨の所へ案内を命じられて、お連れしました。その後、竜の骨に触った竜人を探している、と言うので、私ですと答えました。そして洞窟を出て、何か変わった事はないかと尋ねられました。何もないと答えました」
メキドは肩を少し上げ、下げた。「なるほど」と同意を示した。肩の上げ下げは人の頷くに相当するゼスチュアなのだろう。
「そして、見守るもの様が現れて、女神様は去っていった、のですね」
「はい、メキド様」
メキドは目を半分閉じて、暫く何かを考えている様子だった。
「ロイ、ミアを神官見習いとします」
ロイは双眸を大きく開いた。驚いている。
「ミア、宜しいですね」
ミアも突然の展開に驚いている。返事に詰まる。
「ミアが狩をしているのは、世界を知る為だと、ロイから聞いています。ミア、女神様はまた来る、と仰いました。神官見習いは、世界を知る良い機会になります。そして、この島で、いや、この世界で一番女神様と話をしたのは、ミア、あなたです。次に女神様が現れた時、私には補佐が必要です」
それがあなただと、メキドの目は言っていた。
確かに、狩をすると決めたのは、島の外を知るためだった。そして、今は女神とまた会いたいと思っている。あの女神と。
ミアは決心した。
「メキド様、ミア、神官見習いの職、謹んでお受け致します」
ロイは、驚いていた。メキドの言葉だけで驚いたのが続いていた訳ではない。ミアが神官見習いを引き受けた事にも驚いていたのだ。兄としては些か狩という危険な仕事を好み、好奇心が旺盛で、余計な事をしでかす、目の離せない歳の離れた妹、と思っていたミアが、正反対の職業である神官見習いに指名され、それを引き受けたのだ。ロイにとっては、女神の出現よりも驚愕する出来事だった。
そんなロイの心中も知らず、ミアは己の鼓動が高まっているのを感じていた。
■洞窟へ
「はい、メキド様。そのお役目、お引き受け致します」
ミアはそう言うと、右手を胸に当てた。そして跪こうとして、動きを止めた。雫の言葉を思い出したのだった。
「ミアなら大丈夫だよ」
そう言ったのは、ミアが以前話をした女神だった。ミアは急に緊張が解けてたような気持ちになった。
「ならば、ミアは我らと共に洞窟に入れ。清めの後、『本』について教える」
「『本』?」
メキドとミアは同じ事を言った。
「そう。ミアが触れた竜の骨の中にあるもの。それを我らは『本』と呼んでいる」
そう言うと雫は、ミアに付いてくるように手招きした後、洞窟に歩き出した。
ミアの隣に、アカネがついた。
「一緒にいれば大丈夫」
アカネの言葉にミアは安堵しながらも、未知の役目に緊張しつつ、洞窟に向かった。
洞窟の中に入ると、雫を光が先導する形となった。そして、女神一行は壁画の前に着いた。
「ここです」
光は壁画を指し示した。
「なるほど。確かに竜の呪いを解いた経緯が描かれている」
雫は視線を壁画から光に移した。
光は扇で、その竜の骨を示した。
「これの中に『本』がありました」
雫は目を細めると、その竜の骨を視た。
「これから気脈で洞窟を探る」
雫は目を閉じた。雫の足元から気脈が伸びた。洞窟を走査しているのだ。
会話が音声のしかも日本語で行われているので、ミアには全く理解できない。ただ、女神が竜人には計り知れない業を行っている、という事だけは分かった。
雫が目を開けた。そして振り返り、後ろにいる灯に視線を向けた。
「灯。この洞窟から時の間に気脈を送り出した。時の間からその場所を視て、伝えて欲しい」
灯は首肯する。そして消えた。ミアは以前ケルクが消えるのを見てはいた。しかし、人が急に消えるのを見て、その双眸が大きく開かれるのを禁じ得なかった。
時の間で、灯は雫の気脈を見つけた。灯は時の間から気脈を送り、中を視る業を行う事ができる。かなり高度な巫術だと自覚している。雫がその逆を行っている事に驚きに近い畏敬の念を覚えた。雫さんは塩の石臼に会い、巫術に磨きがかかった、どころではない、と。
『雫さん、聞こえますか?』
『灯、聞こえるよ』
『雫さんの気脈見つけました。その周りには、特に変わった様子はありません』
『送り出した気脈は数本ある。他の物も視て欲しい』
『はい』
時の間にいる灯は、時の間の中に漂う雫の気脈を探した。同じ時に留まり、雫の気脈を探す。灯は自分が緊張しているのを感じた。時の間の中のホバリング。簡単なようで、易しい業ではなかった。
『数本、その周りにあの時の霊脈が流れている箇所がありました。仄が見たものよりかなり細いものでした』
『やはりそうであったか。灯、その場所の私の気脈に触れて、私に教えて欲しい』
時の間の灯は、細い時の霊脈の近くにある雫の気脈に触れていった。灯が時の間の雫の気脈に触れると、雫はその洞窟での場所を知る事ができる。雫は、灯の視ているものを、言霊二号経由で視た。そうする事で、洞窟内の場所と時の間での関連を調べたのだった。
『灯。戻って来てくれ。凡そ分かった』
