第二章 26 |『幸運』
◇ narrator / 安立 真琴
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明日からようやく新学期が始まる。
キスキが昨日 教室に着いたから、今日は一日オフという事になった。
これといってする事も無く、最後の4/6日を黙々と過ごしている。
……これから先、大丈夫だろうか?
大まかな流れしか知らないから、どれだけ今が予定と違っているのか分からない。
「──まぁ、あたしにできる事をやるしかないか」
そしてちゃんと終わらせて、叶うなら全部「彼女」に返さなければいけない。
きっとレンも同じように思っている筈だ。
……こうして「私」が考えている時間も、どうやったって返せない負債として貯まっているのだけど。
これから先、きっと「彼女」が望まない事でもやらねばならない時が来る。
でもどうか許してほしい。その変わり「私」は何も望まないから。
どんなに嫌な事でもやり遂げて、最後にはちゃんと「彼女」に返すから。
その為に「私」にできる事なら、キスキの手助けになることなら、なんだってしてみせる。
あいつが次の神様になる為なら、なんだって。
だからどうか、もう少しの間だけ──、
ぼんやり考えていると、スマホから心地よい通知音が鳴った。
ラインか、誰だろう?
今日が最後の4/6日だから無視はできない。
繰り返すからと、最悪放置で良かった昨日までとは違い、今日あった事はそのまま正史として4/7日に繋がってしまう。
「──あれ? この時間にラインなんて来てたっけ…?」
今までの4/6日のこの時間には、誰からも連絡はなかった。
つまり繰り返している学園関係者の誰かからの連絡。
たぶんキスキかレンだろう。
私はスマホのホームからラインの通知をタップした。
彩土)
『マコトさん
今日はどんな下着を着けてますか?』
表示されたのは『彩土』との個別トークルーム。
やっぱりキスキからのラインだった。
そういえば今日の予定を聞いた時なにも教えてくれなかったけど、あいつ今日は何してるんだろう?
……もしも暇なら空の上の世界を見て回らないかと誘ってみるつもりだったけど、なんか予定ありそうだったしなぁ……
もちろんあくまで、これからの学園生活の為に。
それ以上の意味は全く無いし、なんならレンと三人で行く気だったけれど。
もしかしてレンと何処かに出掛けたりしてるのかな?
いやそれならあたしにも一声ありそうだし、案外ゴロゴロしてるのかもしれない。それかバイトしてるのかも。
…………─────。
あれ、なんかおかしいな。
なんだろう、あたし今なにをしようとしてたんだっけ…?
あぁそうそう、キスキからラインが来てたんだ、そうだった。
彩土)
『マコトさん。
今日はどんな下着を着けてますか?』
…………─────。
え? なんかおかしくない?
夢じゃないの? 空目とかじゃないの? どういうことなの?
あっ、実は別の誰かがキスキのラインで打ってるなんて事ないかな?
いやでもこの『マコトさん』から感じるオドオド感と、敬語を絡めて顔色を伺ってくる感じもの凄くキスキっぽい。
──え、つまり本人が聞いてきてるの?
あたしが今日どんな下着を着てるかを?
なんで!? どうして!?!?
あ、分かった。これ打ち間違いじゃない?
きっとそうに決まってる。
だってこんなの絶対おかしいもんね、そうだよね。
───シュポッ。
彩土)
『マコトさん?
あの、なんならパンツだけでいいんですけど……』
あ、違った。これ打ち間違いじゃないじゃん。
本気で聞いてるじゃん絶対。
こんなのおかしいよ、あり得ないよ。
ていうか「なんなら」ってなに?
どうしてあんたがさも譲歩したような感じで言ってくるの? 馬鹿なの?
───シュポッ。
彩土)
『教えてくださいお願いします
どうしても知りたいんです
なんでもしますから……』
必死過ぎるよ。
全く心情が分からない。
なにがそこまであんたを突き動かしているの?
ていうかこれってそういう事なの?
キスキはあたしの事をそういう目で見てたの?
今まで全然気付かなかったけど、そうだったんだ……
───シュポッ。
彩土)
『あの、誓ってエロい目的とかじゃないんですよ?
