第二章 23 | ヘパイストア / 初めての約束 ③
◇ narrator / 来次 彩土
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「──まずはここだ!
テレテレッテレ~! ヘ~パ~イ~ス~ト~ア~!!」
「おぉ~これはすごい。外観も大きいし、見た目もオシャレだし、まず名前からして超ワクワクしますね!
……ていうか なんで急にドラえもん?」
「ふふふっ、いや~ここは本当に面白いモノがたくさんあってね?
文字通りあんなこっといいな、でっきたらいーいなっ!が色々と叶う素晴らしい場所だからさ!」
「なるほどそれは楽しみだな。
やっぱり『ヘパイストス』に関係あるお店なんですよね?」
ヘパイストア。
その名称からして明らかに『ヘパイストス』が提携している店だろう。
ヘルメスと最初に会った時に名前が挙がった神様だ。
確か『物造り』や『鍛冶』、『炎』も司る大神の一柱だと言っていた気がする。
店名に入っている神様が『物造り』を司ってる以上、きっと色々なモノを扱っているに違いない。
「もちろんだとも。ここは歴代の『ヘパイストス』が造り上げた商品がずらっと揃っているんだ!
私は今代のヘパイストスとは知己でね、昔から色々と融通してもらってて足繁く通っているのさ。
きっとハニ君が気に入るモノも沢山あるよ!」
そう言うとケイナは僕の手を引いていそいそと店の敷居をくぐっていく。
一店目からとてもテンションが高い。
僕もそんな彼女に当てられて気持ちが高ぶるも、一つ懸念を感じていた。
左手の『把握』に反応がある。
勘違いだと思っていたが間違いない。
理由は分からないが、どうやら僕達は尾けられているらしい。
╳ ╳ ╳
ヘパイストアに入店してから、左手が捉えていた尾行者の反応が消えた。
どうやら一度距離を取られたようだ。
けれども尾行者の特徴は覚えた。
僕が気付いている事に向こうは気付いていない筈だ。
それならまた近付いてくるタイミングがきっと来る。
その時にどうにか目的を確かめて──、
「ハニくん見たまえ!
凄いだろう? この潤沢な品揃え!! いつ来ても惚れ惚れしてしまう!! 来る度に新しいモノが並んでいるし、ヒット商品以外の入れ替わりは本当に激しいから油断してると買い損ねてしまうんだよ! その後再販されるまでに何年も掛かる場合もあって、最近はにっくき転売ヤーがとりあえず新商品は頭数揃えようとするものだから本当に困るんだよ、あっ!あっちの棚にはさっき言った歴代のヘパイストスが手掛けた目玉商品が並んでいてね──」
唐突に始まる怒涛のマシンガントーク。
なんか安心するなぁ…。楽しんでるようで何よりだけれど。
そうだ。
尾行者に僕が気付いていると悟られない為にも、
それに今日の為に準備をしてくれたケイナの為にも、
今は僕も精一杯楽しもう。
確かに見渡す限り凄い品揃えだし、さっきから目移りしてばかりだ、ケイナが興奮するのも分かる気がする。
「せっかくなので、先生のおすすめのやつが見たいです」
「むむっ そうきたか! よーし、これなんかどうだろう!!
なんとびっくり、その名も『時間増幅薬』ッ!!!!」
「なんだそれもう名前がすごいっ!! え、時間増幅? 増えるんですか? 時間がッ……!?」
「ふっふっふ、凄いだろう!
またの名を《クロノス・ポーション》と言って、
仕組みとしては、今日まで君が繰り返した4/1日や、明日から君が通う事になる『教室』に近いモノだよ。
1日1回限りだが、これを飲んだ瞬間から10分間だけ時間が増えるのさ!
ただ増幅した時間中に行って良いことは神々によって決められているから、違反した瞬間に増えた時間は無くなるし、場合によってはその後の服用を禁止されたりするがね」
こいつはすげぇや! ファンタジアっ!!
本当に時間が増えるのか、これは絶対に欲しい!!
試しに一本買ってみようかしら??
──ハッ! 待てよ、そもそも──、
「……けど、きっとお高いんでしょう?」
「……それがなんとぉ~、今ならたったの1ユーロ!!