灯が元いた位置に、灯が現れた。
「ご苦労だった。灯」
雫は灯を労うと、再び目を閉じた。気脈が再び洞窟を走査する。
「この洞窟の霊脈の流れを調整すれば、『本』が重なって集まるのを防ぐ事ができる。完全では無いが」
灯は頷くと、雫に言った。
「やはり、時の霊脈の方を操作するのは」
「灯の思う通り。そちらを操作すると、他の場所、いや時、に辿り着く『本』の流れに触りが出る。集まるのならば、重ならぬ様にして、回収する方が良策」
雫は『本』が集まらない様にするのではなく、重ならない様に『本』を集め、そして回収する、という策を講じようとしていたのだった。
「さて、調べは終わった。霊脈の操作は外で行うとして」
そう言うと雫は、ミアの方を向いた。そしてメタアリスに翻訳を命じ、竜の言葉で話しかけた。
「これから、これを置く。そこに『本』が現れるだろう。これが光ったら、触る。良いな』
ミアは雫が左手に載せた、六角形の白い石に何かの文様が描かれているものを見た。文様は玄雨の家紋だった。
「はい」
雫は扇を広げると、風を送り、白い石を送った。白い石は、洞窟のあちこちに配置された。
「これから試しに光らせてみせる」
雫は扇を水平にして腰の高さまで下ろした。そして緩やかに頭上に差し上げた。
暗い洞窟の彼方此方に、青白い光りが灯った。
ミアは、その光景をしっかりと心に焼き付けた。雫に向くと、両手を鎖骨の下当たりに当てた。それは両腕を交差させる形となる。そして両肩を上下させた。
「触ると『本』が願いを聞いてくる。其方は、先にかけた願いと同じ願いをかける」
ミアは同じ姿勢のまま再び肩を上下させた。
「万が一、ミア、其方以外が『本』に触れた時の用意だ。だから其方は決して其方のかけた願いを他の竜人、妖精にも伝えてはならぬ。良いな」
ミアは理解した。もし、他の誰かが『本』に触れて願いをかけても、きっと私と同じ願いをかけたりしない。
ミアは心の中でふっと笑みが浮かぶのを感じた。私の願い、変わってるものね。あ、後でキュイに口止めしないと。そうミアは心に留めた。洞窟を出た後、小さく呟いたのをもしかしたらキュイが聞いていたかも、と。
雫はミアが理解したと判断すると、向きを変え、洞窟の外に向かい歩き出した。
「どうやら作った石板、と言うか、スーツの外側の素材、うまく機能したみたいね」
アリスの声が雫に届いた。
「配置は完了した。後は、ここの霊脈の調整だ」
「あれって、雫が嫌いな自動発動する巫術、なのよね」
「仕組みは単純だから、自動発動しても障りはない。大きな霊脈が流れこむと光る、それだけの仕組みだ。後は、石板の近くに『本』が来る様に洞窟の霊脈を整える」
「さっき光ったのは?」
「私の気脈を送り、光る閾値を下げて光らせた。ミアに見せるためのものだ。閾値の修正は霊脈の調整と同時に行う」
「なるほどね。あの石板、かなり長い期間形状を保つと思うけど、機能確認とかはどうするつもり?」
「本を回収する時に都度新しいものに交換するつもりだ」
「了解〜。じゃ、こっちである程度石板用意しておくわね」
「頼むアリス」
「万事アリスにお任せ〜」
アリスと会話している内に、雫達は洞窟の外に出た。
メキドが出迎える。その後ろには、初めにいた竜人よりはるかに多い竜人達が待っていた。
「メキド殿、洞窟を清める準備が整った」
雫は視線を左右に走らせた。
「この場所で、清めのためひとさし舞う。場所を開けて欲しい」
雫は扇で洞窟の前の場所を示した。丁度メキドがいる後ろあたり。メキドは振り返ると、ひしめく竜人達に言った。
「この場所で女神様が舞を舞われる。場所を開けよ」
メキドが両手を広げると、竜人達は場所を空けた。
灯、光、アオイ、アカネの四人は、空けたその場所の四隅に進んだ。灯、光は海岸側に、アオイ、アオイは洞窟側に。丁度舞台の四隅を示す印の様に。
雫は中央に歩み出る。そして洞窟の方を向く。
扇を広げ、舞を舞った。それは雫が毎朝舞う、安寧の舞だった。
竜人達は、もとより文化の違う舞に、ただただ魅入っていた。
雫は、凸凹した洞窟前の岩場を、まるで平らな舞舞台の様に舞う。僅かに中に浮いている事に気づく竜人も居た。しかし、それを言葉に乗せる者は居なかった。
雫の動きに連れ、緩やかな風が起こる。
雫の扇に動きに、竜人達の目が奪われる。
竜が作る天空のオーロラが、神秘的な舞台装置の様だった。
波の音が、舞の伴奏の様に聞こえた。
雫は、動きを止めると、扇を閉じた。
舞は終わった。
雫は洞窟の近くに居るメキドの側へ進む。
「メキド殿。清めの儀、終わりで御座います」
メキドは、雫にそう言われ、急に我に帰った様に、雫を見た。ゆっくりと肩を上下左させる。
「ミアにはできれば毎日、洞窟の清めを行う様、お頼み致します。清めの方法はミアに伝授済み故」
メキドは再び肩を上下させた。
「玄雨雫様。この洞窟の前に何か、飾るものを置きたいと思うのです。お知恵をお授け頂けないでしょうか」