なんていうか、純粋に興味があるっていうか……』
いやエロい目的じゃないのかよ!
純粋に興味があるってなんなの? そんな事ある??
え~……、普通に無理……。
もうこいつの従者 辞めようかな……いや辞めないけど……。
───シュポッ。
マコ)
『ブロックしていい?』
───シュポッ。
彩土)
『いいけどその前にどんな下着か教えてくれない?』
───シュポッ、シュポッ。
彩土)『マジで頼む』
彩土)『一生のお願い』
こんな事で一生のお願いとか使っちゃうの?
圧が凄いし怖いんだけど……。
───シュポッ。
マコ)『どんな目的か教えてくれる??』
───シュポッ。
彩土)『それはダメだ
何も聞かずにどんな下着か教えてくれ』
こいつマジでなんなの!?
何も聞かずに下着を教えろとか正気!?
えぇ~、あ そういえば──、
───シュポッ。
マコ)『さっきなんでもするって言ったけど
あれほんと?』
───シュポッ。
彩土)『……まあ、僕にできることなら……』
えぇーどうしよう……。
ブロックするのが手っ取り早いんだけどなぁ。
でも必死だし、たぶんなにか理由があるよねこれ……。
うーん………。う~~~ん……………。
───シュポッ、シュポッ、シュポ。
マコ)
『今日はなんか、ノーマルレッグって分かる?』
マコ)
『そのタイプの、黄色と薄い水色の生地のを着てる…』
マコ)
『ワンポイント、レースでお花のあしらいが付いてて
かわいい系のやつ……』
教えちゃったよぉ。こんなの変態じゃん……。
どんなに嫌な事でもやり遂げるって決めたけれど、全く予想して無かったベクトルに嫌な事過ぎる。
めっちゃ恥ずかしい、消えたい……。
結局どうして知りたいのか分からなかったけど、
まぁでもこれで、どうにか──、
───シュポッ。
彩土)
『ごめん
やっぱりどんなのか画像で送ってくれる?』
「────で き る か ぁ っ!!!!」
╳ ╳ ╳
◇ narrator / 来次 彩土
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「きゃ~~~~!!
マコト先輩ってこんな下着 着てるんですかっ!?
めっちゃカワイイ! 好き!! 抱いてっ!!!」
「もう駄目だ。おしまいだ……」
「先輩そんなに落ち込んでどうしたんですー? 何か嫌な事でもありました? 大丈夫ですか?」
「──いやお前のせいだろうがっ!! あッ……」
咄嗟の事に葛西さんの呼び方が荒々しくなり、僕は口元を手で覆った。
やっばい、こんな事で嫌われては努力が無駄になってしまう。
「え? あぁ呼び方ですか。
でもそのくらい砕けた感じでいいですよ。
ていうか『君』とか呼ばれる方がよそよそしくって嫌ですしなんかキヨミツアキラっぽいので、『お前』とか『好弥』とかの方が良いです。
『葛西』はなんか、嫌な字を当てれちゃうので苦手で……」
確かに『かさい』って音だけで聞くと『火災』とか、『過罪』とかに聞こえなくもない。
僕も自分の下の名前の『彩土』の響きが女子っぽくて気になるし、その気持ちは分かる。
「そっか、じゃあ『コノミさん』で」
「コノミで良いですよ? なんで後輩にそんな敬語っぽく言うんです」
いやだって恥ずかしいじゃん?
レンみたいに男友達とか、マコトみたいに幼なじみとかならまだ簡単に呼べるんだけど……。
「まぁとりあえず、これで罰ゲームは終わったし、『ジャンケン』もコノミ、さんの圧勝だったし、知りたい事は知れただろ?
今日、尾行に気付けたのがたまたまだったんだよ多分」
「ですかね~。
いやーでも罰ゲームとはいえ本当に聞いてくれるとは思いませんでしたよ。
しかもマコト先輩が教えてくれたのもびっくりです。
マコト先輩本人が履いている画像がこなかったのは残念ですけど!!」
「いやそんなの送られてくる訳ないだろ!