あ、日本円だと130円ほどだね!!」
「──それは安い!! ……のか? いや考えろ、掛け持ちしてるバイトで高い時給の方が1100円。時間帯責任補償が掛かった場合1220円に増えるのを加味して平均時給は1160円。つまり10分あたりの単価は少数切り捨てで193円。……くっ、時数計算上63円分損する形になるのか…。いやまて、1日1回とはいえこの10分は然るべきタイミングで任意で増やす事ができる訳だから可能性としては無限大なんじゃっ!? どうする、このギリギリの単価、買うべきか買わないべきか……。ぐぬぬぬぬぬ……」
「──急にどうしたんだい? ビックリしたなぁ、あまり早口でぶつぶつ言ってると周りから変な目で見られてしまうよ?
あっ、もちろん私はどんなハニ君だろうと好きだけどねっ!!」
「──くっ、普段僕が先生に言わないようにしてる事を堂々と!
それに貧乏学生的に無駄遣いは死活問題なんですよ!!」
「え? そ、そうか。君も私の事をそんなに思ってくれていたのか、嬉しいな、ありがとう……」
「そっちじゃねぇよ話し方の事だよ自覚ないのかよ……」
僕は悩んだ末、『時間増幅薬』を商品棚へ戻した。
しかし直後に横目で
『新生活応援キャンペーン! 今だけ限定で三本買ったら一本オマケで付いてくる!! 買っちゃえよYOU!!』
と書いてある小型販促ポップを見つけ、そのまま四本の『時間増幅薬』をカートに入れる。
──ば、馬鹿な! 試しに一本買おうかどうかで迷っていた筈なのに、気付けば三本も購入しようとしている……だと!?
我ながらチョロい消費者だぜ全く…!!
「あ、ちなみにこれ『定期購入』に申し込むと更に安くなるみたいだよ…?」
「ここにきて悪魔の囁き過ぎる。
これ以上僕の財布をどうしようって言うんだ、僕は騙されないぞっ!!
……………。ちなみに、ちなみにですけど幾らくらいになるんですかね?」
「1ヶ月に20本を定期購入すれば一本あたり90円くらいだね」
「ぐぬぬぬぬぬぬ。1日1回しか効果が無いなら、十日飲まない月が続けば結局損をする気がする。
それに結局 払う金額は90×20で1800円。高いんだよなぁ……。
いやでも普通に買うよりは明らかに安いんだよなぁ……。
なんて際どい契約内容だ、一体誰がこんな事を考えたn──」
ふと横目に『定期購入』の説明文が目に入った。そこには
『マーケティング協力及び 販促協力:商業の神様 ヘルメース』
とある。
「──ヘルメスッ!? いやお前かよ、なんなんだこんな事もしてたのかあいつ!!」
「まぁ ヘルメスはここにある通り『商業』の神でもあるからね。
大元の力から分岐した副次的な立場ではあるけれど──、
………というか『あいつ』ねぇ、ふ~ん…? 随時と親しげになっているじゃないか」
「え? あぁはい。此処に送って貰った時に、これからは敬語じゃなくて良いって言われたので、それで。
……あ、でもこの感じ流石に馴れ馴れしいですかね? 先生どう思います?」
「いや別に良いんじゃないかな? ヘルメスが良いと言ったのなら何も問題は無いだろう。
……でもそうかぁー、ヘルメスとはもう『ヘルメス』とか『あいつ』とか呼ぶ仲なのかぁ、ふ~ん…?」
「──……?」
ケイナはそっぽを向いて何やらボソボソと呟いていた。
どうしたのだろう? まぁいいか。
考え考えしたのち、結局僕は三本買う方向で落ち着いた。
「にしても本当に凄いな、他にはどんなのがあるんですか?」
「よーし、これなんかとっても便利だよ!
じゃじゃーん!! 『記憶時計』!!」
「記憶時計? なんですか、それ?」
「これはね~、見ての通り外見は普通にオシャレな時計なんだが、手動で時計の針を戻す事で、その時の自分が何をしてたのか記憶を呼び起こす事ができるのさ!」
「めっちゃ欲しい! シンプルに便利!! 神かっ!!!!」
「またの名を《モシュネア・クロック》!!
最大で1週間前まで遡れるんだよ。あ、ちなみに呼び起こした記憶を画像や動画として保存できるサービスもあるし、デザインも色々あるから1つ持っておいて損はないね!
まさしくおすすめの逸品だとも」
こいつもすげぇや! ファンタジアっ!!