なるほど。もとより壁画があり神聖な場所。更に崇拝する女神が舞い降りて、舞を舞った。祀る心もいや増すというものだろう。
雫はそう考えると、六を呼んだ。洞窟近くに居た六は宙を滑る様に雫の側に寄る。
「六。この洞窟の前に鳥居を置くのが良いと思う。さて、竜人にはどう伝えたら良いだろう?」
「雫さん、竜人は電磁波での映像情報の伝達が可能です。私が洞窟と鳥居の映像を作り、メキドさんに伝えます」
「承知した」
六はメキドの所に近づくと、右手を出した。
メキドの目には、その上に、洞窟のある崖と、洞窟、そしてその前にある鳥居がホログラムの様に見えていた。
「メキド殿。この様なものを、私達は鳥居と呼んでいる。この鳥居を作るのが良いと、私は考える」
メキドの双眸には強い光が宿っていた。メキドの肩が上下する。その両手は洞窟のミアの様に鎖骨の下に添えられていた。
「素晴らしき知恵をお授け頂き、本当に有り難う御座います」
メキドは雫が舞った場所、四人の巫女が立っていた四隅からなる場所を、平らな石板で敷き詰めた場所にしようと決めた。それがこの場所に相応しいと、何故が強く思った。
「さて、此度こちらに赴いた用は済んだ」
雫は巫女達とケルクに視線を走らせた。
「では、帰るとしよう」
雫が上空に飛び立つと、他の巫女達も続く。その後をケルクが追う様に続いた。竜人達は、跪いて右手を胸に当てていた。メキドもミアも。
西の島が小さく見えるくらいにまで上昇すると、雫達の上昇は止まった。
雫はケルクを見た。そして灯を見た。
灯は頷くと、ケルクの方に跳んだ。そしてケルクを抱きしめた。
「女神の祝福です。あなたの中の気脈、ケルク、そして、ホノへの」
ケルクはその意味が分からなかった。しかし、ホノが発する小さい震える様な感覚を心地よいものと感じていた。
そうか、私は今、幸せなんだ。
ケルクはそう思った。
灯はケルクの抱擁を解くと、持っていた扇をケルクに渡した。
「贈り物です」
ケルクは扇を受け取ると、洞窟の前で舞った雫の舞を思い出した。
あの舞を舞える様になりたい。
ケルクはそう思った。
「それでは、お別れだ」
雫がそう言うと、巫女達は雫の側に寄り、それぞれが手を繋ぐ。
そして消えた。
ケルクは雫達が消えた後も、その場所をずっと見つめていた。
いずれまた会える。
何故かケルクはそう思っていた。
ケルクが空を見上げると、遠くに竜が作るオーロラが見えた。
「ケルク、家に帰ろう」
ホノの声が聞こえた。
「帰ろう。ホノ。今日はいろいろあったね」
そして、ケルクは消えた。
■デブリーフィング
雫、六、灯、光、アオイ、アカネが玄雨神社境内に現れると、アリスは舞舞台から声をかけた。
「みんなお疲れ様。大体は分かってるけど、一応報告よろしくね〜」
雫はやれやれ、という顔をして境内から舞舞台下手袖へ。他の巫女達も続く。
一同が座に着くと、それぞれの座布団の前にコップに飲み物が置かれていた。
「ま、作戦終了ってコトで、簡単な乾杯の用意をしておいたわ」
アリスがコップを持つ。雫は少し苦笑したが、コップを持った。他の巫女もそれに続く。ユイもそれに倣う。
「じゃ、作戦成功ってコトで、かんぱーい」
それぞれがコップを掲げ、そして飲む。
「ねえ、雫。結局、前回は本の回収。今回は洞窟への仕掛け。まだ、竜の星の調査が終わってないのよね」
やはりそう来たか。雫は少し眉根を寄せた。
「ちょっと今回、前の時、ああ、竜の星の呪いを解いた時みたいに、勝手に調査、って訳には行かない気がするのよ」
意外なアリスの言葉に、雫の右の眉がほんの僅か上がった。
「竜人達、かなり知能が高そうだから、あんまり変に刺激しちゃうと、後々何か障りになると思うのよね」
雫はコップを置いた。
「アリスにしては珍しく深謀遠慮だな」
「いろいろと気になる事があるのよ」
「アリスの事だ。竜人の遺伝子サンプルなどは既に入手済みだろう」
「もちろん。でも生物学的調査だけじゃなくて、社会学的というか、竜人に聞き取りしたい事とか」
「聞き取りか。少し面倒だな」
「何故です?雫さん」
光が質問した。
「彼らは女神を崇拝している。此度の事でそれが強化された。そこに再び女神が現れ、あれこれ聞くと、要らぬ思いを懐かせる事になる」
「変に女神に気を使って、余計な風習とかそういうのが出来ちゃうと嫌じゃ無い」
雫とアリスに説明され、確かにそうだ、と光は思った。
「それなら私が行うのが適任でしょう」
六の言葉に、雫が思わず膝を叩いた。
「なるほど。前任の見守るものが、今の竜の星の事を聞いてまわる。おかしな事ではない」
アリスもそれは良いわね、という顔をしている。
そんな流れで話がまとまりそうになった時、例によって右手を挙手して発言を待っている女神が一人。いや一柱。
「その時、アカネも一緒に行きたいです!」
「アカネ、ちゃんと話聞いてた?」
アオイが釘を刺した。女神が行ってあれこれしたら、問題だと、そういう話だっただろうと、釘を刺した。