同じ下着の画像 探して送ってくれただけでも凄いと思うよ。
それに──」
それに、僕はそこよりもコノミの正体の方に驚いてしまった。
彼女との『ジャンケン』でストレート負けした僕に課せられた罰ゲームは、まさかのマコトが着ている下着を聞き出す事。
これぞ罰ゲームって感じで普通に地獄だった。
「──それになんですか?
罰ゲームの内容にびっくりしましたか?」
「確かにそれはほんとびっくりしたけど。
それも含めて、コノミ…さんがマコトの事好きだったのに驚いたよ」
「ああ、まぁそうですよね。
……やっぱり変ですかね、女の子が女の子好きって」
「? 別にそんな事ないだろ?
色んな人居るし、色んな人好きになって良いんじゃないの?
あっ、僕が驚いたのは純粋に予想外だったからで、含むところは何もないからね」
「……ですかね? ぶっちゃけ引きませんでした?」
「驚いただけで引いたりとかはしないよ。
好きな物を好きって言えるのは良いことだと思う」
「……そ、そうですか」
「? ……そうですよ?」
何の気無しに話していると、コノミは下を向いて口ごもった。
うつむいたまま下を向いて、その表情を見ることはできない。
「ていうかマコト先輩から聞いて無かったんですね。
つい最近 告白して振られたばっかりなんですよ私。
キヨミツアキラの次に、終業式の日に告白してて、まぁ思いっきり玉砕しましたけど……」
あぁあの時か。
マコトに告白してきた12人目が『葛西好弥』で、11人目が『清光明良』だったということか。
ていうかなんでそんなに清光の事 嫌ってるの?
そんなにあからさまに態度変えてかわいそうだとか思わないの? 僕は思わないけど。
もし思わないのなら友達になれるかもしれない。
……そうか。葛西さんが清光の事を悪く言うのは、もしかして──、
「葛西さんが清光を嫌いなのって、もしかして恋敵というか、ライバルだからだったりする…?」
「コノミでお願いします。
あっ、はい。だいたい合ってます。でもまぁそれだけじゃなくって、えーと……。
私ってレズビアンじゃなくってバイセクシャルなんですけど、普通にカッコ良すぎる男の人が好みじゃないんですよね。
女性の人は顔優先で好きになるんですけど、男の人は顔だけで中身がクズな人はほんと無理ってゆーか」
おぉう……。
確かに引いたりはしないけれども、そんな急にまくし立てられると身構えてしまう。
というか会ったばかりの僕にそんな話しまくって気にならないのだろうか、結構 密な間柄でもないとこういう話って───、んん?
「あぁそうなの?
へー、確かに清光の内面はほんとクズだから気持ちは分かる。僕もあいつどっちかと言うと嫌いだし」
「ですよねー? 先輩と私って気が合いそうですね!」
……おぉっとぉ? これはマズいのでは?
やっぱり間違いない、そういう感じに話が進んでる気がする。
変に好かれるのは良くないぞ。
楽しくお喋りしてて忘れてたけど、当初の予定を思い出せ。
ここは心を鬼にして、今後は学園内ですれ違っても会釈するくらいの関係に着地させなければッ……!!
「──ともあれ、私の『幸運』は先輩相手でも働いてるって事ですね。
というかやっぱり私、むしろ今日は今までの人生でも最高にツイてた気がします!!」
「──え。そ、そう? なにゆえに?」
コノミは顔を上げると、"にこぱっ!"という効果音が似合いそうなほどの笑顔になり、僕の手を取って言い放った。
「──だって先輩の左手に見つからなかったら、こんな素敵な出会いなんて無かったって思いますからっ!!
嬉しいなぁ! これから仲良くしてくださいね! 先輩!!」
「────えぇっと、うん。よ、よろしく……」
なるほど確信した、そういう事か。
やはり間違いなく、『葛西好弥』の神の御業は『幸運』であるらしい。
そしてどうやら僕に、仲の良い後輩が一人増えたようだった。
読んでくださってる方ありがとうございます (*'-'*)
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