第二章 4 | 負け犬の遠吠え ② / ファーストコンタクト ②
◆ narrator / 清光 明良
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「──さて、そろそろヘルメスとかいう神に会ってる頃だな」
でも大丈夫だ。
俺と事前に話した事で、来次は既に思いつき、実行した。
そんなに劇的な時短では無かったろうが、彼の左手は早い段階で嘘を見抜けるようになった。
一つの賭けだったが、どうにかそういう線に誘導する事ができた。
これなら彼が騙され、利用される事はない。
……であれば俺が次にやるべきは自分の事だ。
今後の為にも、早めに関係を修復する必要がある。
そろそろ来る頃だ、大丈夫、上手くいく筈だ。
その為に彼を先に行かせ、ここで彼女を待ったのだから。
俺の予知の弱点の一つ。
確度の高い未来をいくら視たとして、それは絶対ではない。
いくらでも変動しうるという事を、俺は終業式に学んだ。
そしてあの日感情に任せて放った言葉は、気付いた時にはありえない程に幾つもの線に影響を及ぼしていた。
このままだとマズいのだ。
冗談ではなく、マジであらゆる試練に差し支える。
だからこそ今日、ここで──
そう覚悟を決め顔を上げると、ちょうど待ち人が到着したところだった。
よし、ファーストコンタクトが大事だ。
大丈夫だ、俺は顔だけはそこそこ良いのだから。
「……やぁ唯、久しぶりだね、元気だっt─」
「──清光くん。
そこ邪魔だから退いてもらっても良いですか?」
「………あぁごめん。えっと、あれから体調はどうなのかな、その、薬はもう飲んで─」
「──邪魔だから退いてもらっても良いですか?」
「………あ、あぁ。うん、…退くよ」
……いや、うん。
正直こうなるのは分かっていた。
気付いた時には本当に、ありえない程に幾つもの線に影響を及ぼしていたのだ。
これでも今のやり取りは確度の高い線だった。
日時を、言葉を、表情を、声音を、全て吟味した上でのやり取りなのだ。
しかしそれでもこの線を視た時から分かっていた。
いくら確度が高くとも、それは他の線と比べてほんの少し高いというだけで、比率的には成功2:失敗8ほどに絶望的だったのだ。
俺の正式な従者は、現状彼女だけ。
来次やまだ視ぬ他の候補者は、何人かの『従者』と、加えて神の力だけでなく『願能』も保有している。
本当にこのままだとマズい。
俺の横を通り過ぎて正門に向かう彼女の後ろ姿に追い付こうと、俺は早歩きで後を追った。
彼女はそんな俺の気配を背後から感じ取ったのか、心なしか、………いや違うこれは間違いない、確信した。
明らかに自分も早歩きになり、俺との距離を無理矢理に離した。
「 ──……… 。」
掛ける言葉が見つからず、それを探る為に『予知』を遣おうとするも、復縁の線が皆無だったらと躊躇ってしまう。
俺は結局、彼女が早歩きで確保した距離を縮めぬように、それでいて離れぬようにして、一定の間隔を保ちながら正門をくぐった。
『──お前こそ、本当にしんどくなったらいつでも僕が変わりを引き受けてやるよ』
俺はほんの少し揺れながら、やっぱり開いた距離を縮めれずに、短く溜息を吐いた。
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◇ narrator / 来次 彩土
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「──は……?」
次代のヘルメース? 僕が?
急に何を言ってるんだこいつは。
それに待てよ?
僕は確か最高神の候補者なのではなかったか……?
という事はつまり、こいつが──?
「──あんたが、ヘルメースが最高神なのか…?
僕はてっきり、最高神っていうのはゼウs──」
「──おぉっと待ちな!! 私の前でその名前を出すな、見つかってしまうッ……!!」
ヘルメースが張り上げた声に驚き、僕は言葉を詰まらせた。
……見つかると言ったのか? 誰にだ?
──いや、それよりも今の反応、まさか……
「あんたもしかして困るのか? あんたの前で、ゼウs」
「──待てと言っているだろうがッ……!! やめろッ……!!」
つい先程まで気味の悪い笑顔を向け僕を翻弄していた筈のヘルメースは、しかして今は焦りに焦った表情になっている。
「「…………………………。」」
……ふぅん?