「はい、聞いてました!あれこれ聞かないで、ええと、違う。聞いても問題ない竜人知ってます。というか、その娘といろいろ話したいの!」
雫はアカネを見た。
「ミアだな?」
「はい!雫さん。なんとなくですけど、もっとあの娘と話したいなって思ったんです」
雫は少し考えた。
アカネはアリスに似て、言い出したら聞かない。勝手に竜の星に行ってしまう可能性もある。さてどうしたものか。
「そうねぇ。アカネは言い出したら聞かないトコあるからなぁ」
さらりとアリスが言った。アカネを除いた巫女達は、お前が言うか!?と言う気分を共有した。
「ね、ね、良いでしょ?良いでしょ!」
どうしたものか、と雫の思案が深くなりそうになった時、六が助け舟を出した。
「雫さん、私が竜の星を調べたいと話して、密かにミアを洞窟に行かせ、そこでアカネちゃんと合流させる、と言うのは如何でしょう?」
他に良い策も無い、と、雫は首肯する。
「やったー!! で、いつ行くの!いつ行くの!」
あまりのアカネの喜びように、渋面を作るつもりだった雫の顔から笑みが溢れた。
「しばし待て」
雫は扇の占いをすると、「明日、月が南中した時、行くと良い」と言った。
そして、灯の方を向いた。
「灯、ケルクと話したい事があるのでは無いか?」
灯は雫の言葉に、ぎくりとするように反射的に背筋を伸ばした。そして、微笑んだ。
「できれば」
雫は首肯した。
「では、六、灯、アカネの三名、明日、竜の星へ。三名はまずケルクの所へ行き、六とアカネは洞窟の前へ。アカネは洞窟の中まで行く。アカネはケルクの所を出たら洞窟まで隠形。六はメキド殿と話して竜の社会について聞く。そしてミアを洞窟へ行かせる」
三人の巫女は頷いた。
「アリス、何かあるか?」
「ん〜〜〜。そうね。ちょっと待ってね」
何故かアリスは眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「困ったわね〜。言霊二号、本当は六に持ってもらって聞き取りに参加するうのが良いんだけど」
アリスはアカネを見つめた。
「アカネちゃん、一人にしておくのは、ママとしては不安なのよ」
「心配しないで、アリスママ、アカネ一人で大丈夫です!なんてったって竜の女神です!」
いや、全然大丈夫じゃ無いよ。アカネを除く巫女全員とアリスはそう思った。
「言霊二号、連絡はメタアリス経由で全員と通話可能なんだけど、なんと言うか、気分の問題なのよ」
決定的な条件が揃わないのでアリスは逡巡している、と言う事のようだ。
「アリス、心配の要点は、言霊二号を誰が持つか、ではなく、アカネが一人になる、と言う事だろう」
「あー。そうなのよ!」
「ならば」
雫は光の方を向いた。
「光がアカネに同行する、という事ではどうか」
アリスはにっと微笑むと、「それが良いわ。ありがとう雫」と呟いた。
「良いな?光」
光に異存は無い。
かくして次の竜の星へ行くのは、六、灯、アカネ、そして光となったのだった。
■ケルクと灯
翌日、六、灯、光、アカネの四人は竜の星の上空に現れた。空には竜が作るオーロラが所々に見える。
「何度見ても綺麗だね」
光がアカネに言うと、アカネは「うん」と頷いた。
「ユニット場所まで、ワープで移動した方が早いでしょう。手を」
六が、灯に手を差し出した。灯が六の手を握ると、灯は光に、光はアカネに手を差し出した。
六は全員が手を繋ぐのを確認すると、位置を変えた。
四人は竜の星の衛星軌道に現れた。オーロラが眼下に見える。ユニットはすぐ側だった。
「お待ちしていました」
ケルクが声をかけた。女神の出現を検知して、待っていたのだった。
「今回は、私が竜の星の状況、特に竜人の社会について調査する為に来ました」
六がケルクに話した。
「ケルク、見守るものにケルクの記憶を送っても良い?」
ホノの声がケルクに聞こえた。
「ホノ、良いと思うよ」
ケルクはホノに返事をした。そして六にそれを話す。記憶を渡せば、ケルクの知る竜人について、その社会について知らせる事ができる。そうホノは考え、ケルクは同意したのだった。
「私の記憶を見守るものにお渡ししたいと思います」
「ありがとう。それから、私は六という名前を得ました。これからはそう呼んでください」
「わかりました。六」
六が言葉を終えると、ケルクの外殻に保存されているケルクの記憶が派遣者の言葉で送られた。
「なる程。いろいろ分かりました。私達はこれから洞窟の前に行き、メキドさんから竜人の社会についてお話を聞くつもりです」
ケルクは女神達がする仕草を真似て頷いた。
女神達は消えた。ケルクは女神全員がメキドの所に行くものだと思っていた。だから、灯が残っている事に、軽い驚きを覚えた。
灯はケルクに近づいた。
「前は、あまり話をする機会がありませんでしたね。ケルク。私は灯です。そして、貴方の体にある気脈の元となった仄でもあります」
