第二章 一幕 終 | 俺の力になってくれ
四月一日/五回目 放課後。
真弾学園高等部 昇降口近く自動販売機。
「──で? その後は結局どうなったんだ…?」
「それがな? 最高神に言われた通り一度 下に降りたら、びっくりするくらい簡単に教室に着けたんだ。
ヘルメスの言う通りBクラスに着いて、そしたらなぜか理事長が待ってたから、……まぁ少し、何でもない話をした。
それで僕の教室探しは終わったさ」
来次の話を聞いていると、後半のくだりで彼は急に口ごもった。
その理由をたまたま『予知』で拾っていた俺は、いたずらにそこを突ついてみる。
「良かったじゃないか、今日中に無事に着けて。
これで明日の最終日は1日オフだな。まぁ明日は楽しめよ」
「──おっまえほんとに……。どこまで視て知ってる?
プライバシーの侵害にも程があるだろ、やめろよなマジで……」
「なんなら良い線に入るようにアドバイスしてあげようか?」
「マジでやめろ……。余計なお世話だっつーの」
確かに余計なお世話だった。
明日、君と理事長が二人でどこに出掛けようと俺の知った事じゃない。
ただ、知っておきながら知らないフリをする方がフェアじゃない気がしただけだ。
「……1つ不思議なのは、教室探しが終わった後にもう一度 最高神と会った場所まで行こうとしてみたら行けなかったんだよ。
通った筈の階段は消えてて、最初に迷ってたのが嘘みたいに、教室にもほんとすんなり着けたんだ。……どう思う?」
「……さぁ? 分からないな。
最初に上まで行けたのがたまたまだったんじゃないか?」
なるほど、彼が俺に話したかったのはこれか。
そもそも上に着いたなら、その後に迷う筈は無いんだ。
今日、来次 彩土だけが、上の階へと進む事ができた。
いや、正確には誘導された。
俺はその理由に予想が付いているけれど、それをそのまま教えては誤解される可能性がある。
それに嘘を吐けば、今の君には伝わる筈だ。
「──お前なにか知ってるな? 分かりやすくウソ吐きやがって……」
「あの時に言っただろ? 今の俺はヘルメス側に付くつもりはない。……これで察してくれると助かる」
「……お前が言いたがらないって事は、つまりどういう事だ?
もしかして僕は最高神に呼ばれたのか…?」
「……さぁね、でも普通に考えたら相当に低い確率だよな。
たまたま上の階へ入り込んで、
たまたま神様に出くわして、
たまたまその神様が最高神だったなんて」
「──お前それ答え言ってるようなもんだろ。
やっぱり2つの神の御業を持った生徒が急に空の上に来たから警戒されたって事か……」
彼の考えは間違ってない。
この段階で2つの神の御業を宿した人間が現れるのは確実におかしい。
だから上の世界に行った瞬間に警戒され、接近されたという事だ。
彼がヘルメスとの交渉を成立させ、2つの御業を宿した線でだけ起こりうるイレギュラーな未来。
ほぼバッドエンドオンリーな線を、彼はヘルメスの力を宿してる事を隠し通し、どうにか回避した。
ちなみに『計略』も手にしていたら死に確で、誤魔化せたのは運が良かったとも言える。
「好きに受け取ればいいさ。どう思おうと君の自由だよ」
「まぁいいや、そう思っとく事にする。
──で? お前の方はどうなったの? 仲直りできたの?」
「あぁ、それは──」
╳ ╳ ╳
時間は少し遡り──
四月一日/五回目。
真弾学園(中庭)正午。
「──少しいいかな? 話があるんだけど……」
来次が明松のメッセージを真面目に見る未来が確定してから中庭へと来た。
正直これで良い方向に転がるとは思えないけれど、どうにか彼女に声を掛ける。
「……うん。私も清光と話したいと思ってたn──え? なにそれどうしたの? どうして……」
「? え、なにが? 俺どこかおかしい?」
「あぁいや、えっと。なんでもないや、ごめん話止めちゃって。
……それでどうしたの? なんの話?」
唯はこちらを振り向くと、頭の当たりに視線を向けて驚いた。
けれど直ぐになんでもないと言うので話を切り出す。
「──あの日の事を謝りたいんだ。そして君と、仲直りがしたくて……」
「……そっか。私ももう一度話したかったの。
今日 明松と話して、やっぱり悪いのは私だったなって思って。
だからもう一度、謝ろうって──」
「──違う、唯はなにも悪くない。
なのに俺は、『君が勝手に動いたからだ』とか、『誰のせいだと思ってる』とか、『ふざけるな』とか……。
全部 君が悪いみたいに言ってしまった。本当にごめん」
「それは本当の事だもん、仕方ないよ。
……私はそれより、『期待したのが馬鹿だった』って、あぁ言われたのが一番キツかったな。あれは本当に辛かった」
唯の言葉に俺は驚かされた。
彼女が怒ってるのは全然関係ない理由だと思っていたから。
それに何より、そんな言葉は全く──
「──え、俺そんな事言ったかな? 全然覚えが──」
「──ハァ? どういう事? 言ったでしょ? ふざけてんの? 意味わかんないんだけど!?」
マズい、急に旗色が悪くなったぞ。
怒った彼女は本当に恐ろしい。
部活のマネージャーをやっていた頃からそうだった。
「え、ごめん、急にどうしたんだちょっと待ってくれ。
それは本当に覚えがない、なんの話──いや。
……もしかして、帰り道に言ったあれの事か? 君がもう1度謝った時に、『期待した俺が馬鹿だった』って言ったやつ?」
「そうそれッ!! なに忘れてんの!? ほんとありえない、あんなキツい事言っといて忘れてるってなんなのっ!?
