いつも乗り降りしている駅を乗り過ごしただけなのに
作中に出てくるような、司法関係者がいないことを願っています。
確かに僕がやったことは社会人として許されない、と叩かれるのは分かる。
でも、そこまでのことを、僕はやったのだろうか。
その日、僕は忘年会で、つい酒を呑み過ぎてしまった。
それで、何時も飲み会の後に乗る列車に乗り遅れてしまい、次に来た列車に乗る羽目になった。
ところが。
それは急行で、僕が何時も乗る普通とは違っていたのだ。
素面なら、すぐに気づいたのだろうが、酒に酔っていた僕は、列車に乗れたことから安心して、列車の中で半ばうたた寝をしていたこともあり、気が付いた時には乗り過ごしてしまっていた。
悪いことに、車掌のいない列車で、更に慌てて降りた駅は無人駅だった。
僕が、スマホで時刻表を確認したら、既にその駅から僕のいつも乗り降りしている駅まで向かう列車は出ない時刻になっていた。
仕方ないな、定期券はICカード定期券で、昨日チャージもしているので、乗り越し料金が払えるお金も入っている筈だ、取りあえず、この駅から出よう。
そう考えた僕は、改札口で定期券を触れさせて出たつもりだった。
だが。
「待て」
僕は駅舎内から出た瞬間、制服を着た警官に、声を掛けられて体を掴まれた。
「何ですか」
「詐欺罪の現行犯で逮捕する」
僕の質問に、警官は即答した。
「はあ、僕は定期券を触れさせましたが」
「何を言う。触れていないのを、わしは見ていた」
「触れさせました。帰らせてください」
酔った勢いもあり、僕は思わず警官を押してしまい、更に間の悪いことに、警官は転んでしまった。
僕が抵抗するとは思わなかったのだろう。
その警官は、転んだ際に打ち身にもなったようだ。
「公務執行妨害罪だ。いや、強盗致傷罪だ」
警官は更に叫び、僕は現行犯逮捕されてしまった。
「理不尽だ。僕は悪くない」
と思わず、僕は叫んだが、応援の警官も駆けつけて来て、僕は警察署に護送された。
「防犯カメラの画像を確認してください。僕は定期券を触れさせました」
「駅の防犯カメラは故障中だった。そして、定期券の履歴上、駅から降りた記録はない」
「警官を押して転ばせたのは認めて、僕は謝罪しますが、だからといって、逮捕することは無いでしょう。いつも降りる駅を乗り越して、定期券を触れさせそこなっただけです」
「お金を払わずに列車に乗るのは、キセル乗車と俗に言う詐欺罪だ。更にその利益を確保しようと、警官を押し倒して転ばせ、負傷させている。強盗致傷罪になる。強盗致傷罪だぞ、無期懲役もある重罪だ」
僕の取り調べに当たった警官、刑事は、僕の弁解をまともに聞かず、怒鳴りまくった。
そして。
「この文書に署名して、拇印を押せ」
「はい?」
その刑事は、いつの間にか僕の述べたことを記録したと称する文書、調書を作っていた。
その調書には、僕はキセル乗車を最初から企んでいて、警官に見つかったので、逃走しようと考え、警官を押し倒して怪我をさせた、と書いてある。
「こんな文書に署名できません」
「そうか。署名するまで、寝させないし、飲食も認めない」
僕の主張に、その刑事は平然と言い、更に他の刑事も加わり、僕は飲食もできず、一睡もさせてもらえなかった。
僕は想った。
72時間、何としても耐えろ、そうすれば、勾留質問で裁判官にこの現状を訴えられる、そうすれば、釈放される筈だ。
そして、裁判官の勾留質問が行われることになったが。
その前に検察官の取り調べもある。
「そうか。自分の云ったことを否認するか」
検察官は、僕の主張、弁解に聞く耳を持たなかった。
「ちゃんと警察官の調書もできているのに、否認するとは、無期もあり得るな」
検察官は、最後にはそういった。
検察官が作った調書は、警察官の調書をほぼ丸写ししたものだった。
