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異界者の選択  作者: 百矢 一彦
第一部
31/62

奇襲


目抜き通り迄出ると、門の外、新しく建てたばかりの難民街にも火の手が上がっているのが見えた。

住民達が火を消し止めようと必死になっているのが判る、井戸からバケツリレーが始まっていて、数は少ないが水魔法で消し止めようとしている者もいた。


シグルもミスリルパイプから水を出し、消化を助ける。みるみる火が弱まって行くのが判った、だが、火の手は多数から上がっていた。

大魔法を使うべきか、そんな事を考えていると、蜘蛛子がメグが襲われていると思念で伝えてきた、

(ちっ、火事は陽動か、メグのそばにはシルがいるはずだ、レジーナも恐らく離れずにいる、だが、万が一の事があれば)


シグルは、この場を離れるべきかどうか迷っていた、その時後ろから声がした。

「火事は私達に任せて下さい、シグル殿は賊の捕縛を」

振り向くと、そこに居たのは、竜人のカイキルとルイナだった、

そうだ、この二人なら火事をなんとか出来る、そう確信して「承知」と返事をし、瞬間移動で姿を消した。


カイキルが「ルイナ、君は門の外を」そう言うと、ルイナは「はい」と返事をして屋根伝いに門の外へ出ていく、カイキルは手の平を火に向けると大量に水を放出して、あっという間に火を消していた。

工事が粗方終わったこの時期を狙って来たか、険しい顔でカイキルはそう呟いた。


シグルが薬工房に戻ると、すでに賊が何人か横たわっていて、コウラルたちが縛り上げていた、メグもレジーナの後ろに隠れてはいるが無事なようだ、だが、シルとミラの姿が見えない。

「シルとミラは?」とシグルが聞くと、

「逃げた賊を追い掛けて行った、心配ない、あの二人が後れをとるような相手ではない、シグル、お前はタリルの所へ行け、おそらく向こうも襲われているぞ」

シグルはレジーナにそう言われ、そうだと思い、返事もせずにタリルが働いている店へ急いだ。


逃げ出した賊は、シルとミラが追いかけて来るのが判ると二手に別れた、

ミラは、シルに「右に行く」と言って右側に逃げた三人の賊を追い掛ける。

弓矢を持っていなかったミラは、太ももから出した手投げナイフを三本握ると、「風の魔法を使えばこの武器でも」そう言って、賊の上空に瞬間移動する。

立て続けに投げたナイフは、風と火を纏い賊たちを簡単に討ち果たしていた。

「師匠に見せたかったなあ」ミラは屋根の上で、道に倒れている賊を見ながらそう言っていた。


シルは、賊が城壁の外に出るまで、わざと追い付かずにいた、賊たちはロープの先に付けた金具の用な物を投げ、城壁の上部から縄を張り、かなりのスピードで城壁を上っていく、シルはその様子を少し離れた所から黙って見ていた、賊が外に出ると、すぐさま瞬間移動で三人の賊の真ん中に移動する、賊は驚き、慌ててシルを囲んで身構えた。

「ここなら、遠慮なく使える」

シルはそう言うと、自分の周りに青白い火の玉を数個出した、その火の玉を風に乗せて回転させ始める、

賊は何が起きているのか判らず、警戒するだけだった。

シルが操る火の回転が、スピードを上げ一気に広がった、賊たちは最後まで何があったのか判らずに消し飛んだ。

「これは使える」シルは少し笑ってそう呟いていた。



シグルは再び目抜き通りに戻り、タリルの店の方を見ると、怪しい影が数人確認できた、剣が交わる音が聞こえる。

シグルは、すぐさま瞬間移動で屋根の上にいた賊の後ろを取り、電撃で気絶させる。

地上では、タリルが数人に囲まれて奮闘している、タリルの武器は大きめの剣、魔獣にはいいが、どう見ても複数の相手の対人戦には不向きに見えた。

賊は、足にブーツ型と、手の甲から腕にかけてアームカバーのような魔具らしきものを付けていた、おそらく身体能力を高めるものだろう、武器は短めの刀、両刀の者もいた。


タリルの前後から、同時に賊が切り掛かる、タリルは前方の敵に左手から火の玉を出し吹き飛ばすと、しゃがみ込みながら振り返り、後方の敵を真っ二つに切り裂いた。

タリルの顔が歪む、人を殺した事に怯んだのだ、その上からトンボを切ってもう一人切り込んできた、それを大剣で受ける、驚いた事に、タリルの剣がまるでバーナーで溶かされるように賊の刀に切り取られていく。

