まなみ
まなみは、帝都にある城の自分の部屋でくつろいでいた、
今日は貴族のご婦人方と食事会があり、一日中コルセットで体を締め上げていたので、いつもより疲れがたまっていた。
「少しは慣れてきたけど、こっちの衣装って見た目より窮屈なのよねえ、あのスカートだって、用を足すためにフワッとしてるなんて知らなかったわ、着物より不自由かも知れないわね」
そう言って、寝間着に着替えると、ドテッとベットに横になった。
まなみは、こちらの世界に来てから、城の外に出た事が無かった、
街の様子を知りたいとは思っていたが、その必要性を感じなかったのだ、
なにしろここに居れば、食事の世話から、お風呂の用意、洋服の世話まで、世話係がやってくれた、
マナーも、ダンスも、剣術も魔法も教えてくれる、前の世界では考えられない贅沢な暮らしだ。
なにより、ここから離れて、この異世界で生きていく自信が無かった、
タクマやメグミのような、明確な目標も無く、工藤の様に何かを求められる事も無い、
ただ日々を過ごしていれば、衣食住に困る事も無く過ごせるのだ、今の立場に不満を持つ理由が無かったのだ。
だが、やはり、メグミがいなくなったのは寂しかった、世話係がいくら良くしてくれても、同じ日本から転移してきたメグミとは考えも話す内容も違っていた。
そんなメグミの部屋の窓を、コツコツと叩く音がする、よく見ると手紙を咥えた烏だった、まなみは窓を開け烏から手紙を受け取る、この不可思議な異世界なら烏が手紙を持ってきても不思議ではないと、城から出た事の無い真奈美でも、そう思っていた。
手紙は二通あった、一通はメグミからだ、まなみは嬉しくてすぐ封を切った、その時、コンコンとドアをノックする音がする、まなみは手紙を読みながら、
「どうぞ」とノックに答えた。
テラスにいた烏は、手紙を隠そうともせず、誰かを部屋に入れようとするまなみにビックリしていた、背中に乗っていたケモリンも緊張している。
城の外で待機しているシグルに、その様子を知らせようと、会話の聞き取れる場所まで移動していく。
城の外、人目に付かない木の陰で、シグルはケモリンのライブ思念を受け取っていた、
メグミがどんな人物か知らないシグルは、ケモリンを使って把握しておきたかったのだ。
そして、その警戒心の無さに、頭を抱えていた。
帝国から獣人の街に移ったメグミの手紙を隠そうともせず、ノックの相手を確認もしない、事と次第によっては大変な騒ぎになりかねない、手紙を渡す前に真奈美の性格を把握しとくべきだったと後悔していた。
ノックの主は、まなみの世話係の女性だった、名前はターナ、歳は40前後か、背筋を伸ばし頭には白い頭巾をかぶり、メイド服と呼ぶには少し地味な服装をしていた。
「ルミナさん、見て、メグミさんから手紙よ、その烏が持ってきてくれたの」
まなみは余程信用しているのか、まったく隠そうともせず、あっけらかんと話した。
するとターナの方が驚いて、
「まなみ様、その様な声でメグミ様の名前を出してはなりませぬ、何処に監視の目があるかわかりません、いいですか、帝国ではメグミ様は裏切り者とされているのです、気を付けて下さい」
そう言った。
「メグミさんが裏切り者?、そうかぁ、ここの人から見ればそうなるのね、わかったわ、気を付ける」
そうまなみは、少し小さめの声で話す、
「でも、メグミ様がご無事でようございました、私も獣人の街というのがどういう所か知りませんので心配しておりました、タクヤ様は刺客に殺されたとの噂もあります、本当にご無事でよかった」
ルミナは、心底安堵したようにそう言う、
「そのタクヤさんだけど、無事らしいわよ、ここに書いてあるわ、信用できるもう一人の転移者に救われたそうよ、・・・え・・」
まなみはそう言うと、急ぎ手紙の続きを無言で読み始めた、
「タクヤ様がご無事、よかった、本当に」
ルミナはそう言いながら、まなみの次の言葉を待った、
「魔石と引き換えに魔族に私を引き渡す計画があると書いてあるわ、本当にそんな事があるのかしら、ここの人はみんな優しいから、ちょっと信じられないわ」
まなみはそう言って、両肩を上げてみせる。
それを聞いたルミナは険しい表情で
「まなみ様、まなみ様はこのお城の中の、それも一部の事しかこの世界の事を知りません、この世界は、残念ながらまなみ様の思うような世界では無いのです」
そう言った。
まなみが眉をひそめどういう事と言う顔をする、
ルミナはまなみの顔を見た後、目線を下にそらし、静かに話し始めた。
「私は、コーエン帝国本国の隣にあるアスタバ領に住む、普通の鍛冶職人の女房でした・・・」
ターナは若くして自分の親の弟子である鍛冶職人と結婚して平凡ながら幸せに暮らしていた。
ところが、ある日、夜中に盗賊が押し入り、ルミナ以外の家族が皆殺しにされてしまう、
一人残され、ショックで生きる気力も無くし、途方に暮れていると、領主の使いという男が訪ねてきて、不幸な事件の犠牲者であるルミナを、領主が同情して従者として雇い入れようという申し出だった。
ルミナはメイドとして領主の館に住み込みで働くことになった、一人では生きる術を持っていなかったからだ、
だが、それは領主の罠だったのだ。
領主は夜になるとルミナを自分お部屋に呼び出し、強姦を繰り返した。
初めは抵抗していたターナだが、なかば生きる事を諦めていたルミナは、その抵抗さえする気力がなくなっていった。
そしてある日、自分の家を襲った強盗が領主の差し向けだったことを知る、領主が他の従者に話しているのを聞いてしまったのだ。
領主は、ルミナが目的でルミナの家を襲わせ、まるで救いの手を差し伸べたように見せかけ、ルミナを自分のメイドとして雇い入れたのだ。
ルミナはその日、復讐する事を誓った。
夜、領主に呼ばれると、ナイフを隠し持ち、領主が油断してるすきを狙って切りかかった、
だが、軽い傷を負わせる事しかできなかった。
領主は、仮にも剣の心得があり、ルミナは只の町娘だ、不意打ちといえど命を取る事は出来なかったのだ。
領主は、事が大きくなることを嫌い、そのことを隠し、コーエン城で下働きの女性を募集しいた事をいい事に、ルミナを城に譲り渡した。
ルミナも、傷を負わせた罪で牢獄に入れられては復讐出来ないと、あえてその話に乗ったのである、生きていれば、いつかまたチャンスが来る、そう信じていた。




