契約従者
レジーナの部屋では、天使三人が片膝をついて、頭を下げてレジーナと対面していた、
本当は、抱き着きたいほどの気持ちなのだが、自分達が犯した失態でそれもかなわず、100年ぶりの対面は暗い雰囲気の中にあった。
「儂の事を心配しての事は判るがの、自ら地上に降りて探し回るとは思いもよらなかったわ、挙句に地上で神力を使い、天界にばれて帰還を拒否され、力まで取り上げられ、これからお前たちはどうするつもりかえ」
そうレジーナに言われ、三人は返す言葉も無く押し黙ったままだった。
「ミシエル、そちまで一緒に動いているとは思わなんだわ、そちの力は天界でも貴重なのだ、安易にこんな事に使うな」そうレジーナが言う、
「はい、申し訳ありません」ミシエルは震える声でそう謝った。
「儂は、地上に落ちた後、運よく森の精霊ラビス様に救われ、精霊の力と魔力を分けていただいた。だが、お前たちは、神力も取り上げられ、魔力も無い、人族として生活するにも不自由な状態じゃ、どうしたものかのう」
レジーナは自分を思うばかりに失態を演じた三人を、どうしたもんかと、額に手をやり考え込んでいた。
「我ら、力が無くとも、レジーナ様のお役に立てる事をきっと見つけてみせまする、ど、どうか、おそばに」
そう、必死で訴えたのはエクシアだった。
神力を使い、直接の原因を作ったイールは、押し黙ったまま、床に涙を落していた。
隣の部屋では、遠慮してくれと言われたピテシアが、要領を得ず戸惑っていた、
「あのお三方はどういう方々なのでしょう、とてもお綺麗で、まるで天使の様な」そうピテシアが言うと
「あれは、今、人ほどの魔力も持たない役立たずだな、あの様子では調理もできまい」そう言って笑うのは、ステラだ、
「自業自得です、助けに入った者に剣を向けるなど、考えなしにも程がある」レブラはまだ怒りが収まらない様子だった。
「魔力を付ける方法が、一つだけある」ボソッとシルがそう呟いた。
「え?、そんな方法があるのですか」ピテシアは興味深々で聞いた。
「ある、それもかなり強力な魔力が得られる、その境遇にあの人達が耐えられればの話だが」
シルは無表情でそう答えた。
重い空気が漂うレジーナの部屋のドアにノックの音がした、
「俺だけど、入ってもいいか」そうシグルの声がする、
「どうぞ」とレジーナが答える、イールは慌てて涙を拭っていた。
そっとドアを開け、シグルが部屋に入ってくる、
天使達にしてみれば、人族の分際でレジーナと行動を共にする不埒な存在だった。
「どうするか決まったか、メグの手伝いでもしてもらうか?」
シグルがそう聞いてくる、
「ふむ、それも考えたのだが、この者達はわずかな魔力も持たない状態じゃ、あそこに行っても惨めな思いをするだけかと思うてなあ」
そう言って、レジーナはシグルを見る、
あ、とレジーナはシグルを見て何か思い出したのか、膝をポンと叩いた。
「魔力を得る方法が一つだけあったわ」
天使たちが顔を上げ、期待の表情でレジーナを見つめた。
「そなた達、このシグルの従者になれ、言葉だけではなく契約を結んでな」
そうレジーナが言う、
シグルを含めたその部屋の全員が「えええー」と声を上げていた。
「シグルよ、人でも契約は出来るのであろう」レジーナがそう聞いてくる、
「まあ、シルもそのまま契約できてるし、出来るとは思うが、あれは相手が望まなければ出来ないぞ」
シグルはそう言って、美女三人の顔を見る、
三人共、虫でも見るような目でシグルを見ていた。
「この男は、こう見えても、精霊級の魔力の持ち主じゃ、契約を結べばかなりの魔力を得る事が出来るはずじゃぞ」
レジーナは、久々にニヤニヤ顔になってそう話した。
「いや、でも、契約を結ぶという事は、そ、その、主の命令に逆らえなくなるという事のはず、そうなると、その・・」
エクシアがそう言って、口をもぐもぐさせる。
ミシエルとイールは目を丸くして顔を見合わせていた。
「フハハハ、まあ、その位は仕方なかろう、それとも魔力も無しにこの地上で路頭に迷うか?」