なるほどねぇ?
なるほどなるほど。うんうん、なるほどね。
これはさてはアレか、形勢逆転というやつか。
ぃよ~し!!
「──────ゼウs」
「──やめろォ! 何だお前その不敵な笑みは!! 私で遊ぶな、許さんぞ!! 私は仮にも神だぞ、なんで大事な話を始めようとした矢先にイジられねばならない!! この不敬者がぁ!!」
「うるさい! やることがあるって言ってるのにあんたがそっちの話ばっかりするからだッ!! これ以上僕につきまとうなら本気でさっきの名前を口にするからなッ……!!」
「……くそ、私を誰だと、この、……まあ良い、分かった。ならそちらの質問にひたすら答えてやろう。その上で私の話もしかと聞け! やる事とはどうせ『教室探し』の事だろう? それについても役立つ事を教えてやるから」
「──まぁそういう事なら」
そこまで折れてくれるとなれば話に付き合うのもやぶさかではない。
それに僕もさっきの言葉は気になっていた。
なぜなら確実に嘘では無かったからだ。
僕が次代のヘルメースだと、そして神々を騙す者だと。
「なら1つ目の質問だ。 あんたは最高神なのか?
もしそうだとして、それならどうして他にも候補者がいるのに僕が次の神になると思ってる」
「なるほどそこで誤解が生まれてた訳か。
私は最高神じゃない。最高神は先ほどお前が名前を呼ぼうとした神だ。
来次彩土。単にお前には次代の最高神だけでなく、次代のヘルメースとなれる適性も持ってるというだけの話だよ。
──そして私が動く以上、お前には必ず最高神ではなくヘルメースを継がせる。
そうなるように私が誘導するからな」
「……それはどうしてだ? 何でそんな事をする?」
僕は目の前の神に訝る視線を投げる。
分からない事が多すぎる。
もっとだ、もっと情報を聞き出したい。
「言ったろう兄弟。お前に適性があるからだ。
生意気にもその左手を遣いこなし、そして『詭弁』を司るこの私の『嘘』を見抜いた。
他人の嘘を見抜けないような奴に、バレない嘘を吐ける筈も無いという話だ。
しかしお前はこの私の嘘を見抜いた。
マグレではなく、2回もな。
他人にその左手があったとして、同じ事ができる奴はそういないんだよ。
お前はさっき、私の『詭弁』という『神の御業』を打ち破ったんだ。いいか?
これはお前が思ってるよりも凄い事なんだぜ……?」
ヘルメースはそう言いながら、離れていた僕との距離を再び詰め始める。
それが煩わしくて、さっきと同じ『名前』を呼ぼうとすれば、その口の動きを捉えたらしく再び距離を離した。
「──僕がヘルメースを継いで、神々を騙すってのはどういう意味だ? あんたは何が狙いなんだ」
「……そこは悪いが、今はまだ言えないな。こちらにも事情がある。だがこれだけは言っておこう。
それはお前にしかできない。この世界に必要な優しい嘘だ」
僕は『把握』のおかげで嘘が分かるようになった。
そして同時に、聞いた言葉が本気で言われたモノかもある程度読み取れるようになっている。
だからこそ伝わった。
今のヘルメースの言葉には芯があった。
間違いなく本気で言っているのだ。
「悪いけど、僕はあんたの言葉にメリットを感じない。
必要な事だと言われても、僕はそこに興味を持てない。
もしかしてあんたも、人から神になったなら分かるんじゃないのか?