ケルクは自分の体の奥が振動しているような感覚を覚えた。
「ケルク、私、今はっきりと分かりました。会いたかったのは、この女神、灯です」
「ホノ、私も分かった」
ケルクは、どうしてローザの事を思い出したのかの意味を知った。
「私がローザの事を思い出したのは、貴方の事をそう思ったからだった、と、今分かりました」
灯は穏やかに微笑んだ。
ケルクは、ホノと一緒に居て、自分はもう大丈夫、と言葉にするべきか、と考えたが、灯が既にその事を知っていると気がついた。だから、抱擁し、扇を贈り物としてくれたのだと。
ケルクは外殻の内側に仕舞っていた扇を、取り出した。ちょうど胸のあたりから扇を取り出したように、灯には見えた。
「洞窟の前で、上位の女神、黒様雫様が舞を舞うのを見ました。私はあの様に舞えるようになりたいと、思いました」
雫さんの舞は魅了する。灯はそう思った。そしてそれは、雫の師匠であり、弟子でもあった望の舞を、雫が憧れたように、繋がっていくものなだと、灯は思った。
「ケルク、あの舞をお教えしましょう。あ、その前に玄雨雫様、ではなく、雫さん、と呼んだ方が、あの方は喜びます」
ケルクは意外だと思った。位の高いものが親しい呼ばれ方を好む。そう言えば跪くのを好まない、と言っていたのを思い出した。ケルクは頷いた。
灯は微笑んだ。そして扇を一振りする。
「ケルク、素粒波の変動を検出。可視化します」
ケルクは衛星軌道、つまり宇宙空間に、舞舞台の床が見えた。灯が巫術で作り出したものだ。
「視えますね。私が舞います。それについて、動いてみてください」
ケルクは頷いた。そして灯が持つように、扇を持った。
二人は竜の星の衛星軌道で、竜が作るオーロラを眼下に、舞を舞い始めた。
■ミアの秘密
「これは、女神様。お会いできて、嬉しゅうございます」
六、光、アカネが降り立った時、洞窟の前には、昨日と同じく篝火が焚かれ、十数人の竜人が居た。アカネと光は、アカネの隠形で見えなくなっていた為、竜人達には六一人が降り立ったように見えた。そして、竜人の一人が、メキドを呼びに行ったのだった。メキドはミアを連れて現れた。現れたメキドが六に言ったのが先の言葉だった。
「メキドさん、自己紹介がまだでした。私は見守るもの、です」
メキドの双眸は大きく開かれた。
「私は女神と共に、女神の住む遠い場所に行きました。そして、女神と同じ姿に変えました」
「左様でしたか。では貴方様が、伝説の見守るもの様」
六は頷いた。メキドはそれを女神の同意の印と理解を深めた。
「今の名は、六と申します」
「それでは、六様、とお呼びいたします。それでこの度は、どのような用向きで、お姿を表されたので御座いましょう?」
「私がこの星を去って、随分経ちました。私がいた頃は、竜人は居ませんでした。私は見守るものとして、竜人の事をよく知るべきだと、思ったのです」
「それで此方へ」
「貴方にお話を伺いたく、参りました」
メキドの心は震えた。伝説の見守るものが、私と話をしたいと現れたのだと。
「お話しいたします。お話しする場所、司祭の社では如何でしょう」
「承知しました」
六がそう言うと、メキドは先導するように先を歩き出した。六はメキドの後ろを歩くミアに近づくと、ミアの手をとった。ミアは振り返った。
『竜の女神が其方と話したいと言っている。内密に。洞窟の壁画の所へ』
六はミアの手を通じて竜の言葉を送った。無線でなく有線で送る方法に近かった。
ミアは今まで聞いた事の無い言葉の響きに驚いた。それにも増して、その内容にさらに驚いていた。
六はミアの手を離した。ミアは小さく肩を上下させた。それを見ると、六はメキドの後をついて行った。
ミアは小走りでメキドの側に寄ると「洞窟の女神の印の様子を見て参ります」と告げた。メキドはそう言えば、今日はまだだったかと、特に疑問も持たず「宜しく頼みます」とミアを送り出した。メキドが冷静だったなら、おかしな事だと思っただろう。しかし、メキドの心は、見守るものに竜人について語るという栄誉でいっぱいだったから、何の疑念も抱かなかった。
ミアはなるべく平静を保って、洞窟の中に進んだ。しかしその鼓動は洞窟中に響いているのでは無いかと、ミアが不安になる程、大きくなっていた。
ミアは壁画の前についた。あたりを伺う。誰もいない。女神の印、つまり、雫が配置した石板も光っていない。
カタリ。
近くで音がした。ミアがその方角を見ると、女神二人が立っていた。いきなり暗い洞窟の中で現れたものだから、ミアの鼓動は一層大きくなった。双眸が見開かれた。
「脅かしちゃった。ごめんね」
女神がそう言った。
ああ、竜の女神様だ。確か名前は。
「覚えてる?あたしアカネ」
アカネは隣にいる女神を手で指し示した。
「こっちは光お姉ちゃん」
光はミアに笑顔を向けた。
ミアの鼓動は次第に収まってきた。
