偵察
今日から、第2部スタートです。
後書きに登場人物一覧を載せておきました。
旧カムマラ国、小高い丘の上から、隠ぺい魔法を施したヤッケを着込み、コーエン帝国の軍事基地を自分で作った双眼鏡で覗くシグルの姿があった。遠目の魔法も使えるが気分の問題だった。
その脇には、銀狐と烏、その後方、基地からは見えない位置にレジーナが胡坐をかいて座っていた。
銀狐はシルの本来の姿、烏はルイナとの連絡役レブラの変化した姿だった。
シグルは、コーエン帝国の軍事基地に、ケモリンと蜘蛛子を送り込みたかった、その運び役をレブラが買って出てくれたのだ。
レブラが烏の姿に変化した時は驚いたが、飛べる仲間が要るのは超便利とシグルは喜んだ、すると、シルが「私も行く」とキツネの姿になったのだった。
妙な所に対抗心を出すなあ、とシグルは思ったが、ご機嫌を損なうと後が怖いので、「そうか、それは助かる」と持ち上げておいた。
烏の背中に、姿は見えないがケモヤモリのケモリンが乗り、銀狐の頭に蜘蛛子が乗った。
「じゃ、頼むぞ」とシグルが言うと、それぞれ軍事基地に向かって飛び、走って行った。
「シルは可愛くなったもんじゃの、シグルが必要以上にレブラを近づけるのが面白くないのじゃろ」
とニヤニヤ笑いながらレジーナが言う、
「そうなのか?、でも、レブラだって怖い上司に命令されて来てるんだ、邪険にしちゃ可哀そうだろ」
とシグルが言う、
「まあ、そういう事にしてやろう、その辺の手綱はシグルに任せるが、シルも影で魔法を磨いておる、たまには褒めてやるといい」
「うん、まあ、確かに魔力も増えてるみたいだな」
レジーナはそう言うが、俺が褒めて喜ぶのかシルは、とシグルは思っていた。
シグルにとってシルは、元々自分よりも魔法の経験豊富な戦い方も上手の存在と認識していた。
それよりもシグルが驚いたのは、ケモリンの進化だった、
ケモリンが思念で画像だけでなく、音声も送って来るようになったのだ、
検索で調べてみると、特技が今まであった、隠密、静視、念写、の他に、盗聴、盗撮、幻惑魔法、が増えていた、まだ、どういう事が出来るのか把握しきれてないが、偵察にこれほど便利な存在はいなかった。
最近は、たまにだが思念で言語もしゃべるようになった、これが遠慮気味に語りかけてきて可愛かった。
蜘蛛子の方も、他の蜘蛛を配下にする力に磨きがかかり、かなり細かい指示まで出せるようになっていた、思念でしゃべる言葉も、表現が増え、人としゃべるのと変わりなくなってきていた。
今回は、基地内の蜘蛛を配下に置き、情報を得るつもりでいた。
山猫族のミラも着いてくると言い張っていたのだが、ルイナが正式に発足させた特殊警備隊からメグの護衛を正式に依頼され、シルと交代する形で今はメグに付いていた。
タリルを狙った暗殺者は、その特殊警備隊の初仕事として、仲間4人と共に捕獲されている。
蜘蛛子から基地内に入ったと思念が来た、ケモリンはどうかと(ケモリン、大丈夫か?)とシグルが思念を送ると(だじょぶ)と思念を返してきた、カワイイ。
すると、ケモリンは、なんとリアルタイムの自分の視界の画像をシグルに送って来る、シグルは慌てて目をつむりその画像に集中した。
景色が逆さまになっている、おそらくケモリンは天井に張り付いているのだろう、シグルも仰向けに寝そべって、頭を下げ、ケムリンがしているであろう格好に近い体制をとる。
そうしないと、酔ってしまいそうなのだ。
「何してるんだおまえ」とレジーナが聞いてくるが、手の平をレジーナに向け黙っててと仕草で訴えた。
画像は、兵士たちが行き来する通路の上に来た、兵士たちは全身に金属と思われる魔具を装備していた、それは、鎧というより、パワーアーマーと呼ぶのが相応しそうだ、銃型の武器も装備している、ファンタジーの世界というより、SFそのものだった。
格納庫であろう場所に入った、あれは、多脚戦車か?、大きいゴーレムとはあれの事か。
