麒麟族
いよいよ麒麟さんとご対面だ、緊張ぎみに山小屋の扉をノックする。
扉が開き、中から「どうぞ、おまちしてました」という上品な男性の声がした。それは間違いなく日本語だった。
そこに立っていたのは、背が高く細身で、肌の色が幾分青みがかった柔和な表情の、ほぼ人間と同じ体系の男だった。
髪の毛が特徴的で、乳白色の毛が首の後ろまで生えていて、額に小さな突起がある、
年の頃は、人間で言えば40才ぐらいだろうか、若くも老年にも見える不思議な顔つきだった。
普通の農夫が来ていそう服装なのに、気品と威厳を感じさせるオーラが漂っている。
「私はスグルと申します、魔石先生、いや魔石の精霊様に、こちらを訪ねろとご紹介されて伺いました」
シグルは正確な発音で自分の名を名乗り、雰囲気に押されながら失礼の無いように丁寧にお辞儀をした。
「私はカイルと言います、魔石殿の使いから話は聞いています、どうぞ中へ」
カイルと名乗った男はそう言って中に入るよう促した。
シグルが中に入り、椅子を勧められテーブルに着くと、
「まずは、シグル殿がこちらの言葉を理解できるようにどうにかしてしまいましょう」と言って来る、
あ、やっぱりシグルなのね、それは良いとして、
どうにかって、そんな簡単にどうにかなってしまうものなの?と不安に思っていると。
「翻訳魔法というのもあるのですが、憶えるには少々時間がかかります。それより簡単なのは私がこちらの言葉をあなたに魔法で覚えさせる事です、少しそのままでいて下さい」
カイルはそう言うと、なにやら呟きながらシグルの額に手を当てた、
頭がポーっと暖かく感じたかと思うと、何かが入ってくる感じがする、乗り物酔いのような眩暈を感じると、額から手がはなれ、
「さあ、どうです?言葉は理解できてますか?」とこちらの言葉で聞いてきた。
「あ、解ります、凄い、話そうとする言葉も自然に出てくる」
と、シグルはスラスラとこちら言葉で答えた。
いや、魔法って凄いな、ここに来て数分でこちらの言葉が理解できるようになるなんて、
これで俺もバイリンガルだ、と感動していた。
「よかった、これでこの世界のものとのコミュニケーションが容易になるでしょう」
「ほ、本当にありがとうございます、助かりました」
ああ、普通に話せるって、こんなに助かるものなのか、レジーナと思うように話せなかったシグルは実感していた。
あ、そうだ、これでギンコとも話せるんだな、とギンコが控えている後ろを振り返る。
ギンコは少し緊張気味にかしこまって座っていた。
なんと話しかけようか、ちょっと考えてる間に、先にカイルが話しかけた。
「シル、息災のようでなによりだ、ラビス様も変わりないか?」
「はい、おかげさまで変わりなく過ごしております」
ギンコの想像とは違うかしこまった言葉使いに面喰らい、シルって名前あったのかよ、とビックリした。
「ギンコ、お前、シルと言うのが本当の名前なのか?」
とシグルが聞くと
「はい、でもギンコとは主の言葉で種族の名前、間違いではありませぬ」
と、淡々と答えて来る。
「あ、ああ、まあそうなるかな、いや、だがすまなかった、名前があるとは知らなかったものだから安易につけてしまった、これからはシルと呼ぶようにするよ」
「主のお好きなようにお呼びください」
プライドの高そうな他人行儀なしゃべり方に、シグルの方が緊張してしまいそうだった。
「ははは、その様子ではシグル殿はシルについて理解していないようですね、シル、奥の部屋で着替えておいで、主に自分の正体をかくしたままというのは失礼というものだよ」
カイルがそう言うと、銀狐はしぶしぶ奥の部屋に消えて行った。
「あの子は、森の大精霊ラビス様から力を授かった霊獣なのです、幼い頃、魔獣に襲われ家族が殺されてもなお、兄弟を守ろうと必死になている所を、ラビス様に救われたと聞いています。」
とカイルが説明する。
霊獣?、あれ、そんなのを従魔にしちゃったんだけど、いいんだろうか?
「あのう、霊獣って、従魔にできるんですか?、俺、そんな事しらなくて」
シグルは、シルが、妙に仰々しいのはその事を怒っているのかもと思い聞いてみた。
「フフフ、普通は出来ませんよ、でも、あの子が応じたのなら、あなたに何か感じたのでしょう」
カイルは少し楽しそうに微笑みながら答える。
「それに、あの子はラビス様が、あなたの世話と道案内をするように遣わしたのです、主と従者の関係で間違いありませんよ」
シグルは、そうは言われてもラビス様とかに全く面識ないんだけどな、と思いながら聞いていた。
「多分ですが、これはあなたの為でもあるのでしょうが、シル本人の為の計らいでもあるのでしょう、あの子はラビス様に恩返ししようと肩肘を張りすぎる所がありますからね」
カイルがそう言うと、なぜか説得力があった。
シグルは、もう一つ気になってる事を聞いた、
「ここに来る途中、レジーナという人に会ったのですが、あの人が何者なのかご存知ですか?」
「知っていますよ、でも彼女はちょっと複雑な方でしてね、私の口からは言いにくい、おそらくこの先もご一緒するでしょうから、おいおい本人から聞いた方が良いでしょう、彼女もこだわらずここを訪れてくれればいいのですがね」
カイルはちょっと困った顔で答えてきた。
この世界の複雑というのは、よっぽどなんだろうなあ、これ以上聞くのはやめておこう、
また会おう、と言っていたしな、
それにしてもこの人、何でもお見通しって感じだな。
シグルがそんな事を考えていると、奥の扉が開く音がして、そちらを見る。
そこに立っていたのは、銀色の髪をしたうら若い女性だった。
歳はせいぜい二十歳かそこらだろう、動きやすそうな革製のシャツと七分丈のズボン、両腰に短刀をさしている。
少し華奢な感じさえする細身の体で、肌の白い綺麗な顔立ちでまるっきり人の姿だった。
シグルは正体とか言っていたので、ある程度予想はしていたが、あまりに人間そのものだったので逆にびっくりしていた。
「シル、改めて挨拶したらどうだ」
「こ、これは仮の姿、狐の方が本来の姿、よろしくお願いする」
カイルに即されてシルは少し恥ずかしそうに、そしてつっけんどんに言う
「あ、ああ、こちらこそよろしく」
ビックリしていたシグルも、たどたどしい口調で答える、
「ここから先は、人型の方が活動しやすくなるだろう、今のうちに主に見てもらった方がよかろう」
カイルがそう言うと、シルは静かにうなずいた。
狐の時より、表情も判りやすくて親しみやすいとシグルは感じていた。