ミアは両手を交差させ、両肩を上下させた。本当は跪きたい所だったが、昨日、それを好まないとおそらく最高位の女神が言ったのを思い出し、跪くのを堪えた。女神の言動は竜人に大きな影響を与える、という雫とアリスの読みは正確だった。
「ミアとお話ししたくて」
私に女神様がなんの用だろう。ミアの鼓動は再び大きくなった。
「あ、あまり緊張しないで。そうだな。同じ竜人って感じで思ってもらって話して貰えると、話しやすいな」
おいおい、流石にそれは無理があるよ、と光は思った。そんな光の気持ちに関係なくアカネは話を進める。
「ん〜とね、ミアを見てて、思ったんだ。小さい竜の事」
「小さい竜?ですか」
ミアの声は恐る恐るという感じで小さかった。
「そう。私と仲良しの竜の子。この子の母親が呪いで黒い竜になって、その母親があたしを呼んだの。母竜は自分の子供を殺したく無いから、助けて欲しいって、あたしを呼んだの」
ミアはそう語るアカネの言葉に悲しみが含まれている事が分かった。そして、アカネが語る話が、女神の伝説の話だと気がついた。
「母竜は死んじゃったけど、その気脈は残って、あたしと一緒になって、あたしは竜の女神になったの。だから、竜の言葉が分かる」
アカネはミアに近づいた。
「その母竜の子供。その小さい竜の事を思い出したんだ。それで、何故だろうって。だから、お話ししたら、分かるかな、って」
ミアは、どう答えたら良いか分からなかった。
ミアが腰から下げているマナの箱からキュイが出た。そしてミアの横に来る。
「ねえミア。あの壁画の事話してあげたら良いと思うんだけど」
あ、妖精だ。アカネと光は間近で見る妖精に視線を移した。
「あの、竜の女神様」
「アカネって呼んでくれると嬉しいな」
「アカネ様」
「様はいらない」
「アカネ」
「うん。これで友達だね!」
アカネはミアの両手を取ると、上下にブンブン降った。
ミアは驚きと戸惑いで頭がクラクラした。伝説の女神を呼び捨てにして、まあ、そう言うように女神が言ったのだけども、さらに、友達と宣言されたのだから、そうなるのも無理からぬ事だった。どうして良いか分からなくなったミアは、キュイのプランに乗っかった。
「こ、これが、その女神様の伝説を描いた壁画です」
ミアは、右手で壁画を指し示した。なんだか新米のガイドのようにぎこちなかった。
「あ、やっぱりそれ、あたし達の事、描いてたんだ」
しまった。竜の骨の所に案内したんだから、壁画はもう見ていたんだった。自分でキュイのプランに乗っかったのに、ミアはキュイを恨んだ。が、そう言えば伝説の話はしていなかったと気がついた。キュイも壁画の話と言っていたっけ。ごめんキュイ、とミアは心の中で小さく呟いた。
「はい。その壁画についてのお話が、あるんです」
「どんなの?教えて!」
アカネちゃん、ちょっとグイグイ行き過ぎだよ。竜人さん、ちょっと引いてるんじゃないかな。と光は思ったが、どうしたものかと、結局成り行きを見守る事にした。アカネちゃん、変に突っ込むと妙な反応するから、ここは様子見で。と考えたようだ。
ミアは呼吸を整えた。ロイが見守るものに説明した時の事を思い出した。壁画を照らすためにマナの箱を手に持った。マナの箱に明かりが灯った。
「あ、明かり付けなくても、あたし達ちゃんと見えるよ」
「そうでしたか」
そう言うとミアはマナの箱の明かりを消して、箱を仕舞った。
アカネはこの時、ミアが明かりを付けていない事に気がついた。
「ミアは明かり付けなくても大丈夫なんだ」
「私、暗い所でも良く見えるんです。他の竜人より。だから一人の時は明かり付けない方が多いんです」
ミアは、右手で壁画を示した。
「この壁画のお話です。元はこの竜の骨の記憶でした。今はその記憶は無くなっています」
ミアは竜の骨の指し示した。
「竜の骨って、記憶が残ってたの?」
「はい。昔は。骨から小さい言葉が出ていて、それを聞き取ったらしいんです」
「それが壁画の物語、なんだね」
「はい。それを私達は語り継いでいます」
ミアは再び壁画を指し示した。
「呪いが黒い竜を生み出しました。この黒い竜は、子供を殺します。それが呪いです」
そこまで言った時、ミアはアカネが悲しそうにしていると感じた。何故か言葉が詰まった。
光はアカネの肩に手を置いた。ミアは二人が頷き合うのを見た。ミアは詰まった何かが解けるのを感じた。
「呪われた母竜は、女神に助けを求めました」
ミアは、次の壁画を指し示した。黒い竜の上に、二柱の女神の姿。一人は黒い髪。もう一人は赤い髪。
「赤い髪の女神は、竜の言葉が分かりました。竜から話を聞くと、呪いを解く方法を探しに、もう一人の女神と神の国に帰りました」
ミアは、次の壁画を指し示した。そこには、黒い髪の女神が、扇の様なものを持って、舞を舞っている様な姿。
「戻ってきた黒い髪の女神は、舞を舞うと、黒い竜の呪いを解きました」
ミアが指し示したその次の壁画は、青い丸だった。
「再び女神が訪れると、黒い竜だけではなく、全ての竜の呪いが解け、この星が光り輝きました」