いやいや、あんな物まであるのか、シグルは想像を超える近代、いや、未来兵器にビックリし、まったく工学部大学生、何してくれちゃってるんだ、とコーエン帝国に居るであろう日本からの転移者に呆れていた。
まだ、ロボットみたいなゴーレムでも作っていればカワイイものを、こんな実用的な武器を作られてはうかうか出来ないじゃないか、これでは龍体化した竜人が出張って来てしまうかもしれない、レジーナの話では、それはなんとしても避けねばならなかった。
ケモリンが、又、移動を始める、壁から壁に飛んだり、パイプの様な物を回転しながら進んだりと、画像の目線が目まぐるしく変わる、その度にシグルも体制を変えて画像を見る、
だが、だんだん気持ち悪くなってきた、駄目だ耐えられないと、いったん思念を切ってあお向けの状態で目を開けた。
三人の女が、囲む様にしゃがんでシグルを見ていた、物珍しい物でも見るような目つきだ、シルにいたっては棒で突っつこうとしていたようだった。
「や、やめろ、これはな、ケモリンの思念画像を見るのに、こうしないと・・ウップ」
シグルは、シルの持っている棒を払いのけながら、説明しようとするが、吐き気の方がまさっていた、
すかさずスラジューが襟元を伸ばし、口から回復薬を飲ませてくれた。
「ふうー、ありがとうスラジュー、楽になったよ、まったく人が苦労してるのに面白がりやがって」
シグルは三人にそう言うのだが、まったく反省する様子は無く、またやるのかな、と期待の目でシグルを見ていた、あのレブラでさえそういう目をしていた。
「想像以上の装備だぞ、多脚戦車という、かなり大型で厄介な物まであった」
シグルは一息つきがてら、そう三人に話した。
「ふーむ、魔石不足と聞いていたのだがな、どんな仕組みなのやら」
とレジーナが言う、
「確かにな、液体燃料や電動の物を、二年で実用化は難しいよなあ、やはり魔石だとは思うが、その辺をもう少し探ってみるか」
とシグルが言う。
女性陣はシグルの言っている意味はよく判っていなかったが、又始まるのかと期待の目で見ていた。
シグルは、ケモリンに、偉い人が居そうな所に移動してと思念を送る、ケモリンはよく判らないらしく、蜘蛛子が合流して先導してくれていた。移動の間は映像を見ないようにして座った姿勢を崩さないように気を付けた。
司令官らしき人物の前で、何人かの軍人が言い争っている場面に出くわした。
「魔石の採掘はどうなっているのか、新型の魔装鎧を増やすには、もっと魔石が必要なのだ、もっと採掘場所を開拓せねば獣人どもを屈服させられぬぞ、これでは強引にカムマラを責めた意味が無いではないか」
「判っておる、だが、露天掘りで採掘できる場所は限られておる、今以上掘れば魔物が湧き出し、本国の二の舞になりかねん、いま、新しい鉱脈を調査中だ、少し待たれよ」
「ならば、やはり獣人の街を超え、乾燥地帯に出ねばなるまい、あそこにはまだまだ魔石が眠っていると聞く」
「いやいや、まだ、今の新型の数では無理だ、大型戦車も魔石が無ければいつ動かなくなるかわからん、今、南東方面を調査中だ、焦っては事を仕損じる」
「なに、あの程度の街を攻略するなら、今の戦力でも十分可能だ、魔石も本国の方で調達できる目途が立ったと連絡を受けている、あまり愉快な話ではないが、かなりの量の用だ」
「いやだが、獣人達の後ろには龍が付いていると聞く、砂漠迄出れば龍の山も黙ってはいまい」
「いるかどうかも判らぬ龍に怯えていては、何もできんぞ、我らはなんとしても自力で魔石を手に入れねばならぬ、その為には多少のリスクは覚悟の上だ」
会話を聞く限り、やはりパワーアーマーと多脚戦車の動力は魔石らしい、気になるのは本国で魔石調達の目途が立った、と言っていた事だ、本国で調達できるなら、そこまで焦らなくてもいいはず、どういう事なのだろうか。