レジーナはそう言って、楽しそうに笑った。
「な、なにを言ってる、俺は、そ、そんな命令はしないぞ、現にシルにだって何もしていない」
シグルは懸命にそう言った、
「まあ、シルはまだ子供じゃからのう」とニヤニヤ笑うレジーナ、
「まだ言うか、この口は」シグルは、魔法でレジーナを無理やり黙らせた。
天使三人は、その様子を、ポカンとして見ていた。
「あー、いや、確かに契約を結べば魔力を持つことはできると思う、だが、この契約は双方の同意が無ければ出来ないんだ、うっうん、あー、俺は基本的に仕事以外の命令は出さない、仕事も自主性を重んじるつもりだ、だから、その、もし魔力が無くて困るのなら、契約を結ぶのは、悪い選択では無いと思う、どうだろうか」
シグルは、恐る恐るそう聞いて、反応を待った。
「私は、従者にして頂きとうございます」そう言ったのはミシエルだった、
他の二人がビックリしたようにミシエルを見る。
「私は小鳥たちから、あなたが複数の妖精持ちだと聞いておりました、実際お会いするまで信じられませんでしたが、本当に妖精をお持ちのご様子、私はあなたを信じる事にします」
そうミシエルは続けた。
「ああ、こいつ達か」シグルは(挨拶してくれるか)と妖精達に思念を送る、
すると妖精達が恐る恐る出てきた、天使たちを確認すると安心したのか、くるくるとシグルの周りを飛び始める、中にはもう人型をしてる者もいた。
エクシアとイールはビックリした顔でそれを見ていた、
「六匹?」
それを見たエクシアは、
「私は、あなたを誤解していたかも知れない、私も従者の一員に加えていただきたい」と言う、
イールは、えっ、という顔をしたあと、
「わ、私もお願いする」と言った。
それじゃあ、とシグルはまずミシエルの額の前に手の平をかざした、だが、ミシエルの力が弱すぎて圧を感じない、
「これは互いの魔力を交換する必要があるんだ、先に俺の魔力を送るから、それを返す感じを持ってくれ」そう言って、改めて手をかざした。
今度は、しっかり圧をかじる事が出来た。
エクシアとイールにも、同じようにして契約を結んだ。
「うー、うー」と隣でレジーナが騒ぎ出す、シグルは魔法を解いてやった、
「まったく、何をするのじゃ、もう少し年上を敬え」そう言ってから、
「まあ、とにかく何とかなりそうじゃな、良かったではないか」と言った。
魔力が強まる実感を持った元天使三人は、「はっ」と声をそろえて答えた。
「そち達には、早速やってもらいたい事がある、まあ、それは明日指示するから、今日はもう休むといい」
そうレジーナに言われ、三人は新たに取った三人部屋に向かった。
やれやれと、シグルも自分の部屋に行こうと立ち上がる、
「俺には使いこなせそうに無いからな」そうレジーナに行ってドアを開けた、
「ああ、まかせよ」とレジーナは答えた。
その夜、レジーナと同室のピテシアが寝静まった後、
レジーナの枕元に、人の形の光が浮き出てきた、
「ターナか、久しいのう」
レジーナは、ピテシアが起きないように静かにそう言って体を起こした。
「はい、ご無沙汰しております、レジーナ様もお元気なご様子、安心いたしました」
そうターナが言う、
「お前が司令官になってくれたので、儂は安心していられる、感謝しているぞ」
「お忘れなきようレジーナ様、私は代理でございます」
そうターナが言うと、小声で二人は笑った。
「この度の件なのですが、申し訳ありませんが、しばらくあの三人を預かってくださいませ、いま、あの三人の立場はあまり良くありませぬ、レジーナ様を思うあまり、主神に不敬を働きかねませんゆえ」とターナが言う、
「それほどか」レジーナは困った顔でそう言った、
「はい、気持ちは判るのですが、直情的な所がありますゆえ」
「確かにな、困った奴らだ、相分かった、何とかなりそうじゃからな、嫌な役どころをさせて、苦労を掛けるな」
レジーナが済まなさそうに言う、
「いえ、そのお言葉だけで、報われまする、それでは」
ターナはそう言うと、すーっと消えて行った。