ミアは、最後の壁画を指し示した。壁画には、小さい竜と「見守るもの」の姿。そして黒い髪と赤い髪の女神の姿が描かれていた。さらに、黄色い髪の女神と、光り輝く女神の姿も描かれていた。
「『見守るもの』は、四人の女神に導かれ、神の国へと旅立ちました。と、竜の骨の記憶は伝えたそうです」
ミアは視線を壁画から、二人の女神に移した。二人は手を繋いでいた。
「ミア。少し違う所もあるけど、大体、その通りだと思う」
アカネは、舞を舞う黒い髪の女神を指さした。
「この女神」
その手で光を指し示した。
「光お姉ちゃんなの」
ミアは動きが固まった。何と言うか、張本人の前でその功績を称えていたような、いや、そう言う意味なら女神を前にしているのだから、などと言う混乱した状態だった。
「でね、その赤い髪の女神が、あたしなの」
そう言うと、アカネは無しの扇を作った。みるみるアカネの神が朱に染め上げられて行く。
「びっくりした?」
アカネの軽い口調が、思わず跪きそうになるミアの動きを止めた。「はい」ミアは小さくそう言うのが精一杯だった。
「でね」
アカネは最後の壁画を指差して、「黄色い髪の女神が、ん〜と、アオイお母さん。光り輝いているのが灯お姉ちゃん」と言った。アカネがアオイの紹介で逡巡したのは、どう説明したものかと、思案したためだった。アオイはアカネと双子だが母親でもあるのだから。
ミアの心は既に何度もの衝撃で麻痺していたのか、もうあまり動じなくなっていた。驚きのカンストである。ミアの心は落ち着いてきた。
「あたしは初めから竜の言葉が分かったわけじゃ無いから、そこだけちょっと違うけど、大体そう言う話だね。光お姉ちゃん」
「うん。アカネちゃん。でも、この壁画、誰が作ったんだろう」
ミアはこの時初めて、その呪いを解いた女神の言葉を聞いた。光、という名前だっけ。
「ミアさん。あたしの事は、光さん、で大丈夫」
ミアはドキッとした。まさに何と呼べば良いかと考えていたからだった。
「はい。光、さん」
ミアは、半ば逃げ出すような、照れ隠しのような、そんな衝動がない混ぜになったような気持ちが後押しして、壁画の方を向いた。
「竜の骨を見つけた時、既にこの壁画はあったそうです」
ミアは何度か聞いた壁画についての話を思い返した。そうする内、心が収ってきた。女神二人の方を振り返った。
「壁画については、いろいろな説がありますが、一番有力なのが、始まりの竜人が描いたのではないか、という話です。始まりの竜人はこの洞窟に来て、竜の骨を見つけ、その話を聞き、壁画を描き去っていった、というものです。始まりの竜人は、私達竜人の共通の御先祖の事です。始まりの竜人の足跡は、あちこちの島にあって、始まりの竜人についても色々な説があります」
「壁画についての他の説ってどんなの?」
ミアの説明に、なんとなく違和感を覚えたアカネが尋ねた。
「竜の骨。その竜が壁画を描いた、というものです」
女神二人は驚いた顔をしたが、すぐに、妙に腑に落ちた顔になった。
「始まりの竜の子孫が、この洞窟に辿り着き、死ぬ間際に壁画を描いた、という話です。私達竜人はその始まりの竜の子孫、と考えられています」
「竜人の祖先にあたる竜を始まりの竜、と呼んでいるのね」
光の問いに、ミアは「はい」と答えた。
「壁画を竜人が描いた、というのは分かりやすいけど、竜が描いた、と思うのはどうして?」
ミアは、胸の奥に何か固い塊が前に出てくる、動く、そういう思いがした。
「竜人が壁画を描いた、というのは、おっしゃる通り分かりやすいです。竜人には手があり、竜には手がありませんから。でも、たまたま竜の骨を見つけて、それを聞いて壁画を描いた、というには、この壁画は竜の骨の言葉を補完しているように思えるのです」
ミアは青い丸を描いた壁画の方を向いた。
「この星が光り輝いた、という言葉から、どうして青い丸を描けるのでしょう。だから私は、この竜の骨の、その竜が言葉と壁画で伝えたかった、という説を支持しています」
光は、扇を取り出すと、手首を返して扇を一回転させた。扇が青白い光を放った。
「今のは!?」
「この星の呪いを解いた術を行った時の光りを模したものです」
ミアは改めて、そして、身を以てそれを実感した。目の前にいる女神が本当に呪いを解いた女神であると。
「竜には自分が見た映像を他の竜に伝える能力があるようです。星が輝いた、というのは、この星中の竜が、輝いた光を見た。それを伝えあって、星中が輝いた、と知った、という意味だと思います」
「そしてその光は青かった」
半ば呆然とした口調でミアが言った。
「私も、竜の骨の、竜が壁画を描いた、という説、有力だと思います」
「でも、竜はどうやって壁画を」
光の言葉に、ミアは自分が信じている説の問題点を思わず言葉にしていた。
「竜には、私達が使う巫術と同じような力がありました。電磁波を物体に作用させて」
光はここで言葉を区切った。ミアに伝わる言葉を選んだ。