あまり愉快な話ではない、の部分を調べる必要があるな、とシグルは思った。
今、コーエン帝国は、龍という、言わば最終兵器を無視して事を構えようとしている、
元の世界でいえば、相手が核兵器を持っている事を忘れて戦争を仕掛けているみたいなもんだ。
シグルは、最終手段として、事が起こる前に龍の姿を見せてもらって抑止力になってもらうのも手かなと考えた、だが、それをやれば、人族と獣人の共存はあり得なくなりそうな気がした。
シグルにしてみれば、せっかくの異世界だ、人族、獣人、分け隔てなく楽しく暮らしたいと思っていた、
それに、めぐみとタクマも隠れたり怯えたりせずに済む様にしたかった。
まずは、あの強硬派のおっさんには、しばらく寝込んでもらう事にしよう。
シグルは蜘蛛子に、強硬な発言をした軍人に、半年ほど寝込む適当な毒を打つ様に思念を送った。
これで、少し時間が稼げるだろう、後は帰ってから考える事にした。
今回は会話を聞くことが中心だったので、座ったまま動かずに済んだ、目を開けると、目の前にやはり女三人がしゃがみ込んでこっちを見ていた。
「終わったの?」シルがそう聞いて来た、「ああ」と答えると、三人ともつまらなそうに立ち上がった、
おまえらなあ、と少し腹が立ったが、ケモリンと蜘蛛子を迎えに行ってもらう手前、穏やかに
「じゃ、お迎えお願いします」と言った。
シルとレブラが、又、銀狐と烏の姿になり、ケモリンと蜘蛛子を迎えに行く、
シグルはレジーナに
「どうもコーエン帝国本国での魔石の採取に不自然さを感じる、自力で魔石を採らねば、と軍の幹部が言っていたんだ」とさっき聞いた事を報告した、
「ほう、つまり、今の採取方法は自力では無い、という事か」
レジーナも少し考え込んでいた。
一足先に、空を飛んできた烏のレブラが帰って来た、シグルのそばでケモリンを降ろすと、少し離れて向こうを向き、黒い煙の中で人の姿に戻った、
その瞬間は、全裸だった、きれいなレブラの背中が確かにシグルの目に焼き付いた、そして、あっという間に服を着ていた。
前回は見ていなかったシグルは、ビックリして、目を泳がしている。
そのシグルの顔を、いつの間にか帰って来ていた銀狐が、ゴミを見る目で見ていた。
銀狐は蜘蛛子を降ろすと、岩陰まで移動してシルの姿で帰って来た、これもほんの数秒だった。
シグルは純粋にどういう仕組みなのか知りたかったが、シルの目はとても聞ける雰囲気では無かった。
レジーナがさっき言った、たまにはシルの事も褒めてやれ、という言葉が虚しく頭をよぎる。
いや、ごめん、嫌われないようにするだけで精一杯です。
「そ、それでは、帰りましょうか」シグルは敬語でそういうと、魔導書を出し、ワープの魔法陣を地面に描いたのだった。
登場人物
呼び名 本名 種族、備考
シグル 神崎卓 上位神に召喚された日本人
レジーナ レジーナ・ネイスト 元は天族、大天使
シル シル 銀狐、精霊の森の霊獣
スラジュー スライム、シグルの従魔
蜘蛛子 鬼姫蜘蛛、シグルの従魔
蛇太郎 巨大地蛇 シグルの従魔
ケモリン ケモヤモリ シグルの従魔
メグ 堀内めぐみ 日本人 コーエン帝国に召喚された
タリル 新海たくま 日本人 同上
カイキル カイキル・ウルダン 龍人 龍王の側近 フエルダーン拡張事業の総責任者
ルイナ ルイナ・マナセル 龍人 カイキルの補佐
マルディン 虎人族 キャラバン隊隊長
ウシャル 狼人族 警護隊隊長
メルビナ 兎人族 救護班班長
コウラル 亀人族 建設技師
レブラ 烏族 ルイナの部下、シグルとの連絡役
グラン グランジム 熊人族 木こり
ミラ ミラシエ 山猫族 狩人 シグルを師匠と呼ぶ
ビルディ アライグマ族 タリルの働く店の主人
魔石先生 ??? 魔石の精霊
カイル 麒麟人 賢者
老師 ホンヘイ・ドルジク 竜の山の仙人 二度の転移経験者
ハシスアベブ 工芸と武具の神 元レジーナの主神
アマト 調和と知識の神