まじサイッテーね、もう知らない、1人で神様でもなんでも目指せば──」
「──いや待ってくれ。あれは別に唯に言った訳じゃないぞ」
そうだ、あれは君に言った訳じゃない。
……なるほど。
仲直りをする為に何度も『予知』を遣ったのに、良い未来が視えなかった理由が分かった気がする。
「……え? どういう事、だってあの時、確かにそう──」
「──違う。
俺があの時 言ったのは君に飲んでもらった『薬』の事だ。
副作用も知らないまま、用意されたモノをそのまま利用した。
だから、『あんな得体の知れないモノに期待した俺が馬鹿だった』って、そういう意味で言ったんだよ」
「……え、ちょっと待って。
清光は知らなかったの? あの薬の副作用のこと。
藤収から聞いてたんじゃないの……?」
やはりそうか、『予知』を使う時の『目的』が悪かったのか。
俺はてっきり選定試練が終わった直後の
『君が勝手に動いたからだ』とか、
『誰のせいだと思ってる』とか、『ふざけるな』とか、
あの言葉に彼女が怒ってると思ってた。
仲違いの原因を勘違いしたまま、存在しない原因を修復しようという目的で『予知』を遣ったから良い未来が全く視えなかったという事。
「知ってたわけ無いだろ? 君はたった1人しか居ない『従者』なんだぞ?
君に何かあったら願能すら無い俺はどうやって勝ち上がればいいんだ。
……副作用があるって知ってたら飲ませてないよ、あんな薬…」
「……そんな。じゃあ、全部 私の勘違いって事──?」
それは違う。
試練に負けた時、どうあれ唯に責任を押し付けた俺が悪い。
あの時の態度が無ければ、彼女も勘違いなんてしなかった筈だ。
「……俺が頼れるモノはこの不確定な『予知』と、あとは君だけだ。
だからむしろ、唯 以外に期待できるモノなんて無いよ」
誤解が解けた今ならば、どうにかこの言葉が届くだろうか。
そして図々しいこの願いにも応えてくれるだろうか。
「……唯、良ければまた、俺に力を貸してくれないかな」
「……良いけど、1つ約束してくれない?」
「──約束?」
約束という言葉に俺は身構える。
どんな要求であれ、俺にはそれを呑むしか道はない。
これから先、絶対に彼女の力は必要なのだから。
「清光はさ、やっぱり黒髪の、バスケ頑張ってた頃が一番かっこよかったよ。
だから手伝ってあげようって思ったんだから」
「これからも神様を目指すなら、あの頃みたいに精一杯頑張ってほしい。
清光が頑張る内は、私もあんたの力になるからさ」
要求された事が特に何のデメリットもなく、俺は呆気に取られてしまった。
それでは今までと変わらないし、彼女には何一つとしてメリットが無いように思える。
「……そんな事で良いのか? 俺は他にも、なにか──」
「──じゃあもう1つだけ約束して。
もしも、私を利用する為に名前で呼んでたんなら、そういうのはやめてほしいな。
そんな事しなくても力になるし、だから。
……だからやっぱり、昔みたいに苗字でいいよ」
どんな要求であれ、俺にはそれを呑むしか道はない。
これから先、絶対に彼女の力は必要なのだから。
俺はあの日うっかり呼んでしまった、昔の呼び方を口にする。
「…………分かった、そうするよ。
…………活州さん、もう一度──」
なるほどそうか。
今となってはこっちの呼び方のほうが違和感を感じてしまうらしい。
この胸の小さなわだかまりは、その違和感のせいだろう。
きっとそのせいだけの筈だ。
それでも、彼女がそう望むのなら元に戻すべきだろう。
「──俺の従者になってくれ」
「──うん。いいよ」
何時ぶりだろうか、それこそ彼女が部活のマネージャーをしていた頃 以来かもしれない。
本当に久しぶりに、活州さんの笑顔を見た気がする。
その笑顔を見て、俺は久しぶりにバスケットボールを手で突きたい気分になっていた。
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