今の僕には『最高神になる』って事以外、大きな目標や大それた興味は抱けないらしい。
……だから諦めて他を探した方がいいと思うよ」
自分で言葉にした事で、目を逸らしていた事に改めて向き合ってしまった。
些細な欲や望みなら問題ない。
毎週月曜日のジャンプなり、ハマり出したソシャゲのイベントなり、三大欲求を満たしたいなり、そういったモノに捧げる興味や趣向は消えていない。
だがそれ以外の大きい事柄。
それこそ『将来の夢』だとか、『これこそが僕の生きる目的』だとか、そういったモノにはもう、一生出逢う事はできない。
いや、さっきの些細な欲や望みも、それが大きくなり、『最高神になる』という目的の足を引っ張る可能性が浮上したなら、僕は大事なモノでも切り捨ててしまうだろう。
そう確信している。
「確かに私の時も同じだったがね。お前の推測通り私も『次のヘルメースになる事』が人生の目的となった。
──しかしな。
お前の吐く嘘は、そういうくだらないシステムや枠組みを取り払う事にもなるのだ。
だから私はお前に必ずヘルメースを継がせる、何があろうともな」
ヘルメースの表情は真剣だった。
またしても本気で言っているのだと伝わってきた。
同時にそれはとても素晴らしい事だと思う。
もしもこれから先、僕がその嘘とやらで神々を騙し、そのおかげで、次の僕と似た人が生まれなくなるというのなら。
それでどれだけの人の人生が狂わずに済むのだろう。
その為なら、僕は──
そう思い掛けて、けれどやっぱり僕は乗り切れない。
ここまで思う事ができたのに、最後は僕の中の芯に邪魔をされてしまう。
「……やっぱりダメだ。僕はあんたの提案には乗れない。
きっとあんたは、いや。
……貴方は良い神なんだろうな。僕も叶うなら貴方の手助けをしたいと思う。
でもやっぱり、それでも僕はヘルメースには成れない。
すみません本当に。
……そろそろ行きます。教室は、やっぱり自分で探します」
「──ふん。お前の都合など知った事か。
来次彩土、お前がどう思おうとも、私はお前を次のヘルメースとする。
たがもちろん今すぐという訳ではないし、今日のところは引き下がってやるさ。
そして私の話を聞き、私を敬称に呼び変える善性と、一方的な得は得まいと『教室』を自ら探すという気概は気に入ったぞ。
──だから最後にヒントをやろう。
『教室』についてではないぞ? それはさっきお前が自分で探すと言ったのだからな、手を貸すつもりはない」
ヘルメースはそう言って三度僕に近付いてくる。
そのゆっくりとした足取りと、間の取り方に驚かされる。
先程までとは違い、全く不快な気もしなければ、煩わしくも感じなかった。
そして気付かされる。
最初のあの態度や言葉遣いは、きっと僕を警戒させる為だったのでは無いのか?
全てが演技だったのでは無いだろうが、それでもどれだけ、この神の手の平で踊らされていたのだろうか。
今になってはもう読むことができない。
ヘルメースは微笑を浮かべながら、僕の真横まで来ると、小声で切り出した。
「───りんごがどうして赤いかを知っているか?」
……は? 何の話だそれは。
いきなりどうしたというんだ、この神は……
「お前の『願能』の話だよ、来次彩土。
お前はあらゆるモノの色を変える事ができるだろ?
お前にしかできない、この世界に必要な優しい嘘にも関係のあるヒントだ、しっかり覚えておくんだぜ?」
「……いきなりなんです。もっと分かりやすく言ってくださいよ」
でも言われてみれば深く考えた事はなかった。
いや、言われでもしなければそう考える事でも無いかもしれない。
りんごがどうして赤いのか?
それはつまり、どうして僕はモノの色を変えれるのかという話にも繋がるのに。
ヘルメースは更に一歩分進んで、僕の横から後ろへと移動した。
さっきまで横目に写っていた表情は見えなくなり、気配だけが背後から伝わってくる。
「簡単に言うとだな。りんごが赤いのは、
『"赤色以外の全ての色を吸収している"』からだ。
赤色の光だけを反射し私達の目に返している、だから赤いのだ。
りんごっていうのは本来そういう物質なんだよ。
この世の中の物質には全て、そういう決まりがある。
なのにお前はあらゆるモノの色を変える事ができる。
この事を深く考えろよ、来次彩土」
「──待ってくれ、どういう意味なんだ、それは──」
僕が背後を振り返ると、そこにはもう、神様の姿は無かった。
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