こんな調書に、僕が署名して拇印を捺すはずがない。
日本の警察、検察に、僕は絶望したくなった。
それでも、裁判官なら、僕は一縷の望みを託していた。
「おい、署名拇印を拒否した、と調書に書いておけ」
裁判官は、僕の弁解に聞く耳を持たなかった。
勾留質問の際に作られた調書は、僕が全ての事実、罪を認めた、と予め書いてあったのだ。
こんなのに僕が署名して、拇印を捺す筈がない。
更に。
「接見禁止処分を付ける。弁護士以外との面会、接見は禁止だ」
「はい?」
「否認している以上、罪証隠滅の恐れがある」
裁判官は平然と言った。
「そんなバカな。どうやって証拠を隠滅するのです。僕が。相手は警官ですよ」
「しかし、検察官からそう要求が出ておる。わしも、そう考える」
僕の主張に裁判官は、平然とそう言った。
「全て認めるしかないですな」
僕は知り合いに弁護士がいなかったので、国選弁護人を頼んだら、国選弁護人は開口一番にそう言った。
「ああ、それから弁護士の僕は忙しくて、1週間に1度、1時間しか接見に来れませんから」
僕は更に追い打ちを掛けられた。
そんな、無茶苦茶だ、僕の何が悪かったと言うのだ。
僕は、自分の言い分を信じてくれない国選弁護人の代わりの弁護士を探そうと思ったが、そもそもその弁護士としか、僕は面会、接見できない。
そして、その国選弁護人は。
「僕の代わりの国選弁護人?それなら、具体名を挙げてください。その人に連絡を僕を付けることはできますが。僕が嫌だから、代わりの弁護士を紹介してくれ、というのは、国選弁護人の職権から外れます」
僕に対して、そう平然と言った。
僕は、あくまでも否認を押し通すことにした。
こんな理不尽が通っていいものか。
だが。
「あなたの親兄弟から、私宛に連絡がありました。ネットでパッシングの嵐が起きていて、家を売って引っ越す羽目になった。親兄弟の縁を切る。引っ越し先も探さないでくれ、とのことです」
「何でだ。僕は悪くない」
「そうは言っても、制服警官に暴行を加えての強盗致傷事件、しかも現行犯ですよ。これを無罪にするのは極めて困難ですね。そして、ネットでは、あの被疑者は往生際が悪いにも程がある奴だ、あんな奴の親兄弟もきっとろくな奴じゃない、とあなたが被疑者として実名報道されてから、家族探しが始まって、更に勤務先へのパッシングの嵐、炎上騒動になっていますからね。その結果、あなたの御両親やご兄弟全員が、勤務先を事実上依願退職する羽目になりましたからね。ああ、言い忘れていましたが、あなたは、勤務先から既に懲戒解雇されています」
「そんな無茶苦茶だ」
国選弁護人の話に、僕は絶望を深めた。
家族からも捨てられるなんて。
それでも、僕は孤独な戦いを続けた。
公判で真実を訴えれば、何とかなる、とそう僕は思い込んでいたからだ。
「主文、被告人を懲役10年に処する」
しかし、最高裁まで僕は争ったが、地裁も高裁も最高裁も、公判においては、警官の作文、調書を有罪の証拠の一つとして採用し、僕を有罪犯に仕立て上げた。
その調書には、僕は自分からは署名も拇印も捺していない。
全て、飲食を断たれ、眠らせずにおいて、僕が意識がもうろうとする中で署名拇印をさせられた。
更に取り調べの際のビデオ録画は全て編集されていて、ビデオ録画を見れば、その調書全てに僕が自発的に署名拇印を捺したことになっていた。
裁判官は、僕が調書には署名拇印しているのに、公判では否認したことから、再犯の恐れが大きい、として刑罰を加重したのだ。
こうして、僕は強盗致傷の前科犯になって、刑務所に10年も入る羽目になった。
更に僕は家族全員から縁を切られた。
僕の一体、どこが悪かったのか。
誰か教えてほしい。
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