娘騎士
マーレが薬を持って奥に下がると、ものの数分で、奥から元気な声が聞こえた、
「お父さーん、熱も下がったし、体もかるーい」
そう言って、飛び跳ねるように少女が奥から出てきて、ニカっと笑った。
「ミーナ、そ、そんな、さっきまで熱でうなされてたのに・・・、本当にもう大丈夫なのか?」
ダビルは、少女の肩や腕をさすり、信じられないという顔をしていた。
「そのお薬、本当に凄いわ、顔色が変わるのがすぐ判った、どこで手に入れたの?」
マーレがそう聞いてくる。
「娘よ、その薬はな、精霊様がお力添え下さった霊験あらたかな薬なのじゃ、今回は特別に無料で進呈させてもらった、もっと欲しくば、ほれ、そこにいる我が護衛に聞くといいだろう」
と、レジーナが言う、
え、俺かよ、シグルはシルとレブラの顔を見るが、二人とも素知らぬふりをしていた。
「この薬、いくらで売るつもりだ?こんなものを売られては、うちにある薬はもう売り物にならんぞ」
ダリルは、ミーナが元気になった喜びに浸りきれず、複雑な顔でそう言って来た。
「ご主人、それなら、あなたがこの薬を売ればいい」
シグルは、他の村人に聞こえないようにダリルにそう持ち掛けた。
「皆の衆、ご苦労であった、我らはこの店でこの薬が安定して売られるよう、このご主人と交渉するつもりじゃ、他の村の衆にも伝えておいてくれ、もうケガや病気で困る事は無いとな」
レジーナは、集まっていた村人たちにそう言って人払いをした。
村人たちは、凄い薬があったもんだ、これがあれば医者を遠くから呼ばなくて済む、などと口にしながら散会していった。
シグルは、薬の話もしたかったが、その前に気になる事があった、
「薬は、この店に卸すようにしますから安心してください、その話の前にちょっと聞きたいことがあります、先ほど村の入り口で聞いたのですが、採掘所跡の魔物とはいったい何なのでしょう、それとあの橋、どうしてあのままほおっておいてあるのですか?」
そう聞くとダリルは、また渋い顔になり、
「それがな、一年ほど前、採掘所跡に腕の立つタクマと言う若者が住み着いて、魔石をこの店で換金する
ようになってな・・・」と、タリルがここに潜伏してた頃の話を始めた。
タリルからも聞いていた、当時の領主の一連の話が終わると
「タクマには感謝してるんだ、おかげで上の娘もこうしてここで暮らしている。だが、タクマが居なくなった後にな」
その領主の後釜に、一時的な領主代理として、中央の役人が付いた、
いやがらせなどは一切無くなったのだが、この役人はそのほかの事も一切やろうとしないのだそうだ、
大雨で橋が流された後も、何度も新しい橋を架けてくれるように陳情したそうなのだが、未だに返事が無い。
この役人は、タクマを捕まえて手柄を立てようとしていたのだが、タクマが領地の外に逃げたと判ると、
領主の屋敷から、まったく外に出なくなったようだ。
一人、騎士見習いが時々見回りに来て、相談には乗ってくれるものの、肝心の領主代理が動いてくれなければ、どうにもならなかった。
橋の無い川で荷物を渡すのは一苦労で、今までの仕入れ先が来なくなってしまったと嘆いていた。
そして、タクマが居なくなった採掘所跡に、最近魔物が出るようになったそうだ、
今の所、村に直接影響は無いのだが、獣や弱い魔獣が居なくなり、遠くまで狩りに出ないと肉が手に入らなくなってしまったようだ。
これも領主代理に退治してくれるよう、陳情しているが、橋と同様返事も無いらしい。
「ふーむ、魔物がねえ、どんな魔物なんですか?」とシグルが聞く
「夜な夜な、骸骨が何体も歩き回っている、気味悪がって誰も近づかないのさ、一度騎士見習いが様子を見に行ったが、真っ青な顔をして戻ってきたっきりさ」
とダリルはそう言った。
「アンテッドか?、それは妙だな、このような場所に悪霊が集まるとは思えんがな」
そう言ったのはレジーナだった。
「そうなの?」シグルがそう聞くと、
「このような人の少ない山里では、そもそも死霊自体が少ないであろう、悪霊が集まる何かがあるのかもしれんな」
レジーナはそう言った。
そこへ、馬の足音が聞こえ、店の中に全身鎧の男が入って来た、男?、いや、男にしてはちょっと背が低い、中世の騎士そのものの鎧だが、胸元が膨らんでいる気がする。
全身鎧は目元を覆うバイザーを上げ、
「私はこれから、採掘所跡に行き、あの悪霊どもを退治してまいります、ご主人申し訳ないが、明日の朝までに私が戻らなければ、領主代理殿にお知らせ願えないだろうか」
そう言った。
目元しか見えないが、間違いなく女だ、それもまだ十代にしか見えない、
おいおい、相手がどの程度の強さなのか判らないが、一人で殴り込みはやばいのと違うか、とシグルが思っていると、
「ピテシア殿、お一人で向かわれるのか?、それは無謀だ、先日様子を見たでしょう、あの骸骨はかなりの数、おやめになった方がいい」
とダリルが言う、
「いや、民を守るのは騎士の務め、このまま放っておくわけにはいきません、大丈夫、今回はこうして鎧も一式揃えましたし、この聖なるネックレスがあれば、動きの遅い骸骨など、一人で何とかなります」
ピテシアと呼ばれた鎧娘は、そう言って鼻息を荒くしていた。
シグルは、ピテシアが聖なるネックレスと呼んだそのネックレスを検索してみたが、魔力も何もないただの丸に十字の飾りが着いただけの物だった。
「あのー、騎士さん、そのネックレスなんですが」とシグルが言い掛けると、
「うむ、このネックレスは町の道具屋に売っていた掘り出し物でな、聖なる力が宿っておる、死霊などに効果があるそうだ」
とどや顔で説明する、
「それと、私は、まだ騎士見習いだ」と小声で付け足してきた。
シグルは、これはどうあっても止めなければ、と「考え直した方が・・・」と言い掛けると、
「フハハハ、その意気や良し、娘騎士よ、よい心がけじゃ、じゃがな、物事には状況判断というものが必要じゃ、己の力と相手の力を推し量り、策を練らねば勝てる戦も勝てぬようになってしまう」
そうレジーナが言った、
おお、流石はレジーナ、説得力がある、とシグルが感心していると、
「どれ、今回は我らが加勢してしんぜよう、このような場所に悪霊とは、ちと気になるでな」
と続けた。
おい、何処が状況判断なんだよ、あんたは向こうの様子をいつ調べたんじゃい、とシグルは心の中で思いっきり突っ込んでいた。