シグルがミスリルパイプから火の玉を発して、その賊を吹き飛ばし、瞬間移動でタリルと賊の間に割り込んだ。

「ひゃあ、助かった~」タリルは思いの外元気な声を出した。

「これを使え」シグルが亜空間から取り出した森で作った日本刀を渡す、

「ありがたい」そう言うと、タリルは日本刀を正眼に構えた。


シグルは、ミスリルパイプに力を籠める、するとミスリルパイプが輝きだし、棒状の熱線を発した、

「なにそれ、スターウォーズ?」タリルがそれを見て言う、

「いろいろ試してたら出来るようになった」シグルが起伏の無い声で答えた。

シグルは、言われると思ってた、と心で呟きながら、瞬間移動で間合いを詰め、目の前の敵を切った。

シグルにとっても対人戦で人を切るのは初めてだった、だが、躊躇している暇は無かった。


次から次に賊が襲い掛かってくる、いったい何人いるんだ、シグルは30センチ程の僅かな瞬間移動を繰り返し、相手の間合いを外して切り捨てる。

蜘蛛子が(右上)と警告を思念で送ってくる、そこにはライフルの様な物を構えた賊がいた、あんな物まであるのか、シグルは一瞬慌てたが、その賊はそのまま屋根の上から落ちてきてた。


屋根から人影がシグル達の近くに飛び降りてきた。

「お待たせいたした」そう言って来たのは、警護隊隊長のウシャルだった。

他の警護隊も、賊に襲い掛かっていた、形勢は一気に逆転した。


シグルとタリルは、警護隊に後を託し、いつの間にか集まって来ていた野次馬のまえで、その戦いぶりを見ていた。

獣人である警護隊は、魔具で武装した賊をも圧倒していた、一振り一振りの重さが違うのが見ているだけで判った。

とはいえ、あのライフルの様な武器といい、厄介な相手だと思っていた。


「この刀、凄い切れ味で扱いやすい、何処で手に入れたんですか?」

タリルは刀を鞘に納めながら聞いて来た。

「それ、俺が作ったんだよ、こっちのパイプも自家製」シグルがそう答えると

「ええ、まじですか、凄すぎますよ、え、じゃ、俺にも一本」と言って来る、

「いや、その刀をやるよ、俺はこれがあれば充分だから」とミスリルパイプを見せて行った。

「え、この刀、本当にいいんですか、ありがとうございます」

そう言って日本刀を両手で抱えた。

「それにしても、それ、反則だよね、あの熱線の長さ、自由自在じゃないですか、しかも火玉も出してたよね」

「ふふふん、それは日ごろの精進のおかげさ」

シグルとタリルは警護隊の到着に緊張を解き、軽口を叩きあっていた、野次馬の一人がタリルの背後に近づいている事に気が付かずに。


野次馬は、気配を消してタリルの背後に来ると、右手を静かにタリルの首筋あてた、

その手には鋭い針が持たれていた。


今まで軽口を叩いていたタリルが、急に黙り込むと、膝が折れ、バタッとうつ伏せに倒れた。

「タリル、おいタリル」

シグルは慌ててタリルの背中を揺さぶりながら名前を呼んだ、だが、全く反応が無い。

よく見ると、タリルの首筋がムラサキ色に変色しているのが判る、その変色がみるみる広がっていく。


「ちっ、毒か」シグルは、自分達の油断を心から悔やんでいた。



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