「竜はマナを使って、物体を動かす事ができたと思います」
頭の中で見つからなかったピースがカチリとはまるような、脳天を貫くような、そんな感覚がミアを支配した。
「黒い竜がそういう技を使いました」
ミアは、両手を交差させ、肩を上下させた。上位の肯定の仕草だった。
「ねえ、ミア」
アカネが尋ねた。ミアはアカネの方を向いた。
「始まりの竜、って、もしかしたら」
ミアは、肩を上下させた。
「はい、アカネ。黒い竜の子供です。もっと早く気付くべきでした。アカネがおっしゃる小さい竜、それが始まりの竜です」
光はアカネがミアの両手を取って、そうなんだー!と、両手をブンブンさせると思った。しかし、アカネは静かに微笑むと、「良かった」と呟いた。そして、少し寂しそうな、そして嬉しそなその微笑みを消すと、いつもの元気なアカネに戻ると言った。
「だから、ミアを見て、あの子の事、思い出したんだ」
「でも、それだと、竜人の誰でも良い事になりませんか?」
「あ、そうか。う〜ん、なんでだろ。謎は謎のままです。ミア教授」
「教授ってなんですか?」
「あ、気にしないで」
アカネは誤魔化して笑った。ミアも悪い意味では無いと感じて、微笑んだ。
「ねえ、ミア。もしかしたら、ミアのあの」
キュイがミアに囁いた。
「女神様になら、話しても良いんじゃ無い?」
ミアの唇が薄くなった。そして、「うん」とキュイに返事をした。
「あの、アカネ、光さん。私、暗い所がよく見えるだけじゃなくて、マナを使って、少しだけこういう事ができるんです」
ミアは、腰のマナの箱に手を付けて、その手を振った。振った軌跡がキラキラと輝いた。すると、地面にあった小石が持ち上がった。ミアはそれを掴んだ。
「小さいものだったら、少しだけ動かせるんです」
ミアは取った小石を見つめた。
「だから、竜がマナで物を動かせる、というお話。とても良く理解できます」
キュイがミアの前に出た。
「こういうの他の竜人にはできないから、秘密にしてたんだ」
キュイはそう言うと、引っ込んだ、というのが相応しい動きでミアの横についた。
「先祖返り、みたいなもの、ですね。でも、その技」
「うん。光お姉ちゃん」
二人は顔を見合わせて、頷き合うと、ミアの方を向いた。
「ミア。今ミアが使ったの、ほとんど巫術だったんだよ。あたし達が使うのと同じような」
光が扇を振った。風の技だ。地面の小石を風が動かし、ミアと同じように光の掌の上に落とした。
ミアはもう何度目かの驚きを覚えた。光が同じ事をしたため、では無い。女神と同じ技を自分が行った、という事実に、だ。ミアが混乱した頭をなんとか整理しようとしている時、女神二人は、誰かと話をしているような様子だったが、ミアは自分の事が精一杯で、その事には気づかなかった。キュイが心配して、ミアの前に出て、ミアに言った。
「落ち着いて、ミア。大丈夫?」
キュイはミアの顔の前をふわふわと漂った。
「ありがとうキュイ」
ミアはキュイを見つめると、小さい声でそう言った。
「二人は仲良しなんだね」
アカネの言葉に、キュイは驚いて、ミアの横に引っ込んだ。
「はい。他の竜人は妖精を、その」
キュイは前に出て、「命令だけして、エラソーなの」と言って、すぐに引っ込んだ。「こら、キュイ」「だってほんとじゃない」ミアとキュイは小さい声で囁き合った。
「本当に仲良し」
今度は光だった。
ミアは、アカネがじっと見ているのに気がついた。アカネを見る。
「ねえ、ミア。洞窟を清めるのに、雫さんが舞を舞ったの覚えてる?」
「はい。とても綺麗な舞でした」
「でしょ!」
と言ったアカネを光が肘でつついた。アカネは一瞬、あ、という顔をしたが、すぐに元の真面目な表情に戻ると、ミアに視線を向けた。
「それでね。ミア、巫術を覚えてみない?」
「どういう事、でしょう?」
アカネの突然の申し出に、ミアは戸惑った。ミアに光の落ち着いた口調の言葉が届いた。
「この地にも、安寧の舞を舞う巫女が必要だと、私達は考えたんです」
「安寧の舞?」
「雫さんが、洞窟の前で舞った舞の事だよ」
「その舞を、ミアに舞って欲しいと思うんです」
そう言うと光は自分の舞扇を閉じて、ミアに差し出した。受け取るように促した。ミアは躊躇した。
「大丈夫」
ミアは舞扇を受け取った。なんだか大変な事になった、とミアの心の一部は心臓の鼓動を大きくさせた。と同時に、何故か安堵している気持ちもあった。ミアも雫の舞に魅了されていたのだ。あれが舞えたら、きっと素晴らしいだろうと思っていた。
光とアカネは頷き合った。アカネは、「じゃあ、あたし達帰るね。でもまた来るから」と言った。
ミアがその言葉を聞いたと思った時には、二人の姿は洞窟から消えていた。
ミアは、手に持った舞扇を両手で握り、その手を胸にあてていた。
「ねえ、ミア。舞って、誰に教わるの?」
キュイの素朴な質問が、ミアに届いた。それはどこか遠くから聞こえるようだった。