買い切りだし物忘れと無縁になるし、これは絶対に欲しい!!
試しに一つ買ってみようかしら??
──ハッ! 待てよ、そもそも──、
「……けど、きっとお高いんでしょう?」
「……それがなんとぉ~、今ならたったのっ!!
──いやごめんこれは流石にデザインやモデルによってピンキリだから何とも。
あ、一番安いのモノだと日本円で5000円ほどみたいだね!!」
「やっぱりそれくらいはしますよね。
でも本当に便利だしどうしようかな、これはとても迷う……」
「あっ、そういえばこれ、古いモデルだけど私が使ってないのが1台あるから、良ければハニ君にあげようか?」
「え、悪いですよそんなの。こんな良いモノ頂けないですし」
ケイナはそう言うと、提げてたポシェットからとても可愛らしいポーチを取り出した。
大きさ的には結んだイヤホンが入りそうな程の大きさで、形状としては巾着に近い。
その中に手を入れて、何やらゴソゴソとまさぐっている。
「いや気にしないでくれたまえ、本当に使ってないんだよ。
見た目がオシャレな懐中時計タイプだったからつい飛びついて買っちゃったんだけど、やっぱり手首に付けれるデジタル時計タイプの方が便利で、すぐに新しいのを買っちゃって……。
あったあったこれこれ、君に似合いそうだけど どうかな?」
彼女はそう言うと、ポーチから格好の良い懐中時計を取り出して僕に渡してきた。
「確かにオシャレで良い感じの時計なんですが、でも本当に頂いて良いんですか? こんな良いモノを……」
「良いとも、むしろ貰ってくれたまえ。
このままでは宝の持ち腐れだからね、君が使ってくれた方が私も嬉しいし」
ケイナはそう言うと懐中時計を僕の首に掛けた。
そのまま「記憶を呼び起こしたい時はこうして首から掛けて、こうやって針を巻き返して──」などと説明を始める。
近い近い近い! そんなに至近距離で囁かないで!! うっかりASMRかと思って投げ銭してしまいそうになる。
「……あ、ありがとうございます先生。
何かお返しをしたいな、僕にできることがあれば──」
「よしきた! じゃあ結婚してくれたまえ!!」
「すみません却下で。それ好きですね、他に何かないんですか……」
「──ふふっ、冗談だとも。
そうだな、じゃあ今日遅刻した埋め合わせも含めて、1つお願いを聞いてくれるかい?」
「──お願いですか?」
そういう風に切り出されると僕としては聞かざるを得ない。
「──え、えっと。私の事もヘルメスみたいに、ケイナと。
……そろそろ名前で呼んでくれないだろうか……?」
「──え、あぁなるほど。そういう……」
「「…………………。」」
なんだそれめっちゃ照れる。
いや全然余裕だけどね? 全然呼べるしそれくらい。
ほんと普通に呼べるからね、簡単だから、マジで。
「──ケ、ケイ、ええっと。その……」
「……ま、まぁゆっくりでいいけれどね!? だんだんと呼んでくれればそれで良いともっ!!」
「いやなんかほんとにすみません、ほんと、徐々になんとか……」
くぅっ、恥ずかしい!!
今すぐに別の話題に変えたい!!
「──ンンッ、というかその可愛い巾着? ポーチ? みたいなのはなんなんですか?
そんなに小さいのにこの懐中時計が収まる筈がないですよね。
──ハッ! それはまさかっ……!!」
「ふっふっふ、気付いたかい?
そうさ、これもヘパイストアの目玉商品の1つ、『空間拡張袋』!
またの名を《四次元ポケッt──》」
「──いやその名称は商標的にマズいのでは!?」
「もちろん冗談だとも。
機能は確かにあれと似ているが重さは消せないし、実際中が4次元になってる訳でもないからね、またの名を《カオスペース・ポーチ》と言うんだ。これも便利だしデザインがたくさんあるよ! こっちの棚に揃ってて──」
──瞬間、楽しい時間に水を差す気配を感じる。
僕の左手が覚えのある反応を捉えた。
嘘だろ? まさか入店して来るとは思わなかった。
間違いない。この反応は僕達を尾行していた奴だ。
──さて、これからどうする…?
僕はふと、横目に『時間増幅薬』の商品棚に目を向ける。
そこには『今だけ試飲オーケー!』の文字と、
ガラスケースの中に試飲用の『時間増幅薬』があった。
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